スタッフエッセイ 2005年1月

新年の便り

安田裕子

 年末年始、年賀状を書いたりいただいたものを見たりすることは、私にとって、様々な思い出を喚起させるような楽しいひとときである。慌ただしく過ぎゆく師走、年賀状を書くことをついつい先延ばしにしてしまうことも多いが、いったん書き始めると、懐かしい世界にどっぷりひたるような感覚すら覚える。幼稚園に一緒に通った幼なじみ、幼い頃によく一緒に遊んだいとこ、学生時代に悩み事を聴いてもらったり喜怒哀楽を共にしたりした友人、以前に勤めていた職場の同僚や上司、温かいエールを送り続けてくれる恩師など、その時々に経験を共にしてきた人々の顔と懐かしい思い出がどんどん浮かび上がってくる。それぞれが自分の道を歩んでいく過程において、偶然の積み重ねによって出会いが生じるということ、改めて人と人とが出会うことの不思議さを思う。なかには、遠方にいる人であったりお互いが忙しかったりするために、年賀状でのやりとりが唯一の交友の手段になっている知人もいるが、「今年こそ会いたいね」というメッセージを書きながら、その人に出会ったことにある種の不思議や懐かしさをかみしめている自分に気づいたりする。
 それにしてもここ数年間、いただく年賀状に、結婚、出産、子どもの成長、転職など、その人の生活上での大きな変化が見て取れるようになったのが面白い。自分の年齢を考えると、同年代の友達にそうした変化があってもおかしくはないが、学生時代から付き合っていた2人が結婚したり、流産でつらい思いをしていた友達に子どもが産まれたりすると、やはり感慨深いものがある。それはまた、まだ結婚していない自分の人生の行く先に軽い不安と期待を感じる瞬間でもある。結婚がすべてだとは思わないが、これからの人生を共にするパートナーは見つけたいなと思う。一方で、転職組である私に宛てたメッセージとして、「私もあなたのように勉強を始めることにしました」などの添え書きをくれる友人もいて、僭越ながら私もまた他者の人生に多少なりとも関与しているのかなと、少し嬉しくなったりする。
 新年、新たな思いで再出発をするにあたって、これまでの経験や思い出を振り返りつつ、改めて今後の展望を考えるという点において、年賀状はとてもすてきな役割を果たしてくれる。初心を忘れないということ、難しいことかもしれないが、心がけつつこの一年を過ごしていきたいなと思う。

(2005年1月)