スタッフエッセイ 2004年10月

近況報告

津村 薫

 娘の病気のことをエッセイに書いたところ、いろいろな方から実にたくさんお声をかけていただいた。「大変でしたね。その後、お嬢さんはいかがですか」とあちこちの講演先で尋ねられたことが何度もあった。女性ライフサイクル研究所のサイトを覗いてくださる人がたくさんおられることにも驚いたけれど、胸を痛めてくださっていた方がこんなにおられたことが、ありがたく嬉しかった。

 本を送ってくださった方も、メールをくださった方もおられる。私の体験よりも遥かに苛酷な体験をされた方には言葉をなくし、拙いお返事しか出すことができなかった。お目にかかって仕事をご一緒した方たちが「実はうちの子どももなんですけどね・・」という話をして慰めてくれたことは一度や二度ではない。子どもの病気を体験し、大変な思いをされた人がたくさんおられるのだ。

 心配してくださった皆さんにお礼の気持ちをこめて、その後の報告をさせていただこうかと思う。

 驚異のスピードで回復した娘は、既に復学している。最寄駅までの自転車での往復と、体育だけは諦めざるを得なかったが、その他はごく普通に暮らせている。最初の頃は体力が続かず、帰宅した途端にベッドに倒れこんでしまい、そのまま起きられなくなったり、翌日はまたお休みしたりという日が続いて、親もはらはらした。少しずつ少しずつ、体を慣らしていったような感じだ。

 それでも、まだ時間はかかる。揺り戻しのように不調が続くこともある。この病気になったことのある私の友人は「とてもじゃないけれど、年単位で普通の生活は無理だったと記憶している。疲労度が普通の人とは全然違う。本当につらかった。若い時代だから、大事な時期を棒に振ったような気すらした」と言う。もうひとりの経験者の方からは、そのつらさとどうつきあい乗り越えたかという話を聞かせてもらい、随分励まされた。娘が発症して5ヶ月。まだまだ仕方ないことなのだろう。時々つらそうに「ほんまに疲れた」と言う。「大丈夫?」と人に聞かれることがあっても、この「とてもひどい疲労」というのがわかってもらいにくい、説明できにくいと言う。突然ばたんとひっくり返って、そのまま寝てしまうということがある。「命さえ助かれば」と思っていた頃とはまた違った課題を抱えていることを実感する。

 あれこれと試みたいこの時期に、大幅にそれを限定し、体力と相談して、何を選択し何を諦めるのかを考えなければならない。それがとてもくやしそうで、不憫でもある。本人にしてみれば、たとえ命は助かっても、「どうして私だけが」という思いは容易に払拭できない。私もそれを「何言ってるのよ、ありがたいと思わなきゃ」と一蹴する気持ちにもなれない。希望校に落ち、無念の進学をし、それでも気を取り直して頑張り始めたところでの病気、しかもたいへんな苦痛を伴う病気の発症は、さぞつらく、くやしかったことだろうと思う。

 思春期ともなれば心配は心配でも、子どもが自分で選択し、その結果に責任をとっていくことを支援してやらねばと思いつつ、健康であれば黙って見守れるところに、あえて口を出さざるを得なくなることがある。できなかった時期のことを取り返そうとばかりに、無理をしてでもやることを詰め込みすぎるきらいがあるからだ。どう考えたらよいのだろうと思いながら注意したり、話し合ったり、意見を言ったりということがある。来年の今頃は、これが笑い話になっていればいいなと願いつつ、親子でやりとりをしている。

 単身赴任していた夫も帰ってきた。娘の病気もとりあえずは落ち着いた。そうするとこれまで気が張っていた私がバテてしまった。当然だろう。生きた心地のしない時期を踏ん張って過ごしたのだから。自分の心身に耳を澄ませる余裕はなかった。それでも私はかなり恵まれた立場にあったと思う。職場や周囲から本当にサポーティブに接してもらえた。仕事を最低限に減らすことができ、仕事仲間たちからは助けられた。友人たちも何かと気にかけてくれた。本当に感謝している。

 そんな恵まれた立場にあったけれど、バテた途端に私は食欲が落ち、「しんどい」と感じるようになった。すると夫が前よりも家事に精を出してくれるようになった。私自身も「いまは弱っているのだから、甘えて助けてもらおう」と感謝して甘えることにした。夫婦で助け合っているんだなあと実感する。ようやく我が家に訪れた平和な日々。仕事にしても、無理をしていた部分について問題にして、どんなふうに負荷を軽減できるのかを考えるようになった。そうして月日が経ち、私も元気を取り戻しつつある。

 娘が、楽しそうに何かに打ち込める時間は確実に増えてきた。文化祭の準備などで「皆であれこれ話し合ってわいわいやるのは楽しい」と嬉しそうに話す。大好きな映画も観に行った。街のクレープ屋さんに友達と出かけた(娘の大好物なのだ)。勉強もしなくちゃと部屋で頑張っていたら、何かの気配を感じて怖くなり、おそるおそる振り向いたら、猫が音もなく座っていたそうだ(うちの猫は、なぜか娘の部屋が大好き。いつのまにかもぐりこんでいたりするのだ。何をするでもなく、じっと娘を見ているらしい)。ホラー好きの血は相変わらず、今一番観たい映画は「感染」&「予言」なんだと(笑)。お笑い好きで、このテの番組を好んで見ては、お腹を抱えて笑っている。波田陽区に言わせれば、「アンタ、そのエネルギーを勉強にかけたらすごいですから!残念!」というところか(笑)。音楽が大好きで、暇があればレンタルCDに走る。試験前なので血相を変えて教科書とにらめっこ。友達と出かけてはプリクラを撮ってくる。どこにでもいる普通の女子高生生活なんだろうなあ。とても可愛い。今はもう、娘が元気でさえいてくれたら、なんだっていいやという気持ちだ。 

 それにしても、「大変な時期にお仕事をお願いしたようで、すみません」と依頼先のご担当が気遣ってくださったことには恐縮した(これも一度や二度ではない)。もちろん、そう冷静に線引きができた訳ではなく、後ろ髪引かれるような思いで仕事に行った日々は確かにあったが、その仕事があったからこそ、正気を保てたことはまぎれもない現実だと思う。むしろ感謝しているほどだ。今もはらはらとすることの多い毎日、やはり仕事と仲間たち、人との繋がりに助けられているのだと思う。応援していただいた多くの方に心から感謝したい。子どもたちの健康と幸せを心から祈って・・・。

(2004年10月)