スタッフエッセイ 2005年2月

「あー、惜しいことしたなぁ・・・」

前村よう子

 これまで生きてきて、「なんてもったいない事をしてきたんやろ?」「もっと早くに気付いていればなぁ・・・」ということが多々あった。食わず嫌いはその最たるもので、今では大好物である「なまこ」や「もずく」「白子」も、つい数年前まで食べることができなかった。見た目に流されて、箸を付けずにいたのだ。ある時、あるきっかけで勇気を出してこれらを口に運んで以来、やみつきになっている。

 さて、「食わず嫌い」とは違うのだが、最近も「私、40年以上も損してきたんとちゃうやろか?」という発見があった。それは「よく噛んで食べる」という事だ。普段からよく噛むことが普通の方にとっては「???」かもしれない。食べ物を咀嚼して食べるのは当たり前のことだし。でも、私にとってそれは当たり前ではなかった。実家での食生活もそうだったが、とにかく食事はスピードが命。トロトロ(普通は「ゆっくり」と表現する)食べること自体が許されなかったので、たいていのものは咀嚼せずに飲み込んできた。うどん、蕎麦等の麺類、ご飯等は殆ど噛まずにそのまま飲み込む。魚も飲み込む。野菜は1、2回噛んだら飲み込む。肉も3〜4回の咀嚼で飲み込む。40年以上、私の食事とは、飲み込むことだった。口に入れた一瞬の味と香り、飲み込む時の喉ごし、それが私にとっての「味」だったのだ。

 そんな私が親だったにもかかわらず、娘は実によく咀嚼する。固い物ばかりでなく、柔らかい物を食べる時も、ほとんど液体のようなもの(ムースやプリン、アイスクリーム等)を食べる時でもモグモグと口を動かして噛んでいる。不思議なものである。

 つい数週間前の事なのだが、娘と一緒に夕飯(生蕎麦)を食べている時、彼女がモグモグしている様子があまりにも幸せそうだったので、「蕎麦って、噛んだことないけど、一回、噛んで食べてみようかな」という気になった。蕎麦を噛む・・・私にとっては初体験である。試しに飲み込まず、敢えてモグモグやってみた。「へっ?な・な・何なん、この味は?これが蕎麦の味やったん?!美味しい!!」・・・そうなのだ。噛むという行動が加わるだけで、今まで私の食べてきた普通の蕎麦が、こんなに美味しいことを知ったのだ。ほとんどツユをつけなくてもいいくらい、深い味わいがする。ひょっとして、他の食べ物もそうなのか?そう思った私は、他のおかずにも挑戦してみた。「美味しい!」そう、例外なく、全て美味しかった。微妙な出汁の加減や、野菜やお肉の持つ本来の甘さや旨味が感じられた。この頃食べている発芽玄米もすこぶる甘くて美味しい。以来、毎日毎食、欠かさずしっかり噛んで食べている。こんなことなら、もっと早くに気付くべきだった。

 一噛みごとに美味しさが広がると、そんなにたくさん食べなくてもお腹も膨れるし、深い味わいも感じられるし、何より、食べることでの幸福感が深まる。自称グルメで、食べ物の情報はいち早く取り入れ、食べることが何より大好きだと自負していたが、それは大きな間違いだったことに気付いた。今まで私は何を味だと思い込んできたんだろう。あー惜しいことをしてきたものだ。これまで食べてきたあれもこれも、きっともっと美味しかったに違いない。

 幸せいっぱいの顔で食事をとっている娘のお陰で、やっと味覚の一端に開眼できた。さぁて、これからの人生、しっかり噛んでしっかり味わっていかねば。食べられることに、噛めることに感謝しつつ。

(2005年2月)