2005年4月 (スタッフの日記バックナンバー)

4月30日(土) 村本

 毎年、連休は仕事をすることにしている。どこに行っても人だらけだから。今日は通常の面接日。最近、自分にとって負担の大きい仕事は何かと自問自答しながら仕事をしているが(そして、負担なものは、どうしたら、少しでも気持ちよく働けるかと考えながら)、面接の仕事は間違いなく好きな仕事だ。大変な時もないではないが、基本的に、人間に対する敬意や希望をもらっている。連休でお休みの人もあったから、いつもより早めに仕事を終え、整骨院へ(しばらくご無沙汰したが、座骨神経痛が慢性化してしまい、結局、あれから痛みを抱え続けている。耐え難いほどではないのだけど)。気分よ〜く帰宅し、ご飯をかけて、ピアノを弾く。余裕のある夕方で嬉しい。しかも、今夜は珍しく、家族揃っての夕食。最近、出っぱなしの外食続きだったので、この頃、食べれなかったものを揃える。納豆に海苔(今、おみやげにと頂いた淡路島の味海苔があって、これがかなりイケる)、焼き鮭、冷や奴、ほうれん草のおひたし、具だくさんの田舎風みそ汁・・・と書いていると旅館の朝食のようだと思うが、最近、シンプルな和風のものが一番おいしい。そして、若い人たち用に鳥の唐揚げ。何とも平凡な1日で満足。そして、夜はこうして、パソコンに向かっている。連休中はゆっくり、じっくり原稿書きをするつもりだ。ゆとりを持って働いていると、私も、案外、仕事好きなのだ。

4月30日(土) 森崎

 きゃははは・・・ついに登場(字が大きいから書きやすいな)。早いものでもう4月も終わり。そういえば、4月の最初はまだストーブをつけていたなぁ。それがこの1ヶ月でもう初夏の陽気、凄い変化をするもんだ。しかし、この暑さ・・・参った。日本特有の四季はどこへ行ったのだ〜?。さわやかな季節を返してくれ〜〜と叫びたくなる。
 今、我が家の庭は花盛り。うれしい季節だ!チェリーセイジが可愛いらしい赤い花をつけ、気がつけばその隣で、すずらんが白い可憐な花を咲かせている。いつの間にかカラーも品格のある大きな白い花を2本つけていてびっくりしたし、紫欄や鳴子ゆりも柔らかな緑の葉の間に、つぼみを見つけた。シラー・カンパニュラータはうす紫の花を、アリストロメリアは丸いピンクの花を今までにないほど沢山つけ、うれしいことにジャスミンも今年始めて花を咲かせそう。ラベンダーも今が一番香りを放つ季節だろうか。こうして花を眺め、そして少し摘んではあちらこちらへ生けるのが好きだ。こう聞くと、庭の手入れをまめにしてさぞ優雅な生活・・というイメージになるかもしれないが、これらは、植えっぱなしでも、毎年沢山花をつけるもののオンパレードなのだ。そして、雑草だってこの子達以上に元気に育っているのだ(笑)。これからの季節は雑草との戦いも始まるな・・・。それはさておき、そろそろ植え替えの季節でもあるが、春のパンジーの次は、この夏用に何を植えようかな?

4月30日(土) 津村

 村本も前村も書いたけれど、昨日の「NPO法人 FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク」の春の交流会、たくさんのお客さんが来てくれて、とても盛況、楽しかった。スタッフの子どもで参加したもうひとりの高校生というのは、うちの娘だ。

 娘も団さんに「どんなときに遊んでるなー、と感じる?」と尋ねられて、「笑ってるとき」と答えていた。私にとっては、ちょっとグッとくる回答。昨年の後半くらいまで、娘は受験のことや病気のことで、涙しなければならないことが本当に多かったのだ。ただ友達とワイワイと笑い合うその時が、娘にとっては本当に得難く幸せな日々に違いない。

 団さんには、「似た者同士の集団で笑い合う世界・・・しかし、本当に面白いことは、実はそこではないところにあるのだ」という示唆を受けたのではないかな。「異質なものを面白がる」ことの楽しさ?について話してもらっていたが、これは本人にはカルチャーショックだったよう。「そんな考えの人がおるんやあー」と言っていた。あの後、娘はアルバイトに飛んで行ったので、ゆっくり感想を聞いていないのだが、新鮮な刺激になったに違いない。

 そうそう私自身は、日頃からそう感じてはいたが、「私って、遊び心が足りないんだなあ」と昨日、あらためて実感した。参加してくれた私の昔からの友人も、同様のメールを送ってきたから、それこそ似た者同士の友人なんだろうなあ(笑)。

 それと、どうせやるべきことならば、楽しんでやっちまおう!という工夫も足りないような・・・ボロボロだな、私って(笑)。笑いがとれる講師を自認していても、根はおカタイというのか気真面目なのか・・・。

 そういえばこの前、FLCで「本能的な人」と聞いて、どのようなイメージを抱くかという話になった。私にとってそれは、「理性的ではない」「コントロールがきかない」というマイナスのイメージなのだが、そうではないスタッフが結構いて、それこそ目から鱗だった。

 そんなことも思い出して、やっぱり自分には、遊び心が足りないのかなーと思った訳だ。遊びといっても消費文化に毒されている傾向もあると思うしな。遊ぶかあ・・・遊ぶって、遊ぶって・・・・。こんなふうに考えるのも、遊びの力が弱い証拠か(笑)?

4月29日(金) 前村

 ↓に村本も書いているが、今日はNPOの春の交流会だった。高校2年生の娘も参加していたのだが、よほど団さんの話が面白かったようで、帰途は、ずっとその内容に関連したことばかりを二人で語り合うことになった。自分の苦手な人との関係をどう捉えるか・・・という話が気に入ったようで、「苦手な人間関係を楽しむということをやってみようかな?・・・うーん、やっぱりムリかな?・・・すごいなぁ、団さんっていうおじさんは」というセリフが何度も出てきた。また、「遊び」についての語りの中で、参加していた高校生(娘を含む)が二人とも団さんから質問され、彼女は「ずーっと遊んでいる」と答えたのだが、「それって具体的にどういうことなん?」と尋ねてみると、「とにかく、ずーっといろいろイメージを想像してるねん」と。もともと直感的、感覚的なところがあり、毎日のほほーんとお気楽に過ごしている感じを親としては受けてきたが、なるほど、彼女にとっては、日々是遊びなのか。いろんな発見のあった一日だった。

4月29日(金) 村本

 今日は、NPOの春の交流会、団さんのトークを楽しむ。初めてのお客さんや、立命館の卒業生やら、新入生やらが集まってくれ、にぎやかになって有り難い。誰かがキーワードに「遊びと仕事」を入れたので、団さんの「遊びも学びも人生もみな同じ」という人生観が語られ面白かった。どうやら、団さんは、「学び」と「仕事」を同義語として反応していた。私にとって、「遊び」と「学び」は同義だが、「働く」は別概念だ。後者には責任が伴うから。質問したら、「得手・不得手」の違いも関係しているのかもとのことだった。なるほど。自分が得意で好きなことを仕事にしたら、きっと、団さんのように、「遊びも仕事も人生もみな同じ」になるのだろう。私の場合、必ずしも好きではないが得意なことで仕事をしている割合が多いから、「責任」の負担感が限度を超えるのだろう。考えてみれば、遊びに責任の要素が皆無かと言えばそうではない。最近、私がこんなことにこだわっていたから、このキーワードを入れたのは、うちのスタッフかしらん?と思ったが、日頃、まったく交流のない学生だった。みんな、仕事の意味を真剣に考えているのだろう。
 スタッフの子どもたちも2人来てくれ、久しぶりに顔を見たが、赤ちゃんの頃から知っている立場としては、つい、「すっかりお姉さんになって。お母さんに似てきたね〜」と言ってしまい、嫌われた(たしか、前会った時も・・・。顔を見れば嫌なことを言う嫌なおばさんにならないよう、次からは気をつけよう!)。お母さんに似てきたと言われることが何故嫌なのか聞いてみると(だって、こっちは、友人でもあるお母さんたちのことを嫌だなんてちっとも思ってないわけだから)、「お母さんと一緒にされているようだから」と。なるほど、そんなもんか。家に帰って、娘に、「もしも、FLCの人たちから、お母さんに似てきたね〜と言われたら嫌?」と聞いてみたが、「別に〜」という返事だった。「そうなんや、と思うだけ。別に嬉しいわけでもないけど、とくに嫌なわけでもない」と。横で聞いていた夫が、自分も最近、鏡を見て父親とダブり、複雑な思いに駆られると言う。それは、物理的レベルで似ているかどうかということでなく、生き方のようなものを指しているそうだ。私も、鏡を見ては、母親に似てきたかなと感じたり、自分の生き方を考えては、なんだかんだ言って、父と母の両方の生き方を受け継いでいるなぁとしみじみ思うことがある。娘と同じで、特別嬉しいとか、嫌だというのではなく、「事実としてそうなんだよなぁ」という感じ。「チェッ!しようがないなぁ」という思いも混じっているが、良くも悪くも、「やっぱ、親の子は親の子・・・」といった感じ。今日のトークの中にも、世代伝達される遊びの話題が入っていたが、そこに、好き・嫌いの感情を乗せない方が良いかも。

4月28日(木) 津村

 ちょっと遅い反応だけど、4月23日の前村の日記を読んで、思わず笑ってしまった。自分の仲間もいろんなところで、自分と同じ思いをしているんだなあ〜と、しみじみ。

 講師活動をしている人間であれば、受講者の私語に辟易する経験をしていない人は恐らく多くはないだろう。前村と同じく、私もこういうお喋りは嫌いだ。私の場合は「私が真剣に話しているのだから、参加している以上はちゃんと聞いてくれ」という気持ちだけど(笑)。

 こちらもプロとして仕事をしている。それで話の質を悪くするようなことはしないが、心から真剣に伝えようと熱を入れるところに水をさされる感は否めない。

 話の内容や講義技術に不満がある場合に席を外したり、聞かない選択をすることがあるかもしれないが、その場合でも目立たぬようにするとか、せめて態度だけは礼を失していないか、気をつける程度の配慮は要るだろうと思う。これが最低の礼儀であり、前村が言うところの、「聞きたい人の権利を侵害しない」ということにもなるのだろう。

 でも大抵の私語は悪気がないもので、たとえば「叱るときに、目的が自分のうっぷんを晴らすことになっていると、なかなかうまく伝わりませんね」と話しているときに、隣の人と「いやー、私、うっぷん晴らしで怒ってしまってるわー!」と話し出し、「この前もなー」と、エピソードまで出して盛り上がってしまうとか、そのテのものだ。それは終わってからやってねという感じだが。これがまたあちこちであると、結構うるさいのだ。でも当の本人は騒音を出している自覚はないと思う。つい、それをやっちゃうという方、本当にうるさいですよ(笑)。

 よく、「すみません、私語が多いかもしれませんが、お気を悪くしないでください」と事前に言われ、講義に入って、内心「ほんまや・・・」と思うことがある。ところが、そう思っていたのに、「いやー、おかげさまで、今日は本当に静かに聞いてくれて・・」と終了後に言われると、普段はいったい、どんななんだ?と驚く。現場の方のご苦労を思わず想像する。

 これはどこでも見かける光景だ。保護者の立場で学校の説明会などに出かけても、保護者側の私語の多さや態度の悪さには驚かされたことが何度かあった。真剣に説明している先生がお気の毒だし、真面目に聞いているこちらも集中して聞けない。とても迷惑だ。「コラー!話を聞かないなら帰れー!」と一喝したい気分になる(笑)。

 あれもちっとも悪気はないのだと思う。「きちんと説明してくれているのだから、しっかり聞く」というごく当たり前の礼儀をわきまえない幼児性のようなものが前面に出ているのか、「今は話す時間ではない」という切り換えが効いていないのか、いずれにしても、「昔と違って、本当に礼儀が悪く、人の迷惑お構いなしになった」とは、たくさんの人から聞く話だ。

 携帯電話の派手な着信音が鳴り響くというのも苦手だ。「あれ、よくありますよねえ」と外部機関の講師職の方と話したことがある。するとその方は、「鳴ってもすぐに止めない人もいるので困るが、きちんと音が鳴り止むまで、自分は話を止める」とおっしゃられ、なるほどーと感心。

 ひとりひとりの保護者がそんなに悪い人ではないことも話してみればよくわかるのだが、「自分自身の行動がどのような意味を持つのかを考える」という責任感が希薄になってきているのだろうか。これは、あらゆる場面に影響を及ぼしているはずだ。本当にひとりひとりがよく考えたいものだ。近頃の若者を批判する前に、批判されねばならない大人のありかたを問い直す必要があるのかもしれない。子どもたちは、見ている。

4月27日(水) 村本

 新年度、早くも疲れが貯まってきた。そして、どうして、最近、冴えまくっていたかもわかった。要するに、いつも、あれやこれやと煩わしいことにエネルギーを取られていると冴えないし、考えなければならないことがあんまりなくて、エネルギーに余裕があれば、何をするにも集中力が増し、パワーアップするということ、ごくごく当たり前の事だった。月曜日、たまたま、同僚と働き方について、あれこれ話す機会があった。自分がやってきた仕事の中には、やるべくして成し遂げてきたと思うものもあれば、やるはずではなかったけれども、なりゆきからやってきて、気づいてみたら、なかなかたいしたことをしてきたものだと思うものもある。逆に、本来ならやっていたはずなのに、なりゆきからやれずにきたこともある。最後の喪失の部分については、正直、これまであまり眼を向けずにきたが、人生後半の働き方を考える上では、きちんと眼を向けておく方が良さそうだ。これは、ちょっと辛い作業だ。
 誰だかが「小さな大人にならず、大きな子どもになろう!」と言っているそうな。私は、本来、「大きな子ども」なのだけど、かなり努力して、自分の中の大人の部分を育ててきたと思う。基本的に、仕事をしてきたのは、この大人の部分だ。それが、私の仕事を受動的にしているゆえんである。私の中の子どもの部分がもっと働けるようにしてやらないといけないんだなあというのが、今のところの結論。この子どもの部分が働いている時には、ノリも良いし、冴えるのだ。自分の状態をベストに、ベストは無理でも、ベターにしてやること、これは、やっぱり、自分に対する責任だろう。

4月25日(月) 津村

 JR西日本の尼崎列車脱線事故の大惨事、映し出されるテレビの映像に息をのむ。この沿線には、講師依頼をよくくださる依頼先がたくさんあり、しょっちゅう利用している。近々も乗る予定だった。乗っていても不思議はない時間帯だけに、思わず背筋が凍る。

 スタッフのひとりから「無事ですよね?」というメールが届いた。12人のスタッフがいる、女性ライフサイクル研究所。「誰かが乗ってはいなかったか?」と皆、瞬間不安になったのではないだろうか。実は私もそうだったが。

 夜を徹しての救出作業が続いているようだが、亡くなられた方はどれほど痛くてつらかっただろう。まさか電車に乗っていて、このようなことになるとは思いもしなかったことだろう。無念の思いは計り知れない。負傷された方についても、本当に怖い思いをされたことだろう。肌寒く、小雨もちらつく大阪の夜。一刻も早い救出を願う。

4月24日(日) 村本

 きのうから風邪をひいてしまい、そのせいなのか、葛根湯の多量服用(!?)のせいなのか、今朝は、どうにもこうにも起き出すことができなかった。本当に久しぶりだったが(若い頃、時々あったように思うが)、夢見と覚醒の境目でもがき苦しんでいるような状態で3時間ほども過ごしてしまった。ウトウトする夢の中で、起きて顔を洗う場所が見つからなくて途方に暮れていたり、トイレを探して歩き回ったり(広いお城のような建物の中にいっぱい人がいて・・・)。それでも、「やらなきゃいけないことがあるし、早く、起きなくちゃ」という意識はあって、「何でこんなにしんどいんだろ、体が動かないんだろ」と考えながら、「しばらく、あまりに元気だったからかな」と思ったり、「やっぱり、中年期の躁だったのか」と思ったり、寝ぼけた頭で一生懸命考えている。こんな状態でどうにかすると、いわゆる「金縛り」状態になる。薄く眼が開いて現実の部屋の状態を見ながら、そこに夢の映像を投射するような状態で、筋肉を動かせない。とうとう最後は覚醒意識が勝利して(?)、起き出したが、とっても疲れた。しばらくは、しゃきっとしなかったが、朝食をとって、コーヒーを飲んだら、ようやく眼が覚めた。実際に動き出してみると、思ったより楽で、ほっとした。
 しばらく原稿書きをやっていたが、あまり時間もなく、昼過ぎに出かける。再び、チタチタでのバリ舞踏のお手伝い部隊。先週のイベントがあまりの人気で、もう一度、やることになったのだ。先週はビデオとカメラの係だったので、あまりよく見られなかったのだが、今日は、生眼でじっくり見ることができて、感動もひとしお。娘やお稽古仲間の踊りも、先週より余裕があって、なかなかのものだった。イベント終了後は、また、違ったメニューで、美味しいインドネシア料理をたらふくご馳走になり(本町のチタチタ、おいしいですよ!)、ビデオを見て反省会、後かたづけをして帰ってきた。さて、これから、午前中にやる予定だった雑用を片づけなきゃ。

4月23日(土) 前村

 回り持ちで今年は、地域の役員を引き受けることになった。去年だったらとてもじゃないが引き受けられなかっただろうから、「これも天の采配なんやろか?」とボーっとしていたら、書記という大役が回ってきた。今日はその第一回の会議だった。
 さて、こういう会議の時だけじゃなくて、どこかで講演・講座をする時にいつも思うのだが、本題に関係ないところで、隣あった人とペチャクチャお喋りをする人って、どうして後を絶たないのだろう。学校の授業でも、気を許せば子どもたちはお喋りをし始めてしまう。私はこういうお喋りが嫌いだ。本人たちは小声だから大丈夫と思っているかもしれないが、小声が集まれば大声になるし、他のメンバーの集中力が妨げられる。生徒には今年、授業の最初に5つの約束事を書いた紙を配った。授業中の携帯は御法度、飲食は御法度というものに並んで、私語を慎むことも入れた。そして、なぜ私語を慎むのかを私なりのポリシーで説明した。「一人でも授業を聞こう、聞きたいという人が居るなら、その人の聞きたい学びたい権利を侵害しないで」と。今のところ、生徒たちは素直に実践してくれている。この先生はこんな主義なんやと、理解してくれたようだ。
 で、今日の地域の役員会、やはりお喋りが始まった。大人なんだから自覚してほしいと願ったが、いっこうにお喋りは止まない。つい、子どもたちに注意する時のように「シー!」と声に出したら、静かになった。大人になってからこういう事で誰かに注意される体験は、そうないだろうから、皆さん、キョトンとされていた。
 帰宅して家人にそのことを話したら「もう、陰の会長やな。きっと怖がられてるで」と大笑いされた。あー、これから先が思いやられる・・・。

4月22日(金) 津村

 講師などでばたばたの1日。帰宅すると何やら良いにおいが。先に帰宅していた娘が、食材配達の箱を開けて、作ってくれていたのだ(レシピがあるし、材料もきっちりあるので、作りやすい)。材料の切り方もなかなかうまいし、味付けも良い。昨日は「残り少なかったし」とご飯も自主的に炊いてくれたり、なかなか優しいところを見せてくれる。お母様は感激だわ(笑)。

 「偏差値を上げるための勉強は、もうしたくない」。そう言った娘は高校2年になって、本当にそれ以外の勉強に取り組み始めた。まずは手話教室に通い始めている。彼氏とのデートも忙しく、青春しているようだが、我が娘ながら「すごいなー」と思うことは、「よし、部屋の模様替えをしよう」と決めたら、数時間で机からベッドから本棚からすべてひとりで動かして、サッとやってしまうような行動力。即断タイプではないのだけれど、思い立った時の瞬発力には感心させられる。若いね〜、まぶしいなあ。

4月20日(水) 村本

 MTRRの日本語論文は結論部分を残すのみとなっていたが、諸々の事情でいったん中断し、新たに、アメリカ視察に基づいた報告論文を書き始めている。最近、書くことにおいて冴え続けているので、あっという間に分量が増え、途中までで終えるべきか、取り上げるトピックを取捨選択するべきか悩んでいるところ。呼吸をするように、新しい知識を吸い込めば、書くという行為で吐き出すことが必要だ。最近は、吸い込むばかりで、吐き出すことに餓えてきたのかも。本当のところ、博士論文の日本語版をはじめ、書かなければならない課題はいろいろあるのだけれど、なぜか、時宜を得た企画が与えられることが必要のようだ。何というか、自分でも理由はわからないが、私は、どこか仕事においては受動的なのである(遊びにおいてはとっても能動的なのだけど)。選択はするのだけど、きっかけが与えられることが重要なのだ。良いとも悪いとも言い難いが・・・。

4月19日(火) 津村

 造幣局の通り抜けは今日が最終日だったそうで、「あわてて行ってきた!」と友人が、お土産にりんご飴を持ってきてくれた。繁華街のバーゲンには行ったことがないほど混雑した場所が苦手な私は行ったことがないのだけれど、実は私・・・りんご飴が大好きなのだ(笑)。

 屋台といえば、私の憧れはチョコレートバナナだ。食べたことがある人はいるだろうか。バナナ1本を串に刺して、どぼっとチョコレートにつけたものだ。甘くてくどそう・・・と思い、いつも買わないのだが、実はヒソカに食べたいものなのだ。

 他の食べ物でもバナナとチョコの取り合わせは大好きだ。クレープやケーキなどでも、この組み合わせのものは大好物なのだ。なんだか食べたくなってきたなあ(笑)。・・・・りんご飴、食べたばかりなんですけど(笑)。

4月19日(火) 村本

 きのうは(ココログ方式になって、遡った日記が書きにくくなった。パソコンにアクセスできない日は、振り返って書くことになる)、出先から出先への移動途中で友人と落ち合って、久しぶりにランチ。天ぷらを食べる。長らく天ぷらなど食べていない。なぜかと改めて考えると、夕飯を家族揃って食べれる機会がほとんどなくなってきたから、天ぷらというメニューが消え失せたということに気づく(冷凍物の揚げ物はあるが)。仕事上、夫婦のすれ違いも多いし(曜日担当制なので)、思春期の子どもたちも、部活やら友達やら、それぞれにいろんな事情がある。こうして、子どもの成長とともに、家族の絆は緩んでいくのだろう。友人曰く、最近は「天ぷら粉」が進化して、かなりおいしく揚がるのだという。私は、「天ぷら粉」だとか、「鍋物の出汁」のようなものを使うのは邪道だと使わない主義だけど(おかしなところで頑なな私・・・)、一度、試してみようかな。でも、いったい、いつ、次に家族が集まるのか?友人と、揚げたての天ぷらを食べながら、月日の経つ早さに驚き合う(年取った証拠・・・)。
 その後、授業のために大学へ。世界を飛び回っているとっても元気で頼もしい学部学生の研究室訪問を受け、心強く思う。若い人たちも、こうやって頑張っているんだと思うと、未来に希望が持てる。最近気がかりな元気のない若者と、こういった若者とは何が違うんだろうと考えてみるが、やはり、親の生き方、育て方が影響しているのだろう。ちょっと我が身を振り返ってしまう(周囲と比べれば、のびのび育てているつもりでいても、やっぱり、どこか、「守り」の意識があって過保護が捨てきれないかも・・・)。
 ゼミの時間はインターネットを使って情報収集するためのIT研修。自分にとっても初めての研修だったが、便利な時代になったことにビックリおったまげる。私が学生だった頃は、図書館で手書きのカードを使って検索していたよなぁ。そう言えば、最近の院生たちは、「海外文献の収集はしたのですが、まだ読めていなくて」と言い訳することに思い至る。こんなに簡単に膨大な情報が集まってしまうから、消化が追っつかないのだ。情報過多の時代。自分に必要な情報を上手に選び出し、消化していく訓練も必要なのだろう。

4月18日(月) 津村

 今日から夕食の食材配達。今日は豚肉のマヨネーズ炒めと具沢山の味噌汁という簡単メニュー。材料はどんなふうに届くのかなーと楽しみにしていたが、一足先に帰った夫が既に調理にとりかかってくれていて、20時前に帰宅した私はあわてて手伝い、あわただしく夕食に。

 マヨネーズ炒めなんて初体験。夫がレシピ通りに炒めたけれど、実際はマヨネーズの味は殆どしない。これってコクを出すためだけのものとか?うーん、よくわからん。でもおいしかった!夫が作ったから余計においしいのかな(笑)。

 主婦や調理に携わる人には共感してもらえると思うのだが、料理は人に作ってもらった物がおいしいのだ。特に揚げ物などはそう。さんざん揚げ物をすれば、においで油にあたってしまい、実際に食べる頃にはもう新鮮な味でなくなっていたりする。そういう意味でも今日は感激!

4月17日(日) 津村

 私が「流しそうめん」をはじめて味わったのは、40年余りも生きていながら、実は昨年なのだ。鹿児島に行ったときに連れて行ってもらった。山の湧き水を利用しているとかで、その冷たいこと!そうめんがシャキッとしていて、いくらでもつるつると喉をすべるように入っていく。本当においしかった。

 「流しそうめん」の機械が販売されているが、実は私はあれをずっと欲しいと思っている。よく会う近所の友人も同様で、「あれいいよね〜」という話になるのだが、庶民の感覚からすると決して安くはないので、口だけで手が出ないのだ(笑)。「半分ずつ出し合って、半分ずつ使おうか」という話にもなるのだが、使う時期は恐らく一緒なので合理的な解決法ではなく、実行されてはいない。

 今日のような初夏を思わせる陽気だと、そうめんが恋しくなってくる。また夏がくるなあ。楽しみ!昔は干し椎茸や鰹、昆布などを使い、丁寧にダシまで作ったものだが、最近は忙しくて缶のダシで済ませてしまっている。

 今年は一度くらいは丁寧にダシを作ってみようか。つるつる〜という良い喉越しを楽しむために。

4月16日(土) 村本

 今日は娘が本町のチタチタというインドネシア料理店でバリダンスを躍るというので、仕事を早めに引き上げ、応援に行ってきた。もともとはアーケードだったという古いビルを改装して、ビジネス街というのに、うまくバリの雰囲気を演出しているなかなかシャレた店。娘の踊りもそれなりに様になってて、うん、うん。やっぱり、若い娘の踊りは初々しくて良い。2曲目は先生と上級者の先輩のレゴンラッサム。先生の踊りはいつもながらに魅力的で、見ていると、その時は「私も頑張ろう!」とやる気が一瞬、燃えあがる(なかなか長続きしないのが難点・・・)。その後は、インドネシア料理をごちそうになって帰ってきた。しばしバリ気分に浸れた土曜の午後だった。

4月16日(土) 津村

 道路沿いに住んでいる人は車の音がうるさいと感じるのだろうが、運河沿いに住む私にとっては、それに替わるものが船のエンジン音だ(笑)。もちろん不快どころか、ちょっとしたわくわく感をもたらしてくれるのだけれど。

 今は桜の花びらが舞い落ちて川面にさまざまな模様を織り成している感じ。船が行き来するたびに、この模様ががらっと変わるのだ。まるで万華鏡みたい。桜並木はすっかり葉桜になってしまったけれど、もうすぐ八重桜が登場してくれそうだ。楽しみだ。

 そうそう、村本の日記を読んで海が見たくなった。私は海が大好きだ。講演の依頼先が遠くても、車窓から海が楽しめたら、それだけでお得気分になるほど。昨年の夏、賢島に仕事に向かった際には台風で警報が出ており、ちょっと不穏な空気の海を近鉄特急の窓から眺めながら、結構楽しんだっけ。

 海は滅多に見られないけれど、私の場合は「水」が好きなのだろう。運河を眺めていても、湖でも、とても嬉しい。それでも、海のわくわく感を凌駕する「水」はないよね。だから水族館などは大好きだ。遠方に講演に行ってもとんぼ返りばかりしている私だけれど、今度海のそばに仕事に行ったときには、寄ってみたいな。

4月15日(金)村本

 デジカメの写真を現像に出すととてもきれいに仕上がることがわかったので、過去のダイビング写真を現像に出し、アルバムを作ることにした。海を思わせるブルーの表紙に黒の台紙のアルバムを買ってあったので、お気に入りの写真を選んで貼っていく。何と言ってもご自慢は、アオウミガメ。至近距離で表情をクローズアップしたものや、泳いで去る姿。大物では、シャークやエイ、ナポレオン・フィッシュにジャイアント・ポテトコッド。カクレクマノミにウツボ。鮮やかなアヤコショウダイの群れ。そして、残念ながら、何度挑戦してもなかなかうまく撮れないチンアナゴ(ムーミンに出てくるニョロニョロみたいなやつ)。シャイで、近づくとすぐに穴に隠れてしまうので、あまりよい写真ではないが、仕方ない。私の傑作集だ。これを、ストレスマネジメントのツールにしようと思っている。気が滅入る時、むしゃくしゃする時、このアルバムを開いて、しばし、イメージの中で海に潜るのだ。かなり満足!

4月15日(金) 津村

 くたびれた1週間。夕食も済んでホッとひと息。懐かしの「幸福の黄色いハンカチ」がテレビで放映されるというので、夫とふたりテレビの前に座った。

 はじめて私がこの映画を観たのは確か高校生の頃だったと思う。最も感動的なシーンは、やはりラストで高倉健を待つ妻が掲げた、花が咲いたような鮮やかな、たくさんの黄色いハンカチ。でも、私の印象に残っているシーンはちょっと違うのだ。

 刑期を終えて出所したばかりの高倉健が食堂に入る。ビールを一気に喉に流し込み、ひと息ついて、「醤油ラーメンとかつ丼」と注文する。これを食べるシーンがあまりにおいしそうなので、記憶に残っているのだ(食事のシーンというのが私らしい?)。後で何かで読んだのだが、「久しぶりのシャバの料理」を夢中でがつがつ食べる役作りのため、高倉健は絶食後に演技に臨んだのだそうだ。

 「懐かしいね」と言い合いながら見ていたが、「あ、この人、まだ若いねー」「あ、この人亡くなったよね」という会話になるのが、トシをとった証拠だな(笑)。若い頃には何とも感じなかったセリフにちょっとグッとくることにも、年月を感じたりして。

4月14日(木) 津村

 チラシを見て夫と相談し、一大決心をした。あ、たいしたことじゃないです、夕食の食材配達を利用することにしただけで(笑)。買い物の時間が省略できることと(これが何より嬉しいではないか!!私は生協の宅配も利用しているが、1週間分の食材を一度に注文し、保存するのは我が家では無理だ)、本で読んだところによれば、食費の節約にもなるのだという。

 スーパーなどへ行けば、どうしてもお菓子やデザート、サービス品に手が伸びるからだ。しかし、スーパーでの買い物がストレスコーピングになっているという人は、二重に買い物をしてしまい、かえって無駄なのだという。スーパーへ行かない決心をすれば間違いなく倹約になり、便利になるのだとか。私はいつもスーパーでは決めた金額以外買わない。うまく使いきれるタイプではないので、あれこれ手を出さない主義だし、スーパーへ行く時間がそもそも惜しいので、向いてるかな?

 来週から配達ということで、我が家の玄関前には小さな冷蔵ボックスが設置された。楽しみだな。私の友人は新婚時代に注文経験があるというが、当時はまだ若かった夫に「量が足りない」と言われて継続を断念したのだとか。我が家はどんなものかなあ。

 それにしてもメニューを見ているとダイエットや病人のためのカロリー食まで、アイデアだなあと思う。来週からは玄関に材料が届いているのね。どんななのか楽しみだな。食材配達のことが書かれていた本というのは数年前に読んだのだが、なかなか面白い本だったので、いつか機会があれば注文してみたいなと思っていたのだ。でも今週はまだ届かないから何か冷蔵庫のものをみつくろって作らなくては。

 今夜は、豚肉の野菜包み焼き、さばの塩焼きに味噌汁、サラダってとこかな。さっ、急いで作るぞ!

4月12日(火) 村本

 相変わらず冴え続けている私。「最近、賢くなった!」と吹聴して回っていたら、大学では、「単にハイになってるだけじゃないの?」と中村さん、「中年期の躁状態か何かじゃないか」と団さん、それぞれ別途、クールなコメントが返ってきた。研究所のスタッフたちは、単純に「すご〜い!」と感心してくれたんだけど。その一方で、疲れやすくなった。自分では、蓄積していた疲労で鈍感になっていたのが、いったん休養をとって疲れが取れたから、改めて疲労を感じるようになったに違いないと分析している。実は、最近、身近なところで、同世代の女性が脳動脈破裂で再起不能になったのにショックを受けている。人生、まだ半分しか生きていないじゃないか。無念でならない。運命ならば仕方ないが、できるだけ、工夫して長生きできる生活設計を立てよう。とりあえず、賢くなったのをきっかけに(単なる躁なら、それはそれで)、ダラダラ仕事をしない、集中力アップして短時間で仕事を片づけ、毎日、気分転換を図る!を目指そうと思っている。

4月12日(火) 津村

 あいにくの雨続きで桜はすっかり寂しくなったしまったなあ。仕事帰りにスーパーに寄ると、店員さんのレジを扱うスピードがゆっくりしている。ン?と思ってよく見ると、胸に「実習生」という名札。そうかそうか、春だもんね。

 お金を払っていると私のカゴを移動してくれた店員さんも「新入社員」という名札をしているし。初々しいなあ。なんだか可愛いというのか、いじらしく感じるというのか(トシとったなあー、私も・・・笑)。こちらもいつもの倍くらいにっこりして「ありがとう〜!」と言ってみる。

 新しいことを今春はじめた人は、緊張を強いられる時期だろうなあ。でもきっと、来年には今おっかなびっくりしている仕事をスピーディにこなしているよね。ガンバレー!  私も頑張るぞー!

4月11日 前村

 今日は、非常勤で教壇に立っている高校の始業式。昨年の4月から通い始めたこの学校、正門の前の橋を渡ったところに大きな桜の木がある。ご近所の庭に咲く桜だが、見事にこの学校の借景となっている。「あぁ、また今年もこの桜の木の下を、可愛い教え子達と一緒に歩けるんやなぁ」と、しみじみ感じた一日だった。
 思い起こせば、昨年度は二つの高校を、ほとんど毎日、午前はA校・午後はB校という風に掛け持ち状態で突っ走り、ゆっくり桜を愛でるゆとりなど全くなかった。気が付けばどちらかの学校で中間・期末考査、息つく暇も無く日常の授業や作業に追われる日々だった。それまでは、教え子達とじっくり関わっていくのがモットーだった私が、生徒と関わるゆとりさえなくすという不完全燃焼で終わった一年だなぁと、反省している。本年度は一つの高校に集中できることになった。教壇に立つのは週に3日。この3日間を使って、じっくり生徒一人ひとりと関わってゆきたいなと思っている。

4月10日(日) 村本

 原稿書きついでに、アマゾンで、「トラウマ」をキーワードに書籍検索してみたところ、洋書で2000冊近く、和書で100冊ちょっと(ただし、半分は漫画や怪しげなもの)が上がってきた。博士論文を書いていた2001年頃までは、トラウマ関連の書籍・論文の全体像をほぼ概観しており、時々、アップ・デートしていたが、ここ2年ほどは、取り組んできた特定のジャンルをのぞき、すっかり遠ざかっていた。早速、良さそうなものを十数冊、注文してみた。博士論文の日本語版を出版しようと思いながら、はや5年になろうとしている。日々の雑務に追われて、なかなか自分の仕事と思えることを着実にやれないのが後ろ暗いところ。日進月歩のこの領域、今となっては、新たに書き直す方が良いのかも・・・。う〜ん。

4月10日(日) 津村

 午後からは雨だというので、陽がさしている午前中に愛犬を連れて、夫と外に散歩へ。風が案外きつくて、桜吹雪が舞い散る中を散歩という贅沢をさせてもらった。寂しいけれど、また来年、絶対会おうね。

 このところ、無理心中の報道が続いて胸が痛む。父親に殺された子どもがそのとき、「お父さん嫌だ嫌だ嫌だ」と叫び大きな悲鳴をあげていたと近隣の人が証言していた。本当にやりきれない。
 娘がこの報道を見て怒り、「ひとりで死んでほしいわ」と言った。子どもを巻き込む行為にはまったく共感できないが、残される子どもたちが不憫という発想なのだろうか。愛知で起こった事件では、結婚して独立している娘たちまで父親が呼び寄せ、孫や娘、娘婿まで巻き込んで凶行に及んだが、本当に理解に苦しむ。どちらの事件でも、当事者は死に切れずに逮捕されているが、何が起こってこのような悲惨なことに至ってしまったのか、彼らの真摯な声をせめて聞きたいと願う。

 その昔、子殺しの研究をしていた方の書物を読んだときに、とても共感した覚えがある。記憶は不確かなのだが、「子どもを殺して逮捕された親たちは「容疑者」だが、無理心中を遂げて亡くなった親は殺人を犯しているのだが「さん」付けである。ならば母性は死によって完結するのか」という問いかけだったような気がする(今回の事件はいずれも父親が加害者だだが、どちらも生きのびて逮捕されているので、「容疑者」だ)。

 「ひとりで死んでほしいわ」と言った娘は、子どもが巻き込まれることに対しての怒りをそう表現したのだろう。子どもを巻き込むことは絶対に許されない。けれど、本当にひとりで死んでしまえば、遺された子どもたちはどうなるのか、これもまたやりきれないことだ。

 女性ライフサイクル研究第13号では、親の自殺を生き抜き、同じ立場の方と語り合うグループを立ち上げている方に手記を寄せていただいている。苦難を力強く生き抜く人の力に胸打たれる一方で、重い現実を抱え歩かねばならなかった子どもたちの人生を思うと、言葉を失う。そうしたくともできなかった方たちの無念を思うと、これもまた言葉を失うが。

 醜くてもみっともなくても、失敗だらけでも絶望しても、ちゃんと生きる。天寿をまっとうする。当たり前のようでいて難しいことなのかもしれないが、その姿を子どもに見せること。これだけは何とか誓いたいものだと思う。

4月9日(土) 村本

 最近、どういうわけか、メキメキと頭が良くなっている気がする。最初に感じたのは、アメリカ視察から帰った頃、何て言うか、これまで断片だったものが、いろんなつながりのもとに見えてきて、世界がますます拡がった。「何だか、ちょっと賢くなって帰ってきたなぁ〜」という感じ。前後、かなりの勢いで仕事が片づいた。それから、最近。海が良かったのか、山が良かったのか、以前からプレッシャーだったMTRRの英語論文の締めきりに迫られ原稿書きをしているが、なぜか集中力抜群、頭が冴えて、予想以上にはかどった。あと、もうひと踏ん張り。体の衰え、そしてお肌の衰えを感じる今日この頃、40過ぎても、まだまだ脳細胞は成長するのだろうか?本当に不思議。何年か前にも一度、脳細胞が全開して、一時的に知能指数200になった気がしたことがあったが、あの時は異様で、ひょっとして死期が近いかも・・・と不安になったものだ。でも、今回は、より健康な感じ。年をとって賢くなっていくのだったら有り難い。いったい、いつまで続くのかよくわからないけど、今のうちにややこしい仕事を片づけてしまおうっと。

4月9日(土) 津村

 午後、大阪市内で講師。花見日和の今日。源八橋の見事な桜に見惚れてしまう。明日は天候が悪化するとの天気予報。帰宅してすぐ、愛犬と外に飛び出した。

 桜並木の運河沿いをのんびり歩く。桜を楽しむ人たちとたくさんすれ違う。毎年こうやってたくさんの人を楽しませたり慰めたりする桜って、本当に偉大だよね。染井吉野は見事な満開だが、八重はまだこれからという感じ。楽しみだなあ。愛犬も嬉しそう。お散歩仲間のワンちゃんたちと戯れるのが楽しみらしい。

 そういえば村本の昨日の日記を読んで思い出したのは、今は亡き作家・森瑤子のこと。彼女は毎年、京都の桜を見るのを楽しみにしていて、必ず行っていたそうだが、夫がぶつぶつ文句を言うのだとエッセイに書いていた。

 「僕と桜とどっちが大事なんだ?」と言わんばかりの態度。「今は桜を見たいのよ。だって、あと何度見られるかわからないじゃないの。ガンにかかれば50で死ぬわ」と話すと、夫君が「君が50で死ぬものか」とせせら笑ったという話なのだが、皮肉にも彼女は52歳という若さで、ガンのためこの世を去ってしまった。彼女が大好きだった桜、天国でも楽しんでおられるだろうか。そして、夫君はどのような思いで眺められているだろうか。

 中高年にさしかかれば、「残された時間はそう長くはない」という思いを抱くというが、そのような思いは私もこのところ持っている。「あとどれくらい元気で働けるかな」という思いも。あともうひと踏ん張り、ふた踏ん張りくらいはしてみたいものだ。

 いかんいかん、弱気になっては。きっとまた、来年も見事に咲いてくれるよね。私も頑張ります〜!中年の心意気、見せてくれようぞー。

4月8日(金) 村本

 帰り道、ライトアップされた夜桜のトンネルを自転車で駆け抜ける。「あー、また、1年、無事に過ごせたなぁ・・・」としみじみ幸せな気分に浸る。今宵は花見客が多かった。私は、ブルーシートの宴会花見の経験がない。私にとって、花見とは、長い間、細雪の世界だった。平安神宮の桜が一番、好きだった。でも、大阪市民となって相当な年月を経た今となっては、大川沿いの桜道がふるさとのようなもの。子どもたちが小さい頃、桜の下でお弁当食べたよな、写真撮ったよな・・・と毎年の家族の変化が偲ばれる。ふと、人生において、あとどの位、この季節を迎えられるのだろうかということも頭をよぎる。自分では、百歳まで生きるつもりだが、こればかりは何とも言えない。平均寿命から言えば、折り返し点は過ぎている。

4月8日(金) 津村

 桜がようやく咲き始めたな・・と思ったらもう満開!うちの娘がよく使う表現を借りるなら「はやっ!」というやつ(笑)。週末は雨だというから、それでもう今年の桜とはお別れだろうか。ちょっと寂しいなあ。今日は吹田市で講師。会場の近くは見事な桜。ちょっと得した気分だな。

4月6日(水) 村本

 きのう、今日と一歩も外へ出ず、ひたすら、パソコンに向かって原稿を書いていた。我ながら、最近の集中力はたいしたものだとホレボレしていたが、夕方、息子が帰ってきて、いきなり、「今日、彼女来るから」と掃除を始めた。「エッ、こんなに忙しく家が汚い時に〜」と内心ブツブツ思いかけたが、「でも、忙しくなくて、家がきれいな時なんてないもんな〜」と自分で突っ込みを入れ、気を取り直して掃除の手伝いを始めた。息子の掃除は基本的に隠す掃除だが、1時間ほどすると、それなりにきれいになった。「たまには客がきて、掃除するのもいいやろ」と自慢げ。「たしかに」。たいしたものはなかったが、多少、ご馳走を作り、常備しているふんだんなデザートで締めた。私もちょっと満足。

4月5日(火) 森崎

 丸二日声が出ない。日ごろ、いかに家で叫んでいるのかという事がよくわかる。何をするにもとても不便だ。おまけに身体もしんどく、頭も痛いし鼻も詰まる。花粉症がひどい、と思い込んでいたが、今日あまりのしんどさに病院へ行くと、風邪(喉頭炎)と判明。花粉症で、声が出なくなることはないと言われた。素人判断はいけない。反省。 夜、娘が東京での春期講習会を終え無事帰宅した。「楽しかった〜」と、一気に喋りまくる娘がかわいい。話を聞いている私も楽しい!ほんまに楽しい貴重な経験をしてきたんやね。よかった!!

4月3日(日) 津村

 夫と一緒の休日。仕事の都合で夫はこれから、土曜や日曜の休日もふんだんに増える様子。嬉しいなあー(といいつつ、私が忙しくてすれ違いになる可能性大・・・汗)。「何年ぶりのサザエさんやろ?」「何年ぶりの笑点やろ?」といちいち言うのでおかしい(笑)。私の家は桜並木が美しい運河沿いにあると以前にも書いたと思うが、朝「おっ、少し咲きかけた?」と思ったら、午後には結構美しく咲いていて感激。嬉しいので、数時間単位でベランダを覗く(笑)。午後には犬を連れて桜並木を見上げながら運河沿いを夫と散歩。これも滅多にないことだ。夕方、ものすごい雷にびっくり!犬と猫がパニックを起こしてしまい、落ち着くまでが大変だった。在宅していて良かった・・・。それにしても本当に怖かった。閃光が走ったと思ったら、ものすごい揺れと音。一瞬、地震なのか雷なのか区別がつかなかったほどだ。ホッとしてご飯をたらふく食べて満足の1日。娘は春休みの宿題で唸っている。頑張れー。

4月3日(日) 森崎

 夜、突然声が出なくなった。このところ体調も良く、朝の散歩も楽しみつつ、精力的に仕事をこなしていた。なのに、昨日は朝急に起きられなくなり、頭痛、のどの痛み、鼻づまりもあり、しんどくて午後3時まで寝る羽目に。どうも疲れがたまってくると、花粉症が重症になるようだ。晴れて風のある日なんかでも、ルンルン自転車で出でかけれられるのに・・・。今日もまだ少ししんどいと思いながら、実家に遠方からいとこが来るというので出かけた。今、妹が帰国しているが、娘(1歳4ヶ月)が風邪気味で、昨夜40度の熱を出し、母が付き添って病院へ連れて行くと言う緊急事態が発生したからだ。しかし、会えばしんどさなんかどこへやら、とても懐かしく楽しい時を過ごした。それなのに、帰りの電車の中で、突然気づいたのだ。「声が出ない」と。そういえば、このところ1〜2年に一度はあるな・・・つらい・・・。

4月3日(日) 津村

 女性ライフサイクル研究所の日記が変わります。
 女性ライフサイクル研究所のサイトでは、毎週日記を公開していましたが、これからはブログを使い、思い思いにスタッフがアップするような方法にしたいと思います。皆さん、これからもお読みいただければ嬉しいです。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

4月2日(土) 村本邦子

軽い登山をした。登山を趣味にしようと思ってから、この1年でまだ3度目というのが悲しいところ。ここ半年は超多忙で運動不足(重い荷物を持って駆け回っていることは確かなのだけど、どうやら、これでは運動にならないようだ)、お陰で息は切れるし、心臓バクバク。すっかり中年の体だった。でも、やっぱり、頂上は気持ちい〜い!頂上にある大きな岩場によじ登り、しばらく、岩場に寝転がり、青い空を流れる雲を眺めて過ごした。気分は思春期。今年こそ、せめて2ヶ月に1回の登山だ!

4月2日(土) 津村 薫

ようやく桜がちらほらと咲き始めた。我が家は某運河沿いにあるので、桜並木が自宅から楽しめるのだ。これから毎日洗濯を干すのが楽しみ。といっても私は夜間洗濯派なので、夜桜見物ってやつか。午後から雨だと天気予報を聞いて、暖かく晴れているうちにと犬を連れて運河沿いを散歩!あまりに気持ちが良いので犬も嬉しそう。ウォーキングをしている人あり、犬の散歩をしている人あり、老夫婦の穏やかな散歩あり、さまざまな人が憩いのひとときを楽しむ運河沿いは、普段の喧騒とはちょっと違った空気が流れていて、ほっとする。しっかり頑張って働くことと、肩の力を抜くメリハリのつけ方がもっと上手になることが今年の目標のひとつだな。

4月1日(金) 津村 薫

エイプリルフールで「今日は誰をどんなふうにだまそうか?」と考えることに喜びを覚える私の精神年齢の低さはさておき、朝一番に仕事場に着いて、隣のデスクに座るスタッフに軽くジャブ(笑)。すると「津村さん、またまたー」と軽くいなされ、私の負け(笑)。バタバタ仕事を始めているうちに忘れてしまった。帰宅して頑張ろうと思っていたけれど、こちらもバタバタしているうちにだましそこね(笑)、家事も一段落して落ち着いてから、よく利用する隠れ家的サイト?に行ってみると「敵対的買収により閉鎖します」と書かれてあった。思わず笑ってしまって夜もふけた(笑)。

4月1日(金) 森崎和代

今日は、家でも外でも走り回り忙しい1日だった。今、地元のNPO活動、助成金事業他、やらなければならない、考えなければならない仕事をいくつか抱えている。毎年4月は、前年度を振り返りつつ、今年度の準備に明け暮れ何かと忙しい。特に今年度は、頭がごちゃごちゃにならないように整理しながら動いている。今日はエイプリルフールだったが、息つく暇も、ウソつく暇もなかった(ほんまやで〜)。