スタッフエッセイ 2003年6月

体の重さ

原田光恵 

 もうすぐ夏がやってくる。この時期、本屋に並ぶ女性誌の表紙には、必ずといっていいぐらい“ダイエット”“やせる”の活字が並ぶ。例年似たような内容だとは思うのだが、我が身の体型にため息をつきつつ毎年この活字に心揺れる私である。

 ただ、心は揺れても年齢と共に付いてくる脂肪をこの頃はあまり毛嫌いしなくなった。確かにスラッとしたスタイルに憧れはするのだが、昔みたいに自分の体型を拒否することは、もうしていない。

 昔は、自分の体型が嫌で嫌で仕方がなかった。その理由は、体重が重かったからである。私の成長ピークは、小学校6年生にすでにやってきていた。だから今とほとんど変わらない体重がもうそのときにあったので、成長期である回りの女子と比べると10kg近くの差があったように思う。小学校といえば定期的な身体検査があったが、その度に判明する彼女たちとの差が本当に嫌だった。それに、その数字だけを見て、からかう大人たちもいた。それも嫌だった。“体重が重い、太っている”イコール“やることなすこと全てどんくさい”とも言われたことも嫌だった。また、“あなたは骨太なのよ”と母から聞かされて、元が太いのならそう簡単にやせることも出来ないんだ、細くなれないんだ、とますます自分が嫌になった。

 今なら、身長と比較して体重は標準な数字だったんだと判断出来るのだが、その時の私は測定される数字だけで判断をしていた。そして、自分の体型を毛嫌いし、嫌な自分をどんどん作り上げた。

 どんな私であってもそのままでいいんだ、とありのままを受けいれることが出来るようになった今と違って、昔は自分の体型だけでなく自分自身を拒否していたように思う。しんどい子ども時代だったんだな、よくそんな中頑張ってたんだな、と自分自身に声かけしてみた。ふっと体が軽くなったように思えた。