スタッフエッセイ 2005年3月

「素直になる」ということ

おだ ゆうこ

私の今年のテーマは「素直になる」ということだ。

素直とは「曲がったり、歪んだりしていないさま。癖のないさま。」のことを意味するらしい(現代国語辞典より)。

私は結構ひねくれた、ひと癖ある人を好む傾向がある。自分もそういう人間だからだろうか。表向きの自分と内面の自分にギャップがあってなかなか理解されない人や自分をうまく表せない不器用な人により愛しさを感じる(笑)。

しかしよくよく考えてみれば、癖のない人などいるのだろうか?皆、十人十色の癖(曲)をもち、ある面では“癖(曲)”を持つことで自分を保ち、自分を守り、生きていくことができるように思う。そうすると「素直になる」とはどういうことなのだろうか?

今のところ私は、「色んな癖を持っている丸ごとの自分を受け入れること」かなと思っている。それは、色んな癖があり、歪みのある自分は×だから、改善していこうというのではなく、今の色んな癖や歪みを持つ味わい深い自分を○とするところからはじめよう!ということである。

今日の自己実現や自己成長には、今の自分ではダメだから、もっとより良くなるために頑張って自分を磨いていくというニュアンスが感じられるが、しかし、その発想ではどこまで必死に頑張っても満たされないように思う。今の自分を受け入れて(ダメなところも、うまくいかないところも、嫌いなところも)今の自分でいいんだと現状を肯定すること、今の自分を許すことができて初めて、他の人の話や気持がストレート自分の中に入り、自分の気持ちにも素直になれるのではないかと思う。

それともう一つは、「自分の中にある自動検閲を緩めること」。私の中にも有能な検閲機があり、沸き起こってきた感情は自動的に振り分けられ、抑圧されたり、受け止めやすい形に変化されてきた。検閲を緩めることとは、自分の内にムクッと生じた気持ちを大事にすること。気持ちに良い悪いはない。どれも大事な自分の気持ちであることを認め、嫌だとおもったこと、不快に感じたこと、〜したいと思った気持ちなど、認め難い気持ちや欲求に開かれることだと思っている。そのためにも自分を緩めること、頑張る姿勢というよりは肩の力を抜いて今の自分でOKだというところから始めてみようと思っている今日この頃である。

本来ならば肩凝りなどおこらないであろう子どもにも、老若男女問わず広まっている深刻な肩凝りの蔓延は、今のままじゃダメだと脅かされ、今の自分を認められずに、緩めないでいる現代人の生き様を表しているのかもしれない。

「素直になる」ということ・・・言うは易し、行うは難し、さてさて、私の今年のテーマは無事達成できるのだろうか?!

(2005年3月)