スタッフエッセイ 2004年1月

新しい年の迎え方

小林まり子

 年末年始がどうも苦手だ。子どもの頃は、町や家族が年の瀬の騒々しさから元旦の清々しさに、変わりゆく様が不思議で、それなりに楽しんだものだけれど。自分が家族を先導して、大掃除に、おせちづくりにと張り切るのが不得手。その上海外駐在員の家族として熱帯で3回、年を越して以来、わが家の年末年始のありようはずいぶん変わった。

 熱帯ではおせち料理やお雑煮を作る気にはならなかったし、安価でカラフルなクリスマスカードを年賀状代わりに送っていたし。大掃除をしなくても、カウントダウンで新しい年は始まったし。その上、その国には、民族・宗教によって4つの異なるお正月があった。私たちのお正月には、やっぱり、きぃんと張りつめた寒さが似合うと思ったものだ。
 そんな経験をしているのだから、お正月をもっと大切にしたいと思ってはいるのだが、帰国後すでに6回のお正月、いずれも落ち着いて新年を祝う雰囲気ではなかった。私自身は3回の転職で、毎年のように違う職場や働き方で新しい年を迎えてきた。三人の子どもたちも小学生から中学、高校、大学生へと成長し、毎年誰かが受験生という年頃である。
 それでも、年賀状書きや年末の大掃除、初詣にお正月料理など、決まりごとが大好きな夫のおかげで、今年もなんとか大晦日から元旦へ、それなりの体裁を保ってなだれ込んだ(これがホントの一夜漬け)。元旦には家族揃ってお雑煮くらい‥と思ったが、長女は彼氏と初詣デートに出かけてしまったし、友人たちと遊園地のカウントダウンで年を越した次女は寝不足でぼんやりしていたし、受験生の息子だけが「初詣で合格祈願」と張り切っていた。お正月だけ家族五人で楽しむことにしていた「ドンジャラ」(子ども向けマージャンゲーム)も、今年はなし。リビングにいるのが、夫と私だけになってしまったのだ。

 年賀状を書くのをやめた私にも、元旦にはたくさんの年賀状が届く。友人知人の近況を読んでいるうちに個人新聞(十年以上続けた家族新聞が、帰国後は私の個人新聞になり、今号で通算100号を迎えた)の編集を思い立ち、パソコンを取り出した。
 ここ数ヶ月の自分の動きを打ち込みながら、思った。年賀状書きや年末の大掃除、初詣にお正月料理‥その決まりごとは、どんどん減らせても、過去・今・未来、家族や自分のありように思いをめぐらせることができるのは、やっぱりお正月なんだろうなと。四つの季節があるとはいえ、せわしないこの国で、お正月くらい立ち止まって思ってみる。年末年始が苦手な私にだって、それくらいはできそうだ。

(2004年1月)