スタッフエッセイ 2003年11月

小さな命

小田裕子

 先日、スクールカウンセラー勤務中にちょっとしたハプニングがあった。
放課後生徒が「先生・・・子猫が溝にはまって出て来れなくなってるの」と私の肩をたたいた。肩をたたかれた時は『おっ相談か?!』と思い、受容的な雰囲気をかもし出しながら耳を傾けてたので正直拍子抜けしたが、それを私に相談してくれたことが何処か嬉しくて(よくよく辺りを見回すと先生は私しか居なかったのだが・・・)「そりゃ大変だ!」と張り切って、彼女の訴えに応えるべく救急隊気取りで駆けつけた。現場についてみると溝は割と狭くて深い。躊躇している矢先に、中に入ってくれる身軽な男の子を別の子が連れてきた。男の子が溝の中に入ると、子猫は恐怖におののき、必死に何度もハイジャンプをして脱出しようと暴れまくる。その姿を目の当たりにして、その男の子はややひるむものの猫をムンズと掴むと、何を思ったか恐怖で殺気立つ子猫を左右に動かし、あやす真似をして恐怖に怯え狂う子猫の様子を観察し始めた。
「コラコラ、ものすごく怖がってるんだから早くはなしてあげて」と私や女の子が言うものの男の子はすぐには放さない。そうするうちにも猫の形相はみるみる恐怖で異常を呈していく、たまらず私が手を出し彼から猫を受け取って逃がそうとした瞬間、猫は目をむいて思いっきり私の指に噛み付いてきた。「ツッ・・・・。」
生徒の手前、激しい痛みをこらえ何ごともないように猫を逃がしその場を後にしたものの、指からものすごい量の血がポタポタと流れ落ちた。指をつたって流れ落ちていく血を片手では受け止められないくらい・・・こんなに沢山の血を見たのは幼稚園の自転車事故以来・・・。
 子猫といえども生きるか死ぬか切羽つまった恐怖場面では、ものすごい力を発揮するんだなと、正直小さな命に驚異を感じた。小さな命の「生」への必死な姿、噛まれた指先から流れ落ちる「赤い血」からえもいわれぬ衝撃を受けた。小さな傷跡がその痛みが、私を脅かしたことに何か言いようの無い大きなショックを感じた。『人間にとって、私にとって生きることはそれほどまでに真剣だろうか?』指先から流れでる「赤い血」を水で流しながら、何かとても恥ずかしいような、情けないような、虚しいような・・・入り混じった気持が込上げてきた。
その衝撃からか?私はその後、吐き気と貧血におそわれ養護教諭の先生にお世話になった。つかの間、生徒時代に戻り保健室のベットで休ませて貰った。
赤い血がポタポタと流れ落ちていったショックか、はたまた生々しい「生」を目の当たりにしたショックかは分からないが、どうやら精神的なショックらしい・・・「なんでだろう?」とポツリともらすと、養護の先生は「もぉ〜心理の先生なのに〜精神的なショックよ。少し休めばよくなるわ」と優しく対応してくれた。
 人間はやはり守られて生きている動物なのだろう。色んなものに守られすぎていて、リアルな「生」を、「生きる」という必死さを忘れかけているような気がする。「生きる」ということがこんなにも必死な営みであることを恐怖に震えながらも全身を奮い立たせ、何10倍もの大きな敵にむかって「生」を勝ち取った「小さな命」に学んだ気がする。
それにしても子猫に噛まれてダウンだなんて・・・いやはや情けない。

(2003年11月)