スタッフエッセイ 2004年12月

続・お高くとまった彼女

渡邉佳代

 11月の末に実家の愛犬である、華が死んでしまった。華は、胸に大人の拳大の腫瘍を抱えていた。乳腺癌だった。老犬だったので手術もできず、それだけの腫瘍を抱えていれば余程痛かっただろうに、うんともすんとも言わずに眠るように逝ってしまったと言う。長く生きたので、犬としては大往生だろう。しかし、華がいなくなったことで、私の少女時代の何かが終わってしまったような気がする。

 数年前、ある講演で「現代の子どもに『あなたの家族は?』と尋ねると、ペットの名前まであげる子が多い。ペットは黙って話を聞いてくれるし、何か励まそうとしたり、ガミガミ言ったりしないので、子どもにとって、ペットは家族以上に家族となりつつある」と聞いた。当時はまだ「ペット(アニマル)・セラピー」は耳慣れない言葉だったので、その話は強く印象に残っていた。学校や家庭でも、表面的には「明るく」「元気に」「楽しそう」に振る舞い、悩みや苦しみを人間関係の中で共有することに慣れていない子どもにとって、ペットは自分の感情をただ黙って受け止めてくれる大切な存在になっているのだと言う。

 確かに、「嬉しい」「楽しい」「ワクワクする」などのプラスの感情は人と共有しやすいが、「つらい」「悲しい」「暗い」などのマイナスの感情を、一番身近な家族にさえ表現しづらく、よくない感情として自分の中で抑えてしまうと、しんどさはどんどん大きくなり、行き場を失ってしまう。そうした生き方は大変生きづらい。子どもだけではなく、大人だって同じだ。景気があまり芳しくないこのご時世に、ペットやその関連業界は一大産業を成していると言う。テレビや雑誌などのマスコミで「お犬様」と半ば揶揄するかのように、ペットの待遇の良さが取り上げられているのを目にすることもある。しかし、一概には言えないが、こうした背景も考えられるとすれば、ペットが家族同様に大切にされているのは、それほど不思議でもないように思う。

 私にとっても華は家族同様だった。華は私が無事に思春期を乗り越えるための大きな力となってくれたように思う。思春期の私は大層強がりだった。ケアされたい自分を置き去りにし、ケアする自分ばかりに目が向くことは、あまりにもしんどいことだ。ただでさえ思春期なんてしんどい時期なのだから、もっとワガママに自分自身にエネルギーを費やしたって、罰は当たらないだろう。その頃の私が肩の力を抜いて向き合えるのが華だった。人に愛想を振り撒くでもなく、一匹狼のように凛と構えている華に、私はおそらく自分を重ね合わせていたのだろう。

 華は私にとっての「安心基盤」だった。「安心基盤」とは、「私が私であって大丈夫」「どんなことがあっても、これがあるから私は大丈夫」という、私が私であるための土台のことである。人によっては、家族や友達、パートナー、ペット、大好きな音楽、絵を描くこと、故郷の風景など、様々なものが安心基盤となる。この安心基盤をたくさん持っているほど、人の土台はよりしっかりとし、強くしなやかに生きていくことができると言われている。

 今思えば、安心基盤である華を通して、私は本来の身の丈にあった自分と向き合い、その自分を大切にし、ケアしていたのだと思う。人は他者にケアする時間と労力を費やす分、自分自身も同じようにケアされてバランスが取れるように思う。大きな背中を押し付ける華の温かさと重みを感じながら、私は思春期の危ういバランスを取っていたのだろう。

 華が死んだと電話で聞き、いつかは迎える日だと覚悟を決めていたものの、やはりショックは大きかった。自分の足元がガラガラと崩れていくような、自分の一部を損なったような感覚である。安心基盤のうちの大きなひとつがなくなってしまったのだから当然のことだ。しかし、私は華以外にもたくさんの安心基盤を築いてきたし、その分、肩の力も抜けてきた。華はそれを見届けて逝ってしまったように思えてならない。

 華がいなくなったことは、私にとって、あるひとつの象徴的な出来事だった。眠るように死を迎えた華を見て、掛かり付けの獣医さんが「この子は人の手がかかってしまったら死にきれないような子だから、この子らしい臨終を迎えた」と言われたそうだが、その言葉を聞いて余計に悲しかった。華、水臭いよね。最後まで、気高く逝っちゃうなんて。華の眠る場所が、少しでも暖かく快適な場所であるよう、心の底から願っている。

(2004年12月)