スタッフエッセイ 2005年7月

自然界の営みから

安田裕子

 我が家の、猫の額のような庭に植えてある樹の枝に、鳥が巣をつくった。ちょうど、枝が幹から分かれ出ている辺りである。最初に発見したのは母だった。嬉しそうに、家族のひとりひとりに同じことを説明してまわっている。それにしても、地上から低い位置なので、樹の葉に覆われることなく、巣があからさまに見えている。小さな子どもが見つければ、何か棒のようなものでツンツンと突つきたくなるのではないかと思われるぐらい、よく目立つ低いところである。もう少し目立たないところに巣をつくればよかったのにと、最初は少し心配していたが、とにかく、父と母は毎朝、巣がどうなっているかと楽しみに観察しているようだった。

案の定、まもなく親鳥が4つの卵を産んだ。卵を産んで以降、母は、タイミングに気を遣いながら、2階のベランダからこっそりと、どんな様子かを眺めているようだった。そうこうしているうちに、待望のひなが孵った。3匹孵ったようである。あと1つは、無精卵だったのかそれとも孵らない命だったのか、すこし残念ではあったが、孵化した3匹のひな鳥は元気な様子だった。それから親鳥は、せっせとエサを探しに行く毎日。親鳥がエサを見つけて戻ってくると、ひな鳥たちは、くちばしをいっぱいに開けて、生命の源となるエサを、懸命に自分の体の中に取り入れようとしており、その姿はたくましい限りだった。孵って程ない小さな体とアングリ大きく開ける口、そのコントラストが、ひな鳥の生命力を感じさせ、なんだかすごいねとみんなで感心していた。

ところがある朝、庭に面した雨戸を開けると、その巣が崩れ、壊れたすだれのようになってかろうじて樹にぶら下がっているような状態になっているのを母が見つけた。慌てて庭に飛び出し、地面を念入りに探しても、ひな鳥の姿はどこにも見当たらない。樹にぶら下がった巣の残骸と、地面に散らばった親鳥の羽が2, 3枚、むなしく残っているだけだった。おそらく、ひな鳥が、他の大きな鳥に狙われたのだろう。地面に散った羽のありさまから、親鳥が必死に抵抗するも、勝てる相手ではなかったことがぼんやりと想像された。

自然界は、弱肉強食で成り立っている。この世に生を受けたひな鳥たちが、餌食になったのは哀しく残念であり、また親鳥のことが不憫に思われたが、自然界の法則からいえば、それも生態系のひとつのありようなのだろう。親鳥も、ひな鳥たちにエサを与えるために、そして自分が生きるために、他の小さな生き物を獲ってきた。さらにいえば、ひな鳥たちを狙った鳥も、生きるためにはやむをえないことだったといえる。もしも、あの時ひな鳥たちが襲われなかったとしても、たとえば今の梅雨時期、雨が降るということひとつとっても、小さな命が生き延びるためには大きすぎるといえる試練が、あちこちに転がり、潜んでいることが予測される。自然界で生きていくということは、あまりに厳しいことなのだと痛感する。

こうした視点を、人間の生きる世界に援用してみると、改めて、人間の生活を支援する社会資源の重要性が思い起こされる。人間は、いわゆる弱肉強食の世界に生きているわけではないけれど、なにかにつけて力や立場の弱いものが、社会的弱者の位置に立たされる。このことを鑑みれば、社会システムを組み上げる知恵をもった人間には、地域社会の力−支援し合うシステム−を最大限に生かす努力をする必要があるような気すらしてくる。孵ったばかりのひな鳥たちの数奇な運命に、教えられたような気がした。

(2005年7月)