スタッフエッセイ 2005年5月

当たり前

前村よう子

 私たちが日々「当たり前」と思っていることは、少なくない。例えば私が「当たり前」と思うのは、朝、知り合いに会ったら「おはようございます」と挨拶する・ゴミはゴミ箱に入れる(もしくは持って帰る)・助けてもらったら「ありがとうございます」と謝意を表す等々だ。他にもたくさんあるが、そんな「当たり前」の事柄の中でも、「ホンマに当たり前って思ってていいのかな?」と考えさせられる事がここ数週間に何度かあった。

 1つ目は、「当たり前」ではないと痛感したこと。前回、西も書いていたがJR西日本の電車事故をまず挙げたい。事故原因が全て解明された訳ではないが、要因の一つとして考えられているのが、過密な運行スケジュールだという。交通機関に遅れが生じるどころか、そもそも時刻表さえない国も海外にはあるという。そんな中で、ほぼ正確に時刻表が守られる日本の鉄道は脅威的であろう。その神業とも言える事が毎日毎時、日本のあちらこちらで「当たり前」のように展開され、乗客である私たちも「当たり前」として受け止めてきた。たまに「事故のため(あるいは故障のため)ダイヤが乱れています。10分少々の遅れが生じて・・・」というような車内放送があると「うわっ、えらいこっちゃ」とその後の時間調整に苦心する自分がいる。私は、今回の事故を他人事とは思えない。交通機関というものは、当たり前のように正確な運行スケジュールで動くべきだと思っている私自身の中にも、事故を誘発する原因があると反省したのだ。「当たり前」が、ホンマに「当たり前」なのかどうか、自分自身に問い直す必要があるなと自覚した。

 2つ目は、上記とは逆に、もっと「当たり前」と声を大にしたいこと。昼食時、外食していて思うことなのだが、このところ食べ物を故意に残す人が増えているような気がしてならない。たまたま私が目撃した場面だけではあるが、その傾向は、どうやら男性より女性に多く見られるようだ。半分近く、あるいは約1/3の分量が残されている。他人様のことだしなぁと思いつつ残された食べ物を分類してみると、それはあきらかに炭水化物に偏っている。そう言えば、美容院で読んだ雑誌にもここ1年くらい「炭水化物ダイエット」の文字が躍っている。なるほど、これはダイエットなのだ。ダイエットに余念がない友人に尋ねてみると、彼女にとっては炭水化物ダイエットは「当たり前」なのだという。従来の食事制限をして我慢を重ねるダイエットと異なり、炭水化物のみの摂取量を控えて良質の蛋白質や野菜等は豊富に食べていいという点で、食欲もある程度満たされ、リバウンドしにくいのだという。なるほどなぁと思う一方で、なんと贅沢な、そして勿体ない事を・・・と正直思った。この地上で、どれだけ多くの人々が飢え乾いていることか。そんな世界で、食べたいものを好きな時に好きなだけ食べる事が可能な状態で、わざわざ調理されたものを残して残飯にすることに意味があるとは、私にはどうしても思えない。それに、この満たされた食生活が、果たしていつまで続くことやら。日本の食物自給率は低下の一途を辿っている。何らかの緊急事態が生じて、輸入がストップすれば、たちどころに食べ物に窮してしまうのだ。そういう情報を知った上でもなお「炭水化物ダイエット」のために、残飯が増え続けていくのだろうか?「お皿に盛られたものは残さず頂きましょう」、これは私にとっては物心つく前から「当たり前」のことであったし、これからも「当たり前」であり続けるだろう。こういう「当たり前」は、この国で増えていかないものだろうか?

(2005年5月)