スタッフエッセイ 2003年5月

「女性専用車両」導入に思う

津村 薫

 十数年前、「女性専用車両」導入を求め、すでに女性たちは運動していた。当時はまだ、「被害女性が、思い切って声をあげてくれないと取り締まれない」という声が大きく、現在のように「痴漢は犯罪です」などというポスターがなかったのはもちろん、「女性専用車両に乗らない女性は、痴漢行為がOKなのか」という、軽蔑に値する揶揄さえ聞こえた。

 現在、私は毎日のように、JR環状線の女性専用車両を利用している。本当に快適で、乗り込むたびに毎日、安堵している自分自身がいる。多くの女性に経験があるだろうが、私も20代の頃は、画鋲か針をしのばせて、痴漢の手に刺してやれたら、どんなにいいかと半ば本気で思っていた。その執拗で卑劣な行為には体が震えるほど、くやしい思いをしてきたからだ。女性専用車両導入には、賛否両論ある。残念なことだが、慰謝料目的で、あるいはマナーを注意された腹いせなどで、女性が無実の男性を痴漢として陥れたというケースもあったと聞く。痴漢に間違われ、女性から白い目で見られる男性側の怒りの声も直接数人から聞いたことがある(自意識過剰と言われるとつらい。それほど女性たちは、この戦慄と戦わされてきたのだ。憎むべきは、そうまで女性を緊張させる痴漢行為だと理解してほしい)。それでもなおかつ、女性専用車両は有効なものだと思う。狂言強盗が出たからといって、本物の強盗を取り締まらなくてよいという理論は通用しない。性犯罪にのみ、これが適用されるのは、やはり社会には根強く、「痴漢くらい、性的いたずらくらい・・・・」という、暴力に麻痺した価値観が蔓延しているからだと思う。また、訝しいことに、女性専用車両に、必ずといっていいほど男性が乗っているのだ。毎日2〜3人は見かける。「気づかずに、うっかりしているのだろうか」とも思うのだが、どう見ても確信犯的という感じがしてならない。気づかないでいる男性は大抵、独特の雰囲気に気づき、「ちょっと違うなあ」という顔をして周囲を見回し、あわてて次の駅で乗り換えたり、または乗り込もうとしてハッとして、隣の車両に走って行く。「アイデンティティが女性ってことだったりして・・」「知り合いと一緒なのかな」(実際、カップルで女性専用車両に乗る若者は、何度か見かけた)と好意的に(?)解釈してみようとするが、解せない。あるいは無言の抗議メッセージなのだろうか。個人的に感じることは、やはり「男だなあ」ということだ。男性専用車両があれば、たとえ諸々の理由で異議を唱えてたとしても、そこへ乗り込もうという女性は、これほどの数はいないだろうと思うからだ。尊敬できる男性たちを、私はたくさん知っている。男性と敵対したいとも思っていない。それでもやはり、女性専用車両に毎日、嬉々として乗り込む。私は女なんだなあ。