スタッフエッセイ 2005年7月

大阪のおばちゃんパワー

村本邦子

 めったに行けないのだが、近くのジムへ行くと、いつも「大阪のおばちゃん」パワーに圧倒される。人より元気なはずのこの私でさえ圧倒されるのだから、彼女たちは、相当に明るく、元気で、パワフルなのだ。お金も時間もあるそれなりに余裕のある層なのだろうが、毎日のようにジムに来て、体を鍛え、お風呂でリラックスし、おしゃべりに花を咲かせている。結構、口は悪い。年齢的には、すっかり子育てを終えた50代、60代が多いようだが、元気の何のって。何時間もエアロを踊り、何度も水風呂とサウナを往復して1日過ごしているらしい。さすがに、筋力も柔軟性も驚くべきだ。
 聴き耳を立てているわけではないのだが、サウナの中、大きな声で話しているので、いろんな会話が耳に入ってくる。ジム以外にも、集いあわせて、ゴルフに行ったり、テニスをしたり、エステに行ったり、海外旅行に行ったりしているようだ。時に、入院したり、夫の看病をしたり、鍼灸、病院へ行くこともある。娘の出産、孫の世話、介護などもある。聴いていると、それなりに、人生の紆余曲折も経験しているらしい。それでも、とにかくめっぽう明るい。私が普段おつきあいしている人たちとは、ある意味、別人種なので、人間観察という点では、私にとって、貴重な機会だ。ジムが一種の社交場になっているのだろうが、こんな人たちは、ストレスを溜め込むことなく、カウンセリングなど無縁で、元気に長生きする人たちなのだろうとつくづく感心する。
 いつ頃からか、認知症があるのかなというおばあちゃんが仲間入りしていた。いつもニコニコして、「コンニチワ」と誰彼なく挨拶をしてくれる。体は丈夫なようで、(話によれば)、毎日、長い時間、プールで歩き、その後、やっぱり長い時間、お風呂で過ごす。お風呂では、脱いだ水着とタオル2枚が気になるらしく、片時も離さずにいるが、しばしば、1枚のタオルをどこかに落としては、「タオルがない」と探している。最初のうちは、おばちゃんたちが世話を焼いて、タオルを見つけ、絞ってやっては、「そんなん持って入るからなくすんや。こうやって、ここに置いとき」と、繰り返し棚に置くことを教えていたのだが、どうしても、自分の持ち物を手放したくないらしく、せっかく置いてもらった複数の持ち物をわざわざ手に持ってお風呂に入る。そして、また、1枚どこかに落として探し回る。それでも、なんだかんだ言っては、おばちゃんたちが交互に世話を焼いていた。「暖かいコミュニティって感じで、いいなぁ〜」と、ほんわか気分で見ていたものだ。
 たまにしか行かないので、途中経過はよくわからないが、いつ頃からか、世話焼きタイプのおばちゃんたちが、このおばあちゃんに対して、説教口調から、やや罵倒気味に接するようになっていた。たぶん、同じ事の繰り返しにうんざりしてきたのだろう。時間が経過し、次に行った時には、サウナのなかで、このおばあちゃんの状態を何とか窓口を介して家族に伝えて、来ないように言おうという相談だった。「えっー、そんな!」と思って聴いていたが、「病気なんやから、皆から、こんなふうに迷惑がられているのは、かえって気の毒」「私らだって、介護するために、高いお金払って、わざわざここに来ているわけじゃない」。呆れたり、怒ったり、同情したりしながら話し合っていた。確かに、それはそうだ。何だか残念だなぁ。でも、仕方ないよなぁ。私のように、ごく稀にしか来ない客にとっては、微笑ましいだけで、さしたる被害もないが、毎日、世話を焼いている人たちにとっては、そうなるよなぁ。かと言って、大阪のおばちゃんたちは、冷たく知らん顔できる人たちでもないのだ。虐待するまで自己犠牲するタイプでもない。あくまでも問題解決的なのだ。これが健康の秘訣なのだろう。最終的にどうなったかはまだ知らない。
 身近な人たちからは、私は「大阪のおばちゃん」タイプと言われるが、私など、まだまだヒヨッコ。彼女たちのタフさの秘訣を学んで、長生きしたいものだ。

(2005年7月)