スタッフエッセイ 2005年1月

和服への想い

村本邦子

 今年の成人式は比較的スムーズに行われたようだ。今どきの娘たちは「振り袖よりもヴィトンを買って」と親にせがむそうな。他方、これまたブランド志向の親世代は、なぜか娘に高価な着物を着せたいのだと言う。年をとって保守化するのだろうか。「今シーズンは、総額520万円のものを買う人もいました」と伊勢丹バイヤーはあきれ顔。たしかに、こだわりだせば、着物に数百万かけることは難しくないような気がする。
 今年のお正月は久しぶりに着物を着た。姪っ子が高校生で着付けの一級免状を取り、免状料のカンパのお礼に、皆を着付けてくれることになったのだ。私たち三姉妹とその子どもたち、総勢7人の女たちがみんな着物を着たので、元旦は大騒動だった。姪っ子は大活躍。私は自分で作ったシックな付下げ、娘はすぐ下の妹とともに妹の「洗えるポリ」の小紋、その下の妹は、姪っ子が着付けを習い出す時に、練習用に私が大丸のリサイクルで見繕った付下げ、小5の姪は娘のお下がり、残り2人の姪はご近所に住んでいたおばあちゃんから頂いたお下がり。
 そのおばあちゃんは、老人ホームへ入るにあたって、せっかく子どもや孫に作った着物なのに「そんな古いもんいらないから捨てて」と言われ、毎度毎度のゴミ捨ての日に少しずつ泣く泣く処分していたと言う。最後に残った子ども用の祝い着や自分の好きだったものを捨てようとしているところで、たまたま通りかかった妹に「誰か着てくれないものだろうか・・・」と声をかけたらしい。妹は「娘が一生懸命着付けを勉強しているので、いくらでも」と大喜び。こうして救い出されたおばあちゃんの着物が甦ったわけだ。
 うちは余裕がなかったから、成人式も振り袖を作らなかった。それでも、洋服一式や髪のセット、写真まで精一杯やってもらったので、親心を考えれば、とても「作ってもらえなかった」とは表現できない。自分で働いてローンで買った友達もいたから、そこまで欲しかったかと言えば、そんなことはない。もし、自由に選べたとしても、あの成人式用の派手な振り袖と鳥の羽のフワフワは決して選ばなかったことだろう。でも、たぶん、洋服ではなく、渋い着物を作っていたんじゃないかな。
 そう、和服が好きだったので、大学時代はバイトに励み、海外旅行は一度もせず、お茶と和裁を習い、街着になりそうな小紋や付下げを何枚も作った(自分で縫いもしたのだ)。夏物だって結構ある。和服で花見に行ったり、旅行をしたりと、趣深い京都生活を楽しんだものだ。1枚1枚に大切な思い出がある。その頃の着物のなかには、もう近く、娘に譲ることになるだろうものもあるし、小物を変えれば、まだまだいけるかなというものもある。何より、最近は、ファッションデザイナーの参入やアンティークばやりで、あれだけうるさかった年齢と色の関係は崩壊しつつある(ように見ていて感じる)。子どもを産んでからすっかり和服生活から遠ざかったが、隠居したら、日常的に和服を着て生活したいと思っている。その前に、週1回でも、着物を着てお茶のお稽古にでも行けるような優雅な生活をしてみたいなぁ。
 デジカメで撮ったお正月の写真が出来上がってきた。何とも華やかで綺麗。早速、妹に送って、老人ホームのおばあちゃんにもみてもらいたいものだ。

(2005年1月)