スタッフエッセイ 2004年3月

就職難

前村よう子

 バブル経済が崩壊してからというもの、日本経済は低迷し続けている(低迷どころではないかも)。30歳にして教員免許を取得してより、高校や専門学校で教壇に立ち続けて来た。その中で、教え子たちの就職難を見聞きするにつけ、就職は「買い手市場」であることを実感してきたが、これが他人事である時には、なんだかんだ言っても「薄皮一枚」隔てた上での実感であったことは否めない。
 ところが、昨年秋よりこのかた、この就職難は私の身に降りかかってきたのだ。この3月末をもって、非常勤講師として通ってきたとある高校での任期が終了することとなった。この通知をもらった昨秋、かなりショックを受けた。教育の場で生徒や学生たちと向き合い続けることが、私にとってどんなに大切な事だったのかを今更ながら思い知らされた。クヨクヨする間もなく、40歳にして就職活動の幕は切られた。
 「これまでの経験や実績はきっと評価されるはず」と多くの方々から、心温まる励ましの言葉を貰った。私自身も、そう思って楽観している部分があった。ところが、教員採用の道は険しかった。まず、「年齢の壁」が立ちふさがった。ネットで専任教員または常勤教員を募集している学校自体少ないし、ましてや社会科系となると30件に1件、あるか無いか。その上で、たいていの求人が上限を30歳までとしている所が殆どなのだ。応募書類確認の為に電話で問い合わせるとまず「失礼ですが、おいくつでしょうか?」と年齢を尋ねられる。正直に答えると、その時点で「残念ですがご縁が無かったということで」と門前払いにあう。応募書類をキッチリ揃えて送付しても、まるで準備してあったかのごとくすぐに「残念ながら・・・」通知が返送されてくる。このようにまず、採用試験を受けさせて貰えるまでが難関だった。
 やっとのことで採用試験を受けても、ライバルはたいてい現役大学生か大学院生。採用試験等というものは、自身の大学卒業時以来だから、18年ぶり。感覚も頭も鈍り、自分でも情けない結果が続いた。日頃、生徒や学生を前にしての授業や、研究所から派遣されて行く先での講師や講演などに慣れているはずなのに、「試験」の二文字に彩られると、模擬授業もしどろもどろ・・・。「ホンマは、私って教員に向いてないんとちゃうやろか?」と落ち込み、毎晩のように採用試験の夢を見てはうなされる夜も続いた。
 年が明け、非常勤に絞り込んで、無事4月からも教壇に立てることとなった。求職活動の厳しさの一端を(ほんとうに、ほんの一端にしか過ぎないと思うが)かいま見た経験となった。この経験、是非、4月からの授業にも活かさねばと思っている。

(2004年3月)