2005年9月 (スタッフの日記バックナンバー)

9月30日(金) 津村

 今日で9月が終わり・・・呆然・・・!10月がやってくるのか。10月、11月は一年中で一番の繁忙期。しばらくは尋常ではない(?)スケジュールが続く。この頃になると、気分は大石内蔵助になる(笑)。ちょっと違うのは、彼は赤穂浪士たちにこう語りかけるのだが、私は自らにこう言うのだ。「お覚悟はよろしいか」(笑)。

 今日は交野市へ。午前と午後、2本講義。いずれもストレスがテーマだが、終了後のアンケートでは、これからの生活に活かせそうという声が多くて嬉しい。一朝一夕で変わるものではないし、ましてや劇的に何か良い効果が出るものではないけれど、達成可能な目標を定めることが大切だと、かの高名なストレス学者、ハンス・セリエは言った。少しずつ良い変化が起こせると良いよね。

 明日は大阪市内でやはり2本講義。さあ、もうひと踏ん張りだ。頑張ろうー。

9月30日(金) 村本

 あっという間に9月が終わるが、今月やってしまわなければならない予定の仕事はぜ〜んぶ片づけた!原稿用紙25枚の原稿を1日で書いてしまえると思っていたが、これは甘い考えだった。さすがに1日半かかってしまい、締めきり日の今日、メール送信した。10月は10月で、毎日片づけなければならない多種多様の仕事が手帳にびっしり書き込まれている。スケジュール帳の空き時間に、原稿や細かな雑務を片づける予定を振り分け、付箋を貼り付ける。後は、予定どおりにこなすだけ。昔は、過剰な予定を立てては計画倒れしていたものだが、最近では、現実的な予定を立て、原則、予定通りにこなす。そうしなければ、すべての仕事が遅れていくことになるからだ。今回の原稿のように予定が少し狂った場合は、付箋を動かして予定を多少、変更する。同時並行でいろんなことを考えなければならないと頭がパンク状態になってしまい、ストレスばかりが無意味に高まるから、計画に入れてしまった後は、とりあえず目先の予定以外のことを間挙げないということも重要だ。さて、10月も頑張ろう!

9月29日(木) 津村

 愛知県稲沢市へ。7時台の新幹線に乗るので、早くに家を出なくてはならない。夫も長崎に行って不在。朝の弱い娘がひとりで起きるのか心配で、枕元に電話の子機を置いて、声をかけて家を出る。「うぉーん」と意味不明の返事をしていたが(笑)。

 新大阪に着いて電話をしても出ない。ようやく出たら、いかにも「爆睡していました」という声で、途中で応答がなくなる。このままでは、こちらの携帯の料金を食うだけ。一度切ってかけ直すが、ずっと不通。携帯も応答なし。時間は刻々と過ぎて行く。思い余って友人に助けを求めた。ダッシュで起こしに行ってくれた友人の目に飛び込んだ光景は、受話器を握り締めたままぐっすり眠っている娘と、そこに寄り添ってやはり熟睡している犬の姿だったとか。友人は、真っ先に起きた犬から「もう〜朝っぱらから、いったい何なん?」という目で見られたらしい(汗)。

 物音ひとつですぐに起きるし、寝坊などまずありえない私には考えられないことだが、娘は目覚まし時計が聞こえないのだ。本当に困ったものだが、娘が起きて動き出したのを確認して友人は引き上げ、「もう大丈夫」とメールをくれた。やれやれ。程なく娘から、「行ってきます」というメールが入り、さらにホッ。朝から本当に迷惑な親子だ。友人にはいつも助けられている。感謝。それからは安心して、車窓から景色を楽しんだ。大阪市内ではまず見られない、のどかな風景に気持ちが穏やかになる。もう少ししたら山も色づきはじめるのだろう。またしても紅葉を楽しみに行く暇はなさそうだが、元気で働けているのだから何よりだ。感謝しなくては。

 講義も無事終わり、ホッ。担当者さんがとても愉快な人で楽しかった。稲沢市在住で幅広い活動をしている知人の面白い話を聞かせてもらいながらランチを楽しんだ。

 そうそう、帰りの名古屋駅・新幹線のホームで思いがけない人を見かけた。ヒロシです。偶然すれ違ったとです(笑)。気弱なキャラの割に眼光鋭く、態度もシャキシャキした青年だった。周囲はみんな気づいていたけれど、遠巻きにしていた感じ。ひとり、売店で何かを物色していたが、やがてマネージャーらしき人と「のぞみ」に乗り込んで行った。

 やれやれ、朝が早かったから眠い。明日は交野市で2本講義がある。早く寝よう。

9月28日(水) 津村

 朝は熊取町、夜間は市内旭区へ。

 昨日、夫の祖母が亡くなったという知らせが入り、今日夫が長崎に行った。結婚式に来てもらったとき、娘がまだ赤ちゃんの頃に遊びに来てくれたとき、祖父が亡くなった初盆に私が長崎に行ったとき・・・数えるほどしか会ったことはないが、義母が亡くなったとき、亡くなる前などにはよく顔を合わせた。葬儀のときなども、バタバタと働く私に「面倒をかけてすまんですね」と声をかけてくれた優しい人だったなあと思い出す。夫は久しぶりにいとこ達とも会って、思い出話に花を咲かせていることだろう。

 私は夜も講師があったので、終わったらダッシュで戻った。娘とふたりきりで、バイトの話など聞いたりして、久々にゆっくり話したなあという感じ。親はバタバタ気ぜわしくしていても、たくましく子どもは生きてるもんなんだなあ。感謝。私も、もっとタフにならないとな。人生いろいろあるんだし、粘り強くいきたいものだ。

 明日は愛知県稲沢市へ。早く寝なくては。もう日付が変わっている!

9月28日(水) 村本

 今夜は立命館でやっている対人援助学会準備会の第5回目で、「情報と対人援助」のタイトルで卒業生が話をした。聴覚障害者、その他の授業保障のために、パソコンを使った口述筆記ボランティアが、専門用語の変換に苦労し障壁になっていることから、「オレンジ辞書」というソフトを開発し、各専門領域の辞書をフリーでダウンロードすると、うまく変換がなされるというもの。辞書への登録は、利用者がそれぞれ新しい用語を見つけるたびに登録していくというしくみになっている。不便をいかに乗りこえるかという挑戦、工夫、技術と努力、そして、それをまったくのボランティアでやり遂げ(2年がかりだったという)、無償で社会に還元するという寛大さに感動もし、頭が下がった。世の中には頭の良い人がいるものだ。障害者だけでなく、一般の私たちもこの辞書を利用することができる。専門用語の転換がいっぺんにできるようになるのだから便利だ。私も早速ダウンロードしてみようと思っている(うまくできるかな?)。「オレンジ辞書」で検索すればヒットするようだから、関心のある方は是非アクセスを。そして、自分の専門分野の用語登録に是非、協力してやってください!

9月27日(火) 森崎

 今日は、地元で活動しているNPOグループのオリエンテーションと研修(第三弾)だった。8月、9月と計6日間の養成講座を終え、この3回のオリエンテーションを終了して、全てが終った。春から準備を重ね、本当によくやってきたなぁと思う。新しい人を迎えるというのは楽しみでもあり、気持ちが引きしまる思いだ。

 そうそう、今朝参加者に「森崎さん、今日は顔がゴージャスですね」と言われてびっくり。私の顔は、天然の太い眉毛に一重の目、おまけに富士額で、かなり和系顔なのだ。「そう?ゴージャスなん?顔が?ありがとう・・・。きっと今元気やからやわ!」思わず、そう言葉を返した。実は昨日もフリーな1日で、友人たちと花や木々を見ながら1時間ほど公園を散策し、玄米と自然食のレストランで食事をして贅沢な時間を過ごした。この4連休のリフレッシュ効果がゴージャス森崎を生み出したのだ。ハハハ・・・すごいな。

9月27日(火) 津村

 今日は奈良へ。某駅の中央改札口で講師の依頼者と待ち合わせだったのだが、中央改札がわからなくて、ホームでウロウロ。ホームの一番端っこにあるのに、中央とはこれいかに(笑)。私自身はこんなふうな、突っ込みどころ満載な出来事が好きだが(笑)。

 最近は、遠足の子どもたちと、あちこちの駅で出くわす。みんなわくわくしていて、とても可愛いのだが、これも秋ならではだなあ。そういや昨日は小学6年生の子どもたち(こっそり名札を見ました、笑)と遭遇したけれど、半分以上が私より身長が高いって、どおよ(笑)。本当に今の子どもってスラリと高いね。足も長くてびっくりする。我が娘はまだ150センチを越えたばかりという小柄で華奢なタイプなので、ときどき「親が小さいから」と文句を言われる。すまん、許せ(笑)。確かに私は152センチとかなり小柄。ところが私は手が大きく、指も長い。足も当時としては小さくはなかったので、「この子は絶対に大きくなるよ」と周囲から言われ続けながら、とうとう大きくならなかったというちょっと悲しい過去がある(笑)。娘はまさにそれにそっくりで手も大きければ指も長く、足も大きいというタイプ。やはり皆から「絶対伸びるよ、これは」と言われるらしいが、母親の例もあるので、本人は眉に唾して聞いているらしい。まあまあ、まだまだ食べ盛りなんだし、心配しないでしっかり食べて、しっかり寝てくれ。

 明日は熊取町と大阪市旭区に行く。腰痛がなかなかおさまらないが、だましだましやっていてはいけないよなあ。整骨院に真面目に通わなくてはと思いながらもつい、仕事ばかりを優先させてしまう。今日はあまりに痛くて整骨院に飛び込んだ。「近くて遠いですねー」と言われてしまう。た、確かに。肩と腰が泣きたいくらい痛いぞ。体もしっかりいたわってやらないといかんね。

9月26日(月) 津村

 今日はFLCの中でグループ。その後はひたすらレジュメ作成。夢中で片っ端から取り掛かっていると、夕方までは、あっという間。我ながらすごい集中力だと思うが、いつもこうだといいんだけど、とほほ(笑)。

 おはぎ、おはぎと日記に書いたら、友人から手作りのおはぎが届いた。大喜びの娘は夕食前に2個をぺろり。夕食もすべてたいらげた。

 ところが夕食後、私はうなりたいような腰痛と肩の痛みでダウン。夫が腰にバンテリンを塗ってくれて、肩を揉んでくれた。あ〜楽になった。整骨院に行く時間がとれなくて、たまに行くと「これじゃいけません」と注意される繰り返し。本当にこれじゃいけないなあ。明日は奈良へ。

9月25日(日) 森崎

 3連休最終日。今日は朝から弟夫婦と2箇所のお墓参り。思いのほか涼しい一日で、往復の電車からも、黄金色の田んぼ、ススキ、土手を真っ赤に染める彼岸花の群生、柿も少しずつ色づき始めたようだし、秋を感じた。帰宅後、少し仕事をして、今夜は楽しみながら夕食を作った。夕食後、娘に髪を染めてもらい、入浴のついでにお風呂のタイル磨きまでして、この3連休で、何とリフレッシュしたことか!残り少ない9月。もう少しの間、ゆっくりペースでいられる9月。できるだけ心地よい生活をして、元気を貯めておこう。

9月25日(日) 津村

 季節柄〜か、あちこちで「おはぎ」を見かける。和菓子は大好きだ。

 この前、講演から事務所に戻るときに、ふと思い立っておはぎを買って行ったことがあった。FLCは、いくつになっても食べ盛りなスタッフが多いので(笑)喜ばれたが、「アンコときな粉、どっちがいい?」と聞くと、複数のスタッフが「きな粉」と即答してびっくり。「なんで?」と聞き返すと、「アンコは中にも入ってる。きな粉だと両方楽しめるってことでしょ」と、これまた理由が同じ。ふ〜む、こだわりというのは、こんなところにも表れるもんなんだなあ〜と感心(笑)。

 そうそう、大衆食堂みたいなところで、必ず手作りのおはぎを入り口で売ってるお店ってあるよね?安いけれどおいしいんだな、うどんなんかが。学校のそばでよく見かけるし、学生が出入りするような・・・。あそこのおはぎもおいしいよね。食堂の名前は微妙に違うけれど、たいてい「力」という漢字がつく。「大力」とか「力餅」とか。あのお店のおはぎも食べてみたいな。どっしりしていて、ひなびた味がする家庭的なおはぎ。ふふ、最近私が書くことといえば食べることのようで、ちょっと赤面(笑)。

さあ、明日からはまた講師三昧の日が始まる。しっかり食べて頑張ろう〜。

9月25日(日) 村本

 木曜日に福岡入りして、金曜日は人間性心理学会の1日ワークショップ「DVの理解と対応」。今回の学会は、「現代の諸問題に人間性心理学がどう関われるか〜闇に命が反応している」をテーマとしていたが、何となく、少しは、そんな方向で手応えを感じるワークショップだった。この学会は、多種多様な立場の人がいるので、参加してくださったメンバーもさまざま、まったく初心者から、バリバリとケースをこなしている人、いろいろな立場でやんわりとその周辺にいる人、また、結構、男性も来てくれて、いつもとはちょっと違う視点が加わり、多角的に見れたかな。自己満足かもしれないけど、結構、自分自身の満足度が高いワークショップになった(参加者の方もそうだったら良いが・・・)。夜は、「平和心理学と非暴力プログラム」という自主シンポに誘って頂き、話題提供した。こじんまりとした会だったけど、前々からお名前は良く知っている伊藤武彦さんや松本学さんとご一緒し、これからの展開が楽しみである。

 土曜の朝、熊本へ移動。土・日とDV相談員の研修だった。クローズトで6回のプログラムに、これから毎月通う。かなり楽しみにしていたのだが、期待どおりだった。定メンバーと継続プログラムをやるのは、もっとも好きな仕事のひとつ。単発のものと比べ、一緒に作っていく感じがするし、互いの学びも深いような気がする。私よりも年輩の女性たちが多いのだけど、子育てや介護などプライベートでも頑張りながら、女性たちのために頑張ってくれていることをひしひしと感じ、嬉しく、暖かい気持ちになる。あちこちで頑張っている女性たちの存在を知れば知るほど、社会への信頼が高まるものだと思い至る。自分も本当に困ったら、力になってくれる人がきっといるだろうと思えるから。人間としての品位を感じる人たちとご一緒すると、謙虚にもなれる。そして、九州で頑張っている女性たちとつながりを持つことは、自分自身のエンパワメントにもなる。これから先が楽しみだ。ゆうべは、山鹿温泉に泊まったのだけど、さすがに、ハードスケジュールで、帰ってからグッタリ疲れていることに気づく。なんだかんだ言って、結構、エネルギーを使ったのだろう。明日からは大学の授業が始まる。さっさとパソコン閉じて、今夜は寝なきゃ。

9月24日(土) 津村

 すみません、アップするのが1日ズレましたが、これは昨日24日(土)の日記です(津村)。

 朝から晴天。気持ちがよいので洗濯機をフル稼働させて、ベランダをごしごしデッキブラシで磨いていい気持ち。その後はダッシュで支度して、滋賀県守山市へ講師に向かう。新快速は混雑していたけれど、何とか座れた。4人がけのボックスシートだが、向かいと隣にいる男の子は友達同士で、どこか地方から関西に旅行中らしい。独特の方言があるので、「どこの言葉やろ?」と内心あれこれ考えていた(笑)。すると向かいの男の子が「すみません」と私に声をかけてきた。何かと思ったら、「あの、京都に行くにはどこで降りたらいいんですか?」と。可愛いねー。「京都って駅がありますよ」と答えたが、その頃、私たちを乗せた新快速は、高槻を過ぎたあたり。「次は京都〜京都です〜」というアナウンスが間髪入れずに流れ、恥ずかしそうにふたりは笑っていた。京都見物、楽しんでね。

 そういえば私は仕事以外では、長く旅なんかしていないなあ。来週名古屋に講師に行く予定だけど、愛知博も終了後(笑)。講義が終わればダッシュで大阪に戻ることになりそうだけれど。私はもともと遊び好きではない上、家が好き。休日もできれば家にずっといたいと思うし、あらかじめ買い物をして、一歩も外に出ないで済む体制をとるほどだ(笑)。この前、ある記事に、「活動的な妻に、ものぐさな夫という組み合わせだと悲惨」と書いてあり、なるほどなあ〜と納得(笑)。実は私の夫も出不精で、とても家が好きなのだ。ふたりで出かけるのも嫌いではないけれど、家でゆっくりすることが何より好きだ。どちらかが、「せっかくの休みなんだから、あそこへ行こう、ここへ行こう」というタイプだと確かに悲惨だったかも。私たち夫婦は「たまの休みなんだからゆっくりしようね」といつも意見が一致する。犬と猫をヨシヨシしながら、のんびりとお茶を飲むのが楽しい。私たち、ものぐさ同士で良かったね。

 こんなこと書くから、「津村さんの日記はオバハンくさい」と言われるのだろうか(笑)。いかん、ちょっとは若いエネルギーを発揮しなくては。あ、うちの娘はしっかり若者していて、この前帰宅したら、いきなり髪が伸びていてびっくり。エクステってやつですね。映画観に行く〜とこの前聞いたばかりなのに、また行くと言う。この前は「タッチ」で、今回は「NANA」だとか。勉強以外のことには本当に熱心なことだ(笑)。元気でよろしい。

 さてさて、滋賀県守山市の講義では、以前に講座依頼をくださった方や、これから依頼をくださることが決定している方も受講されていて、びっくり。ご縁があった方が元気でご活躍だと聞くのは嬉しいことだ。これから依頼をくださる方も、ご縁があって感謝。今日は、年齢層がばらばらな女性がたくさん受講されていたが、皆一様に活発で、熱心でいきいきしている。いいなあ〜、私も元気に年齢を重ねたいものだ。

9月24日(土) 森崎

 順調な連休。二日目は7時に目覚め、そのままうとうと7時半起床。今日は何をしようかと、ウキウキ気分で朝食を食べていると、部活に行く息子が起きてきた。そういえば、こうして子どもたちと朝食を共にするのも久しぶりだ。(平日、娘が朝食を取っているときはわたしはお弁当を作り、息子の時にはすでに朝食を済ませ、洗濯を干したり出かける用意している。最近は休日も、それぞれ好きな時間に起きて好きなものを食べていることが多い)。部活に遅れそうな息子が「チャリで行こうっと」彼は徒歩通学なので自転車通学は休日もダメなのだ。「アカンやろ」と私。「いいやん、この前(私がいないとき)見つからんかったし」「見つかれへんかったら、やってもいいのんか?」「・・・いいやん、別に」」「遅れたくない。チョットでも早く行きたい。という気持ちは分かるけど、やったらアカンことは、わかってるよね」「(うるさそうに)行ってきま〜す」「・・・(耳を澄ます)・・・」彼はちゃんと徒歩で行ったのであった。えらい!。あとで、娘にこの話をすると「そんなん、当たり前やん」「・・・・・」。

 その後、前々から気になっていた庭掃除。雑草を刈、伸びた枝を払う。そして、シャワーを浴び整骨院へ。帰りに遠回りして、花屋さんへ寄り花苗を買う。昼食は残り物で済ませ、午後、苗を植え替える。ご近所さんも出てきて花談義。娘は今日からお神楽で、夕食は息子と2人だけ。メニューは、迷わずスーパーのお惣菜。完璧だ!やりたいことをやりたいだけする。これまた、幸せな連休二日目だった。

9月23日(金) 津村

 世間は3連休らしいが、この前の連休と同じく、私には関係がない。いつものような毎日が過ぎて行く。週に5〜6本の講師をこなす繁忙期の秋だ。ばたばたと過ごす間にも、びっくりするニュースが飛び込んできた。

 後藤田正晴氏の訃報。高齢とはいえ、ついこの間まで元気に、政治番組などにも登場していたので。「権力の中枢にありながら、権力の自制を言い続けた人」といわれる後藤田氏の言葉には、いつも頷かされたものだ。彼は「自分の目の黒いうちは憲法9条を変えない」と断言していたし、戦争責任についても、心から謝罪しない日本の姿勢について批判していたことを思い出す。小泉圧勝の後に、後藤田正晴氏が逝く。なんだか日本の行く末を暗示しているようで嫌だが、彼の警告を忘れてはいけないだろう。偉大な政治家といえば、真っ先に思い浮かぶ人だ。

 さてさて、ばたばたして秋の味覚をじっくり楽しむゆとりがないのは、寂しいことだ。日曜日は夕食材料の配達がないから、秋刀魚を焼いてみようかな。大根おろしを添えて、お味噌汁をつけて・・・何か煮物も添えようか(意外に私は煮物が得意)。純和食がいいよね。さあ、今週もあとひと踏ん張り。

9月23日(祝) 森崎

 またまた3連休が始まる。前回は休みがなかったので、今回はこの3連休をどう使おうかと昨日から楽しみにしていた。今日はその初日。早速初日にふさわしく(?)、久しぶりに朝寝坊をして、今朝は10時に起きた。娘も同じころ起きてきて、生協で届いたメロンも切って、2人で少しごちそうな朝食(わたしは何時に起きようと必ず3食食べる)。「たこ焼き食べたいな・・」と娘。「これからすぐお昼やのに、たこ焼きはじゃまくさいから却下」と私。「そんなら、晩御飯。私が作るから」「!!!」まあ、なんということ。娘が何か食べるものを作るなんて滅多に、いや、ほとんどないことだ。娘も今回の3連休はゆっくりできるからか?すごい3連休効果だ!夕方から、買い物にも行き、夕飯にたこ焼きを作ってくれた。わたしはのんびり夕方を過ごした。以前津村が日記に書いていたが、本当に誰かが作ってくれたものは美味しい〜〜本当に美味しい〜〜。幸せだ〜〜。うれしい3連休の始まりだ。

9月22日(木) 津村

 私も村本の日記を読んだ。はい、44歳で合ってるよ(笑)。私はそこからひとつ年下で、11月に43歳になる。

 私はつまらん記憶力だけは発達していて(肝心な時にはあまり働かない記憶力なんだな、これがまた・・・とほほ)、子どもの年齢や生年月日、夫のも同様に、家族のそのテの情報はバッチリ頭に入っている。昔はうちのスタッフ全員の電話番号や年齢を覚えていたりしたものだ。

 ところが・・・ところが・・・、さすがにトシをとって、駅での定期券購入時に、「え〜と私はいくつだっけ?」と一瞬考える。うーん、トシには勝てないもんだね(笑)。

9月20日(火) 森崎

 村本の日記を読んで、安心した。実は私も子どもの年齢が覚えられない・・・。まぁ、なんとか自分の子は中2と高2というのは分かるが年齢となると???。近所の人なんかは自分の子どころか、よその子のことまでよく覚えていて感心する反面、自分は子どもに愛情が薄いのか?と思ったこともあったけ。でも、私だけじゃなかったんだ(笑)。そういえば、子どもが小学校のころは何組なのかが覚えられなかった。やっと覚えたと思ったら学年が変わる・・・。参観のたびに困ったものだ。そういえば、自分の年はなぜだかいつも1つ年上に思っている。1年が早く過ぎすぎるからかな・・・・

9月20日(火) 村本

 今日も忙しい1日だった。午前中は事務所で面接をして、午後はスクールカウンセラー、夜は某中学で思春期講演。内容的には、それほどプレッシャーになる仕事ではなかったので、気楽に行ったが、気楽すぎて、どうやら自分の子どもの年を2度も間違えて言ったらしい。自分にも思春期の子がいてという話題で、下の娘は本当は中3なのに、つい、中2と思ってしまっていた。事情を知っている関係者の方々の方が、「おかしいな、おかしいな」とずっと首をかしげていたようである。私は、どういうわけだか、いつも、自分の年はおろか、子どもの年までわからなくなってしまう。産まれ年はわかっているのだけど、毎年、変化していくものなので、いったい今、いくつなのか、よく考えて、引き算でもしないことには、頭が変化に着いていかないのだ。学習障害か何かの系統なのか!?そう言えば、お金もゼロ4つまでが限界で、5つ以上になるとどれも同じに見えてしまう(お陰でバリでは苦労した)。数学は得意だったんだけどな。「あ〜、間違えてました。よく考えてみると、娘は中3、受験生でした!」と言うと、皆、唖然。「おかしいと思いつつ、先生があまりに自信たっぷりでおっしゃるもんだから、自分の方が勘違いしてるのかなと・・・」。何て気楽で無責任な親、ちょっと格好悪すぎたな・・・。娘にまた怒られることだろう。「お母さんは、うちらがいつまでも小さい方がいいと思ってるんやろ」とか。それにしても、あの子たちは、今、いったいいくつなんだろう?高2と中3なんだけど。17と15?そして、私は44???

9月19日(月) 村本

 この休みは猛烈に仕事をした。その甲斐あって、信じがたいほどのペースで、かなりの部分が片づいた。しかも、仕事の合間にやったことと言えば、ちょっとした片づけものと夏物衣類の洗濯。なんてエラいんだ!と自分で惚れ惚れ。しかし、肩首が固まってしまって痛くて動かせない。明日も晩まで仕事だから、せめて朝早く家を出て、仕事前に整骨院へ行けると良いが・・・。忙しい秋、元気に乗りこえたいものだ。

9月17日(土) 村本

 今週1週間、ずっと授業に出ていた。授業に出るという立場になるのは、考えてみると久しぶり。新たなことを学ぶのは楽しい。先生が期待通り、幅広く豊かな授業を展開してくれたので、学生たちの視野も広がったことだろう。普段は教える側の学生たちと、同じ立場で学びを共有できたことも貴重だったな。

 そして、今日は、千里中央の「センチュウ祭り」でバリ舞踊の舞台を終えた。直前になると、踊りの方より準備が大変で、ゆうべは小道具がひとつ見つからず、遅くまで家捜し(娘と2人、一時、かなり暗かった・・・。やっぱ、家の整理整頓がきちんとなされてないから・・・)。今日は睡眠不足で結構きつかった。舞台をやる人たちって、本当に大変だ。踊り自体は、(たぶん)可もなく不可もなく、どうあがいても実力以上のものは出ないので、劣等生の自分としては、まぁまぁというところ(それにしても、ピアノの発表会では極度に緊張するのに、バリ舞踏ではいつもまったく緊張しないのは何故なんだろう?劣等生とあきらめているからなのか!?)今日は歓迎を表す花まきの踊りペンデットだったのだが、1年前よりはましになったはず。そして、先輩の踊りを見て、いつものように、「これから頑張るぞぉ〜〜」と(一時的に)燃えている。

 年中でもっとも忙しい秋、しかも、その中でももっとも忙しい9月に踊りまで入ったものだから、仕事のしわ寄せが大変。この連休で今日の分の遅れを取り戻すべく、猛烈に働かねばならない。その後、出張、すぐに後期の授業も始まる。原稿も次々と締めきりが迫っているし・・・。大変だぁ、頑張らないと!!!

9月17日(土) 森崎

 とってもとっても久しぶりに日記を書く。まだ午前中だが、書きたくなったので(笑)。ここ最近、煩雑な忙しさの中で、仕事はこなしていたものの、気持ちや思いを文章にするという作業が出来なかったようだ。まっ、早く言えば余裕のない毎日を送っていたということだな。(実は、日記を書くのにも結構時間がかかる私)。少しずついろんなことが片付いてきたからか、秋風に誘われたからか、今日はちょっと違う。

 今朝、息子は試合だというので私も5時半に起き、早々に朝の仕事が片付き、散歩に行きたくなった。そう、朝の散歩も久しぶり〜。電車から眺めていただけの稲穂の顔を無性に間近で見たくなったのだ。歩き出すとウキウキする。草むらからは秋の虫の鳴き声が涼しげに聞こえなんとも心地よい。道端にはエノコロ草、私の好きないぬたでなど秋の雑草がかわいい。そして、なんと真っ赤な彼岸花が!秋だな〜。10月からまたメチャメチャ忙しくなりそうだが、できるだけ時間を見つけて、散歩に出かけよう!今日も1日頑張るぞ!!

9月16日(金) 津村

 午前中に豊中市で講師、夜間も豊中市で講師という、面白い1日(笑)。合間に事務所に戻って、レジュメ作成や雑務を片付ける。

 昨日からぐっと涼しくなったので、会う方会う方と、「涼しくなりましたねえ」という挨拶をする。本当に急に涼しくなったなあ〜。クーラーをつけなくても、窓から入り込んでくる夜風の冷たくて気持ちのよいことといったらない。秋の気持ち良さだなあ。

 今夜は帰宅が遅くなったけれど、夫がたまたま休日で、夕食作りや足りない物の買出し、はもちろん、冷蔵庫の整理まで頑張っていた。最近は私の方がまだ帰りが早いので、私が夕食作りをすることが多くなっていたが、用意されたご飯を食べるって、なんと贅沢なことだろう〜。嬉しいな。

 夜風の気持ち良さにウトウトしないうちに、さっと横になるか。犬猫が気持ち良さそうにしていて、とても可愛い。

9月14日(水) 津村

 今日は京都と大阪のハシゴ。昼間はまだ真夏を思わせるような暑さだけど、電車の吊り広告は見事な紅葉だったりして、考えたら、もう9月も中旬だよなあ。

 最近は取材に応じることも多くなってきたけれど、きっと私が、それ向けにうまく話すことができていないのだろう。記事になってみると、「ん?ちょっと意味が違うけど」「それだと私の見解とは変わってきてしまうのだけれど」という体験を何度かしている。でもまあ仕方ないか。限られた紙面の中で紹介してもらうのだから、いろいろと限界がある。詳しくは本も出ているし(三学出版のFLC21子育てナビシリーズ。共著で4冊)、疑問を持った方が読んでくださればいいなと願う。

 多くの記者の方は、きちんと事前に記事を見せてくださったりと、とても誠実だ。何を書かれたかわからないまま、事前にも事後にも、とうとう記事は送ってこられずということが一度だけあるが(笑)。結構な時間を割いてインタビューに応じたのだけれど、いつ掲載されたのかも全くわからないまま。関西圏ではないから情報も入らなかったし、面倒くさいから自分も調べていない。これだけはちょっと悲しいものがあるかな。

 逆に私が仕事でインタビューをして原稿をまとめた体験もあるけれど、人の言葉を正確に記するというのはそんなに簡単なことではないのだと痛感する。その重みを忘れず、自分のうわべの理解で浅い言葉にしてしまわないようにと肝に銘じようと思う。

 なんだかエラソーに人のことばかり言っているようだが、ちょっと違うつもりだ。私自身の至らなさで誰かを傷つけたり、不愉快な思いをさせてしまったりという体験がある。うまくコミュニケーションがとれないことを相手の問題だけにしないで、自分ができることを誠実にしなくちゃなあと最近特に感じている。

 そうそう、階下のおばさんと朝の出勤前に会った。「あらまあ、きれいだこと」と言われてびっくり。講演の日だからスーツを着ていたけれど、「きれい」と言われることはあまりないので(笑)。

 「あんた、いくつだっけ?」とさらに尋ねられ、「42です」と答えると、「道理でなあ〜」と納得するおばさん。同世代の息子さんと娘さんがいるのだそうで、「そりゃ可愛いと思うはずだわ。可愛い可愛い」とさらに言う。可愛いと言われる体験もそうないので面食らうが(笑)、おばさんから見れば、子どものようなものなのだろう。

 こちらは、毎日うちの犬猫がうるさくないか、夜遅く階下にうるさい音が響いていないか気を遣うが、会えばいつもにこやかにしてくれて、「い〜や、ちっともうるさくないよ」と言ってくださるので(多分そんな筈はないのだが)、とてもありがたいことだ。こうやって、いろんな人に許してもらってるのよね。感謝です。

9月13日(火) 村本

 きのう、今日と立命館でロバート・マックアンドリュース先生(私の博士課程の指導教官)の集中講義「ヘルスケアの文化人類学〜文化とヒーリング」を受講している。医療、心理療法、原住民の民間療法など含め、病、ケア、ヒーリングといったことを幅広く見ている。今日は、ボブが世界各地の著明な心理療法家たち40名を対象に行ったインタビューについて触れられた。フランクルなど今は亡き人々も含まれている。ユング派ジェームス・ヒルマンの本に『心理療法は100年の歴史を重ね、そして世界は悪くなった』というのがあるそうだが、そのタイトルについての考え、つまり、心理療法家が世界に対してどのようなスタンスを取るべきだと思うかという問いを質問項目に入れたそうだ。個人療法家たちは、ほぼ皆、心理療法家は社会的なことに関わるべきではないという考えを示し、家族療法家ミニューチンだけが、「心理療法家は社会変革に責任を持つべきだ」と明言したのだという。(フェミニスト心理療法家たちもリストに含まれているが、彼女たちはどう言ったのか、明日、確認してみよう。)文化人類学的観点から、心理療法家の学派をトライブ(部族)と表現している点も面白い。部族間での世代間連鎖はあるが、異なった部族同士のコミュニケーションは困難。そして、「部族の集会」が特徴的。ボブとしては、個人のケアに加え、社会への変革をも考えて欲しいということ、それから、一方で、世界の大半の人々は心理療法にアクセスできず、それどころではない状況下に生きているという事実をも忘れないで欲しいと結んだ。院性たちにとっても必要な視点だ。明日も楽しみ。

9月13日(火) 津村

 今日は大阪市内・難波で思春期の子育てについて講演。元気なお母さんがいっぱい。お父さんの顔も幾人かは見えて、嬉しいことだ。

 そうそう、今日は久々になんばウォークを通った。このあたり、素敵なお店が多くて、通るだけで楽しい。

 なんばウォークには、この夏のヒットとして一躍有名になった冰館(ピングァン)があるのだが、おいし〜いマンゴー冰(ピン)を求めて、行列ができていた。私の実家の近くには、この商品を売るキャンピングカーが来ていて、ここも毎日人だかりができているらしい。この夏休み、実家に遊びに行ったとき、実母に「これ今評判らしいよ」と教えられ、ご馳走してもらったのだが、あまりのおいしさに唸ってしまった。何を隠そう、私はマンゴーが大好き。今日も空いていたら食べたいな・・・と思ったけれど、行列が苦手なので、早々に退散したけれど(笑)。

 そうそう、なんばウォークには、大阪市内ではあまり見当たらないエーワンベーカリーがあるのも嬉しい。私はここの「ゴマパン」と「チーズパン」が子どもの頃から大好物なのだ。今日もよほど買おうかと思ったけれど、いろいろと荷物を持っていたので断念。

 なんだか食べる話ばっかりだなー(笑)。

9月11日(日) 村本

今日は、授業の打ち合わせのためボブと京都駅で待ち合わせ。早く着きすぎたので、時間つぶしに百貨店にふらっと入ってビックリ。百貨店の中は完全に秋だった。私は結構、季節を重んじる方だが、まだバリ気分から抜けきれず、夏してるので、ちょっと恥ずかしくなった。まっ、現実には、こんなに暑いのだし、百貨店のような格好は無理だけど、明日からは、せめて少しは秋を意識した色合いにするとしよう。ボブと会うのは5年ぶり、近況報告やら何やらあれこれ話し込んで、あっという間に晩。晩は、ロースクールの学生たちとコンパの約束があったので、京都駅近くの居酒屋へ。司法臨床の授業がとても面白かったので、久しぶりに学生たちに会うことを私も楽しみにしていた。リーガルクリニックの方も順調に進んでいるようだ。コンパと言っても、基本的に、法システムに関する議論が中心。正義感に燃える頼もしい学生たちだ(必ずしもロースクールの標準ではなさそうだが)。二次会の途中までつきあって、結局シンデレラ帰りだった。明日から毎日ボブの授業。自分にとっても久しぶりの受講になる。

9月10日(土) 津村

 あわただしく毎日が過ぎていくなあ。講師ラッシュの秋本番というところ。講演の合間にレジュメ作成と打ち合わせとその他の仕事で、1日があっという間。それでも食欲は決して衰えない私。ふふ、頼もしいでしょ(食べ過ぎちゃうんか?という突っ込みは禁止)。

 昨日は不在者投票に行ったが、区役所を出たところで、ひどい雷雨に愕然。たくさんの人が呆然としながら足止めをくらっている。稲光がする度に同じように不安げな顔をしかめてみせる。うわー、こんなことになっているとは。私は雷が大の苦手。多少の雨なんて平気だけど、これだけはどうにも怖い。私を殺すのに刃物は要らない。雷、歯医者、ゴキブリ(トカゲもカエルも平気だというのに・・・)があればイチコロだ(笑)。そんな訳で仕方なく、雨足が弱まるまで待ち、バスに飛び乗って帰った。不在者投票にはよく行くが、今年はいつもより人が多いような気がする。注目の選挙、投票率はどれくらいだろう。刺客がどうだの、本質からそれたところで盛り上がってワイドショーまで賑わせているのは驚き。それでも、そのおかげで家族の会話が増えたとか、夫婦で政治のことで語り合っているとか、普段無口な父親に政治の質問をしたら、別人のように雄弁に語ったなどというエピソードをあちこちで聞き、面白いものだなーと思う。

 娘は明日が文化祭だとかで、毎日帰りの遅いこと。元気で何よりだ。特に見に行くつもりもないけど、どんなことやってるんだろうなー。バイトもかなり続いているし、なかなか見上げた根性だ。そういえば、友人の娘が我が家から一番近いコンビニで人生初のバイトを始めた。おでんフェアをやっているから買いに来てと言われ、お鍋を持って買いに行き、夕食をおでんにした。ここのおでんは私の大好物だ。友人とふたり、家族分のおでんを買い込んだので、お店の店長さん夫婦にとても喜ばれた。フェアの売り上げはなかなかのものだったそうで、お役に立てて何より。この子はとても商売上手な子で、別の日に、私の夫が帰りに店に寄ったら(翌日のパンを買うため)、「あっ、まあくん(彼女は私や夫をニックネームで呼ぶ)、おでん買って!」と勧められ、夫は「うまいなー、なんか買ってしもた」と笑って帰ってきた(笑)。

 今夜はおでんじゃないけれど、おいしいものを作るぞっ。そうそう、夕食材料の宅配は続けているが、なかなか面白いメニューがあって楽しい。スーパーへ行かなくて済むのが助かるので、当分続けるつもりだ。無駄な物を買わないという良いオマケもつく。あとは生協の宅配で、お米と牛乳と卵とお弁当の材料を調達するという段取りで、なかなか快適だ。さあ、明日も良い日でありますように。

9月9日(金) 村本

 以前書いた論文をいじらなければならなくなって、久しぶりに「レジリエンス(レジリエンシー)」について調べてみたが、このところ急激に研究が増えているようだ。アメリカ心理学会は、市民向けのホームページで「レジリエンスへの道」と題する啓発頁を設けている。レジリエンスを高めるために、とくに、良い自己評価、他者とのつながり、自己コントロールの3つが鍵になるようだ。NPOの「DV母子支援」の有効な介入のために参照できそう。それにしても、今日は、久しぶりにデータを上書き保存せずに消してしまうという大失敗をやらかしてしまい落ち込んでいる。気を取り直してやり直すしかない。レジリエンス、レジリエンス・・・(逆境をはね返す力)。

9月8日(木) 村本

 仕事を終えてからバリダンスの特訓へ。近く、舞台があるので、劣等生の私としては、猛烈に練習に励まなければならない。家で練習することはまずないが、この一週間は気合い入れて頑張らないと・・・。気合いが入りすぎていたのか、先生からは、「力みすぎだから、もっと力を抜くように」と何度も注意される。「お母さんの場合は(娘と一緒に始めたため、今だに皆から、お母さんと呼ばれている。最初は違和感あったが、すっかり慣れてしまった)多少、投げやりな感じでやる方がいいかも」と。手抜きでやるとなかなか覚えられないし、上達しないし、かと言って、頑張ろうと思えば力んでしまうしで、加減が難しい。こんなところに自分の性格が出てしまうものだ。もっとしなやかに踊れるといいのだが。ストレスマネジメントを使ったメンタルトレーニングが自分にこそ必要かも・・・。

9月7日(水) 津村

 昨日は念願の、今年初のラピートに乗れて、ほくほくだった(笑)。今日は、交野市で2本、枚方市で1本というトリプル講師日。今朝7時の時点で暴風警報が出ていれば学校が休みになるというので、娘はおおいに期待を寄せていたようだが、注意報の発令にとどまっていたので、残念がっていた(笑)。とはいえ、「本当に注意報レベル?」と思うような強風だったので、娘は自転車を置いて、珍しく徒歩で駅に向かった。そもそも自転車に乗れない(とほほ・・・私、三輪以上でないとだめなんです、笑)私は駅までバスに乗るが、飛ばされそうな強風!「本当にこれでお母さんたちは子連れで出向けるのか?」と心配したが、会場に着いてびっくり。うわー、来てる来てる〜。

 託児室が近かったので覗きに行ったら、可愛い子どもたちがいっぱいいる!「1週間くらい貸してくださいー」と不謹慎なことを言いそうになるくらい可愛い。大泣きしながら、「おがーしゃん(お母さん)、べんきょうなんかいかんときーぼくまってるのはいややー」と言っている子どもがいたりして、まあなんと可愛いこと。子どもを預けてから、そっと涙を拭っているお母さんの姿も見かけた。はじめての託児は後ろ髪引かれる思いだものね。でも再会は、またまた可愛い胸キュンのひとときだよ!

 託児をどうしても嫌がって、お母さんの横にちょこんと座って、90分もずーっとおりこうにしていた男の子がいた。講義中「センセイ、かわいい・・・」と言っていたそうで、終了後それをお母さんが教えてくれた。「えー、ほんま?めっちゃ嬉しいなあ。どこがかわいい?」(しつこく聞くところがおばさんだなー私も、笑)と男の子に聞くと、笑っている。「ぜんぶだよねー」とお母さんがフォローしてくれた(笑)。わははは、すみません〜気を遣わせて(笑)。

 それにしても台風被害の大きいこと。あの渇水ダムの貯水率が一気に100%というから驚いた。たくさんの高齢者が亡くなられたことに胸が痛む。

9月7日(水) 村本

 来週は、Ph.Dの指導教官だったボブを招き、立命館で集中講義「癒しの文化人類学」をお願いしてある。コーディネーターとして私もフル出席するが、事前勉強がまだ不十分で焦ってきた。以前から不思議に思っているのだけど、外国の学生って本当によく勉強する(させられる?)のだ。ひとつの授業の前に必読文献と推薦文献が十冊ぐらいあって、さらに宿題がある。英語文献は早々と注文してあったのだが、夏休みに何ひとつ手をつけていなかったので、今さら全部読むのは無理。教員がこれだから、おそらく院生たちの準備もかなり不十分だろう・・・。ちょっと恥ずかしいが、それにしても、いったいどうして外国の学生たちって、あんなに勉強できるのか?(どちらかと言えば勉強家である私が舌を巻くのだから押して図るべし)今更しょうがないから、英語の本は斜め読み、せめて日本語に訳されているものだけでもと読んでいるが、マーガレット・ロックの『都市文化と東洋医学』は興味深かった。少し古い研究だが、学歴もある日本人が当たり前のように漢方や針灸、指圧を受け入れていることは、外人には珍しいらしい。昨年より、マッサージ通いをしている私としては意外だった。また、京都大阪にある東洋医学の学校についても書かれているが、陰陽その他で体質気質を分類した理論の紹介がちょっと面白かった。「腎の活性の高い人は性欲旺盛と考えられている」等々。今でもそんなことを習っているのだろうか?(今度聞いてみよう。)ゆっくり読む時間はなさそうだが、日本における脳死と臓器移植の問題についてもおもしろそう。また、ボブの著作となる『心理療法という文化』の序章もおもしろかった。インドの精神分析家カカールの本も眼を通しておきたい(カカールはまだ若かった頃、来日して会ったことがある。実は、ボブは一昨年、インドに住み、彼と親交を深めたらしい)。来週1週間はこの件で忙しいことを覚悟しているが、どうやら、そこに行き着くまで、まだまだ大変・・・。

9月6日(火) 村本

 京都で心理臨床学会、何年かぶりの参加である。「ストレス社会を生きる」という冨永先生企画の学会シンポ。シンポジストを頼まれていたが、今回、ストレス・マネジメントについて考えをまとめながら、ストマネは、トラウマの一次予防、二次予防、三次予防のどの次元に置いても有効で害のない優れものと結論した。シンポジストとしてご一緒した山中寛先生は、ストマネを「主体的生活の営み」と定義づけられた。ストマネ概念を拡げすぎという気がしないでもないが、この考え方は気に入った。だからこそ、トラウマによる障害予防として有効なのだ(トラウマの中核は、孤立と無力だから)。京都であった学会だからか、大学院時代の仲間や先輩たち何人かと顔を会わせ、また、せっかく行ったので、ちょうど時間帯があった恩師山中康裕先生の特別講演を覗いた。何となくタイムスリップしたような不思議な1日だった。今日は、めったにないことだが、夕方・晩の仕事が台風の影響でキャンセルとなり、思わぬ自由時間が出来た。秋は例年だが、この9月の忙しさはとりわけ厳しく、プレッシャーが多いので、とても有り難い。と言いながら、早めに帰っても仕事をしてしまっているが、今夜は早めにパソコンを閉じて、音楽をかけ(今はナザレーに挑戦しているので、それでも)、アロマでも焚くとしよう。

9月6日(火) 津村

 忙しさにかまけて、日記をさぼりがち。いかんいかん。バタバタしてばかりいないで、一日を振り返る時間くらい持たなくては。時々「日記を楽しみにしています」とメールをもらったり、友人たちから「アンタって忙しいから、あれを読んで、生きてるんやなーと安心してるよ」と言われたりするのだ(笑)。こんな時間に日記でもないだろうが、ひと仕事始める前に書いておくとしよう。

 時々子どものことも書くので、「ああ、元気にやってるんだな」と喜んでくれている優しい友人たちからもメールをもらったりして、本当に感謝。おかげさまで娘は元気です。今は漢字検定だの英検だのと忙しくしながらも、バイトだ彼氏だと青春しているようで、担任から「そろそろ志望校をしぼりなさい」と言われているのに、どこ吹く風だ(笑)。先生すみません、でも、元気でやってるのが一番なので勘弁してください(笑)。

 講師ラッシュで忙しい日々。昨日は貝塚市へ。南海電車といえば、私は「特急ラピート」が大好きだと何度か日記に書いたことがある。南海沿線での講師依頼は多いので、利用回数も結構なものなのだ。ラピートに乗り合わせると、「嬉しい〜」と日記に書くので、講師先の担当者の方に「ラピートがお好きなんですね」と言われたことまであるのだ(笑)。

 昨日は「特急サザン」に乗れた。旅行気分を味わえるので、私のちょっとした贅沢なのだ。今日も貝塚市に行くのだが、帰りはラピートに乗れないものだろうかとパソコンで調べたりしている(笑)。

 さあ、午前中はレジュメ作りにいそしみ、午後は講師に行ってこよう。去年は台風の影響ではじめて2本も講演が流れるという体験をしたが、今年はどうなのだろう。明日、私はなんと3本講演が入っているのだが、いずれも「警報発令でも決行」と事前連絡をくれているので、覚悟して出かけよう(笑)。それでも今回は近畿は逸れているから、警報発令中の賢島で講演をした、去年のあの凄まじい台風の勢い(海沿いのホテルでの宿泊研修の講師だったのだが、窓など1ミリも開けられないほどのすごさ)まではいかないだろうけれど。

 さあ、今日も元気に頑張るぞー。

9月4日(日) 村本

 遅ればせながら、「誰も知らない」を観た。なかなか興味深い映画だった。現実の事件をもとにしたフィクションというが、リアリティは十分に感じられる。私の関心は、映画が始まるまで、この母子はどんな生活を送ってきたのかということである。画面から見る限り、母親は積極的虐待をしないが、ニグレクトにある。にも関わらず、子どもたちは、それなりに秩序ある生活を送っている。これまで、基本的に、秩序ある生活を送ってきたことを示す。他者への思いやりや、より良い存在としてありたいという意志も傷つけられていない。未熟ではあるが、人間的でもある母親の関わりから得た力なのか、それとも、うまく他の関係資源があったのか。虐待的家庭に育つきょうだいは、互いに敵対的であることが多いが、逆に結束を固めることで生き延びる子どもたちがいる。何がそれを分かつのか、いつも不思議に思う。子どもたちは離ればなれになるのが嫌で、公的機関への援助を拒否したが、たしかに、この子どもたちが離ればなれにされたら、生き延びる力は激減するだろう。子どもたちの生き延びようとする力には驚嘆すべきものがある。世界中のストリート・チルドレン、あるいは、日本でだって、戦災孤児はこんな状況だったろう。世界中の子どもたちが守られ、満たされて成長することを願いはするが、現実はほど遠い。私たちにできることは、せいぜい、そうやって生き延びようとしている子どもたちにほんの少しでも応援をすること。賞味期限の過ぎた食べ物を与えるコンビニの若者や、羨ましそうに見ている子どもをチームに招き入れる野球の監督の行為は、そんな小さな応援の例だ。実際に身近にこんな子どもたちがいたとしたら、私たちはどういう形で応援すべきなのか考えさせられる。「生きる力」と言っても、彼らの人生に今後、想像を絶する困難が待ち受けていることは間違いない。現実には、遅かれ早かれ、家賃滞納から通報され、公的機関が介入することになるだろう。現実から離れて、理想的な援助を考えるとしたら、どんなことが考えられるのだろう。その答えは、その社会が思い描く幸せを浮き彫りにするような気がする。私自身の結論は、まだ出ない。