2005年6月 (スタッフの日記バックナンバー)

6月29日(水) 村本

 無性に映画が観たくなった。何でもいいやと、隙間の時間、自転車を走らせてナビオへ。たまたま「宇宙戦争」が封切りだったようで、あっちでもこっちでも、10分おきくらいに同時上映していた。この種のハリウッド映画にさしたる期待はないが、ウェルズの「宇宙戦争」には、「タイムマシン」とともにノスタルジーを感じる。子ども時代、思春期、推理小説とSFに凝っていたのだが、ウェルズと言えば、SFの元祖であり、どちらもの書もクラシックである。しかも、1〜2年前に上演された「タイムマシン」は、意外にも出来が良かった。

 今回の「宇宙戦争」は、確かに迫力があり、子どもの頃、本を読みながら空想して怯えた火星人の姿や破壊マシーンをリアルに再現してくれたが、ストーリー的には皮肉な気持ちで見てしまった。今、7月10日の会社イベントである「戦争・ジェンダー・トラウマ」のシンポジウムの準備として、大越愛子さんの『フェミニズムと国家暴力』と、グロスマンの『戦争における人殺しの心理学』を読んでいる。近代国家が、いかに家族主義を強化することで色濃い国家主義を形成することに成功してきたか。宇宙からの侵略者と戦争という発想は、明らかに、近代の植民地主義に根ざしているだろう。そして、今回の映画では「家族愛」が強調されている。ウェルズの原作でどの程度、そんな要素があったのかはっきり記憶していないが、映画は、現代アメリカの状態を反映しているのだろう。そもそも、他の映画にも多いが、地球規模の危機にさいし、一方で、人間が虫けら同然殺されていく様を描きながら、主人公となる一家のみが、愛と勇気でもって全員生き残るという筋書きがどうにも白々しい。「自分だけは大丈夫。だから人のことはどうだって関係ない」という否認を強化するばかりだ。

 トム・クルーズ演じるレイは、子どもたちと逃げている途中で、友人である女性とその娘と出会う。川を渡って逃げるために大型フェリーに乗るのだが、友人であるその女性だけが乗り損ねてしまい、「レイ、娘を頼むわ」と悲痛な叫びを投げるのだが、その後、その娘は一度も顧みられることがない(きっと、死んでしまったのだと思うが、誰一人、彼女のことを思い出しさえしないのである)。いくら何でも、これは、ちょっと信じがたいことだ。(通常なら、我が子とともに、友人の子どもを守ろうとするのが英雄話ではないだろうか?)途中、レイが、闘いに行くと言い張る思春期の息子を説得している間、一人、待っている娘に気づき、「こんな所に一人で居ては危ないわ」と我がことのように気遣い、一緒に逃げようとする老夫婦に対して、娘は「パパ、助けて!」と叫び、レイは「俺の娘だ。返せ」ともぎ取る。いったい何なのだ!?と驚く。現代アメリカの保守化とともに、強烈な家族主義が復興しているに違いない。

 そして、もっと怖ろしい場面。レイと娘の命を救ってくれた男がいるのだが、ちょっと頭がおかしくなっているのか、危険な行動ばかり取ろうとする。宇宙人に見つかって殺されることを怖れたレイは、「お前のために娘を死なせてたまるか!」と言って、素手で彼を殺すのである。その場面は扉で閉ざされていて直接的には見えないが、本当に怖ろしい場面だ。グロスマンによれば、至近距離で人を殺すことほど、致命的なトラウマになることはないらしい。きっと、レイは、この後、一生、トラウマに苦しみ続けることになるだろう。目隠しをされながらウィットネスとなった娘もだ。いろんな意味で怖ろしい映画だった。う〜ん。

6月28日(火) 森崎

 梅雨だというのに雨が降らない。こんなはずでは、おかしい・・・。というのも、私の予想では今年はかなりの大雨のはずだった(といっても、気象予報士の資格があるわけでもなんでもないのだが・・・)。

 だって、冬に見つけたのだ、カマキリの卵を。それも隣の家のローリエの高い高い木の枝に。カマキリは次の年の気候を予測するのか、雨の多い年には、卵が被害にあわないように、気の枝の高いところに卵を産み付けると聞いている。そうは言ってもたいていは低木で、こんな見上げるほど高いところでカマキリの卵を見つけたのは初めてだった。だから私は、「今年の梅雨は大変やで!」「今年は大雨になるよ!」とあっちこっちで言いふらしていたのだ。それが、空梅雨とは・・・。

 しかし、昨日は6月では40何年ぶりかの猛暑。新潟ではまた豪雨で大変だし、やはり異常気象のようだ。自然界の生き物たちは何をどう感じているのだろうか?やっぱり、あの見上げるほど高い枝に産み付けられたカマキリの卵は、気になる・・・。

6月28日(火) 村本

 雨が降らず、蒸し暑い日が続いている。それでも、木陰の紫陽花たちは、今年も、色とりどりに機嫌良く咲き誇っている。私は紫陽花が大好きで、この季節、あちこちでいろんな種類の紫陽花を見分けては(なかなか名前まで覚えられないんだけど)、うっとりと華やいだ気分に浸る(花言葉は”移り気”らしいが、自分を表しているのだろうか!?)。こんなに雨が降らなくて大丈夫なのだろうかと気にかかっていたせいもあって、ふと、昔(十数年前?)、気に入っていた紫陽花柄のワンピースを思い出し、無性に着てみたくなった。染織家の友人がちりめんに型染めで染め、仕立ててくれたもの。屋根裏から探し出し(はっきり言って、私はかなりの衣装持ちだが、絶対に捨てられない性分なので、お下がりで誰かがもらってくれたもの以外は、すべて保存してある)、アイロンを当ててみたが、結構、良い状態のままだ(白い襟が少し黄ばんでいるので、出来れば、近いうちに襟だけ取り替えよう)。紫陽花たちへの応援のつもりで(何の意味があるのかと言われたらそれまでだけど、自分としては・・・)、きのう、今日と着て歩く。白いパラソルとコーディネイトすると、何ともクラシカルで良い感じ。それに、風通しが良くてとっても涼しいのだ。「わぁ、素敵ね」と何人かから褒めてもらって、気分良く過ごした。それにしても、雨が気になるな。水不足に集中豪雨が思いやられる。

6月27日(月) 津村

 毎日毎日どこかに講師に行っていたなあ・・・という先週。

 25日の土曜日は兵庫県多可郡加美町へ。そう、あの事故からちょうど2ケ月に当たる日に、復旧したばかりのJR福知山線を利用して出かけたのだ。あのカーブを電車は、はっきりとわかるほど十分に減速する。大惨事の現場になってしまったマンションの駐車場部分は、まだブルーシートで覆われており、献花台にはぎっしりと花が供えられている。しーんと静まり返った車内で、ほぼ全員が車窓に釘付けになる異様な光景が、ここでは何度も繰り返されているのだろう。言葉を失い、ただ現場を見つめるばかりの乗客たち。

 学生さんや働き盛りの方など、現役世代の犠牲者が本当に多かったが、日常であろう移動時間中に、いきなりぷつんと未来が断ち切られてしまい、どれほど無念だったことだろう。大切な家族を失った方の苦しみも、いかばかりかと思う。この路線が復活した日の始発に、遺族である男性が、「妻がどうやって死んだのかを知りたい」と乗車されたと新聞で知った。胸が張り裂けんばかりだっただろうが、何が起きたのか、真実は何だったのかを求めてやまないその心情に心底共感した。あらためて、犠牲者のご冥福と、負傷された方のご回復を祈りたい。

6月26日(日) 村本

 今日は司法臨床集中講義の最終日。初(たぶん、本邦初)の試みだったが、おもしろくて、あっという間だった。結局、最初に予定していたより、かなり多くの時間を、コミュニケーション・スキルに割く結果になったが、ひとつの事例に対して、複数の角度から繰り返し面接をするというロールプレイ演習が、私自身にとっても興味深かった。心理系の学生にとっても、被害者に対する聴き方は、必ずしも通常のカウンセリングと同じにはいかない部分があって、困難だったようだ。そういう意味では、順を追ってスキルアップしていくようなプログラムが必要だなと思う。本当は、被害者理解のための講義ももっとしたかったのだけど、あまり時間がなくなってしまった。『暴力被害と女性』をテキストに指定したので、個別には読んでもらえるかな。ロースクールの一人の男子学生が、「改めて、男性として固定観念に囚われていることが多く、この本で、基盤を崩されるような経験をしました」と言ってくれた。ちゃんと自分のことに照らし合わせて読んでくれた、これは、嬉しい反応だ。今後の課題をあれこれ考えていると、次々と新しいアイディアが沸いてくる。現状把握のアセスメントをして、ニーズに合わせた研修プログラムを作って実行していくという仕事は、かなり好きなのだ(ある程度の継続性をもって)。9月からは、DV相談員の継続研修も頼まれている。これも楽しみだ。

6月25日(土) 森崎

 いやいや、今日も1日蒸し暑かった!実は私、何を隠そう、まだちゃんと衣替えをしていなかった(恥ずかしい)。だが、もう限界!!なんせこの暑さ、たんすの中にセーター類が見えるだけで気分が悪いのだ(笑)。今日は久しぶりの休日ということもあり、自宅でのんびりしたかったが、がんばって(かなり遅いが)衣替えを済ませる。たんすの中もすっきり、部屋もすっきり、気分もすっきり。しかし、暑い・・・。

6月25日(土) 村本

 最近、忙しすぎて、ろくなものを食べていなかったが(量的には食べているのだけど、体に悪そうなものばかり・・・)、今日は、珍しく、普通の時間に家で夕飯を作って食べることができた。とにかく野菜をふんだんに食べれるのが嬉しい。気分的には、ようやく鬱の出口が見えてきたかなというところ。でも、ストレスが肩・頸にきていて、痛くて、頸が半分回らなくなってきた。今日は、整骨院へ行き、冷湿布ももらってきた。何とかこじらさずに乗りこえたいものだ。去年の今頃も疲れていたなー。夏休みまで、あとひと月。そこまでに越えなければならない山場がまだまだいくつもあるのだけど、何とか、たどり着かなきゃ・・・。

6月23日(木) 村本

 今日はスクールカウンセラーの日で、カウンセリング後、先生たちの自主勉強会におつきあいする。いつも、これがとっても面白い。今日のテーマは、「困った女子生徒の扱い」。中高生の女の子たちが集団になると扱いが困難で、とくに男の先生たちの悩みが深いとのこと。本当に驚くようなエピソード満載で、改めて、先生たちの苦労が偲ばれた。でも、よくよく考えてみると、それは、とりもなおさず、現代社会の焼き直しで、女性たちが置かれている状況の複雑さがあぶり出されているといった側面も見えてくる。つまり、一見、男女平等で、女性も自由を与えられているようでいて、現実には、女性が一人前の大人として扱われ、力を発揮できるチャンスが、それほど保証されているわけではない。結局のところ、若さと外見でちやほやされ、甘やかされるというのは、一人の人間として信頼もされていなければ、尊重もされていないということだろう。もちろん、その傍らで、女性の扱いに振り回され、戸惑っている男性たちがいる。どちらにとっても不幸なことだが、まだまだ男女がちゃんと出会うのに時間がかかりそうだ。

6月23日(木) 森崎

 早く寝るぞ!と日記にまで記し決意した昨夜だったが、中学生の息子の帰りが午前12時半近くになり、早寝には至らなかった。実は、息子は「このままでは僕はアカンようになる!」と言って(笑)、中学1年生の2学期から自ら塾に入ったが、今はちょうど試験前で、塾内の小テストで合格しないと帰れないという厳しい時期らしい。何もここまでしてくれなくてもと親としては思うのだが・・・。とにかく、息子は追試追試(社会)でこんな時間になったようだ。

 居間でうたた寝していたが、息子の帰宅に気付き「お帰り〜お疲れさん」と言うと、「遅くなってごめんな」と息子。「え?別に遊んできて遅くなったわけじゃなし、勉強して帰ってきて謝らんでいいやん」と言うと、「僕は若いからいいけど、お母さんは体力続かんやろ」と・・・。最近偉そうなことばっかり言うようになったと思いきや、親を思いやることを言ってくれるようにもなったんだ・・・(涙)。成長したなあ〜。寝る時間は遅くなったが、しみじみうれしい夜だった。

6月22日(水) 村本

 今夜は、立命館の対人援助学会第2回ミーティングで、京都市内で民間の病児保育を運営されている方をお招きして、お話を聴く。当事者サイドからのニーズで3年前にスタートし、「私たちにできること」を手掛かりに、知恵を絞って、より良い援助のための工夫を重ねておられる。研究所を立ち上げた頃の自分たちの姿を思い出し、懐かしかった。話題性があるのでマスコミに取り上げられ、利用者からの口コミで拡がっていく様はまったく一緒だった。会員制のアットホームな病児保育所で、具合が悪くなった子どもの保育園へのお迎えもやっているそうな。しかも、少しでも利用者にお金がかからないようにと、行きは、折りたたみ自転車を飛ばし、帰りは、自転車をたたみ、子どもを抱いて、契約しているMKタクシーに乗って、保育所まで戻る。「実家のお母ちゃん」っていう感じの心遣いが暖かい。たとえ利用する回数は年数回であっても、親子ともども身内のように安心だろう。地域に、そんな暖かな小さな病児保育所があちこちにあれば、働く親にとってはどんなに心強く、応援のメッセージになることだろう。大きな企業とは違う零細企業のきめ細かな配慮と強みを感じた。気になるのは事業としての継続性。オーナーたちが元気なうちは続くだろう。でも、良い事業を次世代につなげていくには経営の安定が必要。これは目下、私自身の悩みである(このオーナーさんたちは私よりも年輩で、とっても元気である)。地域の小さな八百屋さん、魚屋さん、本屋さんが潰れ、大きなスーパーマーケットに変わっていくことにどうやって抵抗することができるのだろうか?

6月22日(水) 森崎

 このところ忙しい割には快調で、身体も元気だったが、少し「かげり」が出てきたかも。今朝もいつものように電車で仕事に出かけたが、さて降りる段になって「あれ?切符がない!」。いつもいれるのはここで・・あっちこっち探すが見つからない。どこに入れたのか全然思いだせないのだ。「ゴメンナサイ」と謝って改札を出してもらう。電車を乗り換え、「今度は大丈夫、ここに入れたぞ」と確認。田舎方面に向かう電車ですいていたので、座って単身赴任中の夫にメール。しばらくすると返事が。「お父さんに送ったメールわたしに来たで」と娘。疲れてきた証拠だ。気をつけよう。

 庭に出てハーブに触れたくなるのも疲れてきた証拠のひとつ。昨日の村本の日記にあった、ミントを摘んで持って行ったのは実は私。なかなか自宅でゆっくりハーブティーを飲む余裕はないのだが、職場でみんなと一緒にハーブティを飲むということは、みんなも喜んでくれるし、ほっとうれしいひと時なのだ。

 疲れたと感じた時は、自分に優しくしよう。今夜はお風呂にフレッシュハーブをたっぷり浮かべ、リフレッシュするためにも早く寝るぞ!

6月21日(火) 村本

 今日も、内部スタッフ研修。最近、研修が趣味になりつつあり(そして、スタッフの力量はメキメキと向上しているはず!?)、自分自身も学んでいる。それでも、どうしても、まだ鬱気分から抜けられなくて、「心の喜び」が鈍い。前は、いったいいつ頃、鬱だったっけ?と日記をザザッと見直してみたが(自分自身の記録という意味では便利なものだ)、ここ1年ほどは、とにかく身体レベルで疲れていて(おもに首・肩の凝り)、気分レベルで落ち込んだのは、どうやら1年前くらい。前年もそうかも。春に高揚感があって、梅雨時に落ち込むのだろうか。4〜5月の神がかった頭の冴えは、やっぱり一種の躁状態だったのか!?自分としては、じっくり腰を落ち着けて、丁寧に心をこめて仕事に打ち込むことができ、良い状態だったと思うんだけどな。もちろん、現実生活に支障をきたすほどではないのだけど、何だか心がささくれだっているというのか、あまり自分が好きになれない状態(やっぱ、鬱だ・・・)。もうちょっと、納得のいく自分の状態を保持したいものだ。そんな中、今日の研修に、スタッフの一人が庭で摘んだミントをたくさん持ってきてくれて、ミントティーを頂いた。一時的であれ、これは、スッキリして、とっても効果があった。ありがたい。それにしても、やっぱり、忙しすぎるのだろう。ちょっと気を緩めると、すぐにいろいろ仕事を入れてしまうから、もうちょっとスローに(でも、少なくとも、年内はもう無理・・・)。

6月19日(日) 村本

 今日はスタッフの内部研修、ミルトン・エリクソンの催眠誘導を学ぶ。催眠は必ずしも、本格的にやってきたわけではないが、私にとっては、いつも近くにあったテーマ。人間の心とはなんて面白く、無意識の心はなんて賢いのだろう、でも、時にトリッキーだとも思う。安心できるスタッフメンバーで練習できるのは利点だし、当面は、自己催眠の研鑽に励むことにする。臨床場面での適用はまだ先の課題。晩は、NPOのDV子プロミーティング。久しぶりに大勢のメンバーが集まり、にぎやかになる。これからの新しい展開にわくわく。ただし、自分のスケジュール帳を見てゲッソリ、家族に対して罪悪感もある(軽んじているような気がして)。大急ぎで家に帰ったが、私がいようがいまいが、みんなあんまり気にしている様子はない・・・。まだ、自分の状態は本調子ではないようだ。

6月16日(木) 村本

 柔道で前歯を失った息子、歯医者の治療が続行中。笑ってやっては可哀想だが、でも、柔道二段が歯医者を怖がる様子は、正直言って、ちょっと可笑しい(息子よ、ゴメン!)。治療の前日になると、「怖い、怖い。痛いかな?」とうるさい。「痛くないことはないやろけど、恐怖心の方が大きいんじゃないの?」「そうそう、それやそれ。恐怖心や。怖い、怖い・・・」「昔は、男の子が怖がるのは格好悪いっていうことになっていて、怖くても黙って我慢していたもんだけど、今の子たちには、そういうの、もうないの?」「格好悪いとか何とかって、そんなもん、怖いもんは怖いやろ?仕方ないやん!」「そりゃ、そうだ」。きのうは、麻酔があんまり痛くて、思わず先生の腕をつかんで、治療を阻止してしまったらしい。あの握力で、患者から、いきなり腕をつかまれたら、先生もびっくりするだろう。「先生、どうした?」「動いたら、余計、痛いですよって言われた」「それで、どうなったん?」「仕方ないから頑張った。終わったら、よく我慢したなって褒められた」。大きななりをしているけど、まだ子どもだと思われたのだろう。そう言えば、彼が子どもの頃も、虫歯の治療で、先生に「痛かったら手を挙げてください」と言われ、正直に手を挙げたら、いきなり麻酔されたと怒っていたことあったっけ(確かに歯医者さんはそう言うけど、普通、痛くても我慢して手を挙げないものじゃないのかな?手を挙げたら麻酔されるとは、その時初めて知った)。

 かく言う私は大ボケの連続。スカーフを電車に忘れ、鍵を忘れ、サイフにお金を入れ忘れ、コンタクトを落とし、つい先日は、なぜかファンデーションを塗るのを忘れて出勤した。若い頃は、よく化粧をし忘れたものだが(その頃は、そちらの方が普通だったので平気だった)、年を取って、少なくとも朝の化粧は必ずするようになったので、ファンデーション抜きにポイントメイクのみで、奇妙な感じだった。当然のように化粧ポーチも忘れたので(これは今も、しょっちゅう)、コンビニで間に合わせを買おうか、どうしようかと迷ったが、何となく思いついて、若い子たちのように、出勤途中、百貨店の化粧品コーナーを利用させてもらった。こんなことしたの初めて。便利〜。

 子どもたちを見て、「なんや、まだ子どもやな〜」と思うが、ふと我に返ると、「やっぱ、年取ったな〜」としみじみ。ボケすぎないように、余裕を持って、日々、よく考えて行動しよう。

6月16日(木) 森崎

 「目が回るほど忙しい」とよく言うが、ここ2ヶ月ほど、「目を回してはいられない」毎日を送っている。さまざまな仕事があっちこっちから入り込み、それがいつの間にかぐるぐる渦を描き出し、その回っている渦の中でひたすら、足をとられないよう、またしっかり足が地に着いているか、確認しながら毎日を送っている感じだ。そんな状態にもかかわらず、目が回らずちゃんと立って前進していられるのは、この渦の意味が自分で分かっているからだろう。分かっている、知っているということは、自分を助けることでもあるんだなぁと思ったりして・・・

 レインリリーがピンクの花をつけた。梅雨になり雨が降り出すと、毎年いつの間にか花を咲かせて私を驚かせる。ちゃんと、自分が花咲かせる時期を知っているんだなぁ。それは自分が咲きたい時であり、気持ちよく咲いていられる時期なんだなぁ。あれ?なんだか相田みつをさん調になってる(笑)

6月12日(日) 村本

 今日は司法臨床、1時から7時半までぶっ通し授業だった。このところ消耗していて元気を失っていたので、不安もあったが、後半部分は楽しくなって、気分転換にもなった。後半というのは、演習部分なのだけど、一方的に講義をするより、学生たちとやり取りしながら進める授業は楽しい。予定より大幅に人数が多く、ロースクール関係の学生たちは、ある種、とってもアグレッシブなので(裁判で闘うことを訓練されているのだから当然なのだろう)、最初は「こわ〜」と思っていたのだけど、直接やり取りしていると、とにかくみんな熱心で、かわいく(愛おしく?)なってくる。基本的に、私は、動機づけの高い学生たちと一緒に何かをやっていくのが好きなのだと思う。アグレッシブというのも、言葉を変えれば積極的で好奇心旺盛であるということ。それに、心理的な視点について学んだ効果もあるのか、今日は、和やかな雰囲気だった。再来週も楽しみ。そして、自分自身のメンタルヘルス。自分で書いた処方箋に従って(仕事熱心すぎるとも言えるけれど、自分の状態があまりよくない時は試行錯誤と学びのチャンスである)、今夜は仕事をせず、いったんテンションを下げて休息を取ることにする。明日もあさってもハードだ。

6月12日(日) 森崎

 紫陽花が色鮮やかになりました。私の大好きな田んぼにも水が入り、田植えも始まりました。昨夜は、大阪から遊びに来た弟夫婦、母と子どもたちとで、蛍を見に行ってきました。
 地道・山道を走ること約1時間余り。ネットで調べた目的地に着くまでに、あちらこちらに車が止まり人影が・・・。そのあたりは穴場のようで、大きな蛍が飛び交っていました。弟が近づいてきた蛍を一匹手の中に入れ、みんなでおおはしゃぎ!真っ暗な山中、川のせせらぎを聞きながら蛍のなんとも優美な舞を見て心身ともに和みました。車から降りるたび、「ほ・ほ・ほ〜たる来い♪」と歌う母にはみんなで苦笑しましたが(笑)。

6月11日(土) 村本

 この春からは、かなり気をつけ、自分の仕事をコントロールするよう努力してきた。結構、うまく行っていたのに、最近、また失敗をやらかしてしまった。気が緩むと、ついつい、悪い癖で(FLCを始めるまでは、そんな趣味なかったのに・・・)、責任感や意義から仕事を手がけてしまうのだ。いつのまにか組織人思考になってしまっていたのか?このパターンは、自分で自分を追いつめ、下手すると周囲にも嫌な思いをさせる。はっきり言って、自己嫌悪と鬱。自分で理由はわかっているので、自分で処方箋を書く。そして、今後への戒め。自分個人の仕事を大切にすること。しばらくは、黙々とやるべきことをこなすしかない。

6月9日(木) 津村

 午前中は女性誌の取材。最近多忙を極めていて、帰宅しても追いつかない仕事とにらめっこ、夫とゆっくり会話もせず、私は四六時中仕事のことで頭がチリチリ、頭の回転が鈍くなる一方という悪循環。こんな状態と決別するため、思い切って午後はプライベートタイムを確保した。何もしないで休むことも考えたのだが、夫と半日、積極的に楽しむ方法を選択した。

 夫と待ち合わせて、「OSAKA海遊きっぷ」を購入。これは1日中、市営地下鉄とバスが乗り放題で、海遊館とその他の公共施設の割引入場ができるという、大阪でお得に遊べるチケットなのだ。

 まず天神橋筋六丁目にある「くらしの今昔館」へ。仕事場の近くにありながら、行ったことがなかったけれど、なんとも懐かしい光景が広がっていて、嬉しくなった。

 続いて昼食を急いで済ませて市立科学館へ。プラネタリウムを楽しむためだ。ところが日頃の疲れが出たか、私はグーグー眠ってしまい、早速夫にあきれられた(汗)。

 続いて海遊館へ。久しぶりに海も見て、いい気分。ここの海を見ると浮かぶ歌は「悲しい色やね」。♪大阪の海は悲しい色やね さよならをみんな ここに捨てにくるから♪

 世代がわかりますね(笑)。♪大阪bay blues♪と上田正樹は歌ったのだが、当時子どもだった私は「野球選手?」勘違いしたのだ。思い出し笑い(笑)。

 そしてコスモスクエアまで出た。海の時空館まで行きかけて、体力の限界を感じてギブアップ(笑)。そこから海をぼんやり眺めて帰宅した。久しぶりに夫とデートしたなあ。あー、よく遊んだ。元気で働いているからこそ、味わえる幸せかも。楽しかった。

6月9日(木) 村本

 今日は懐かしい人がひょっこり事務所に寄ってくれた。いつもはスケジュールが詰まっているので、約束なしに訪問客と会えることはまずないが、偶然にも、ちょうど仕事の合間で、15分ほどティータイムにつきあってもらうことができた。もうかれこれ十年ほど会っていなかったが、FLCの初期の頃、たいへんにお世話になった人だ。それほど長く一緒に時間を過ごしたことはないのだが、それ以前のご縁もあって、何とはなしに近しい気持を持たせてもらっている。ある人たちと一緒に年を取っていく感覚というのは良いものだ。まったく別の仕事をしていても、あなたはそこで、私はここで頑張っているという感覚。この感覚を味わえるのは、年を取る幸せのひとつだろう。

6月5日(日) 村本

 今日は最後の日曜日(夏休みまで、もう日曜はない・・・)。GW以来、妹と登山の約束をしていたので、朝からおにぎりを作って、行者山&剣尾山に登る。グレードBなので、前回の深山よりは少し歩いた感じだが、まだまだ。次回はグレードCに挑戦しよう。帰り道、能勢の郷かんぽの湯で温泉に浸かり(これはたいしたことなかった)、さらに1時間ほど歩いて、汐ノ湯温泉に立ち寄る。こちらは、有馬にも似た金の湯・銀の湯で、なかなか趣深い。もう1週間ほど遅ければ、夜、ホタルがたくさん観れたという。残念。でも、来週はきっと梅雨に入ってるよな。山歩きをし、温泉に入って体を休めた後は、本当にリフレッシュする。本当に気持ち良かった!元気になった!次は夏休みだな〜。

6月5日(日) 津村

 金曜日は京都市から大阪市内へ、土曜日は奈良市から大阪市内へとばたばたの週末だった。昨日も一昨日もそうだったが、最近は昼食をとる時間がなく、移動の電車内でこっそりとパンをかじる・・・ということが増えた。正直なところ、これがとても苦手だ

 たとえば京阪特急などのボックスシートだとそうでもないのだが、長い座席でずらりと向かい合う人がいる中、モグモグ・・・というのは結構、気がひける。とはいえ私には、昼食抜きという選択肢はない。3食はきっちりというのが私のモットーといえばカッコよいが、空腹には耐えられない(笑)。一口サイズのおにぎりをいくつも作れば食べやすいかな。

 さてさて、原稿をいくつも抱えてもう頭がウニ状態だが、ひとつひとつ丁寧に片付けていこう。今日は図書館にこもってこようと思う。行ってきます。

6月4日(土) 村本

 今日は、興味深い話を耳にした。学校で配布された虐待・いじめについてのパンフレットをきっかけに、子どもが被害を訴えることができたという話。そうか、子どもたちに直接届けられる情報は、とっても役に立つんだとエンパワーされる思い。もちろん、日常に信頼関係の土台があっての話だろうが。さまざまな被害についての情報は、一昔前と違って、今では、あちこちに散見しているように見える。でも、当事者にとっては必ずしもそうではないんだという事実に驚かされることは、今なお少なくない。もっともっと情報が必要なんだろう。前にどこかで読んだものの中に、アメリカのどこかで、被害者支援運動の一環として、DVホットラインの電話番号を地域の牛乳パックに印刷するという運動について読んだことがある。たいそうな支援はできなくても、気持ちさえあれば可能な、ささやかな運動として紹介されており、協力者には、牛乳会社への交渉のノウハウが書かれたパッケージが無料配布されるということだった。被害者支援にどれほどの効果があったのかわからないが、家庭の食卓に、被害者を支援しますというコミュニティのメッセージが届いたことの意味は大きかったかもしれない。VOVで作っているDV啓発のグッズ(ソーイングセット、小さなキャンディ缶)や、イギリスの子ども支援機関が大量生産して地域の学校に配布している子ども向けのかわいい定規(虐待支援センターの連絡先がついている)の存在を思い出す。物に託した大量のメッセージが地域にばらまかれることには、案外、大きな力があるのかもしれない。何かそんなプロジェクトを考えてみてもいいなと考えさせられたエピソードだった。

6月3日(金) 津村

 京都市内の幼稚園で講演。皆さん熱心に聴いてくださり、ありがたいことだ。園長先生はじめ、幼稚園のお世話役の方々には、本当に良くしていただいて感謝。志のある方や、誠実に頑張っておられる方とお目にかかるのは嬉しいことだ。とても励まされる。

 明日は奈良市へ。週末も晴天に恵まれるようで何より。そろそろ梅雨入りはいつ頃か?という予報の話題が出てきた。梅雨も元気に乗り切って、さあ夏へ・・・・その前にあの原稿、この原稿・・・お仕事、お仕事(笑)。

6月3日(金) 村本

 思春期の子どもたちから苦情。息子「この家、心配しすぎやし」、娘「この家、厳しすぎやし」。自分では寛大な親だと思っている私としては、「!?」。問題は、お金の使い方と時間の枠組みにあるらしい。地域柄なのか、時代なのか、聞いてみると、最近の親は、お金や時間にとってもルーズらしい。たしかに、晩の10時半になっても、塾帰りの小学生がダベっていたり、真夜中近くになってもコンビに周辺に中高生がたむろしてたりという光景が目につく。晩の8時が過ぎてから、携帯に遊ぼのメールが届くことも少なくないことに本当に驚いている。よその家はいったい、どんなふうに考えているのかな〜〜ととっても不思議。家の基準が周囲とあまりにかけ離れていると、子どもたちは孤立するだろうし、かと言って、年齢相応の制限枠はやはり大人が与えるべきだという考えは捨てられない。今のところ、子どもたちも、ブツブツ言いながら、それなりに納得している部分もあるようだが、反抗のための反抗を生むような基準を押しつけるのもうまくないだろう。難しい時代だ。それにしても、いったいどうなっているのか、本当の本当に不思議だ。

6月1日(水) 村本A

 さっき、今日の日付できのうの日記を書いたところだが(なにせ、きのうはネット接続できず)、今年初物のスイカを食べたので、記しておこう。おいしかった〜〜〜!私は、あらゆる種類の食べ物のなかで、スイカがもっとも好きなのだ。夫が生協で注文してくれていた。感謝。

6月1日(水) 村本

 きのうは冴えない1日だった。まず、支所に鍵一式を忘れ、家に帰って初めて気づく。子どもたちの帰りも遅くなりそうで、家に入れない。再び、本社に戻り、貯まっている雑用を片づけた。娘から、「家に帰った。またすぐ出かける」とのメール、大あわてで家に帰るが、今度は、インターネット接続がおかしく、まったくつながらない。今日の夕方、NTTに来てもらうことになる。ゆうべは泊まりで、メールチェックしていないので、緊急の用事はなかっただろうかと気が気じゃない。どこか近くにインターネット・カフェがなかったかな?近所の友人宅にパソコン借りに行こうかな?・・・などと迷っているが、ネット依存のようなこんな状態もどうかと思い、潔く諦めることにする。パソコンに向かっていると気になってしょうがないので、本を読むことにする。ちょうど今、電車の行き帰りにマイケル・ホワイトの『セラピストの人生という物語』を読んでいる。マイケル・ホワイトは、ナラティブの産みの親。その昔、アメリカで博士課程のオリエンテーションに行った頃、向こうで話題になっていて、早速本を買ってみたが、もひとつ乗らず、また、同僚の中村さんが、昨年1年間、オーストラリアで勉強していた先生でもあるため、訳本を読みかけたが、やっぱり乗らず。ところが、この『セラピストの・・・』は最初からノリノリで読んでいる。とっても良い。「もともとセラピーとはナラティブではないの!?」とどうしても思えてならなかったが、つい先日先輩である森岡さんと立ち話した折、「構造主義をどう捉えるかがポイント」と聞き、なるほどと納得する。自分にとってはごく自然に身につけてきた考え方(とくべつ技法化してこなかった)も含まれていれば、まったく新しい考え方も含まれている。まだ途中だが、ぼちぼち勉強していこう。冴えない1日も、かろうじて有意義に過ごせたかな。