2004年1月 (スタッフの日記バックナンバー)

1月31日(土)

きのうの続き。あれから、大学より卒業予定者はすべて修論を提出したとの報告。朗報を聞いて喜んでいたのも束の間、息子がしょげて帰ってきた。今日、学校からグループで受験申し込みに行ったのだが、帰りに受験票を落としてきたと言う。学校でも大騒動になったらしい。担任の先生が、受験先の高校に電話しようとして、校長先生から、20年来の学校の恥だから電話するなと制止したとか。帰りのバスに落とした可能性が高いからバス事務所へ電話すると、7時にすべての落とし物が届くから、もう1度電話するようにとのことだった。
 話を聞いた私は思わず、不謹慎にも、「ってことは、20年前にもやっぱり受験票をなくした子がいたのかな?」と聞いてしまった。「いや、創立20年なんだ・・・」と可哀想な息子、さらにしょんぼり。不注意なところの多い子だから、これも良い薬だと思い、「長い人生、1年なんてたいしたことない。進路を変更することもできるし、働きながら予備校行って、1年遅れて高校へ行くこともできる。何とかなるさ」と励ます。そうこうするうちに、噂を聞いた娘も血相を変えて帰ってきた。「どうなるん?」何事も人生勉強だ。子どもたちには、いざというとき、問題に立ち向かう姿勢を身につけて欲しい。めったとない教育のチァンスである。「人生、取り返しのつかないようなことはしてはいけない。たいがいのことは、取り返しがつく。1年高校を遅れるなんてことは、たいしたことじゃない。クヨクヨしないで前向きに考えること」と。
息子もあれこれ考え始めた。「専門学校とか夜間はどうかな。1年遅れて高校へ行けば、部活で、同年を先輩って呼ばなあかんのは嫌やな。でも、待てよ、1年遅れるとしたら、学年別の試合では有利になるかな・・・」
 あってもなくてもバス車庫へは行かなくちゃと(なければバスを探させてもらおう)、3人で車庫へ向かった。結局、受験票は見つかった。事務所の人たちも、「良かったなあ。受験、がんばれよ」と、みなで暖かく励ましてくれた。心配してくれていた学校の先生方にも電話を入れ、喜んでもらった。
この噂はあっという間に拡がっていて、息子のところに、○○君も気にしている、××さんのお母さんも心配してるとか、メールが次々届く。「幸せな子やなあ。みんなに心配してもらって」と言うと、「うん。帰りも、今日、一緒に高校へ行った別のクラスの子も帰り、心配して待っててくれた。感動したって」と素直な反応。これも良い勉強だ。
ところが、担任の先生から、「みんなに心配かけたから、月曜日、校長先生と職員室の先生方に謝りに行くように」と言われ、「恥ずかしいな。不登校なろうかな」などとブツブツ言ってる。「自分のことだから、恥ずかしくても、最後まできちんと責任とること」。これも、良い人生勉強だ。(村本邦子)

1月31日(土)

今年に入ってから、小説を読むという、時間の贅沢をするようになったのだが、そんなに時間がゆっくりとれる訳ではない。たいていは仕事の移動中の電車内か、帰り道のバスの中、または眠りにつく前のベッドの中で読むのだ。あまり読んだことのない作家を選んでいるが、今のところは篠田節子が面白くて好きだ。藤堂志津子を昨日読み上げたが、う〜ん、やはり篠田節子には叶わないな、という感じ。最近、なんだかとてもくたびれているのだが、疲れているときには、なんだか元気になったり、おいしい食べ物の描写にうっとりさせてくれる田辺聖子などが良い。でも若者時代、彼女の作品はかなり読み尽くしたので、できるだけ、これまでトライしていない新鮮な作家を選ぶという今年の方針には反するのだ。売り出した一時期は大笑いしたことがある群ようこは、ギャグのパターンもバレバレという感じで、退屈すぎてもう楽しめない。そこへいくと、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』など、ただエッセイがちょっと面白い元コピーライターとしか当時は見ていなかった林真理子の作品は、どんどん面白くなってきているからすごい。『不機嫌な果実』は、映画化やドラマ化もされ、ものすごい反響だったが、『本を読む女』『テネシーワルツ』『ロストワールド』なども、決してそれに遜色のない面白さだったと思う。
さてさて、最近の変化といえば、活字には殆ど興味を示してこなかったひとり娘が、やたら「本を買って欲しい」とねだり出した。『ITと呼ばれた子』シリーズで燃え上がり(笑)、『13歳のハローワーク』、『蹴りたい背中』に続き、次は『インストール』と『世界の中心で愛を叫ぶ』が欲しいと言い出した。そう、みんな評判のベストセラーなのだけれど(笑)。受験期真っ只中に大丈夫かい?と思うけれど、良いことではあるので、本だけはケチらず与えるという主義の私は、頑張って買って帰る。ううう〜。もっとも娘は、「読みたい!」と欲望に火がつけば、そんな親の懐事情など忖度してはいられないのだろうけれど。昔の私を思い出す。本を与えられても小一時間で読破してしまい、親はきっと影で嘆息していただろうに、次から次へと読む本を与えてもらった。娘と違って、私は三人きょうだい。年寄りもいたし、暮らしはそんなに楽ではなかっただろうに、思い出しても感謝モノだ。ありがたや。私の小説の方は古本屋さんにでも行ってみよう。まだやったことはないけど、「ブックオフ」で半日くらいかけて、古本選びを楽しんでみたいものだ。(津村 薫)

1月30日(金)

川西市に講師に出向いた後、同じサークルに所属していて、ネットでも毎日のように交流している仲間たちが集まったので、私も合流した。フリーライター、開業前の整体師、教師休職中で大学院に学ぶ人、さまざまに頑張っている仲間たちだ。イタリアンレストランでおいしいランチを楽しみながら、たわいもない話に花が咲く。たとえば、「どんな仕事(勉強)をしてるの?」という話ではなく、「毎日、遠い大学まで通って、レポートだの何だのと家事育児は大変じゃない?」「2時間ずっと立ちっぱなしで話すって、きつくないの?」(これは私のへの質問。没頭して話しているときに苦痛は感じない)というオバサン話になる訳だ(笑)。同じサークル仲間の活躍ぶりや、自分の住む街の話や、夫との家事分担の愚痴(笑)と、子どもの受験の話まで、デザートをしっかりたいらげながら、わいわいと話に花を咲かせた。その後、カラオケハウスに移動、長いソファーでは整体師が実習を兼ねて全身をマッサージしてくれる(笑)。歌う人あり、「わー気持ちいいー」と喜んでいる人あり、マッサージ終了後は、皆で一緒に歌って楽しんだ。プライベートで遊びに行ったのは、いったいどれぐらいぶりだろう。お互いの個人サイトを行ったり来たりする仲間だけど、会って話すというのは、全然違う。やっぱり生身の関係の方がずっと楽しい。そうそう、運動は続いてるー!もう5日!なかなか私も根性があるではないか。この調子で頑張るぞ。足が少しずつ高くあがるようになってきたのがとても嬉しい。(津村 薫)

1月30日(金)

今日の5時が修論提出日。今月の半分はこれにエネルギーを取られ、この3日は家に籠もり、ゆうべはほぼ徹夜だった。やれるだけのことはやったので、あとは、祈りながら結果を待つのみ。今年はたまたま特別な事情が重なって、こんな状況になってしまったが、もう、2度とここまでやらなければならない状況はやってこないだろう。そう考えれば、エネルギーを注いだなりに充実し、楽しい経験だった。同僚たちと、それぞれの特徴を活かして力を合わせ、チームで仕事を成し遂げる喜びも味わったし、せっぱ詰まったところでの、それぞれの学生たちとの関わりは、日常とはまた違った側面を見ることができ、おもしろかった。
 さて、少しはゆっくりしたいところだが、明日から、早速、研究所の方の仕事のしわ寄せが待っている。2月には、20人の口頭試問と報告書作成、授業のレポート採点(これば400人分)。なかなか自分の原稿書きまで行けないが、またボチボチとやっていこう。(村本邦子)

1月28日(水)

運動を始めて3日目。今日は、10分ほど時間を延ばして40分!早歩き、スキップ、ジャンプ、ばたばたと足を素早く踏み鳴らしたりと、さまざまな動きを試みながら、ひたすら自宅マンションの通路を歩く。ひたすら歩き続けて、時間がきたら、ラジオ体操でおしまいという方法が気に入っている。運動をすると、余力がまだあることを感じるので、その勢いで、家事まではかどったりする。入浴すれば、疲れた筋肉が音を立ててはじけていくかのような気分の良いこと!普段のだる〜い慢性疲労ではピンとこなかったけれど、体を動かす気持ちよさというのは、こういうことなんだろうか。私は昔から大のスポーツ音痴だったし、運動もしてこなかったので、この爽快感は新鮮だ。ただし、よほど私は動いていなかったのだろう。筋肉痛は今がピークというほどつらい。足がうまく上がらないし、太腿やふくらはぎの痛みは格別。早くこの痛みが鎮まってほしい〜!(津村 薫)

1月28日(水)

巷では岸和田の虐待事件が話題になっているらしい。きのうも知り合いの記者さんから電話があって意見を聞かれたが、このところ修論のことで頭がいっぱいで新聞も読んでいなかったので、「すみません、ぜんぜん知らないんです」と切ってしまった。実はきのうの朝、新聞のタイトルだけ目に入っていたが、中3の女の子と想像していたら、今日の新聞のタイトルで、男の子とわかった。詳しい事情を知らないが、中3の男の子が虐待死寸前とはどういうことだろう!?勝手に想像して、「中3の男の子だなんて、あまりにひどいね」とつぶやいたら、「いくつのどんな子だったらひどくないの?」と娘に突っ込まれてしまった。小さい子は小さい子で、「こんなに小さいのに」とかわいそうだし、そんなに大きな男の子がと思えば、「どんなにか無力で無念だろう」とやりきれない気持ちになる。「いくつのどんな子でも、想像すると、その子なりの状況が思い浮かんで、かわいそうなの」と答えたら、「それもそうだね」と納得していたが、子どもの気持ちを思うと本当、泣きたくなる。(村本邦子)

1月27日(火)

本日2日目の運動タイム、きちんとやりました。早足で30分歩いて、ラジオ体操第一!足がすっかり棒になってしまって、自分の足ではないような状態だけど、普段使いかに体を動かしていないかってことだよね。階段をあがったり、ちょっと走ったら息が切れるけれど、運動をしている人には予備能力があるので、そんなことにはならないのだそうだ。恥。それでも、いろいろな動きを取り入れて歩くのは楽しい。プロ野球のキャンプみたいな真似をして、大きくスキップしてみたら、3分で息が切れた(滝汗)。コラッ!津村の運動がどこまで続くかで賭けたりしちゃいけません(笑)。(津村 薫)

1月27日(火)

今日は学会準備委員会で、遅くまで、通信の発送準備。封筒をつくり、通信やチラシなどを組んで入れるという単純作業だが、頭が飽和状態の今の私にはピッタリの仕事だった。今月はずっと人の論文のことで頭がいっぱい、おまけに今日は1時間ごとに違う内容のことで人と会わなければならなかったり、電話が入ったり。頭を130%くらい使っていてブレーカーが落ちそうだ。こんな時、手作業や皿洗いなど黙々と出来ることに没頭する時間を持つのは精神衛生上良い。一種の作業療法というわけだ。30日が修論締め切りなのであともう少し。(村本邦子)

1月26日(月)

「最近、パパがシュフやってへん?」と息子。私は修論地獄のまっただ中で、夫が買い物に行って、今夜はシチューを作ってくれた。私が留守の時は夫が料理するが、基本的に私がいる時は私がやるので、子どもたちはちょこちょこパパの料理を食べるが、私自身が夫の料理を食べることは珍しい。人の手料理を食べるのはありがたい。(村本邦子)

1月26日(月)

正月休みの猛烈な食べっぷりもさることながら(あ、これは今も続いてるかも・・)、運動不足もここに極まれりというくらい、動かない毎日を過ごしてきたせいか、人生最高の体重を記録してしまった。これはいけない。体が信じられないくらい重い。こんなことでは・・・こんなことでは(涙)。マンション前の廊下を往復して歩いたりスキップしたりすることから始めることにした。私のマンションのフロアは、3軒しかない。1軒は空き家。もう1軒の友人とは、「一緒に痩せなくては」(2人して、あまりの体脂肪率の高さに悩んでいる・・なんでだろう・・)と誓い合う仲なので、勘弁してくれそうだ。ちょっと気合いを入れて頑張ってみるか。それから腹八分目を心がけないとなあ(涙)。フロアで運動を始めたら(夜道は怖いのでパス)、そのうち隣人が出てきて、「何やってんの」と笑い出し、自分も上着をはおってきて、加わった(笑)。結局、フロアの通路を2人で30分歩いた。その後、ラジオ体操第一。なんと、これだけでへとへと!体はガチガチで思うように動かない。いかに自分が運動不足かを、あらためて痛感した。でも、体はぽかぽか。歩きながら、達成したい目標をリズムに乗って唱えるようにしたりして、気分も爽快。明日からも続けるぞ!(津村 薫)

1月24日(土)

仕事で、滋賀県草津市へ行く。“お医者さまでも草津の湯でも”という草津を連想された方、草津ちがいです(笑)。男女共同参画フォーラムのコーディネーターのひとりとしてお招き頂いたのだ。滋賀の寒さを少しは知っているので、防寒対策に必死だったが(笑)、昨日までの寒さが幾分和らいでホッ。基調講演をされた日本経済新聞社の鹿嶋敬氏のお話がとても面白かった。十数年前に著書を読ませて頂いて、たいそう面白かった記憶があるのだが、お話も実にセンスが良くて楽しかった。帰り道、自分のブーツを見て愕然!新調して1ケ月と経っていないのに、もう踵がすり減りまくっているのだ。最近私が絶対にはかない、ヒールが高いものだ。楽な靴を履き続けているうちに、私はすっかり足さばきが下手になってしまったということなのだろう。舌打ちしたいような気分になりながら、大阪に戻り、靴のクイック修理の店に飛び込む。今年に入って、仕事以外の本も合間に読むようになった。いま読んでいるのは篠田節子。彼女の描く女性たちが好きだ。面白いので夢中になってしまい、つい時間を忘れそうになる。そういえば、娘から『蹴りたい背中』を買ってきてと言われて、昨日買って帰り、ついでにぱらぱらとめくってみた。いま話題の、19歳の大学生が書いた芥川賞受賞作品だ。うーん、こんな文体が芥川賞を受けるんだなあと驚く。面白いには面白いようで、若者たちの気持ちをよくつかんでいるのだろうが、何か物足りなさを感じる。どうしよう、篠田節子の本は、草津を往復する電車の中で、バスの中で読みふけった。夜寝る前にもベッドの中で・・・というのが至福のとき。またしても1日で読み上げてしまいそうだ。こんなことを新刊で続けていたら、破産は必至だ(笑)。また古本屋に走らなくては。(津村 薫)

1月24日(土)

もうすぐ始まるNPOのDV家庭に育った子どもたちのエンパワメント・プログラムで渡すウェルカム・パックの買い出しに行く。ロンドンでDV子ども支援の視察をした時、あるシェルターで、入所してきた子どもたちにシェルターの生活を紹介したかわいい塗り絵ブックとクレヨンのプレゼントをしていた。このアイディアがいいなぁと真似てみることにしたのだ。プログラムで使用するクレヨンやマジック、色鉛筆やシールなど、いろんなものをパッケージにしたもの。エンパワメント・プログラムにぴったりのシールを見つけたので、これも購入。ひとつひとつ詰めながら、何だかワクワクしてくる。ついでに、お母さん用にも、きれいな色のファイルにシールをはってペンと一緒に用意した。楽しみ・・・。(村本邦子)

1月23日(金)

昨日、今日と連続で、講演の行き帰りに人身事故に巻き込まれ、足止めをくらってしまった。昨日は帰り道だったので、依頼先に迷惑をかける事態には至らなかったが、今日は講演前。JR大和路快速に乗り、京都府相楽郡に向かうことになっていたのだが、その大和路線が八尾市あたりで、人身事故のため不通になっているというのだ。こんなアクシデントは初めて。余裕をもって出かけてきてはいるが、快速の不通が続けば、間違いなく遅刻だ。ホームではらはらしながら、この寒いのに冷や汗が出る。結局はドタバタの後、到着駅を変更し、開始時間10分後に到着ということになってしまった。先方がさまざまに配慮をしてくださったので、とても助かった。これは先日教えてもらったのだが、細木数子の六占星術によれば、私は12年に一度の当たり年なんだそうだ。当たり・・って、こういうことじゃないと思うんだけどな(涙)。それにしても無事に講演が終わってよかった。(津村 薫)

1月23日(金)

今年の修論には高齢者介護をテーマにしたものが2本ある。M1のポスターセッションでも、少なくとも2人はこれをテーマに選んでいた。時代の流れを反映しているのだろうが、いろいろと考えさせられる。M2の2人は、「長男の嫁」の立場での介護と、「夫」の立場での男性による介護がテーマだ。決して人ごとではない。自分の親や夫、自分自身の老後についても考え込んでしまう。家でお産をすることを選んだ自分にとっては、日常生活の中で老い、死んでいくことは理想だが、これにはさまざまな条件が必要だ。最期まで健康で自信のある状況ならば良いが、そううまくいくとは限らない。子ども世代が親世代と離れて生活を形成している場合、家族介護を考えるならば、どちらかの引っ越し、すなわち生活の大きな変化を余儀なくさせられることになる。どちらにとっても大きな負担になることは間違いない。施設介護を中心に考えるならば、正直言って、今の施設の現状では心許ない。
いったん分離した家族が親世代の老いを受け、どの程度まで合流し得るのか、個別の選択になるだろう。何かの縁で結ばれた親子であるという思いもあれば、血縁だけが縁ではないという思いもある。そういう状況になった時、どのような選択肢が存在するかというのもひとつの縁かもしれない。願わくば、看取る立場でも、看取られる立場でも、恨みも後悔もないように。(村本邦子)

1月22日(木)

娘の話。話をしようと私の仕事が終わるのを待っていたのに、私が生返事ばかりでいつまで待っても聞いてくれないから、ゆうべは怒りながら寝たと言う。「ごめんごめん。今、修論で猛烈に忙しいの知ってるやろ」「それだったら、ウン、ウンとか、もうちょっとで終わる、とかいい加減な返事せんとって。こっちは待ってるんやから。ちゃんと予定言って欲しいわ」ごもっとも。申し訳ございません。その後、聞いた話が面白かった。私が忙しすぎるのは娘のストレスにもなる(被害を被るもんな・・・)。ストレスたまってイライラすると暴れたくなる(たとえば、部屋の物を投げるとか蹴るとか)。でも、「物に当たったらあかん」と言われるのは決まってるので(私は、子どもたちが小さい時から、物にも人にも当たったてはいけないと躾ている)、そんな時は、部屋で空気を殴ったり、蹴ったりすると良いのだそうだ。おなかや手足の筋肉に力を入れて、これをやると、力が抜けてスーッ、ホーッとするらしい。誰も見ていないところでやるのがミソらしいが、一種の筋トレ、もしくは空手の素振りのようなものだろう。これはストレス・マネジメントに使えそう。グッド・アイディア。創造的な子だ。まっ、それ以前に、親が子どものストレスにならないよう、気をつけなくちゃね・・・。 (村本邦子)

1月21日(水)

高3の男女が出産した嬰児を捨てたという新聞記事が目に入る。ちょうど、10代の母親をテーマに修論を書いている学生がいるからだ。インタビューから、10代の母親たちが、経過はいろいろあるにしても、一生懸命、親であろうと頑張っている姿が浮かび上がってくる。彼女たちにとって辛かったことは、最初、妊娠を周囲に喜んでもらえなかったことだと言う。10代で妊娠すれば、大半の場合において、まずは親が取り乱し、怒って、中絶を強いることだろう。この高3男女も、そんなことを予測したのだろうか。
 安定した生活の中で子育てできる状況になってから、妊娠・出産を迎える方が望ましいことは間違いないが、生命の誕生は人知を超えたところで起こるという側面もある。産み育てようとする若い女性やカップルを喜んで支援する体制が社会にあっていいはずだ。果敢な若者たちを支援できる大人でありたいものだ。田上時子さんのところの藍ちゃんは、早くも15歳でママになったらしい(『14歳思春期バトル』という本を出している)。詳しい事情は知らないが、藍ちゃんも時子さんも、頑張ったんだなぁと感心している。(村本邦子)

1月19日(月)

夫が勤務先で、「津村さんは、好き嫌いがあるんですか?」と仕事仲間に聴かれたそうだ。「いいえ、ほとんど何でも食べます」と言ったら、「それじゃあ奥さんは楽でええわねえ」・・・違うと思う(笑)。夫には確かに、口にするのも嫌だという食べ物はない。そんなに好きではない煮魚も、刺身も、茶碗蒸しも、海藻類も食べる、一口くらいは(笑)。でも、何を出してもニコニコ食べるというタイプでないのは、間違いない。「味覚がおこちゃま」とよく夫をからかうのだが、カレー、ハンバーグ、スパゲッティなどがメニューだと、にんまりする人なのだ。けれど私は大の和食党。以前にも書いたと思うが、好きなお惣菜を選べる食堂に行くと、「病人食じゃないですか」とからかわれるほど、あっさりしたものばかりを好む。冷奴、茄子のおひたし、だし巻き、とろろ、青菜系のおひたし、納豆、煮魚、もずく、海苔など。そう、私は「ご飯の友」があれば大満足。おいしい明太子や昆布や漬物なんかがあれば、おかずなどメじゃないのだ(笑)。夫婦2人とも、大の白米好きで、お互いに育ちが庶民なので、B級グルメで充分満足するタイプだというのは共通しているけれど、あれこれと意見が分かれる場合もあるのだ。それでも、以前に中学時代の同級生の男の子に会ったときに、「夫と結婚してよかったー」と実感したことがある。なかなか優秀で、勉強以外のことまで、何をさせても器用な優等生だった彼。一緒に音楽などやった仲だったけれど、本人が有能なだけに、ウルサイのは今も変わっていないのか、「俺、同じおかずが2日続いたら許せない」とのたまったのだ!「えっ、私、しょっちゅうやるよぉー、2日間同じメニューなんて、ウチは珍しくもないもん。カレーの次の日は、カレーうどんに決まってるやん」と言うと、「うわぁー、俺、絶対にオマエのダンナ、尊敬する!それ、俺なら絶対耐えられへん!」とあきれられてしまったのだ。夫にそれで文句を言われたことは一度もない。平日は勤務が遅いから戦力にはならないけれど、不器用ながらも休日は何か作るし、本人が忙しい分、私の忙しさもよくわかっていて、特に家事について要求されることもない(要求したらブチ切れるけど・・笑)。ちょっと家事をすると、彼だけが「できたダンナさん」扱いされて、自慢気なのはいただけないが、つきあい始めた頃から数えるともう20年、なかなか良い相棒なのかも。(津村 薫)

1月19日(月)

今日は今年度最後の授業で、M1の修論ポスターセッションだった。60人もいれば、いつもながら、さまざまなテーマがある。一人、目立った格好の院生がいて(モンゴルの民族衣装)、声をかけると、「コレ、プレゼン用の衣装です」と。ポスターには、「コスプレ療法」などと書いてある。ついでに、「次回のコスプレ・パーティに先生も参加されませんか?」とのお誘いまで受けてしまった。絶句している私に、「だって、先生って、コスプレお好きでしょ!?」。ええっ!?当然そうだと思って、私の格好をいつもチェックしているのだとか。う〜ん。多少、派手かもしれないが、そこまで奇抜な格好をしている自覚はなかったけど。でも、たしかに、彼女のモンゴル衣装はかわいくて、私なら普段でも着るかなというのが正直な感想。ひょっとして、私にとっての日常は、人々にとってのプレイなのかも・・・。帰り道、団さんが、「コスプレ療法」というのは十分あり得ると言う。そんな世界を経て元気になっていった子たちを何人か見てきたのだと。そうなのか。これまで偏見を持っていたので、「もうちょっと真面目な論文書いた方がいいんじゃないの」とアドバイスしてしまったが、今度会ったら、撤回しとかなきゃ。ちょっとしたカルチャー・ショックだった。(村本邦子)

1月18日(日)

今日は、娘の方が友達を家に呼んでいた。娘なりに片づけてはいたが、食卓の汚さに、息子が「こんなまんまで何考えてんやろ」とブツブツ言いながらきれいにしてくれた。暗くしてDVDでなぜかウェストサイドストーリーを観た後、クレープを焼いて食べていた。私たちも後でおこぼれに預かって、ラッキー。それにしても、友達を呼ぶ時、子どもたちから姿を現さないようきつく言われてしまうのは心外だ(!?)。本当は、おいしいお菓子でも出して、優しいお母さんのそぶりで点数稼ぎたいとこなんだけどな。(村本邦子)

1月17日(土)

注文していた「論文の書き方」の本が3冊届く。どれもたいした本でなく、がっかり。修論指導をしていて、論文構成のしかたや体裁についての修正にあまりに無駄が多いので、来年は、事前に論文執筆の基本事項を確認しておく方が良いと思って参考までに買ってみたのだが。うちの大学院は学際的で、心理学だけでなく、社会学、教育学、看護学、その他の学問領域を含むため、論文執筆の方法論も要項も一様ではない。自分なりのポリシーはあるが、学問領域が違うと、常識がまったく違うということは多々あるので、幅広い領域のルールを知っておきたいと思ったのだが、結局のところ、たいしたルールはないということなのだろうか。どの本にも、「指導教官によっても違う」と書かれていたが、本当にそんなんでいいのだろうか!? (村本邦子)

1月16日(金)

ここ4日、同じ服を着て仕事に行った。冷え込むから、手持ちのもので一番暖かいセーターを着ているという言い訳もできなくはないが、着る物にちょっとこだわる私にしては、きわめて珍しい現象、人生で2度目である。1回目は、自分の博士論文を書きながら仕事していた時、今回は、学生たちの修論指導に明け暮れながらの仕事である。覚悟はしていたが、20人の修論を見るというのは半端じゃない。論文以外の仕事で超多忙の時にも、こんなことは起こらないのだが、何か関連があるのだろうか?まったく外界に関心が向かなくなるからだろうか?(一般的に学者は服装にこだわらない傾向はあるかも・・・)今月末で締め切りで、2月の口頭試問が終われば解放されるはず。早く自分の原稿を書きたいよ〜。(村本邦子)

1月15日(木)

女性学、心のケア概論の最後の授業。最後の授業は、いつも、気分良く終わる。1年間、伝え続けてきたことの成果が、あちこちで芽生えつつある手応えを感じることができるからだ。他の種類の授業と違って、女性学やトラウマ論は価値を語ることが多くなる。投げかけたことを学生たちなりにキャッチし、育て、彼らの日常生活がほんのちょっとでも変化するといいなと思っている。途中では、学生たちの態度の悪さに、失望したり、腹を立てたりする時もあるのだけれど、いつも、終わる頃には、手応えのあるコメントをしてくれる学生たちが結構いることがわかり、頑張って良かったと思う。とくに、見るからに、態度の良くなかった子たちの肯定的変化は嬉しいものだ。(村本邦子)

1月14日(水)

「今年はゆとりのある生活を!」との目標を掲げて、上々のスタートを切ったはずなのに、早くもへばっている。ずいぶんと思い切って仕事もカットしたはずなのだけど、日々、雑務に追われている。今年こそやってしまいたい自分の仕事がいくつかあるので、自分のペースを保っていかないと。(村本邦子)

1月14日(水)

我が家の中で1番の音痴は・・・夫だ(笑)。彼が休日で私が仕事のとき、彼はひとりでスーパーに買い物に行ったりする。我が家の近くのスーパーは、決まってBGMがインストゥルメンタル(ボーカルがなく、楽器演奏のみ)なのだ。「あのさ、夏に流行ったTUBEのナントカって曲がかかってた」と後で報告してくれるのは、まだいい(笑)。彼はたいてい、タイトルが出てこないので、メロディーを教えてもらわなければ、どんな歌かがわからない。ところが、夫にメロディーを口ずさんでもらったら、何の曲だかが、もっとわからなくなるのだ(笑)。私も、最近のヒット曲には、そんなに強くない。辛抱強く聴いていてもダメなので、私もつい、“では、娘が帰ってきたら歌ってもらおう”ということにしてしまう(笑)。案の定、塾から帰宅した娘は、一発でそのメロディーを正確に歌う。この子のリズム感や音程の確かさは、絶対音感を持つ母親の私譲りなのだろうと思うが、それで正解はすぐにわかる。「なんでやねんー!なんで俺の歌だとあかんねんー!」と彼が不満げに漏らして、一家でげらげら笑うのも、お約束(笑)。しかし、これほど笑いを提供できるのなら、音痴もひとつの才能だと、夫が変な満足をしているのは、よいのだろうかね・・・(笑)。(津村 薫)

1月13日(火)

毎日毎日、修論指導。今年は、学生が20人もいるのでかなりハード。今月末が締め切りなので、そろそろ完成に近い原稿用紙100枚くらいが次々と送られてくる(この段階で、まだ枚数が少ないのもまた心配だけど)。読んで赤を入れ、ファイルを送り返したと思ったら、また新たなファイルが送られてきて・・・。本来、嫌いな仕事ではないのだけど、う〜ん、今月は修論漬けになりそう。(村本邦子)

1月13日(火)

最近は、名作のあらすじ本というのが人気なんだそうだ。元々は読書をしない子どもたちのために、学校の先生が手分けをしてあらすじを書いたのが、大人にウケたのだそうだが、うちの夫も「読みたいなー」と言い出した。読書が好きな私は「邪道だー!」と思ってしまうのだが。少女時代、夢中になった『足ながおじさん』のこんな場面を思い出す。主人公ジュディーは孤児院育ち。その優秀さを買われて、大学の費用を出してもらい、何不自由ない学生生活を謳歌するのだが、彼女には名作を読み聞かせてもらった体験もなければ、読書に夢中になれるような環境にもなかった。友人が『青い鳥』の話をしていて、作者の「メーテルリンク」という名前を出したときに、ジュディーは「そのかた、4年生?」と失言をしてしまうのだ。大学中の笑いものになり、すれ違う人にさえ、「ほら、あの人が、あのメーテルリンクさんよ」と噂されるジュディー。彼女は毎晩、寮の自室を友人立ち入り禁止にして、名作を必死に読む。『若草物語』を読み終えたとき、「さあ、これで誰かが塩漬けのシナの実の話をしても、何のことだか私はわかるわ」とジュディーはホッとする(『若草物語』では、末娘エミーが、学校で禁止されているのにもかかわらず、これを持ち込み、教師に体罰を受けるという事件が起きるのだ)。少女期にこれを読んだとき、なんともせつない気持ちになったものだけれど、それに比べて、あまりにお手軽な発想ではないか。試しに1冊手にとってみた。『三四郎』、『人間失格』、『路傍の石』、『秀吉と利休』、『潮騒』、『たけくらべ』、『銀河鉄道の夜』、『雪国』、『風立ちぬ』、『蟹工船』、『斜陽』、『高瀬舟』、『野菊の墓』・・・これ、絶対に原作を読まないといかんぞー!しかし娘も、作者と代表作を結びつけるという国語の問題、丸覚えをしていたなあ(涙)。もうイマドキは、恋をしても、相手を花にたとえたりはしないか。そういう私も「野菊のような人だ」とは言われたことないけどさ(笑)。(津村 薫)

1月12日(月)

今日も子どもたちが掃除の続き。子どもに言われて、放置していたカーテンの繕いをし、ようやくホットカーペットを出した(今頃になって・・・)。息子が「やっと、少しは人間らしい家になったな〜」と(すみません・・・)、早速、午後、友達を家に呼んでいた。自慢のCDコレクションを披露したかったらしい。すっかりきれいになった我が家に皆で気を良くし、夕方、座椅子とクッションカバーを新調するべくダイエーに行き、お好み焼きを食べて帰った。家族全員が1日家にいて、一緒にすごすなんて、相当に珍しい休日だった。(村本邦子)

1月12日(月)

「今日は、うんとゆっくりしよう!」と決めた休日。パジャマでゴロゴロ、寝転んで読書三昧、何度もうたた寝し放題という過ごし方に徹してしまった!極楽〜(笑)!いくら寝ても寝られるというのが怖い。「朝寝して、宵寝するまで昼寝して、ときどき起きてうたた寝をするってねえ〜」・・・若きシングル時代、こんな過ごし方をたまにすると、母にからかわれたのをふと思い出した(笑)。しかし今夜もしっかり眠れそうだ。体調も少しずつ回復しつつあるみたい。今週も元気に頑張らないとイカン!(津村 薫)

1月11日(日)

我が家の猫、「ココア」が(雑種、♀、3歳)が「クルクル」になってしまった。「クルクル」というのは、「サカリ」がついたことを、我が家でそう呼んでいるのだ(笑)。なんとも奇妙な声で鳴き、それが「クルクル」と聴こえるというのがその由来(笑)。野良猫なら相手を求められるだろうに、家で飼われているばかりに、かわいそうなんだけれど、一緒に暮らす人間もかなり困る。私たちが歩いてるそばに寄ってきては、足にくいついて、ものすごい勢いで噛み付いたり、ひっかいたり。この時期がくると、私たちの足は生傷だらけになり、洋服はひっぱられて傷つく。それでも、普段つんとすましている気位の高い子がいそいそ寄ってくるものだから、それはそれで可愛いのだ。これは1週間ほど続いて、ある日ふっとなくなり、数ヶ月したらまたやってくる、という繰り返しだ。「クルクル」がなくなると、昨日までのべたべたは何だったの?というほど、つんと冷たくなる猫。ちょっとばかり寂しい(笑)。今朝から始まったクルクル、1週間は生傷覚悟だ。今夜は一緒に寝てやろうかな。(津村 薫)

1月11日(日)

高校の同窓会名簿が代引きで送られてきた。4000円もするし、正直、興味なかったのだけど、電話で頼まれて断ることができなかった。ただのセールス電話を切るのはまったく簡単なのだけど、ちょっと知っているかもしれない人からの電話を冷たく切ることができなかった。それに、役柄たいへんだなぁと同情もするし。パラパラと見ていると、懐かしい先生方の名前が見つかった。
 高1の時の担任。俳優業をやめて国語の教師になっただけあって、なかなかの二枚目、話もわかる。夏休みのクラス行事は担任の責任という学校側の方針で、他のクラスは何もできなかったけれど、この先生だけは責任を引き受けてくれて、クラスでキャンプに行った。楽しかった。たくさん本を読め、心を打つ部分があったら、ノートに書き写せと教えてくれた。かなり長い間、言われたとおりにやっていた。
 数学の先生。年配の独身女性で○○女史と呼ばれていたが、お茶の水出身でかっこ良かった。どんどん自分で勉強してノートを持ってくるようにと言ってくれて、毎日、難問を持っていって一緒に解いた。塾など不要だった。チャレンジすることが面白かった。
 もうひとりの国語の先生。高校時代、時々、新聞にエッセイなど投稿していたのをいつも目ざとく見つけては、授業中に、私にだけわかるようにメッセージを発してくれた。ちょっと恥ずかしかったけど。おもしろい先生だった。
 高3の担任。あの頃は、悶々として自己嫌悪の塊。前夜遅くまで勉強したら、模試の時間、名前を書いただけで眠ってしまって、目が覚めたら、あと10分だった。もう消えてなくなりたいとまで落ち込んだが、この先生に声高らかに大笑いされ、急に心が軽くなった。
 懐かしいな。良い先生たちだったな〜。そのうち葉書でも書いてみようかな。(村本邦子)

1月10日(土)

去年の秋より超多忙で、家の中は度を越えた散らかり方で(これまでの最高記録)、年末に大掃除をと思ったがかなわず、年明けにはと思いつつ、いまだに放置されていた。今晩、お客があるので、朝、子どもたち2人に「ねぇねぇ、今日は部屋の掃除しておいてくれない?」とお願いしたら、いずれも「わかった」と前向きな返事。帰ってみると、魔法のように家がきれいになっていて驚いた。息子がリビングを、娘が子ども部屋を片づけたらしい(子ども部屋もいつもひどい状況だけど、自分もきれいにしていないので、子どもたちに言えない・・・教育上悪いよなと自覚しつつ・・・)。いつの間に、こんな掃除能力が育ったのか!?そして、なんて良い子たちなんだ!!息子を見てて、最近、ふと思ったのだけど、子どもたちから受験のストレスがなくなれば、もしかして、思春期もそれなりに穏やかに過ごせるのかも!?「すご〜い、びっくり〜、なんて賢い子どもたち〜!!!」と連発してたら、「何か買ってくれる?」と息子、「そうやな〜、偉いもんね〜、何かご褒美考えようかな〜」「ヤッタ」だと。ちゃっかりしてるわ。うちでは、私がいない時、自分のご飯を作ったり、お弁当を作ったり、洗濯するのは当たり前なのだけど、掃除だけは自分にできないことだから(それ以外の家事は得意なのです。ホント!)、感激がひとしおなのです。(村本邦子)

1月10日(土)

今週は体調が良くなかったので、とにかくおとなしくしていた(と書くと、普段暴れているみたいだけど、そうでもないぞ)。食欲も湧かないけれど、何か栄養のあるものをしっかり食べなければ、回復も遅いだろうから、それはまずい。暖まって簡単な夕食メニューはないかと探していたら、テレビで発見。その名も「豚汁ラーメン」!まず豚汁を作る。豚バラ肉、にんじん、大根、玉葱などを入れる。私の好みで、焼き豆腐までぶちこんだ。別の鍋で黄色いおソバを茹でて、水気を切る。おソバをお椀に入れて、豚汁をかける。本当に名前そのまんまなんだけどさ(笑)。とても暖まるし、思っていたよりおいしかった。家族にもウケて、「これはおいしいなー」と大喜びされた。大家族育ち(といっても6人だけど)のせいか、私はどうもおかずをたっぷり作ってしまう癖がいまだに抜けない。今夜もそれが余っているので、どんなふうにアレンジしようかと思案中。しっかり食べて、ぐっすり寝て、明日も仕事だ。頑張らなくては!(津村 薫)

1月9日(金)

今夜は、前売りを買ったまま、なかなか皆の時間が合わず、行きそびれていた「ファインディング・ニモ」へ。とっても楽しかった。あれだけ海の表情の微妙なニュアンスを描写し、それぞれに個性的な海の生き物のキャラクターを描ききるCG技術はすごい。ダイバーの目から見ても十分リアルだった。隠れクマノミはダイバーに大人気の被写体だ。バチリとカメラに収める場面は馬鹿な自分たちを見ているようで笑えた。実際のところ、いつも、家で飼えたらいいのになんて夢想してしまう。AAの12ステップにならって、「もう仲間の魚を食べません」とミーティングを重ねるサメたちも、相当におかしかった。終了の音楽も良かったし、キャラクターのご挨拶もおちゃめでかわいかったな。グレート・バリア・リーフ、早く行きたい!(村本邦子)

1月8日(木)

女性学の授業で非暴力プログラムの続き。次週で最後だ。終わり近くになって、現実場面での行動変容を報告してくれる学生がパラパラでてきた。繰り返し繰り返し、怒りコントロールのポイントを言い続けてきたので、だんだん効果が現れてきたということだろうか?キレやすい若者たちが、ちょっと立ち止まって考えるようになったとすれば嬉しいことだ。ところで、きのう映画の予告で「NY式ハッピー・セラピー」をやっていた。タイトルはいまいちだが、原題は「アンガー・マネジメント」。たまたまイギリス行きの飛行機で観た。アメリカにはプログラムが多々あるから、一種のパロディだろう。軽い映画だが、かなり笑える。とくにアンガー・マネジメントの非暴力プログラムをやってる人におすすめ。(村本邦子)

1月7日(水)

今日は水曜、映画ディ。息子イチ押しの「チャーリーと14人のキッズ」を観る。ほのぼの系コメディ。300人の部下を抱えるチャーリーは新事業に失敗、部下とともにリストラされる。ちょうど専業主婦をしていた妻が弁護士業に復帰する時期なのだが、良い保育所がなく(保育所に関してアメリカの事情は厳しい)、チャーリーは、行きがかり上、「パパの保育園」を開設してしまう。ぶきっちょな男たちがやんちゃな子どもたちとの交流を通じて変化していくという実にシンプルなストーリーだが、男の子育てを明るく描いていて楽しい。(村本邦子)

1月6日(火)

事務所で年賀状の整理。ここ数年忙しくて、家からはいっさいの年賀状を出さなくなってしまったが、こうして見ていると、1年に1ぺんのやりとりだけでも続いている関係が大事なのかなあと思ったり。とくに、その人を感じるひと言が添えられてあったり、印刷でも、その人の1年の姿が偲ばれるような内容のものには心が動く。事務的な年賀状は事務的な関係にのみふさわしい。いろんな考え方、感じ方があるのだろうけど、来年はどうしようかな。(村本邦子)

1月5日(月)

最近、この日記の愛読者だと明かしてくれる人たちがいたりして、改めて赤面(?)したりする。今さらながらに、「何か知られてまずいことを書かなかったかな?」と書いたことを思い出してみたりして。不特定多数の人が読むという前提に日記を書くということがどういうことなのか皆目検討もつかなくて、初めはおそるおそるだったが、書いているうちに面白くなってきて、あまりそのことで不安を感じなくなった。これまで、日記を書いたことでのダメージはない。ただし、自分のよく知った人が読んでくれていたと最初に知った時だけは、いつもちょっと緊張する。その人との関係で共有していると思っていたことに大きく差異があったことに気づかされるからだ。だから、読んでくれていると知った時点で、一挙に距離が近くなる。でも、最近思うのは、案外と、読んでくれている人たちというのは、見ず知らずの人より、身近でよく知った人たちなのかもしれないということ。インターネットというのは、不思議なコミュニケーション・ツールだ。(村本邦子)

1月5日(月)

今日から仕事始め。まだ世間では、お休みのところが多いのだろうか。あまり電話も鳴らず、いただいた年賀状を読んだり、レジュメを作成したりと、静かに仕事ができた1日だった。時折、電話が鳴ると「明けましておめでとうございます」という挨拶から始まる。2004年が明けたんだなあ〜、今さらだけど、実感(笑)。まだ体は休日モードから抜け切れていないのか、どうも動きが鈍くて困るが、早く仕事モードに切り換えねば。(津村 薫)

1月4日(日)

帰宅するなり、たくさんの仕事が。ひとつは、今年の大きな仕事である日本コミュニティ心理学会の大会主催と、そこにケンブリッジ病院VOV(暴力被害者支援)プログラムのディレクターであるメアリー・ハーベイさんとオリバー・フォークスさんを招くための助成金書類を含む準備。ペーパーワークは好きではないが、昨年ぐらいから、だんだんとこの領域の責任が大きくなりつつある。でも、それによって、自分のためにも、仲間たちのためにも、学生たちのためにも、また新たな学びの場が創出されるのだから、価値のある仕事ではないか。
 あとは大学の授業の準備で、年末の精神分析のミニレポート採点と(人数が多いのでこれがたいへん)、大学院の臨床心理特論のためにAPAの心理療法ビデオシリーズU(JIP版)を事前に見ておくこと。今、ようやく終えたところ。APAのビデオシリーズについては、まだ一度も書いたことがなかったように思うが、昨年はTを、今年はUを学生たちと一緒に観ている。本で読むことはあっても、さまざまな臨床家の実際の治療場面を見る機会はまずないので(例外は大勢の前でのデモンストレーション)、勉強になる。Tは問題別だが、Uは療法別で、それぞれに「何チャラ療法」とややこしい名称がついていて(たとえば、認知感情行動療法とか過程指向体験心理療法とか)、アメリカ的な自己主張の乱立(?)を感じるが、基本的には、各療法が歩み寄り、交流し合って、折衷派が増加しつつある。自分自身の歩みもそうだから、これは納得のいくことだ。実際に臨床をしていれば、療法の理論にこだわるより、目前のクライエント中心に考えるべきだからだ。基本的に一緒にビデオを観て、おもに学生たちの議論を聴くことにしている。
 私の授業では、たぶん、学生たちにあまり教えていないのではないかと思う。教えるよりも一緒に学ぶ方が魅力的だから。自分自身も教わるより学んできた。だから一方的に講義をするのはあまり面白くないと感じる。学生が自分たちで学ぶための場をつくることの方が意味があると思うのだ。でも、学生たちの立場から言えば、これは教員として良い姿勢なのかどうか。たぶん、ある種の学生たちには良いけれど、別の学生たちには良くない教員なのかもしれない。自分では、毎年、少しでも良い授業をしたいと工夫を重ねているつもりだが、万人に良い授業をすることは不可能だとも思う。それにしても、精神分析の授業は、受講生が多く、一定の割合の学生たちはかなりまじめに食いついてきていることが、摩訶不思議だ。(村本邦子)

1月4日(日)

1週間の休日もあっという間、明日からは出勤だ。たまの休みといえば、だらだらと過ごしてしまいたくなる私なのだが、今回の休暇は、真面目に大掃除をして、気持ちよく新年を迎えた。無事にお客さんをもてなして、予定通りに原稿を書いた。なかなか良い気分。去年のこの休暇中は、インフルエンザにかかり、新年早々寝込み、仕事始めまで遅らせてしまったので、今年こそはという思いもあったのだけれど(笑)。受験生もいるし、夫婦共に仕事も忙しい。今年の我が家では、風邪ウィルスとだけは仲良くしたくない。うがい手洗いを励行して、まだこの冬は、誰も風邪をひいていない。春まではこの調子でいきたいものだ。娘は今日から、もう塾。そういえば、娘に届く年賀状を選り分けるときにチラリと見ると、どの葉書にも「受験」「受験」という文字が。どの子のも、「お互いに頑張ろう」という文面のようなのだろうが、なんだか不憫になる。私にも、何年も前にこの地を引っ越していった人から年賀状が届いたが、地域の自治会活動で共に頑張った仲間で、同い年の子どもをもっていた人だ。「いよいよ受験だね、親もつらいよね」と書いてあり、なんだかホッとする。つらいのは、私だけでもないのね。この人は第二子が受験。何度体験していても、いやなものなんだろうなあ。私の場合はひとり娘なので、私が子の高校受験は、最初で最後だけれど。しかし、毎年のことだけれど、3月なんてあっという間なんだろうなあ。あわただしく迎えるであろう子どもの受験、ばたばたながらも、本人なりに納得のいく日々が過ごせるようにしてやりたいものだ。さあ、私も明日から気合いを入れて頑張ろう!(津村 薫)

1月3日(土)

昨日から、夫の弟一家が泊まりに来ているので、今日は一緒にカラオケに行くことに。自宅から徒歩2分程度で、カラオケハウスがあるのだ。行くのは実に1年ぶりになるのだが、何を隠そう、私はカラオケが大好き。大声を出して歌うのは、私の最も好むコーピング(ストレス軽減法)のひとつ(笑)。ところが、本当はママさんコーラスなんかに入りたいくらいだけどなあ。全然行っていなかったものだから、不覚にも声がどうにも出ない。その昔、音楽をやっていた頃は、お腹から声を出さなくてはいけなかった。重い辞書をお腹の上にのせて発声練習をしたり、少し遠くから鏡を曇らせてみたりと、ボイストレーニングは欠かさなかったから、そのときは、本当に声が出たものだけれど。不調の私とは違い、娘が格段に上達していた。もともと、リズム感も良ければ、歌唱のセンスもあると思ってはいたのだが、子どもっぽかった甘い声が、思春期の少女のそれへと変貌を遂げているのだ。なんと洋楽までスラスラ歌っていたのにびっくり。しかも、ダイアナ・ロスの、かなり前のヒット曲。し、渋いところをお好みで・・(笑)。今春、中1になる甥も、すっかり声変わりしていて、ハスキーな森山直太朗を聴かせてくれた(笑)。息子のいない我が家。この甥に、「ねえ、声変わりって、どんなふうになるの?驚いた?」と聴いてみると、「うん、ある日突然で、アレって感じ」なんだと(笑)。あまりに突然のガラガラ声で、風邪かなとも思ったんだそう。まだ表情は子どもっぽさを残しているけれど、身長は私を抜かしていた。子どもの成長には驚かされるなあ。夜には自宅でしゃぶしゃぶ鍋を囲んでワイワイ。帰った途端に「明日からは塾だから」と娘は勉強開始。塾からは「遊ぶな、寝る間も惜しめ」と言われているのに、2日間、何も勉強しなかったので少しあせり気味の様子。この子にとって、本当に「おめでとうございます」なんて言葉がぴったりくるのは、春のことなんだろうなあ。早く来い来い、3月。(津村 薫)

1月3日(土)

ようやく『モーセと一神教』の要約が終わり、関連の本も読めたし、さすがに正月三が日は、学生たちから修論メールもなかったので、今日は思い立って霧島へ。11月末に行った「神話の里」のリフト+スライダーを小さい子たちが気に入るに違いないと思っていたところ、案の定、かなり好評。結構な距離があって往復400円するのだが、私が皆を一回ずつ乗せた後、ほとんどの子どもたちが、お年玉で再度挑戦する(私も!)。お天気も良く、山の頂上から麓まで滑り落ちる感覚は、まるで雲の滑り台から地上まで下りていくような高揚感がある。なにしろ壮絶な眺望なのだ。それから、みんなに牧園のざぼんラーメンを食べさせ、温泉に寄って帰る。ゆっくりと楽しめたお正月だった。よく食べ、よく寝て、体重も増えたような。さあ、明日家に帰れば、さっそくたくさんの仕事が待っている。今年も元気に頑張らなくちゃ!(村本邦子)

1月2日(金)

今日は義弟一家が泊まりに来て、にぎやかに。塾でしぼられている影響だろうか。今日くらい、ワイワイ騒いで遊べばよいのに、「こんなことしてていいんかなあ」と受験生の娘がつぶやくから、かわいそうになる。徹夜明けで塾から帰るときも、「帰って食べて、少し寝たら、すぐ勉強に入るように」とお達しがあったらしい。厳しいなあ。私はスパルタが苦手なので、「夜は寝るもんやろ・・・」と内心思っていたりするが、真剣にやっている娘にそれは言えない。不憫に思いつつ見守っている。早く春が来てほしいものだ。
テレビのニュースでは、福袋を求めて、百貨店の初売りに長蛇の列を作る人たちの姿が映っていた。自慢じゃないが、私は福袋というのがわりと苦手で、殆ど買ったことがない。何千(万)円分お得だといわれても、不要なものがあれば、お得ではないと考えてしまうのは、ケチかしらん(笑)。いや、福袋はこんなによいぞという愛好派の意見を一度聴いてみたいものだ。(津村 薫)

1月2日(金)

 温泉に行って、マッサージを受けることにする。冨永良喜さんによれば、温泉やマッサージは受動的リラクゼーション、動作法は主体的リラクゼーションということだが、多くの時を主体的に生活している者にとって、たまには「受動的」も良いものだ。若い時は肩こり知らずだったが、最近は方や首回りがいつも凝っている。マッサージしてもらうと、足まで凝っていたことに初めて気づく。実は、年末、健康診断にひっかかったりして自分の体を過信してはいけないと反省したばかり。今年は体を大事にする一年にしたいもの。(村本邦子)

1月1日(木)

日記始め(笑)。大晦日の夜、夫はまだ仕事で、娘は塾の冬期講習で徹夜のため不在。ひとり私は、寂し〜く原稿書きに励んでいた。すると隣から、「かおりん(私のニックネーム)、一緒に晩御飯食べよう、ひとりじゃ寂しいでしょ」と親切な一声が。なんと隣家のメニューは、カニすき!大きなカニがしこたま置いてある。「かおりんひとりくらいどうってことないから、死ぬほど食べて」という親切さに甘えて、遠慮なくパクつく。イヤミかもしれませんが、横歩きなんてもんじゃない。鼻からカニが出るかってくらい食べました(笑)。うちでは。夫も娘もカニや伊勢海老が嫌い。ひとりだけシーフードが大好きな私には悲しいが、これらが我が家の食卓にのぼることはない。あ〜、良い夜だった。
さて、元旦。今日は、夫と娘と3人プラス犬猫で、ささやかなお正月用のご馳走を囲む。一緒にテレビを見て、なんとも穏やかな元旦を過ごした。テレビ朝日の番組を見たのだが、この20年間で、最も売れたヒット曲というのは、「だんご三兄弟」なんだそうだ。ちなみに、2位がサザンの「TSUNAMI」、3位が米米CLUBの「君がいるだけで」。この20年のトップセールス200も紹介されて楽しかった。娘が「産まれてないのに、この歌知ってる」と言ったり(私の鼻歌で覚えているのだ・・・笑)、夫が「俺はこのとき高校生だった」と言ったり。結婚した年にはこんな歌が流行ってたんだなあ、子どもが産まれたときには、これがヒットしていたのかと、家族3人でワイワイ(笑)。ご存知ない方もいるだろうが、FLC芸能部門と自称している私は、歌にはちょっとうるさい。辛口の芸能評論ならまかしとき、である(笑)。つくづく思うのは、松田聖子は偉大な歌手だなあということ。生き方に共感する女性も多いそうだが、私はそうではなく(おい)、あの歌唱力を絶賛したいと思う。しかもデビューして長きに渡り、そのキイや声の透明感、表現力が変わらないばかりか、さらに艶が出ているというのは特筆に価する。変わらないように見えて、しっかりキイを下げて歌っているのを、プロなら恥じてくれ、工藤静香に、中森明菜(笑)。JR日本、中森明菜にテーマソングを歌わせているが、パンチも聴かせどころもない中森明菜の今の歌唱力は採用するには、あまりに悲しいぞ。あれだけ良い歌を歌っていた大歌手だったからこそくやしい。当時の輝きをよく知る人間のひとりとしては、あまりの歌唱力の衰えを嘆きたい。
少しチャンネルを変えたら、堺正章のかくし芸が!私は彼の大ファンだ。彼こそ、本物のエンターテイナーだと思う。第三者を嘲笑して笑いをとる、昨今の安っぽいお笑い芸人とはまったく違う。自身の巧みな芸や話術で笑わせ、愉快な気持ちにさせてくれる、素晴らしい芸人だと思う。いや〜元旦から、素晴らしい芸を見せてもらった。今年も元気に行きまっしょい!!(津村 薫)

1月1日(木)

お正月の娯楽にと、皆で「ラスト・サムライ」を観に行く。ハリウッドが作った侍映画として面白かった。従来の紋切り型の日本とは違っているが、日本で作られるものと、やはりどこか違う。どこが違うのかわからない。風景が違うからだろうか(背景となる自然はニュージーランドで撮影したようだ)。時代が大きな転換期を迎える明治維新を舞台としたフィクションではあるが、転換の狭間で踏みにじられていくものには普遍性を感じる。それにしても、なぜ、どさくさに紛れて誠実に生きる人々が死んでいかなければならないのかは謎だ。勝元とオールグレンの立場からは、それが必然性を持ったものであることは十分理解できるが、客観的に考えれば、彼らが命を投げ捨てることに何の意味があるのか疑問に思う。もっと言えば、ハリウッドはどうしてこう命を投げ出して戦うことを美化する映画を作り続けるのか(マトリックスも・・・)、まさか日米同盟精神を強化することを意図しているわけではなかろうが。
 それからもうひとつ思ったこと。以前、日本の武士道のスピリチュアリティを扱った英語の本を読んだことがあるが、日本の歩んできた道を理解するためには、禅宗をはじめとする宗教界が何かしなければならないのではないかということ。戦後日本を考えるうえで、近代だけでなく、中世にまで遡らなければならないのではないかということ。あれだけ凛とした勝元が、なぜ天皇を神と仰がなければならなかったのか。天皇自身が自らを不確かに感じ、勝元に助言を求めているというのに、勝元は天皇の言葉に従うと言う以外、指針を与えることができないのである。日本人のスピリチュアリティとは何なのか?ここ数年、気になりながら深めることができていない課題である。たまたま新年に再会したテーマ、こんな時代だからこそ、今年はじっくり取り組んでみたいものだ。
付記:書き終えてからもあれこれ考えていたが、日本が作った場合と決定的に違うのは何かがついにわかった。最後の場面、勝元の命がけの箴言が届き、天皇が取り巻きの期待を裏切って、アメリカの利権主義にきっぱりとノーを言うところ。日本人が作っていたら考えられない結末だろう。あまりに考えられないことだから、意味のない付け足しのように、危うくストーリーから省いてしまうところだった。涙している聴衆が多かったが(はっきり言って泣くような映画ではぜんぜんなかったけど)、日本人にとってのクライマックスは、戦場で男の友情が勝元の死を受容し命果てる部分であって、それ以降はなきに等しいのではないか。アメリカ人なら、きっと、戦場のクライマックスを不思議に迎え、最後のシーンに感動するだろう。もしもこれが現実で、日本が欧米列国の利権主義にノーを言うことができていれば、植民地政策を展開せずにすんだのだろうか。とすれば、なんと、この映画は、真の日米同盟(?)は体制に抵抗するために結ばれるべきだというメッセージになるではないか。
 オールグレンは、アメリカ原住民の反逆軍を制覇した英雄だったが、自分のやってきたことに疑問を感じ、酒浸りの日々だった。彼は帰還兵の問題を抱えていたのである。その彼が、反逆軍とされた勝元とともに戦うことで、自分の魂を取り戻す。彼は勝元に救われるのである。他方、勝元にオールグレンとの出会いがなければ、最後の戦闘を経験する前、とうに切腹していたに違いない。天皇は心のどこかに痛みを隠しつつ、時代の流れに身を委ねたはずである。ところが、オールグレンは、自決をたやすく運命と受け入れる勝元を諌める。「運命がわかる最後の瞬間までベストを尽くさなければならない」と(これはマトリックスにも含まれていたメッセージである)。彼らは最後の瞬間までベストを尽くし、それが報われたということになる。勝元は最後の戦いのため、オールグレンに「古きと新しきを和した男」とか何とか刻んだ刀を用意するが、アメリカの善いものと日本の善いものとが、それぞれに欠けたるものを相補ってひとつの完成を見たということになるのだろうか。ついでに、勝元が「カンバセーション、カンバセーション(会話)」というのもアメリカ的である(禅問答は会話ではないと思う)。まだまだ現実的にはありそうもない話に思えるが、それでも、どこか前進を感じるものである。日本側のキャスティングもぴったりだった。武士道へのロマンティシズムは残るにせよ、アメリカがこんな映画を作ろうとしたことは、「カンバセーション」への歩み寄りの一歩なのかもしれない。(村本邦子)