スタッフエッセイ 2003年5月

自然の声に耳を傾ける

西 順子

最近、「自然」ということについて考えることが多い。一人で、「自然」についてあれこれと、いろんな思いを巡らしている。

「自然」について考えるようになったきっかけは何だろう、自然の力のすごさを実感するようになったのはいつだろう・・と振り返ってみると、思い出すのは三年前と一年前のアートセラピー体験である。三年前は大学院の授業で、一年前は芸術療法家によるワークショップであったが、いずれも自然の声に耳を傾け、自然との対話によって感じたままを絵に表現するというものであった。今から思えば、その時の自分のなかにある、言葉では言い表せない何かを表現することで、実感をもって「自己」を感じられた体験だったといえるだろうか。三年前は、桜の木と対話し、桜の花びらが散る様子に悲しみを感じながらも、大地からひこばえが育ちゆく姿に喜びを感じ、それを木の絵で表現した。それは、自分の人生のサイクルの一つが終わり、また新たなサイクルへと踏み出す、人生の節目にいる「私」を実感させてくれるものであった。新たなものとの出会いは、何かとの別れでもある。一年前は、京都鞍馬の山のなかでの体験だが、ふかふかした落ち葉の柔らかさとその下にある土の湿った暖かさ、そしてその大地のパワーを吸収している木を感じて、それを表現した。暖かいエネルギーを吸収している木のイメージによって、自分自身のなかにも暖かく、わき出るエネルギーを感じることができた。自然の声に耳を傾け、対話することで、自然は私たち人間を癒してくれるだけでなく、力を与えてくれるものであると実感した。自然とは、生命であり、エネルギーである。自然は私たちに生命のもつ力を教えてくれる。

また、自然は、私たち人間そのものでもあると、最近、実感している。カウンセラーとして仕事をするなかで、人間のもつ自然の力、生命の持つ力に感動する。自然のもつエネルギーが何らかの要因でせき止められる時、生体に何らかの弊害が生じても不思議ではない。それは症状であったり、何らかの病気であったりするかもしれない。しかし、それも自然だからこそ、である。人間のエネルギーがせき止められる時とは、ショックな出来事との遭遇であったり、ストレスが溜まりすぎていたり、「〜あらねばならない」と自分を縛ったり、「自分は駄目だ」「自分が悪い」と自己否定しまうような時だったりするだろう。でも、生命のエネルギーが自然に、あるがままに流れるとき、生体はもっとも生命力を発揮する。そのためには、あるがままの流れ、自分のなかにある自然を信じ、大切にすることが必要だ。カウンセリングでは、自然な流れの回復のために、ちょっとしたお手伝いをしているにすぎない。もともと、自然がもつ力、生命がもつ力は誰もに備わっているのだから。

自然とは、循環そのものでもある。季節は巡る。木が育ち、木の葉はまた落ち葉となって、大地にもどっていく。そしてまた、その大地からエネルギーを吸収して木は育つ。自然の循環によって生態系が保たれる。人間という生体も、血液、体液、呼吸・・と循環によって生命が維持される。東洋医学では、エネルギーを「気」と呼ぶようだが、生体のなかでエネルギーも循環している。と同時に、人間と自然、人間と人間の間にも循環があるのではないだろうか。人は自然からエネルギー、パワーをもらうが、人からもエネルギーをもらうものである。私も、人からたくさんのエネルギーをもらっている。それは、生命がもつ力への感動、成長し育ちあうことの喜び・・であったりする。自然から人へ、そして人から人へ、人から自然へと、プラスのエネルギーや力が伝えられ、与えあって、よりよい循環ができれば、自然も人もあるがまま生きやすい生態系になるのではないか・・と夢想する。

あるがまま、自然の声に耳を傾けることを大切にしたいと思う今日この頃である。