2005年3月 (スタッフの日記バックナンバー)

3月31日(木)

海中リサーチ(!〜)を楽しんできた。若い頃は高みへ憧れたものだが(宇宙へ行ってみたかった)、海の中の豊かな世界についての夢をよく見た。たまには危険と裏腹で。あの頃は、ユング心理学に熱中していたので、無意識の世界の豊かさの象徴だと受け取っていたが、考えてみれば、象徴というより、そのものなのだと思う。何しろ海は、個体発生の源であり、系統発生の源でもある。私たちが生まれ、還っていくところ。エネルギーをもらえる。(村本邦子)

3月31日(木)

朝、いつものように駅までの道を自転車で走っていると、なにやら様子がおかしい。スピードが出ないのだ。(朝、私が自転車をこぐスピードは速度はマッハだ。ご近所のだんなさんを「おはようございま〜す」と追い抜かすと「早やっ!!」と驚かれる(笑))。やっとこさたどり着いた駐輪場のおじさんに、思わず「パンクしたみたい・・」(わたしは何かあると口に出し、誰かに訴え自己治癒力を働かせる)。「帰りに自転車屋へ寄りなはれや」とおじさん。「は〜い。いってきます・・・」。帰り、少し憂鬱な気分で自転車を取りに行くと、パンクではなく、ムシが緩んで空気が抜けてただけだったので、空気を入れておいたよとおじさん。私が出かけた後、気になり見てくださったというのだ。なんて親切なんだろう〜。パンパンに空気の入った自転車は爽快な走りだ。そして、思いもかけない親切に、気分も一新、心も弾んだ!なんかいい一日だったなぁと思う。おじさん、ほんとうにありがとう!!(森崎和代)

3月30日(水)

大物演歌歌手夫婦の不仲が騒ぎになっているが、私は昔からこのダンナさんの方が気になっていた。初婚では人気女優と一緒になったが短期間で離婚した。この時はっきりと「僕はやはり家庭に入ってくださる方の方が・・」と言ったのが印象的だったのだ。今回の妻は大歌手の座を惜しげもなく捨てて家庭に入った。石原裕次郎氏の葬儀の時に来ていて、「結婚した頃(亡き石原さんに)、女はやはり、家庭に入らないとな。うちのカミさん、偉いだろ?と言われた(注・石原裕次郎氏の妻も人気女優だったが、結婚と共にすっぱり芸能界を引退した)」と涙しながら語っていたのが印象的だった。この妻は本当に歌がうまかった。歌わなくて寂しくないのかな?もったいないなーと思っていたが、このところ、更年期障害がひどいとニュースになっていて、ちょっと気になっていた。子育てが一段落した頃には時々夫と共にチャリティコンサートなどはしていたようだけれど・・・・そして今回の別居騒動。「私は歌いたい。主婦にはおさまりきれない」と本人が語ったとか語らなかったとか。真偽のほどはわからないけれど。貧しく苦労続きの母思いの青年として知られた彼。彼にとって幸せとは、豊かな経済的安定を保証し、妻に楽をさせ、安心して家庭をまかせることだったのかもしれない。けれど、相手にとって幸せとは何なのかを考えて、その価値観をも尊重して折り合いをつけることは、今度の結婚でもついぞなかったのだろうかと考えると残念だ。今回も「子どもが20歳になるまでは一緒に頑張ろう」と妻を説得していると報じられているけれど、もし本当だとしたら、そんなに興ざめする説得はないだろうなあ。妻の気持ちに寄り添うことはやはりないのだろうか。「結婚とは何か」・・・彼を見ていると、いつも考えてしまう。ちょっと「梨元」入ってしまいました。失礼。(津村 薫)

3月29日(火)

今日は娘を連れてパスポートセンターへ(初夏に修学旅行へ行くのに必要なので)。この時期のことだし混むかも?と朝早くに出かけたら、スムーズに運んでホッ。帰りに天満橋に出た。松坂屋が閉店してもうどれくらいになるだろう?5月には北浜の三越も閉店する。大阪生まれの大阪育ちの私。松坂屋も三越も小さな頃から馴染んでいたので寂しい。阪神百貨店だけはなくならないでよ(笑)。タイガースがちょっと連勝したら1時間ごとに「六甲おろし」が流れ、「阪神タイガースは優勝目指して驀進中です」みたいなアナウンスが入る、あの調子の良さがとても好きだ(どんな誉め方やねん、笑)。(津村 薫)

3月28日(月)

今夜わたしは、シンデレラ(深夜帰宅)。久しぶりに「おっちゃん友達(男5人・女2人のグループ)」からお誘いがあったからだ。彼らとは、昔々その又昔のテニススクール仲間なのだが、1〜2年に一度は居酒屋で集まる、そんな付き合いが細〜く長〜く、もう25年近くも続いている。今回は2年ぶりだったが、「久しぶり〜」と会うなり、各々「白髪増えたな」「ちょっと太ったか?(→私)」から始まり、以前とはかなり話題が変わってきたなと感じた。長い間若かりし頃を懐かしむように、当時のやんちゃな馬鹿話で盛り上がることが多かったが、今回は、家庭的なこじんまりした居酒屋で、女性が既婚者である私一人だったこともあったからか、子どものこと、夫婦関係などの話で盛り上がった。お互い、妻(夫)はそんなことを考えるのか・・など、良い情報交換になったかも(笑)。そろそろ、どこが痛いやら悪いやらの身体の話、良い病院の情報交換、子どもの結婚、孫の話へと話題が移るのだろうなとみんなで笑った。ここにも、大切にしたい人との関係がある。感謝。(森崎和代)

3月28日(月)

仕事帰りに家族全員で待ち合わせ。携帯会社を全員で変更することにしたのだ。私の育った時代といえばダイヤル式の黒電話が一家に1台というのが普通。キャッチホンなどついていないから思春期の頃は長話をすると、「急ぎの用事があるかもしれへんのに、電話がかからへんでしょう」とよく親からたしなめられたものだ。いまや電話代がバカにならない。いったい年間いくら払っているのかと思うとバカバカしくなって、安いプランが選べる会社に変更することにしたのだ。携帯を持ち始めてからというもの、ずーっとD社を愛用してきたものだから、今度のV社には本当に馴染みがない。使いこなせないのでもどかしいのだが、娘は嬉々として携帯をいじっている。説明書を見ずに、使用方法をどこまで理解できるかが挑戦のようで面白いのだそうだ。私は連絡手段(通話とメール)以外の機能は使わないので、まったく共感できないが・・・・。(津村 薫)

3月27日(日)

今日は、春らしい暖かな晴天!こんな日は、気がつくと土いじりをしている(笑)。以前、新聞の集金に来ていた花好きのおばちゃんに、こぼれ種子から芽を出し、つぼみをつけた花の苗を届けに行く。すると、「ちょうど良かった!」と、採れたての野菜(わけぎ・しろな・キャベツ)をいただいた。いつもながらありがたい!そしてなんと、つくしも山盛り。ウキウキ気分で家に戻ると、今度は斜めお向かいさんから、採れたての青々した水菜のおすそ分け。今夜の夕食ははりはり鍋と、わけぎとイカのぬたに決定。今日は、いろいろなものをいただく一日だったな、うれし!!そうそう、つくしは夜1時間かかって、はかまを取った(結構大変なのだ)。メン・イン・ブラックUの映画を見ながら作業していたが、そのうち、つくしがエイリアンに見えてきた。今夜一晩水につけ、明日はコイツを卵とじにして食べるのだ〜(笑)(森崎和代)

3月25日(金)

朝一番、東京での10日間の春期講習に(滞在は12日間)娘が旅立った。昨夜まで、手荷物を作ったり、時刻表をインターネットで細かくチェックし、独自の時刻表を作ったりしていた。電車を乗り継ぎ(12時間かけて)、青春18切符で行くためだが、なかなか綿密にやるもんだと感心した。その他のこともいろいろ取りまとめ役をしていて、結構リーダー的な存在なんだなぁ。そんな姿を見てか、普段心配性の私が、結構落ち着いて今日の日を迎えた。とはいうものの、娘一人で家を出すのははじめての経験。それもこんな長い間・・・。今朝はさすがにあれこれ気になり、いろいろ言ったけど、今日ばかりは娘も神妙に聞いていた(笑)。友達と一緒とはいえ、生まれて初めて親元を離れ、見知らぬ土地で生活するというのに、晴れやかな顔で・・・、ほんまに成長したもんやね〜。頼もしいぞ!いっぱい楽しんでおいで!!

夕方遅く、「マンションに無事到着した」との連絡があり、ひと安心。道中も時々メールが入り、こんな時携帯はありがたい。途中、「富士山越えたけど、次の駅の線路に駅の屋根が散らばってて運転見合わせやて(笑)」のメールにはびっくりさせられたが・・・(森崎和代)

3月25日(金)

今日中に片づけてしまわなければいけない仕事がいくつもあって、朝から気合いを入れ、精力的に取り組んでいるが、なかなか終わらず、時計を見ながら焦るばかり。例の論文も今夜中に仕上げなければ。大論文になるはずが、最後、時間切れで尻すぼみになりそう。残念・・・。今夜は関東の方まで1週間合宿に行ってた息子が帰ってきたが、明日には、また、今度は関西の3日合宿に行くらしい。あちこちの高校生との合同練習で、オリンピック選手とも練習したと喜んでいた。人間関係を含め、世界が拡がって、良い経験になっていることだろう。明日は、朝早くから仕事して、午後はピアノの発表会。親子共々忙しすぎ・・・。(村本邦子)

3月24日(木)

今回の夫の帰国は、10日間の滞在だったとはいえ、出社もあり帰国時健康診断で病院通いも多かった。「2人でどこへ行くということもなかったが、あなたがいるということだけで、この10日間楽しく幸せだった〜」と昨夕、夫の留守宅にメールを入れておいた。こんなラブラブメール(笑)にも、夫からの返事はいつものようにあっさりで、自分も休日を充分楽しんだとあった。そして「また、次の休日までがんばろう。子どもたちにもがんばろうと言っといて」とも。へぇ〜「がんばる」「がんばれ」ではなく、「がんばろう」なのだ。ほぉ〜〜〜。(森崎和代)


3月23日(水)

以前より、娘が、時々、「百均の弁当箱ってさすが○○!格好いい!と言われる〜」と言うのを耳にしていたが、正直、よく意味がわからずにいた。今回、初めて知ったのだけど、今時の中学生は(昔はなかったよな)、たとえ男の子でも、百均タッパを弁当箱にしている子は1人もいないのだそうだ。なぜ!〜すご〜く、ビックリ。うちの研究所では、たいがい、みんな百均タッパを弁当箱にしているような気がするけど、私の勘違い?そもそも、娘が中学に入学する時、ねだられて、ロフトでかわいいお弁当セットを買ったのだけど、出ていたものの中でもっとも大きいのを選んだにも関わらず、「足りんかった」と2日目には百均タッパが付け加わり、「まだ足りんかった」と3日目にもう1個付け加わった。弁当箱を4段重ねて持って行くのも非合理的だから、ついに、大きめのタッパ2つとなり、ほぼ2年間、それを使い続けてきた。息子たるや、あれこれ試した挙げ句、自分でどでかいタッパ(本来、何に使うものなのか?野菜?実家では、お正月の餅つきの後、冷蔵庫に切り餅を入れるのに使っている)を買ってきて、それひとつをド〜ンと持って行っている。4年間、一度もそんな苦情聞いたことがなかったから、他の子たちが百均を使わないとは気づかなかった。このたび、娘が、サラリーマンが使いそう二段の弁当箱をコムサで見つけ、「いいやろ?」と買ってきた。それにしても、「格好良い」というのはどういう意味だったんだろう?娘の様子では、単なる冷やかしでもなさそうなのだが、度胸があるとかいうニュアンスか?たしかに、夫が百均のマフラーと帽子でコーディネートしているのを知って、私も、「う〜ん」と唸ってしまったのだけど。(村本邦子)

3月23日(水)

夫がいつものように、ばたばたと赴任先へ帰っていった。今回は、10日間の滞在。今迄で一番長かった。「夫がいる」ということになれた後、また、寂しくなるなと思っていたが、以外にも帰った後の寂しさが薄い。たっぷり「充電した」って感じだ。(森崎和代)

3月22日(火)

一時帰国していた夫が今日明日と出社後、赴任先へ帰る。悩んだ末、行きたかった夜のNPO学習会も休み、ご馳走作りに励む。メニューは夫の好きな洋食で、特製ソースをたっぷりかけたハンバーグにブロッコリーとフライドポテト添え、りんご入りポテトサラダ、ソーセージ入り野菜たっぷりのスープに豆ご飯。しかし、待てど暮らせど、夫は帰ってこない。子どもたちも私も待ちくたびれて、夕食を済ます。「今日のハンバーグ、メッチャ美味しいのになぁ、会社も気が利かんな」と娘(この発言にはちょっと笑った)。結局夫が帰宅したのは深夜11時。それも、帰るなり「しんどい、しんどい」と熱っぽい様子。「お〜、豆ご飯や」「このハンバーグ、おいしいな!!」と言いつつ、「寝るわ」。この間たった30分。あ〜あ。単身赴任中の1年、会社勤めの実態を忘れていた私だったなぁと思いつつ、最後の晩餐、家族団欒を思い描いていた私は、がっかり。家族団欒なんて言葉は、会社という戦場にはなかったよな。(森崎和代)

3月21日(月)

今日は立命館の卒業式。大学院生とは言っても、教員の立場からすると、年齢にかかわらず、我が子のようでかわいいものだ。今年は例年になく豪勢で(!〜)、花束あり、ホテルでのパーティありの卒業式だった。プレゼントに写真に寄せ書き付きの色紙までもらい、これはなかなか有り難かった。今年で三期生を数えるが、年を重ねるにつれ、いったい誰が何期生だったのか、だんだんわからなくなってくる。写真をみたら思い出せるというわけだ。4月にはまた新しい学生たちが入ってくる。学年ごとに個性があるが、次はどんな子たちだろうか。(村本邦子)

3月21日(月)

なかなか寝つかれずに、ごそごそ起き出してしまう。今は12時半。何を隠そう私は早寝早起き型タイプで日付が変わる頃には必ずベッドにいるという、おりこうさんなのだ(「津村さんは寝る暇があるんですかと聞かれたことがあるが、夜は寝るものだ〜!私の辞書に「徹夜」などという言葉はない)。夫もそう。2人揃って夜更かしを大の苦手にしている。娘がどちらかというと夜型だけど、それでも試験以外は12時過ぎには必ず寝ている。なので、たかだかこんな時間でも我が家はしーんと静まり返っている。犬と猫もあちこちで寝ている。夜の静寂の中、紅茶を飲んでみる。寝つかれない友人からメールが届いていた。愚痴メールだ。人生いろいろあるよねー。うんうん。さあ、もう一度横になってみようかな。(津村 薫)

3月20日(日)

今日は原稿書きがかなりはかどってルンルン♪。細かな雑文を数本片づけ、本命の方も7割ほど書けた。あとは、今後、どれだけパソコンに向かう時間が取れるかが勝負だ。で、夕方からピアノの練習に励む。もうじき年中行事の発表会。留守続きで、ここまで練習せず本番にのぞむのは初めてか。今年はショパンの「華麗なる円舞曲」、娘との連弾は「オブラディ・オブラダ」(娘のソロはジャズらしい)。ショパンの方は華やか、オブラディはアップ・テンポで歯切れよく、どちらも弾いていて気分がいい。あとは上がらないこと(なぜかピアノだけは自信がなくて上がってしまう)、そして、トチらないこと(暗譜はとっくの昔に諦めた)。(村本邦子)

3月20日(日)

久しぶりの休日なのだが、必要に迫られて家捜しの1日(涙)。思うような成果は上がらず疲労がドッと押し寄せてくる感じ。クソ〜、めげないぞー。連休はプール三昧で楽しもうと思っていたけれど、課題も残っていれば体調も悪くてそれどころではなくなった。アンタ、それより先にやらなきゃいけないこと山積みですから!残念!・・・状態(笑)。すっきりして桜を楽しめるようになるまで、あとひと踏ん張り、いやふた踏ん張りくらいか?私の春はまだみたい・・・。(津村 薫)

3月19日(土)

そう、村本の捨てた貴重なデータを拾って持っているのは私だ(笑)。これは是が非でも世に出さなければ損失だと思っているので、数年前、「もう要らんわー」と村本が言っているのを耳にして、勝手に拾った(笑)。私生活では、私はウルトラ捨て魔で、なんでもかんでも捨てるタイプの人間なのだ。思い切りが良すぎて後で痛い目を見ることが何度あったか数知れず。最近はさすがに痛手をこうむりすぎて慎重になってきた。それと、FLCには物を大事にする人が多く、それを見習おうという気持ちも働いていると思う。反省を迫られるほど、ついつい何でも捨てる私だが、このデータに関してだけは、「ン?これは!」と私の嗅覚がそれを離さなかったのだ。それを村本にも言わなかったのだけれど、ひょんなことからその話になり「このデータ、私が持ってるよ」と伝えたのだった。こうなったらいつかやはり世に出したいものだ。(津村 薫)

3月19日(土)

今取り組んでいる原稿に使いたいと、過去のファイルを探しまくった。遅ればせながら、データはハードディスクに保存するものという知恵がついてから、まだ2年ほどしか経っていないので、それ以前のデータはあっちにバラバラ、こっちにバラバラ、見つからないものがほとんどである。私は、これまで、「人生の恥は書き捨て!」(いったん文字にして公表したら、過去のこととして解放されてよい)をモットーに生きてきたので、自分では結構気に入っていたのだが、いざ、データをハードディスクに保存し貯めていく便利さを覚えてからは、相当にバカだった私・・・と思えてきた。こうして、道具が人の執着心を倍加せていくのか。いくらか残っていたフロッピーを探しているうちに、貴重なデータがいくつか見つかった。それらを見て、「私って、ホンマ、よう勉強してきたなぁ」と改めて感心する。捨てられ、忘れ去られたデータがいったいどのくらいあるのか!〜(私が何でも捨てるので、スタッフが拾って持ってくれているデータもあるらしい。)そして、ついに、探していたものを見つけ出した。うれし〜い!(村本邦子)

3月18日(金)

あちこちでいろいろと頭の痛いことを抱えて、とほほな毎日。泣きたいような気分だが、私は簡単には負けないのだ。叡智とユーモアで困難を乗り切る。それが私の目指すところだ。「こらっ、いつも笑ってごまかしてんじゃないだろうな」というツッコミは禁止(笑)。それにしてもプールへ行かないと肩こりと腰痛がつらいなあ。早く元気に落ち着いてプールへ行きたいぞ!(津村 薫)

3月18日(金)

ここ2週間ほど、腰やら足やらが痛いと思っていたら、これは座骨神経痛なのだそうだ。今まで、極度の疲労が貯まると、時々、肋間神経痛にはなってきたが、座骨神経痛というのは生まれて初めて。今のところ、心の中でイタイイタイと言って我慢できる程度。神経痛が酷くなると、本当に動けなくなって、呼吸するだけで脂汗、ウンウン唸るほどになることを思えば、今年は整骨院で手当を受けているので、この程度で留まっているのだろう。それにしても、過労になると、やはり、どこか弱いところに出るものだ。きのうあたりから、ようやく時差ボケも治ってきたような気がするが、やっぱり疲れと睡眠不足が貯まっているのだろう。気分的には結構、元気なのだけど。それがいけないのかな。(村本邦子)

3月17日(木)

雨がよく降るなあ〜。1日会議だの雑務だのでくたびれていたが、娘が仕事場に来て、帰りは一緒に買い物をして帰る。FLC大阪の近辺はかの有名な天神橋筋商店街があり、洋服などがとても安いのだ。そこでいくつか洋服をねだられた。うう〜む(うなってみた)。ちょっと遅い帰宅になったら、犬猫が不安そうに待っていた。私たちの顔を見た途端に狂喜乱舞状態。可愛いやつらだー!(津村 薫)

3月16日(水)

今日は1日、アメリカ視察の報告書づくりに明け暮れた。いろんな刺激に満ちているので、若手の教育養成という意味で、研究所での実習生の研修体制を考えたり(去年から立命館の臨床心理士の卵たちを受け入れている)、NPOの事業展開を考えたりと、次々アイディアが沸いてきて、気分は高揚気味。でも、ふと気づくと、睡眠不足のせいなのか花粉症のせいなのか頭痛がするし、腰も痛いし、神経痛になりかけ。整骨院に駆け込めば、やっぱり、肩胛骨、背中から腰にかけてがかなり張っている。ハイになって頭が回り出すと、ついつい体がおろそかになるのは困ったものだ。この1年は体の不調からエイジングを突きつけられ年齢を自覚しつつあるが、まだまだ気分が若すぎていけない。(村本邦子)

3月16日(水)

娘が見るドラマはなぜか一緒に見てしまうのだが、今は「ごくせん」と「H2」がお気に入りの様子。あだち充世代としては特に「H2」は懐かしい。主人公の親世代役の俳優たちが、私の青春時代のアイドルなので(石野真子だの柳沢慎吾だの・・・)、「あ〜、私ってこんな年になったのね」としみじみ。考えたら実際、高校生の親じゃん(笑)。期末試験も終わり、すっかりハジケモードの娘が「明日、服買いに行きたいねん、つきあって」と言いに来た。そういえば若い女の子が彼氏と買い物している姿をよく見かける。荷物を持ったり、彼女が服をあれこれ選ぶのを辛抱強く待っているのが私には驚きなので、娘はどうなのだろうと、ふと気になった。「○○くん(娘の彼の姓)と行かへんの?」すると、「そんなん気遣ってゆっくり選ばれへんやん。悪いもんー。私かってママ(まだこう呼ぶ・・・笑)の買い物につきあうの嫌やねんから、一緒やろ、そんなん」だと。私につきあわせるのは平気というのがちょっと気になるが(笑)、ふーん、それなりに気を遣ってはいるのね。それ以上に彼氏は優しくマメな子みたいで、青春だなーという感じだけど。それこそ「H2」みたい?私もせいぜい夫と仲良くしようっと。(津村 薫)

3月15日(水)

2月末からずっとバタバタと忙しくしていたが、ちょっと一段落し、私も少々疲れてきたところ。そんな中、夫が一時帰国している。1月、思い立って夫の赴任先で夫に会ったときはあれだけウキウキ新鮮だったのに、今回の夫の帰宅は結構刺激がない。いつもの空間に夫が戻ってきたという感じ。一方、子どもたちは、お父さんといろいろ話したり、ふざけたりして久しぶりの再会が楽しそう。それを傍で見聞きしてるのがいいかな。楽しそうにしているのを見聞きするのが、今はうれしい。(森崎和代)

3月15日(火)

近所の高校生は春休みに入った、あるいは試験休みだと嬉しそうだが、娘の学校は終業式まではしっかり授業があり、はじけたいのに〜と不満そう。期末試験は軒並み点が下がったそうで、「へへへー、下がっちゃった」となぜか嬉しそう、どういうことなんだろう(笑)。まあでもこの1年、大病しながらも復学して元気に登校できたのだから、それで満足だよね。早くも進級かあ。本人も「早い〜〜早すぎる〜〜」と叫んでいたが、ふふふふ、高校卒業後はもっと早いのよ。せいぜい楽しまなくてはね(笑)。受験の話を見聞きするたび、「ああ、1年経ったなあ」と感慨深い思い。(津村 薫)

3月14日(月)

相変わらず時差ボケから抜けられないでいる。「何でこんなにデリケートなの!〜」と不思議だが、考えてみると、私はふだん相当に規則正しい生活をしている。たとえ合宿とか何だとかがあったとしても、12時には必ず寝る(眠れなくても布団に入る)。巷では、私を弱らすのは簡単、睡眠と食事を剥奪することと言われているほど。どうせ寝れないし、仕方ないから、最近は、毎朝、4時とか5時とか、まだ暗いうちに起き出して一仕事しているのだけど、この頃、何となくこの早起きが気に入ってきた。1日が長く感じられて得した気分。でも、絶対的に睡眠不足だから、このペースだとそのうち高熱でも出すに違いない。そろそろ戻って欲しいものだが。(村本邦子)

3月14日(月)

うっかり忘れていたが、ホワイトデーだったんだね。帰宅した夫が小さな包みを差し出した。開けてみると、なんと「マツケンサンバU」のCD&DVDのセットだ。チョコのお返しということらしいが、妻の趣味をよくわかっているなあと思う。何を隠そう私はマツケンサンバが好きだ。「元気が出るわー」と言っていたのを覚えていてくれたらしい。ちょっと物悲しい感じもあるが、あれぞ中年の心意気(笑)。早速、CDをかけてみた。就寝時の子守唄がマツケンサンバっちゅうのは、どういうものだろう(笑)。(津村 薫)

 

3月13日(日)

すでに津村が書いたようだが、今日は生野照子先生率いる小児心身カンファが「お母さん学会」を立ち上げるというので、基調講演に招いてもらった。小児心身カンファは研究所を始めて間もない1992年に立ち上がり、最初は私が子連れで参加していたもの。空き箱やテープやマジック等を袋にいっぱい持って行って、研究会に出ている間、2人の子どもたちは、そこらへんでオモチャづくりに没頭していたものだ。その後、代々、スタッフ交代して関わり続けてきた。今日は10数年ぶりに懐かしい仲間たちと再会したことになる。仲間「全然変わらないね〜。いつまでも若々しいね〜」、私「もっと言って、もっと言って」、仲間「その前に、言ってもらったら返す言葉があるでしょ」、私「ごめん、ごめん。先生も全然変わらないね〜」・・・と馬鹿なことを言いながら、10年の何て早いこと。子どもたちもこんなに大きくなったんだから当たり前だ(ちなみに子どもたちに覚えているか聞いてみたが、全然!との答えだった)。基調講演はどってことない普通の話だったけど、フロアとのやり取りはそれなりに面白かった。「お母さん学会」っていったい何をするのかな!〜と思っていたけど、今日はちょっと生野先生の考えていることも見えてきて、なるほどなと。今後の発展を望みたい。(村本邦子)

3月13日(日)

所属している小児心身問題研究会が「お母さん学会」というのを立ち上げ、今日はその設立記念イベントだった。基調講演はうちの村本。スタッフの私が聴いてもめっちゃ面白い話だった〜!エンパワメントされました。ぺこり(笑)。私も午後からの分科会のひとつでストレスマネジメントの講義をした。初年度ということもあり、たくさんの参加ではなかったが、他の分科会も興味深い内容で、別の部屋も全部覗きに行きたかったくらいだ(笑)。1日仕事で終わったらグッタリーだったけれど、以前近所に住んでいて、親戚のおばちゃんみたいな気分で関わっている中学生の子がお母さんと来てくれて「楽しかった」と言ってくれた。友人の姿もチラホラ。どうもありがとう!(津村 薫)

3月12日(土)

今日はいつもの面接の後、立て続けに、NPO子どもプロジェクトの面会支援プロジェクト、DV子どもプロジェクトのミーティング。最近、私はNPOの仕事をとても楽しんでいる。コミュニティ介入するのに、やはり一番動きやすいのはNPOだ。DV子どもプロジェクトでは、昨年から実施している「DV家庭に育った子どもと親のプログラム」を民間シェルターのドロップインに出前するというプロジェクトを進めているところ。うまく展開すれば、プログラムの普及、ボランティア養成、その他関連機関へのプログラム派遣へと拡げていけたら。願わくば、私も指揮というより、直接子どもたちと関わりたいものだと思っている。(村本邦子)

3月12日(土)

大阪市内で保護者向け講義。子育て広場的なところでの子どもをめぐってのトラブルについて相談を受ける。たたいたり、たたかれたり、何か言ったり言われたりと、子どもたちは本当にさまざまなことを起こしてくれるので、保護者としては頭の痛いことだろう。でも、トラブルを恐れて行けなくなったりするのはもったいないなと思う。他者との関係性のあることだから、思うようにいかないこともあれば、多少のすれ違いはあるのかもしれないが、トラブルを起こすくらいならと行動を控えてしまえば、対人関係は上手にはなっていかないだろう。それはとてももったいないと思う。大変なこともあるだろうけれど、互いの立場を尊重して、さまざまなことを試みてほしいものだ。きっと良いこともあるよ。(津村 薫)

3月11日(金)

今日は、わが町のお気に入りスポットを、高校時代の友人と3人で回った。まず、お昼はおすし屋さんの日替わり定食。今日は、茶碗蒸しとミニうどん、マグロやウニまで乗ったミニチラシ寿司。私の好きなハマチとタコのお刺身。蛍烏賊のぬた、で1050円也。続いて、古布を使った服や小物、焼き物の器やいろんな雑貨をリーズナブルなお値段で置いているおしゃれなギャラリーへ。ここでは、いつも素敵な器でおいしいコーヒーとお茶菓子を出してもらえる(ごちそうさまです!)。季節の木々や花をセンスよく置いてあり、いつのぞいても楽しい。そのあとは、お家もお庭も素敵な、カントリー調の可愛い小物も買える手作りケーキの店(自宅を改装していて定員は10人)。今日のケーキ(週替り)は、3種のシフォンケーキ生クリーム添え(抹茶・ゴマ・キャラメル)から2種類選び、バナナケーキと杏仁豆腐風ゼリーイチゴソースのせアイスクリーム添え、とお茶(コーヒーはお変わり自由)で500円也!田舎の小さな町だけれど、かなり自慢の3店だ。(森崎和代)

3月11日(金)

ツムラが桜餅のことを書けば春だ(笑)。大阪人の私は道明寺と呼ばれる、桜色の粒々のお餅を葉っぱでくるんだ桜餅に馴染んでいるが、長命寺と呼ばれる関東風の桜餅を娘がとても好む。桜色の小麦粉を薄く焼き、くるくるとあんこを巻き、さらに葉っぱで巻いたものだ。大阪では、滅多に販売されていない。鼓月という老舗の和菓子屋で毎年買う。今日も鼓月で長命寺を買った。娘は大喜び。私も食後に早速いただいた。春だなあ〜。とはいえ、明日はぐっと寒くなるのだとか?明日も明後日も大阪市内で講師。(津村 薫)

3月10日(木)

今日も夜の講師。黒田庄町へ。1月にこの町にはお邪魔したばかりだが、今日は援助職のための講義。それにしても本当に頑張っておられるなあ、素敵だなあと感じる町だ。帰りは大阪駅からタクシー。「私は新米なので・・」という優しそうな運転手さん。思わず話が弾んだ。幽霊話が好きな私はわくわくして不謹慎にも、「何か怖い目に遭ったことがありますか?」とつい聞いてしまうのだが(笑)、つい数日前、夜中に曲がり角を折れたところでコンコンと窓を叩かれて振り向いたが誰もいなかったそうだ。どう考えても人の手で窓ガラスを叩いた音としか思えなかったという。「夜中ですし、気味が悪かったですよ」と運転手さん。そりゃそうだよねえ。聞いてる私もちょっとぞっとした。もう日付が変わろうとしている時刻だったしね(笑)。まだ道に慣れない運転手さんは、若い女性などに偉そうに言われる(特に水商売風のお姉さんは物言いがきつくて閉口するとのこと)ので、乗車してくると身構えてしまうのだそう。私も時間を急ぐために近距離でタクシーを利用して、あからさまに怖い態度を運転手さんにとられたことが二度ほどある。「えっ、そうなんですか。そんなヤツがいたら、苦情言ったらいいですよ」と運転手さん。でも、運転手さんもいろいろなお客さんがいて大変なんだろうなあ。これから3時、4時まで頑張るのだそう。お疲れさまです。(津村 薫)

3月10日(木)

2週間のうちに80枚の原稿を書かなければならないので、寸暇を惜しんでパソコンに向かう日々。女性のライフサイクルにおける子産み・子育てがテーマで、久しぶりに、過去の自分の仕事を振り返っている。私の最初の本である『たのしく出産』(新水社)の座談会の章を読みながら、笑いが止まらない。初期からのうちのスタッフ含む4組のカップルで子育てと性別役割分担のことを議論しているのだけど、私たちも若かったし、夫たちも若かった。何ともほほえましく愛おしい。(是非、読んでください!)子どもたちが成人した時、同メンバーで同テーマで語ってみたい気がする(村本邦子)。

3月9日(水)

娘が、春休みの計画を立てている。東京にある専門学校の春期講習(10日間)に参加するためだ。2月の末から、今学期の試験勉強には、えらい熱が入っていた。補習を受けることになると、この計画が実行出来なくなるからだ。結果、いい成績を収め、やるときゃやるもんだと、娘を見直した。さあ、いよいよ本格的な準備が始まった。費用を浮かすため、青春18切符で行くらしく(なかなか親孝行(涙))、パソコンでルートを検索している。食事も、友達(女3人・男2人)と自炊をするらしい(出来るのか?)。朝何時におきて・・・と、一日のスケジュールも立てている。見れば、学校に行く前に夕食の準備もして行くとなっている・・・かなり甘い計画だが、何事も経験。母のありがたみがわかることだろう(笑)。(森崎和代)

3月9日(水)

午前は、京都支所で子育て講座。京都はやはり、大阪に比べるとひんやりしている感じ。三条大橋のたもとにあるコンビニがすごくおしゃれに改装されていてびっくり。講師で殆ど外出しがちだけれど、私のデスクは大阪本社にあり、講師がないときはそこでレジュメを作成したり原稿を書いたり、文献を読みふけったりという日々。京都支所には本当にたまにしか行かないので(月に一度、支所で子育て講座をする程度かな)、いつも新鮮な驚きがある。夜は前夜の続きで講師。今夜もとても有意義だったなあと思う。今夜はシンポジウム形式のものだったので、私の方が勉強になったりなんかして得した気分。昨夜、今夜と担当さんがとても積極的に感想を述べてくださり嬉しかった。会場の反応も視野に入れ、ご自分の言葉で豊かにフィードバックしてくれる担当さんというのは励みになってありがたいものだ。明日も夜の講師。大丈夫、私には「やずや」があるぜっ(笑)。(津村 薫)

3月8日(火)

3年越しの念願だった「梅見」に行ってきた。紅、白、薄いピンク、黄色のろう梅、しだれ梅など、どこを見渡しても梅、梅、梅。「満開やったら、さぞきれいやろうね〜」と想像しながら、シートを広げお弁当を食べた(笑)。まだ三分咲きぐらいだったが、ぽかぽか陽気とほのかな梅の香りがとても気持ち良かった!おまけに、いっぱいしゃべって(総勢6人、話題は満開だ)、リフレッシュできた!(森崎和代)

3月8日(火)

東京都のメンタルヘルス研修。今回は日帰り出張で温泉の時間はなかったが、六本木ヒルズ・メトロハットの「ベーグル&ベーグル」でランチをテイクアウト、外のベンチで食べてから仕事に向かう。お天気も良く、ちょっとお洒落な気分。大雪の東海岸から帰ったばかりの私には、すっかり春。今年の花粉にはちょっと閉口だけど。(村本邦子)

3月8日(火)

講演終了後のアンケートを見るのはドキドキしつつも楽しみだ。何か良い変化を起こせそうだという声は本当に嬉しい。自分自身が言葉足らずであることを反省させられる場面もあるが、受講者の声を受け取れるのは本当にありがたい。今日は思春期の子どもをもつ保護者向けの連続講座のアンケートが届いた。誰もが揺さぶられる思春期。その時期を生きる子どもたちをサポートするには、関わる大人の生き方こそが問われる。そんな話の中で、怒りの感情の扱いについて、『若草物語』のエピソードを話した。内容については、当サイトのエッセイで2004年5月に私が書いた「怒りの壁」をご覧いただきたいのだが、次女ジョーと末娘エイミーとの大喧嘩のことを話したのだ。私が姉妹の母親なら、きっとこう言ってやるだろうなということである。それについての感想があった。「四女が次女のお芝居に行きたい気持ちに寄り添ってあげなかったのかという視点がなかったのが残念でした」と。たぶん、母親がジョーに「エイミーだってお芝居に行けなくて、きっとくやしかったのよね・・」と諭すことを期待されていたのだろうが、私はこれにはちょっと反対かな。すべては自分のせいなのだと我が身を呪いたいほど嘆き、傷つき打ちひしがれるジョーは、母親に諭されずとも既に、「あのときのことも、私が短気に妹の気持ちを無視したばかりに・・」と自分を責めているはずだろう。そんなジョーに必要なのはサポートだと思う。本人の深い嘆きに寄り添ってこそ、妹への思いやりは本人自身から生まれてくるのではなかろうか。もうそれをお伝えするすべはないけれど・・・。さて、夜は大阪市内で講義。こちらも思春期の子どもに関わる大人のための講座。 (津村 薫)

3月7日(月)

藤井寺市へ行く。ストレスの講義。この週末はプールに行けなくて残念だった。そういや、今度の土日も講演だ。なかなかジムに行く時間を確保するのは難しい。最低週2回というのは何とか達成しているけれど、本当は3回、4回と行けたら満足なんだけどなあ。水の中にいるときの恍惚感(笑)に魅せられていながら、なかなか行けない悲しさよ。やっぱりあすなろツムラ(笑)?でも、「せっかくなのに行けない、もったいない」というストレスよりは、「今度いつ行けるかな、わくわく」という気持ちなのだ。やっぱり水が好きなんだなあ、私。水泳後のジャグジーも最高だしね。雑念が水の中に落ちていくような気がする。(津村 薫)

3月6日(日)

今日、「母の引越し」での私の役目は終わった。やれやれ。この一週間、何かと大変だったが、うれしいと感じることもいろいろあった。子どもたちが、姉弟もめながらも(笑)、夕方洗濯物を取り入れ、門灯を付けておいてくれたこと。山のような生協の荷受けを近所の人と一緒にしてくれたこと(助かった)。一週間、大した物を食べられなかったにもかかわらず、何も言わず洗い物もしていたこと(これも、もめながららしい(笑))。手作りの揚げたてコロッケを、さりげなく私の帰宅時間に合わせ、届けてくれたお向かいさんの心遣い(感謝!)。引越しが無事終わった日の夜、10歳年下の弟が言ってくれたねぎらいの言葉(涙)。帰宅時間を延ばし延ばしにした、家族の会話(楽)。いっぱいご褒美をもらったな(祝)。(森崎和代)

3月6日(日)

福知山市へ行く。午前と午後の2本の子育ての講義。日曜ということもあり、ちらほらとお父さんの姿も見えて嬉しい。北近畿1号に乗り、帰りは文殊1号で帰る。こう書いただけで、「遠い〜」という感じ(笑)。行きは指定をとらずに乗った私が甘かったのだが、北近畿1号は城崎温泉行き。自由席は♪カニ食べ行こう〜♪というお客さんで満杯。やむなくデッキに立つこと1時間半、寒さに震えつつ到着。さすがに懲りて、福知山に着いたその場で帰りの指定をとった。は〜、これで安心。ばたばたと講演をすませて帰る。帰りは車中で熟睡(笑)。(津村 薫)

3月6日(日)

案外デリケートなのか(〜)、時差に弱い私。アメリカでも毎朝4時には起き出していたが、帰ってからも相変わらず3時の4時のに起きてしまう。どうせ眠れないのに何時間もじっとしているのはかなり苦痛だから、アメリカでは、ラベンダーのバスソルトを買って、毎朝、お風呂に時間をかけて入っていた。少しはリラックスできる。または、早朝から、プールのジャグジーやサウナへ行ってみたりもした。でも、一番良いのはやっぱり温泉!今日は夕方、近所の温泉に行って、ゆっくりお湯につかってきた(I love Japanだ)。ひどく眠たくなってきて(何しろ絶対的な睡眠不足)、今夜こそは長く眠れるだろうか。2週間のうちに書いてしまわなければならない原稿があって、のんびりもしていられないのだけど、まずは元気回復しなきゃ。(村本邦子)

3月5日(土)

堺市→大阪市。ばたばたの1日。今日は義母の命日。早くも6年の歳月が流れた。病で7年間も寝たきりになり、あと少しで60歳になる手前の春に亡くなった義母。本当に早すぎた。生きていてほしかったと今も思う。ここ数年、何かあれば写真の義母に話しかける癖が私にはついた。天国で苦笑いしたり、うなずいたりしてくれているかな。(津村 薫)

3月4日(金)

ゆうべアメリカから戻ってきた。やっぱり、家で食べる朝ご飯はおいしい!家族も私が家を空けることにすっかり慣れているので、帰ってきても、それほどの感動はない(まだしも、夫が一番喜んでくれているような・・・)。それでも、おみやげ(B系ファッション。とくに息子はデカイので、29センチの靴に、XXLの服で、アメリカでも頻繁にはなかったりする)は好評。娘が小1の頃、初めて私がアメリカへ行って2週間家を空けた時には、なんと家族3人が高熱を出していた。子どもたちも成長し、こうして、だんだん親を不要としていくのだろう。これも、子どもたちがちゃんと育っている証拠、有り難いことだと考えるとしよう。今日は出張後の雑務処理がたくさん。明日からは通常の忙しい日常に戻る。視察旅行の収穫は大きかった。できるだけ学んだことを皆と共有する努力をしたいと思っている。(村本邦子)

3月4日(金)

今日は、実家の母のお誕生日(昭和12年3月4日(1・2・3・4)。ちなみに弟は昭和43年2月1日(4・3・2・1))。そして、母の新しい家(弟夫婦と2世帯住宅)への引越しが無事終了した、めでたい日でもある!この間、わたしはとってもよく働いた〜。2月末、冬眠生活の翌日から、地元のNPO活動に駆り出され、その後は土日なく、今日まで(実は明日まで)朝から晩まで口も身体も動き詰め。とにかく物が多い!しかし、処分するのはいや!いつまでたっても荷物が減らない!ある程度は理解できる、しかし、押入れの奥から出てきた昭和55年製の布団乾燥機を持っていく、と言った時にはわたしは思わず叫んだ。「火噴くで!!」。こんな調子(連日やいのやいの言いながらの荷造り)で、今日なんとか無事引越したのだ。そして、今日一日で、なんと驚くほど新居が片付いた。一仕事終えた夕方、弟夫婦と居酒屋で「すばらしい連係プレーやったなぁ!」と、ともに戦った者同士、お互いの健闘を称えあった(笑)。今頃、母は、新しい家で荷物に囲まれながらも、ゆっくりした気分で眠っている事だろう。朝からしっかり降っていた雨が、私が出かける頃より上がり、荷物を運び終わるまで、ポツリともしなかった。いろんなことに助けられた1日やったね。お疲れ様でした!(森崎和代)

3月4日(金)

河内長野市に。南海電車の利用方法は私にとっては難解で(寒すぎるかしら、このギャグ)、河内長野へ行くには、南海高野線のホームから乗るけれど、和泉中央方向に乗るとダメ。えーと、岸和田や貝塚は本線だったよな・・・と忙しく考えないといけない。行き先と時間が合えばラピートに乗れるという楽しみはあるけれど(笑)。ラピートはその姿を見るだけで、私に「わくわく」感をくれる稀有な乗り物なのだ(笑)。今週も来週も休日返上で仕事だ!気合いでいくぞー!(津村 薫)

3月3日(木)

珍しく講師のない1日。レジュメ作成に追われる。ひな祭りなので、ケーキを買って帰る。お寿司をとって、赤だしとサラダを用意して、家族3人でもりもり(笑)。試験中の娘は落ち着かない様子ながら、頼もしい食欲を見せる。良い良い。そうそう・・・とても良いと聞かされて、「やずやの香酢」を飲みじめてみた。気の進まなさそうな夫と娘にも勧めて飲んでもらっていた。それが切れた途端に、何だか体調が悪くなり、ひどく疲れやすくなり、「あれ・・・効いていたんだ」と実感。すると夫も「なあ、香酢ないの?」と尋ね、娘も「やずや、もうないの?」と聞きに来た。「もしかして、切れた途端にしんどいって感じる?」と聞くと、ふたりとも「うん」と大きく頷く。恐るべし、やずやの香酢。あわてて追加注文し、今日たっぷりと届いたので、安心。さあ、明日からは年度末の講師ラッシュ。元気で乗り切りたいものだ。土日も講演なので、プールはしばらくおあずけかな(涙)。(津村 薫)

3月2日(水)

なぜだか、曜日を1日勘違いしている。金曜日の朝、生協の宅配を頼んでいるので、木曜の夜には玄関に発泡スチロールの箱や注文書を出しておく(玄関の外に出すのは翌朝。一応、事故や放火などのトラブル防止のため・・・)。いつのまにかそれをやっている。しかも「あ、私今日、渡る世間(毎週木曜に放映されているホームドラマ。脚本家の独特の臭みがあるところが何か面白く、つい見てしまう。ちょっとありえないようなセリフの言い回しなどがとても好き・・・笑)見逃したわー」とつぶやいたら、夫に「今日、水曜やで?」と指摘されて気がついたのだ。毎日どこかで講演があるので、私が曜日を勘違いすることは殆どない。どうしたんだろう?娘が声をかけてきた。「明日、ひな祭りやんなあ。どうすんの?ケーキ?」だって。それはケーキでお祝いしようねということだよな、了解致しました。確か期末試験は明日からだったね、君は(笑)。ま、いいや。娘の健やかな成長を祈って・・・お寿司とおつゆと、何かサラダと・・・メニューを忙しく考え始める。うん、ようやくカンが戻り始めたか。私を覚醒させるのは、やはり食べ物か(笑)。(津村 薫)

3月1日(火)

東大阪市に行く。小学校だったのだが、ご好意で給食をご馳走になった。懐かしいアルマイトの食器!先割れスプーン!いやあ、小学生気分に戻って楽しかった。瀬戸物の導入希望も多いそうだが、多くの数を扱うだけに調理員さんが腱鞘炎になってしまうのだそうだ。そりゃそうだよなあ。おいしかったです、ご馳走様でした。(津村 薫)