スタッフエッセイ 2004年9月

平和への願い〜ハナミズキを唄って

おだ ゆうこ

 今年のFLCの年報をきっかけに、おそばせながら私たちの世代が受け継いでいく"平和"について考える機会を得た。戦争を知らない世代である私は、どこかしら戦争の問題に直面しきれずにきたし、そのことに対する後ろめたさも感じてきたように思う。今回の年報の執筆を通して、第3世代以降の若者が自分たちの問題として"戦争と平和"を受け継いでいくためには、今までの戦争被害教育とは違った角度からのメッセージ性が必要だと改めて感じた。それが何なのか私はまだ言葉にしきれていないが、堅苦しくなるが言葉にしてみると・・・"戦争と平和"とは、国と国との対立や問題という外側にあるものではなく、足元に拡がる"個"の日常の中にあるものであり、"戦争と平和への教育"とは大人たちが、日常の中でどれだけ命の尊さ(理不尽に命が傷つけられることや奪われていくことの悲しみと怒り)から目を背けず、大事に取り扱っていく視点を育めるかにあるように思う。そしてその視点が国を超えて繋がってく想い、つまり「平和への願い」ではないかと想う。自分の国で戦争があるとか無いとか、THE YELLOW MONKEYの唄(JAM)の歌詞じゃないけれど、外国で大きな事故があって「被害者に日本人はいませんでした」とかそういったたぐいの思想になるのはどこか、何か違うように想う。戦争を知らない世代の私たちだからこそ、「戦争」に縛られない、国と国との対立に縛られない「平和への願い」を一人一人の心の中でじんわりとしっかりとあたためていけたらいいなぁと思う。
 最近私がカラオケで歌って、その歌詞に、想いに、涙がこぼれそうになった唄がある。『あぁ平和への願いってこういうことだ・・・』と。今必要とされている平和へのメッセージとはこういうことかなと私の中でピッタリきた。若い人は殆ど知ってるかな?でも、ただ聞くだけじゃなく是非自分で歌ってみて欲しいと思う。受身的に聞いているときとは違った何かが、自分の中から生まれてくるかもしれないから。

ハナミズキ           唄/作詞 一青 窈

空を押し上げて 手を伸ばす君 五月のこと
どうか来てほしい 水際まで来てほしい
つぼみをあげよう 庭のハナミズキ

薄紅色の可愛い君のね 果てない夢がちゃんと終わりますように
君と好きな人が百年続きますように

夏は暑過ぎて 僕から気持ちは重すぎて
一緒に渡るには きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい お先にゆきなさい
僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように

ひらり蝶々を 追いかけて白い帆を揚げて
母の日になれば ミズキの葉、贈って下さい
待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ

薄紅色の可愛い君のね 果てない夢がちゃんと終わりますように
君と好きな人が百年続きますように

僕の我慢がいつか実を結び 果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように

君と好きな人が百年続きますように。

*ハナミズキの花言葉 『私の想いを受けてください』
1912年に東京市長がワシントンD.C.に桜を贈ったのは有名な話ですが、その返礼にアメリカから送られてきた樹木がハナミズキ。ハナミズキは日米親交の証として贈られてきた訳です。ハナミズキにのせて贈りたい想い・・・それは『果てない波がちゃんと止まりますように君と好きな人が百年続きますように・・・。』一青 窈さんの柔らかくも力強い願いに同感。

(2004年9月)