スタッフエッセイ 2003年11月

最近、はまっていること

小林まり子

 朝、もっと早い時刻の電車に乗っているはずの友人と出会った。「毎朝、町の風景を撮ることにしたのよ。夢中になってて遅くなってしまったわぁ」。腰のカメラバッグを指差して言う。市内でカメラ店を経営している彼女。阪神大震災の直後から2年間、友人や幼い娘と共に週末ごとに被災地に支援物資を携えて訪れては、細やかに現地を撮影していた。
 そんな彼女が撮るわが町は、どんなだろう。何を撮ったか聞くうちに、駅までの道のりを、私自身がカメラ目線で見るようになったのかもしれない。「田んぼの脇の土管で、ヒキガエルが座ってたで」「青柿の横で、のんびり蓑虫がぶら下がってた。撮ってほしかったなぁ」などと報告しては、彼女を悔しがらせた。
 私も写真を上手に撮れたらなぁ。カメラ付き携帯に変えるのも一興かと思いながら果たせずにいたとき、気づいた。一人暮らしの母が、時々メールで川柳を送ってくる。見たことを、言葉でちょこっと切り取ってみたらどうだろう。それで、川柳だか、俳句だか、わからないものを作り始めた。朝夕の道のりで見たもの、感じたこと。あわてて携帯に打ち込んでは、家のパソコンに送る。例えば、こんな具合。
「近道に 青いフェンスだ あぁしんど」「さるすべり 嵐の前から 大騒ぎ」
「自転車の 幼子の髪 ふわぴかり」「さわやかだ からだを感じながら行く」
「この電車 ねらわれている 遠足に」「若き女(ひと) 目のふち赤き 乳母車」
もちろん、平和な日ばかりでもないから、こんなのもできる。
「ツンケンの 娘残して 鍵かける」「家族への 怒りに押され 足はやめ」
「夫へと 放つ刃は 我を射て」「子は育ち あっさりやさしく 親を捨て」
疲れている日だってあるぞ、こんなのもあり。
「眠い朝 ラッキー座れ 一句詠み」「追ってくる ヒールの音に 疲れ知り」
「眠りこけ 買物ぶくろ 持ったまま」「あたし鬱 家族に笑われ 頬に風」
 駅への道すがら、満員電車の中で‥宙をにらんで、指折って。目の前をいく一瞬、あわ立つ気持ちを詠んでいる。いくつか詠んでいるうちに、その日の気分に気づくこともあって、なかなか面白い。だから娘にこう言われても、しばらく詠み続けそうだ。
「同レベル 父の駄洒落と 母川柳」
 携帯メールの無駄遣いを家族に責められながらも、ね。

(2003年11月)