スタッフエッセイ 2005年3月

引っ越しと真夜中のループ

渡邉佳代

 私にとって、引っ越しとは億劫なものに過ぎず、ストレス尺度があれば、間違いなく私の中でベスト3(ワースト?)に燦々と光り輝くことであろう。新居探しから契約、諸手続き、引っ越し業者選び、荷物の梱包・・・・挙げたらきりがないが、それらにかける時間と労力、お金のなんとかかることだろう!そして、こうした時に限って、なぜ古びた家電製品や羽毛の飛び出した敷布団に気づくのだろう!

 煩雑な引っ越し作業以上に私の苦手なことは、馴染んだものから新たなものに飛び込むことである。引っ越し好きの奇特(?)な友人に言わせると、自分の知らない街での新たな発見や出会い、新たなものに囲まれた生活が楽しいのだそうだ。しかし、私はどちらかと言えば、何事にもじっくりと根を張り、大きな変化はなくても些細なことに喜びを感じるタイプだ。私の好きなドラゴンクエストで言うと、主人公を必要以上に成長させ、最後のボスなどとっくに倒し、例えレベル80になろうとも、新展開のないストーリーを余裕で楽しめるタイプなのだ。

 それだけに長年過ごしてきた住居には、思いっきり後ろ髪を引かれる。馴染みの喫茶店、定食屋、毎日通ったスーパー・・・せっかくあの喫茶店のマスターと仲良くなったのに、あそこのシフォンケーキセットは絶品だったのに・・・と、今生の別れのように胸がシクシク言い出す。しかし、私のようにその時々のライフスタイルに合わせて住居を変えていく必要があるのであれば、引っ越しの煩わしさにも慣れていくしかないのだろう。

 そしてこの春、私は再び引っ越しを迎えることになった。引っ越しの諸手続きにも慣れた私は、今回は早めに動き始め、やることリストを計画的にこなした。数年前の学生時代にした引っ越しと今回は大きく異なる。なぜなら、仕事の合間を見つけて作業をしなければならないのだから、学生時代のようにのんべんだらりと時間をかけていられないのだ。それに長年一人暮らしをしているので、荷物の量も半端ではない。もろもろのことを迅速に済ませ、体調管理も万全。引っ越し業者さんがダンボールを届けてくれてから、フル回転で梱包を始める。もちろん、普段の仕事が終わってからの作業なので、真夜中の時間帯である。

 真夜中の梱包作業でやってはならないこと。それを私は忘れていた。黙々と作業をし、あら、意外と早く終わるわね・・・と油断してしまったからだろうか。今までにいただいた膨大な手紙の処理をしている時のことである。この人、今、元気にしているかしら・・・そうそう、最後に会った時の写真があったわよね・・・と、いそいそとアルバムを引きずり出す。懐かしいねぇ、私も若いわねぇ、あら、私のこの時の髪型、意外といけてるね、今度この髪型にしようかしら。鏡を覗き込む。あぁ、やっぱり最近は不摂生をしていたから、肌荒れがひどいわね。肌の手入れを始め、勢いあまって眉毛にも手を入れる・・・ハッと気づき、いやいや、私、何やってんのよ・・・・と梱包作業に戻る。手紙類は置いておいて、本棚から始めよう。ふと、中・高校時代の日記ノートの背表紙に目が向く。日記と言うよりは、詩に近いものもあり、読んでいられないほど恥ずかしいものもあるが、若き日の私って詩人やなぁ、いい文章書いてるやん!と胸を熱くして読みふける・・・・真夜中の梱包作業のループにはまってしまっている私。劇団ひとりに入団できそうなほどの茶番ぷりである。そして、益々散らかった部屋に気づいて愕然とし、この晩の作業はあえなく撃沈する。

 そうなのだ。大掃除や梱包作業においてやってはならないこと、そして要注意物は、手紙、アルバム、日記の3点セットだ。そうだそうだ、学生時代の引っ越しでも、最も時間のかかったのは、これらの梱包をしていた時だった。その時は、幸か不幸か、友人も同日に引っ越しをすることになっていた。前日の真夜中に作業をしていると、思いもかけず、友人から電話がかかる。友人は、「ちょっと聞いてよ。高校時代の日記を見つけたんだけど、ものすごく恥ずかしい詩を書いているの!おもしろいから聞いてよ!」と自らの詩を読み始める。聞いているうちに私も「そうそう、私もあるのよね。聞いてよ、すごいポエットだから!」と自分の日記を取り出し、真夜中の朗読会に至ってしまった。これは、真夜中という特殊な時間帯の成せる技なのか、はたまた引っ越しという機会にひょっこりと現れた過去のものたちが猛威を振るってしまったのか。しかも、こうした時の過ぎ方は、尋常ではないほど早い。そして、切羽詰った時の些細な笑いのなんと面白いことか!笑いすぎでお腹が痛くなった頃、すでに夜はとっぷりと更けていることに気づき、さすがに苦笑いをして電話を切った。

 私も友人もそうだったからと言って、乱暴な物言いはできないが、こうした真夜中のループにはまってしまう人は、もしかしたら結構いるのかもしれない。風呂場の汚れにふと気づき、それから時間が経つのを忘れて真夜中の大掃除に発展してしまったという人や、急にアルバムの整理を始めてしまったという人の話も度々聞く。

 真夜中・・・それは闇のベールがすっぽりと街を覆い、人々が寝静まった特殊な時間帯。遮断された時と空間に春の夜風が心地よく入り込む。湿った空気、煌々と輝く蛍光灯、そして聴こえるのはカラカラと回る換気扇の音だけ。夜の底に辿り付く頃、時間はゴムのように伸び縮みし、普段人々が見すごしていた様々なものたちが息づき始める。それらの隙間に過去と現在、未来が入り込み、人はふと目を向け、振り返り、時間を忘れて慈しんでしまうのだろうか。

 ・・・・いやいや、引っ越しを2日後に控えた私は、ループにはまっている場合でも、ポエットになっている場合でもないんだってば!・・・何だかんだ言って引っ越し作業を楽しんでいる私だが、無事に桜の季節を迎えられるのであろうか。新たな季節を余裕をもって愛でたいと思う、引っ越し作業にも飽きた今宵の晩である。

(2005年3月)