スタッフエッセイ 2003年7月

懇談の季節に・・・

村本邦子

 1学期の終わりは、子どもたちの懇談が相次ぐ。どちらかと言えば私は優等生タイプだったので、親は鼻が高かったろうと思うが(たぶん・・・)、自分の子たちが同じとは限らない。忘れ物が多い、提出物が出ていないなど学校側の苦情が多く、いつも親は平謝りという感がある。とくに、今回は、1ヶ月も前に渡したはずの海水パンツ代をやっと今日出したとか(本人は一時行方不明になってたと言うが、使い込んでいたのではないか!?)、お便りプリントを4月からかばんの中にためこんで、整理しなさいと怒ったら、「きれいになりました」と見せたはいいけど、すべて単純にゴミ箱にいっただけだったとか(注:せっかく毎月先生が発行してくださっていた学級通信を含む。本人はまったく悪気なし。この件では、こてんぱに叱られて帰ってきて本人もめげていたので聞き及んでいたが)。受験生というのに内申書はどうなることやら・・・。
 それでも、子どものことをよく理解し、本人の課題をきっぱりとわかりやすく伝えてくれたと思う。子どもたち2人を合わせると、すでに十数人の担任を経験してきたが、概して良い先生が多かった。これまで当たった先生方も、それぞれに、子どもたちの良いところを認め(いろいろあるけど、2人ともとっても良い子たちなのだ!)、乗り越えなければならない課題を示してもらってきた。困った教師の話を身近でも耳にすることはあるが、全般的には、まだまだ子どもたちのために頑張ってくれている先生方が多いのではないだろうか。今の時代、親世代が自分たちの経験により、すでに学校や先生に対して不信感が強いため、PとTがうまくいかないと聞く。私の場合は、自分が優等生タイプで先生に酷い目にあったことがないから、単純に受け入れているだけなのだろうか?
 学校に媚びるつもりはない。どうしてもおかしなことがあったら、異議申し立てをし、闘うつもりはある。必ず学校に行かなければならないとも思っていない。それでも、子どもたちに大きな責任を負っている親と教師が信頼関係を結び、地域で子どもを育てていく覚悟が必要なのではないかと思う。悲惨な事件があるたびに、親と教師が互いをバッシングするような中では、子どもたちが健全に育とうはずもない。中におかしな教師がいることは、仕事上よく知っているが、仕事で出会う先生方のほとんどは子どもたちのためにと一生懸命だ。心ある教員たちと一緒に、子どもたちの未来を考えていきたいと思う。

(2003年7月)