スタッフエッセイ 2004年9月

祭囃子(まつりばやし)の頃に

渡邉佳代

祭囃子を聞くとワクワクすると同時に、古くてセピア色の写真を眺めているよう
な、何か懐かしくて優しい気持ちになる。それは、私が祭囃子の頃に生まれたからな
のだろうか。
 私事だが、先日、誕生日を迎えた。ここ数年来、めっきり自分の誕生日を大切にす
るのを怠っているためか、自分以上に周囲の人たちが祝ってくれると不思議な気分に
なる。人の誕生日を祝うのは大好きだ。先日、実家に帰った時は、ちょうど弟の誕生
日だったので、1歳8ヶ月になる姪っ子に誕生日の歌を覚えこませて(姪っ子にとって
は、はた迷惑だ!!)一緒に歌ったり、「パパの誕生日、嬉しいね!」などと言い
合ったりしていたのだが、自分の誕生日となるとどうも忘れがちだ。実年齢さえ忘れ
がちで、自分の年齢をひどい時には5歳くらい上に思い込んでいたりする。
 小さい頃、誕生日になると自分の生まれた時のことをよく聞いた。首にへその緒が
巻き付いていて、母が半日苦しんで私を生んだこと。次の日が地元の秋祭りで、祭囃
子の騒がしさ中で元気に生まれたこと。あまりにも元気すぎて、ギャーギャー泣くの
で、看護婦さんが「うるさい・・・・あ、元気な女の子ですね〜」と苦笑して言い直した
こと。父は男の子が生まれたと思って、喜んで法被姿のまま病院に駆けつけたのだ
が、女の子だと知ってガックリと肩を落として帰ってしまい、それを見た母方の祖父
母が娘と孫の将来に一抹の不安を感じたこと。これは渡邉家では伝説となっていて、
父は哀れにも未だにこのことで娘に批難されている(笑)。自分が生まれた時のこと
は何度聞いても、くすぐったい。
 今年もFLCスタッフをはじめ、家族や友人たちからお祝いメッセージを頂いた。
ある友人から「多分、これからも長くお世話になると思うけど、お互い素敵に年を重
ねていきましょうね」とメッセージをもらった。自分の年を5歳も上にサバを読んで
いるくせに、そう言われて、ふともうそんなことを言い合う年になったのかとも思
う。こうして人と共に年を重ねていけることは幸せだ。
 批難の的の父は、電話で「お誕生日おめでとう。何歳になりましたか?あ、お母さ
んに代わりますね」と毎年、一言も違わないフレーズで誕生日を祝ってくれる。その
後、ドタバタと母に電話が移り、これまたいつものように地元の祭囃子を電話越しに
聞かせてくれる。変わらない不器用な父とドタバタな母に半ば呆れながらも、ようや
く自分の誕生日という実感が湧いてくる。父と母のこの変わらなさを微笑ましいと思
えるほど、多くの人たちとの出会いの中で私は様々なことを学んで吸収し、思春期と
は違った目で父と母を見られるようになったのだろうな。ありがたいことだ。
 祭囃子の変わらない音色を聞いて、来年は自分の誕生日を盛大に祝ってやろうと思
う。こうして祝ってくれる人たちがいて、自分が生きてきた年月を振り返り、支えて
きてくれた人たちに改めて感謝する誕生日は、やはりかけがえのない特別な1日なの
だろう。
(2004年9月)