スタッフエッセイ 2004年5月

怒りの壁

津村 薫

 「怒り」とどんなふうにつきあうか、というテーマで講師の依頼をいただくことは珍しくないが、実のところ私は、「怒り」とのつきあい方がとても下手だった。いや、つきあい方というよりは、捉え方というべきか。「怒りは決して悪いものではない」などと書物にあっても、「ほんまかいなー」(かなり眉唾)というノリだったのだ、近年まで。なかなか越えられななかった、怒りの壁。
 ひとつには、「怒り」と上手につきあっているモデルを身近に持たなかったのだろうけれど、子どもの頃に読んだ本からの影響も小さくはなかったと感じている。本は私の青春でもあった。少女時代に夢中になった数々の名作は当時、何度も繰り返して読んでいる。そのうちのひとつが『若草物語』(オルコット著)だ。しっかり者で素敵なレディーのメグに憧れ、元気者で爽やかなジョーに共感し、もの静かで思いやりのあるベスに胸打たれ、わがままだけど可愛い末娘のエミーのお転婆を楽しんだ。そんな4人姉妹を暖かく見守る母親は、とても愛情深く優しく賢い夫人で、娘たちから信頼され尊敬されている存在だ。「貧乏人の娘は、いつまでも結婚できないかもしれないわ。私たち、オールドミスになってしまうじゃありませんか」と言う娘たちに、「不幸な人妻より、幸せなオールドミスの方がずっといいのです」ときっぱり言う母親。貧乏を恥じてもいない、母親の毅然とした態度は、少女だった当時の私にも、とても素敵に見えた。
 末娘のエミーが学校で規則違反をしたときもそうだ。彼女は、禁止されていた塩漬けのシナの実の缶詰を持って行ったのである。友達におごって、いい顔をするためだ。それが見つかり、教師から鞭で手を叩かれるという体罰にあう。母親は教師の体罰にたいへん腹を立てるのだが、エミーが缶詰を処分されたとを愚痴りはじめると、「先生のやりかたには感心しないけれど、あなたは規則を破ったのですよ」とエミーに言って聞かせるのだ。 しかし・・・今でも鮮明に記憶しているのは、次女ジョーと末娘エミーの喧嘩だ。エミーは、姉のジョーがボーイフレンドに誘われて、姉のメグと3人でお芝居を観に行くことを知り、一緒に連れて行ってほしいとせがむ。しかしジョーは、エミーの面倒をみるのは嫌だと言う。メグは「かわいそうだから連れて行ってあげましょうか」ととりなすが、ジョーはにべもない態度。それなら自分は行かないとまで言い出し、エミーを無視して、姉を急き立て出かけてしまう。わっと泣き出したエミーは「ジョー、覚えてなさい!」と叫ぶのだが、この恨みを晴らすために、エミーはなんと、作家を目指していたジョーが少しずつ書きためていた大切な原稿を、暖炉ですべて燃やしてしまうのだ。これにはジョーだけでなく、家族中がショックを受けた。いつも優しい母親も、今回ばかりはかばってくれない。エミーはさすがに自分のしでかした事の重大性に気づく。ジョーに許しを乞うのだが、ジョーは生涯許しはしないという冷たい反応だ。
 そんなある日、「くさくさするから気晴らしに」と、ジョーはボーイフレンドのローリーとスケートに出かける。エミーはそっとついていき、氷上で仲直りの機会をうかがう。ジョーはそれに気づいているのに知らんふりを決め込む。「真ん中は氷が薄くなっていて危ないよ」とローリーに注意されるのだが、ジョーはそれをエミーには伝えようとしない。果たして、エミーがすべっている真ん中の氷は割れ、エミーは湖に落ちてしまうのだ。ローリーの素早い救助のおかげで、エミーは怪我もなく無事だった。しかし、ジョーは自分の怒りにかられて、妹を危うく見殺しにしそうになったことに苦悩するのだ。「ジョーはいつもこうなのです。お母様助けてください」。すると母親は「お母様も、とても短気なのですよ」と娘に話し始める。「そんな、お母様が短気だなんて!お母様はちっともお怒りにならないのに?」と驚くジョー。母親はさらに言う。「それは態度に出さないだけで、私は今も怒っています。この上、怒りを感じないようになるまでには、あとどれくらいの年月がかかるやらわかりません」と。“怒りというのは未熟さゆえに抱くもので、それを感じなくなるのが成熟だ”というイメージを私はどこかで持っていたような気がするが、そのモデルといえば、あの4姉妹の母だったように思うのだ。慈悲深い、辛抱強く賢く優しい女性。こうして怒りの感情は青春時代の私にとって良くないものとイメージされ、「脅威」となったのかもしれない。それでも私はやはり怒っていた。怒りを無視することはできなかった。そしてどこかで罪悪感を抱いていたような気がするのだ。
 年月が経ち、私も年をとった。『若草物語』を、今も魅力的だと思う。けれど、今なら私は、自分自身の良い母であろうとするだろう。私がジョーのように苦悩する日があっても、「あなたの大切な宝物を灰にされたんですもの。悲しみや憤りは当然の感情よ。でも、エミーが近づいてきたときに、“まだあなたと冷静には話せないわ。私に時間をちょうだい。そっとしておいてほしいの”と言うことができたかもしれないわね」と言ってあげられるんじゃないかな。怒りの壁は打ち砕かれた。でもすっきりとした訳ではなく、打ち砕かれた壁の残骸は、まだそのあたりに散らばっているかもしれない。誰かが築いた壁ではなく、私の思い込みや長年の偏った価値観が建ててしまったのかもしれない壁。今は、その残骸のひとつひとつを宝物のように拾い集めては、「頑張ってきたもんねえ」と愛おしむ時間を持っているような気がする。

(2004年5月)