2004年7月 (スタッフの日記バックナンバー)

7月24日(土)

面接をしていると、ピーヒャラ、ドンドンと聞こえてくる。今年もまた、天神祭がやってきた。大川沿いも祭りの準備に忙しい。考えてみると、祭りは、ほとんど常に神社と結びついているようだ。今なお、日本古来の宗教行事の線上にあるのだろう。そう考えると不思議な気がする。祭りになると、地元の神社に集まって日常を超えた大騒ぎするというのは面白いものだ。今なお、そこに、神的なものが顕れるのだろうか?(村本邦子)

7月22日(木)

バリダンスで、先生にこっぴどく叱られてしまう。自分が悪いので仕方ないが(もともとルーズな性格のため、衣装の扱いや私の態度がいけなくて)、人生において、叱られることにはあまり慣れてないので、しょぼん。娘には、「先生の言ってること全部正しいよな」と言われ、そのとおりです・・・。立場上、叱ることの方が多いが、その経験から言えば、叱ってもらえるというのは有り難いことだ。叱ることは愛情だと思うから。だいたい、神聖な踊りを軽いノリでやっているから、こんなことになるのだ。めげるけど、せっかくだから、もう少し、頑張ってみることにする。自分を叱られるポジションに置くというのも必要なことかもしれない。(村本邦子)

7月21日(水)

今日はスタッフ慰安日で、なぜかスパ・ワールドへ!(なぜかは余計か・・・理由は簡単。)入館料千円キャンペーン中で夏休みとあって、結構な人だったが、ゆっくりとお風呂を楽しみ、たらふく食べた。私は、「よく遊び、よく働く」がモットー(それに、「よく食べ、よく寝る」だ)。うちのスタッフは、皆よく働くが、よく遊んでいるのはひょっとして私だけ!?と、時に罪悪感に駆られる。一人ゆっくり温泉に浸かっていたりすると、ふと、「みんなを連れてきたいな〜」と思ってしまう。まっ、余計なおせっかいなのかもしれないけど、ありがた迷惑な親心のようなものだ。残念ながら参加できなかったスタッフもいたけど(人数多いから日を合わせるのは不可能に近い)、また、そんな機会が作れたら。みんなで長生きしないとライフサイクルは巡ってこないからね〜。(村本邦子)

7月20日(火)

毎日、毎日、本当に真面目に整骨院通いをしている。肩や背中の凝り、首の張りの酷さを指摘され、いつの間にやら慢性化していた体のこわばりにショックを受けている。長い間、「私は凝り知らず!」という自己イメージを抱き続けてきたので(実際、35までは、本当に凝りを知らずにきたのだ)、ここ数年、時々、ストレスがたまると凝るなあと自覚してはいたものの、一過性のものだと高をくくっていた。振り返ってみれば、ちょうど、研究所を会社にしてくらいから、徐々に慢性化していたのだと思う。「会社を立ち上げたら、3年間は休日はないと思え」と物の本に書かれていたので、新しくした事業を軌道に乗せるため、ひたすら走り続けてきた。若いままの自己イメージでは、そろそろ現実とギャップが出てくる頃だろう。整骨院に通うために毎日1時間使うというのが、今は、自分の体に対するせめてもの罪滅ぼしだ。(村本邦子)

7月20日(火)

カレンダーを見て、“?”。今日はまだ火曜日?このところ土、日もなく出かけることがあり、お弁当を作る日も多いからか曜日の感覚がちょっとへん。娘の学校の専門講座や息子の部活のために土、日も、昨日なんかは祝日だというのに、お弁当を3つも作った。もう、木曜日くらいと思ってたのになぁ。がっかり。
カレンダーを見ていてまたまたびっくり。えっ!これってあの日からまだ一週間もたってないの?ほんの2〜3日前の事も1週間ぐらい前のことに思え、1週間前の事ははるか彼方の出来事のような感じ。しかし7月に入ってもう20日!?。早いなあと思う。不思議な時間の感覚だ。(森崎和代)

7月18日(日)

長くお預けだったハリー・ポッターを見に行く。いつもながら、なかなかの迫力。人は、危機にさいして、自分の心の中にある良き思い出が持つ強烈な力を頼みに生き延びるものだ。逆に、奥深いところにある恐怖は、人をさらに暗闇に追い込む力になる。心の中にある光と闇がもつエネルギーをどちらの方向に動員できるかが問題なのだ。ここのところ、ずっと忙しくて、見たかった映画をいくつも逃してしまったな。(村本邦子)

7月18日(日)

7月も後半。13日に誕生日があってピッキーンと生まれ変わったはずなのに、何かいまいち調子が出ない。からだは元気だと思う。ウトウトもなくなったし、朝も起きられる。この暑い中、朝の散歩にだって出かけている。しかし、どうもやる気が出ない。困った。
思えば、以前からの活動に加え、お正月からは夫の単身赴任、春には初めての娘の高校受験と息子の中学進学、FLCでの活動、その後浮上してきた遠方の夫の親の介護問題・・・。この半年新しい環境の中、やるっきゃないでやってきたがちょっと腰を下ろしたいのかも。何が大変という事ではないが、疲れてきたのかなぁ?
 もうすぐ夫の赴任先へ遊びに行く。と書いただけで、涙がジワ〜って、こりゃやっぱりやばいぞ〜!!(森崎和代)

7月17日(土)

お初天神でバリ舞踏のデビュー。上手に踊れたようには思わないが、でも、大きな間違いをせず、滞りなく踊れたことで今回は良しとしよう。3時間もかけて、メイクや髪型、着付けをするのだが、これが大仕事。だけど、今日は、不慣れな私たち3人のために、たくさんの先輩方がよってたかって手助けしてくれた。決して集団主義というわけではないが、西洋のような個人主義とは違って、ふわ〜っと和むアジア的な雰囲気のためか(?)、皆、とても優しく、暖かい。普段は人の面倒を見ることの多い私だが、こうやって面倒見てもらう体験は、ちょっと嬉しい(でも、来年は、こうやって新人の面倒を見てあげなければならないということだ)。踊らせてもらえることを、八百万の神々、お世話になった皆さん、踊りを見に来てくれた皆さんに感謝するのが踊りの心得だそうだが、皆様に感謝しつつ、また、練習に励むこととしよう。(村本邦子)

7月16日(金)

朝から関テレへ。テレビ放映やラジオの生出演は何度も経験しているが、テレビの生は初めてかな?と考えていたら、ふと、高校時代、地元のテレビに出演したことがあったのを思い出した。メイクもしてくれるというので、楽しみに、眉カットまでしてもらって(明日のバリダンスのお化粧にも必要なので、ちょうど良かった。ラッキー!)、髪型もかわいくやり直してもらって、ちょっと良い気分。出演はほんの少しで、どってことない内容だったけど、USJに遊びに行ったような感覚である。一緒に出演した司会の方(かな?私は芸能人に弱いので誰が誰かわからないけど)が、過去に、地域の小学校のPTAの講演で、うちの研究所の誰かが話したのを聞いたことがあり、とても良かったので印象に残っていると言ってくれたことも嬉しかった。お互い地域に根ざして仕事してるんだなあと実感できて。なぜか私と似ず、ミーハーな我が子たちのために関テレグッズをもらい、機嫌良く帰った。でもビデオは撮ってないので、幸い、誰も見れない。(村本邦子)

7月15日(木)

息子が「バイトしたい、バイトしたい」とうるさい。「いったい、どんなバイトするつもり?」「ショップ。たとえばレンタルCD。一日中、音楽聞いててお金もらえるんやから、いいわ〜」「そんなん甘いわ。仕事は何にせよ、大変やで」「そうやろ。そういうことを社会に出て学びたいんや。勉強になるやろ」「それはそうやろけど、部活やってる限り、無理ちゃう?」。大人の助言をそのまま受け入れるのが嫌で、酸いも甘きも、何事も自分で体当たりして学びたいという人生に対する姿勢は、自分の若い頃そっくりなので、彼の気持ちはよくわかる。遠回りで効率悪い人生だけど、人を恨むことなく納得いく人生を送れるだろう。進路に関しても、彼は試行錯誤。頑張れ、息子よ。(村本邦子)

7月15日(木)

高校時代の友達から、珍しく暑中見舞いのはがきが届いた。うれしいことだ。その中にこんな件があった。“恋のから騒ぎ”と言う番組があるが見たことがあるか?と。彼女曰く、その参加者の一人が私に似ていると言うのだ。「やった〜」と思った。なぜなら私は、昔から「〜に似ている」から始まり、「知ってる人に似ている」「どこかで会いましたよね」「何か知ってる」等ととよく言われたのだ。そして、芸能人に似ていると言われない限り、どんな人に似ていると言われているのかも分からない。若い頃は『ありふれた顔なんや』とがっかりもしたものだ。それが今回は見ることが出来るのだ!話し方や雰囲気は違うが、顔が似てるのだとか。その人を見るといつも私を思い出すのだとか。へぇ早く見てみたい〜。誰かに似てるって、いいこともあるなあ、ワクワク・・・(森崎和代)

7月14日(水)

今日は娘の懇談。最近は、「何着ていくの?○○の髪型したら?」などと注文がつくのだが、前後の用事との兼ね合いもあるので、自分なりに娘の希望を汲んで(どうやら若々しい格好をして欲しいというように理解した)、着るものを選んで行ったが、「そのピンクはちょっとやりすぎや」とクレイムがついた。お洒落な娘の要望に応えるのはなかなか難しい。
 中2ともなると、学校は、勉強について、かなり厳しいことを言い始めるようだ(確か上の子の時もそうだった)。私はのびのび子育て派なので、結果、勉強する習性のない子どもたちを育ててしまったが、娘は、最近、ちょっと「勉強しないとあかんかな」と思い始めているらしい(兄が反面教師か!?)。それで、今回は、試験前、いつになく勉強していたようだが、成果はあがらず(何しろ慣れてないことやってるからなぁ・・・もう少し要領を覚えないと)、オマケに懇談で厳しいことを言われて、しょげている。何だかかわいそう。「お母さんとして何か心配なことないですか?」と問われたが、「いつも楽しそうに機嫌良く学校行って、生活してくれているので、それだけで十分です」と答えておいた。担任はとても良い先生なので、性格の良さをフォローし、励ましてくれたが、現実は厳しいなあ。(村本邦子)

7月13日(火)

不調の時には、周囲の皆が心配して、あれこれ声をかけてくれるのが有り難い。今日は、整骨院の予約まで入れてもらって、仕事と仕事の合間に駆け込んだ。初体験。変わった機械がいろいろあって、面白かった。「女性もこの位の年齢になると、ホルモン・バランス崩れるし、気持ちが若くて無理ばかりしていると大きく体を壊しますよ」との助言に、そうか、そんなことを言われる年齢なのかと改めて自覚する。そう言えば、今朝も若いスタッフに、「年齢的にも」と言われたっけ。百歳まで生きるつもりでいると、まだ人生半分も来てないから、どうしても、まだ、「ひよっこ」気分なのだ。とにかく休暇を取って仕事から離れるよう言われたので、「ダイビングに行くつもりです」と言うと、「それは、是非、行ってきなさい」と、かなり強く勧められた。ウッシシ・・・お墨付きをもらって、これで堂々と行けるな。しばらく、毎日通うことになりそう。年齢を自覚する良い機会かもしれない。(村本邦子)

7月13日(火)

「7と13」私はこの数字の並びが好きだ。美しいとさえ思う。なぜなら7月13日は、私の誕生日だから〜って喜ぶ歳でもないのだけれど・・・でも、「7月13日」好きなのだ。
 一昨日から急に気力・体力・脳力が低下して沈んでいた。な〜んにもしたくない。例えると、どろどろの泥になった感じ。どろ〜んとしてべた〜っとした状態。ときどき私はこんな風に泥になるのだけれど、今回誕生日が来たせいか早く蘇った。昨日の夕方辺りから、どろどろの泥が少し形になってきた。そして今朝、ピッキ〜ンと泥から抜け出た。よかった!(森崎和代)

7月11日(日)

バリ舞踏のリハーサル。ここのところ忙しくて、また、しんどくて、それどころじゃなかったが、だんだんヤバくなってきた。上手・下手の問題よりも、まだちゃんと覚えてないところがあるというのがまずい。それでもリラックスしているので(!?)、「度胸があって笑顔だけは良い」と誉められた。が、娘からは、「その緊張感のなさが向上を阻んでいる」と指摘されている。そのとおり!それでも、上級者や先生の踊りを見ていると、素晴らしさのあまり、「よ〜し、頑張るぞぉぉぉ」とやる気が沸いてくるのは不思議なものだ(だいたい、私は、何でも見て感動すると、自分もやってみたいという気持ちが高まる)。あとは、この気持ちを維持するのみだ。(村本邦子)

7月10日(土)

兵庫県養護施設協会「わくわくチャレンジ・キャンプ」のためのスタッフ養成講座で「逆転移と代償性トラウマ」の講義をする。会場は新しい「こころのケアセンター」。初めて行ったが、どうにもアクセスが悪い。タクシーに乗ると、運転手さんが、「こころのケアセンターっていったい何してくれるんですか?」「仲間たちとこの前も話していたんだけど、どうにも納得いきませんわ」などと不満をぶちまける。私も良くは知らないが、スタッフの人たちを知っているから、きっと真面目にやっているはずだと思う。運転手さんの立場から、何がどんなふうに不審なのか、何とか理解したいと思ったが、本当のところ、よくわからなかった。ひとつには、「重傷の人は来れませんわ」ということがあったように思う。タクシーの運転手さんたちが「こころのケアセンター」というものに強く反応しているという事実は、それなりに物語るものがあるだろう。「運転手さんとこも大変だったんですね」と問うと、「そりゃ〜、一瞬にしてすべてパーでしたわ〜」と。きっと、大切な人や大切なものを失ったのだろう。「お宅は?」と聞かれたので、「私は大阪、マンションの15階で激しく揺れて、本棚5つ倒れ、娘が下敷きになりました。幸い怪我はなかったですけどね」と答えると、「お嬢さんに何かスポーツをさせなさい。目をつぶらないスポーツを」と勧めてくれた。「人間、目をつぶったら終いですわ。目を開けていてこそ、飛んでくるものも避けられる。目をつぶったらあきませんわ」「格好悪い話ですが、あれから、ゴキブリの足音にも目が覚めますわ」「こうしてタクシー走らせてる時は、まだ和めますけど、寝てる時にはねー」などと語る。「あなたも気をつけて。目をつぶらんように」と心配して降ろしてくれた。「ありがとう。そうしますね。運転手さんもお元気で」と別れた。まだまだ震災の爪痕は痛々しい。今も、まだ、安心して目をつぶることができない運転手さんのことを思うと辛かった。(村本邦子)

7月9日(金)

激しい疲労感のピークは2日で過ぎたようだが、弱っている時に、この暑さはこたえる。よく夏バテって言うけど、正直なところ、私は、これまで、夏バテってどんなものかよくわからずにきた(暑い時には冷たいスイカやかき氷をたんと食べてニコニコ)。息子も熱中症になりかけか、3日間、熱が上がったり下がったりを繰り返している(この暑い中での柔道は並大抵ではなかろう)。それでも、自分でちゃっちゃと病院に行き、熱さまシートやアルカリ飲料など買ってきて、休みつつ(ここまでは感心だ)、ラップに励んでいる(これが・・・)。クーラーを使わせてくれないので、他の家族は暑くて汗をふきふきご飯を食べている。明日から雨が降って、少し涼しくなるらしい。期待!(村本邦子)

7月8日(木)

きのうあたりから、激しい疲労を感じている。ようやく肩の荷を降ろせたということのようだ。しんどいが、回復の第一歩と捉えることにしよう。周囲からは、なぜか、「大変だったのに全然やつれてないね」「顔色はいいですね」と言われて、嬉しいような悲しいような・・・。とにかく、主観的しんどさに合わせて、仕事の合間を見つけてはせっせと休養を取ることにしよう。(村本邦子)

7月7日(水)

今日は七夕。短冊に“コマなし自転車に早く乗れますように”“算数でいい点が取れますように”との願いを書き、パンパンと手を叩いていた子どもの頃の自分を思い出した。うちの子どもたちが小さかった頃もそうやってしていたなあ。折り紙を切って飾りも作ったな〜そういえばいつからやめちゃったのかな?とふと考えたのは、近所の店先で大きな七夕飾りを見つけたからだ。オーナーとお孫さんらしき女の子が、笹に飾りを結び付けていた。色とりどりの七夕飾りは昔も今もそう変わらない。風に揺れる七夕飾りを見るとなんともいえない懐かしい気持ちが蘇った。(森崎和代)

7月6日(火)

今日、折り返しの終電始発駅の阪急電車に乗っていると突然清掃のおじさんに声をかけられた。「えらい涼しそうな顔してるなぁ〜」<ええ?そうですか・・・っ>と不意を討たれてビックリしている私に「暑いって何処があついん?!てかんじやぁ」と・・・。<そっそんなことないですよ。今日はほんとに暑いですものね。暑いですよぉ>と答えると「そうかぁいやや涼しそうやぁ」と笑いながら去っていった。どうやらわざわざ?私にそれを言いにやって来てくれたようだった。
その会話の後は何ともいえない不思議な感じが残った。『声をかけられたのは、乗り込んで間もなく、暑くて上着を脱いだばかりだったし・・・。ようやく落ち着いて冷たいコーヒーと菓子パンを食せると思っていたときだったからご機嫌で涼しげにみえたのかな?それとも、すました顔をしているという事だろうか・・・。』何はともあれ知らない人に話し掛けられるのは久しぶりで、悪い気はしなかった。思わぬ心の波紋が微笑みにかわっていたりする。そういえば私は昔からよく知らない人に話し掛けられる方だった。しかし、最近はそういう機会がめっきり減っている。気安く心を許せない事が多い世の中だけど、赤の他人として線を引いて生きていくより、やはりどこかでちょっとしたことを機に手を振ったり、呼応し合える関係があるといいなぁ。(おだゆうこ)

7月6日(火)

梅雨とは名ばかりですっかり暑くなったが、半月振りに朝の散歩にでかける。稲苗たちは幼稚園の年中さんぐらいに成長していた。ほんとうに『幼稚園行けるやん』と思ったのだ。この感覚、擬人化はなんだろう?やっぱりちょっとへん?と思いつつ歩いていると、とても自然界のものとは思えない色が目に飛び込んできた。それはまだ柔らかな黄緑色の苗の足元辺りにあった。色はショッキングピンク!あっちにもこっちにも・・・正体は知っている。これは、ジャンボタニシの卵。でも、何のためにこんな目立つ色をしているんだろう?気持ち悪いぐらいとてもとてもグリーンにピンクが映えるのだ。娘に話すと「毒々しい色して身を守ってるのと違うの?」そうかも、でも命を懸けて「どうだ!」って感じで存在感出すのは勇気がいるよなあ〜すごいなあ〜(森崎和代)

7月6日(火)

長かった研究交流も終わり、午前中、ハーベイさん夫妻と最後のミーティングを持ち、空港行きシャトルに乗せて見送る。大きな責任を果たしてようやく肩の荷がおろせるという思いと同時に、一緒に旅行したり、苦労(?)を共にしたりもしてきたので、何だか、名残惜しいような寂しいような。ハーベイさんは、基本的に、私と共通点が多く、陽気で、一緒にいて楽しい人なのだ。研究交流という意味でも、有意義な一ヶ月だった。きっと、今後も継続して共同研究をしていくことになるだろう。でも、その前に、しばし自分に時間とエネルギーを与え、あちこちガタのきている部分の修繕とパワー回復を目指さなければ。(村本邦子)

7月4日(日)

今日は臨床心理士会被害者支援研修の分科会講師。臨士会の研修も会を重ね、進歩してきたのかなと評価する。全体的に面白かった。それに、きのうはちょっと落ち込んでいたけど、今日は、村瀬嘉代子先生に、「忙しくなるにつれ、どんどん若くなるわね」と言われ、ちょっと気を良くする(かつては老けていたってことかもしれないけど)。それにしても時代も変わったものだ。(村本邦子)

7月3日(土)

面接を終え、ドーンでのハーベイさんの講演会に出席した後、大急ぎで奈良へ。明日の打ち合わせで、そのまま奈良泊。たまたま宿泊のホテルに温泉とマッサージがあることに気づき、天の恵みとばかり予約する。打ち合わせ会議もそこそこに、こちらもクタクタになるほどマッサージしてもらうが、ついに両肩の凝りはほぐれなかった。「この凝りは相当根が深いですね」と言われ、ついでに、学会初日から出ていたストレス性発疹(と思われるもの)もひどくなっていて、肝機能が低下している可能性が高いから病院へ行った方が良いと言われてしまった。主観的には人一倍、体のケアとコントロールをしているつもりだったのに、思った以上に体の負担を無視してきたことが悲しい・・・。100歳までも長生きしたいのに。とにかく、火曜日の晩になったら時間ができるから病院へ行くことにしよう。(村本邦子)

7月2日(金)

夫が運転してくれるというので近所の温泉へ。まだ、自分で行くほどの元気はないが、連れて行ってもらえたら、お湯につかるだけの主体的エネルギーは回復した。体を伸ばしてリラックスする。晩ご飯も済ませた。息子のみ、「試験中だからやめとくわ」と留守番。宿題もない学校なので、高校生になって1分1秒も勉強している姿を見たことがないが、一応、試験中は勉強するものだとの自覚はあるのだろうか?と、首をひねりながら帰宅したが、ドアを開けるとラップがガンガン鳴り響いていた。やっぱり・・・。(村本邦子)

7月2日(金)

近所の人が息子を褒めてくれた。夕方、彼女の小学2年生の息子さんとバトミントンをしていたらしいが、褒めたり励ましたりしながら根気強く相手をしていたらしい。話を聞いた私はうれしくなってそのことを息子に伝えた。すると「チェッ」と舌打ちして「そんなんはいちいち言わんでいいねん。お母さんもこれから僕が何かするたびにいちいち助かったとか言わんといて」と、ご立腹のようす。「当たり前のことやから言われたくないの?」と聞くと「もうええねん」「・・・・・」「わかった、これからは一人で喜んでおきま〜す」と答えた。幕を引くように、褒めておだてて育てる時代は終わったようだ。(森崎和代)

7月1日(木)

近くの神社からせみが1匹鳴いているのが聞こえる。今年は雨も少ないし、例年よりちょっと早いかな?それにしてもせみって、土中で幼虫として6〜7年暮らし、成虫になって地上に出て1〜2週間で死んでしまう。こんな自分の人生をどう思ってるねんやろう?土中と地上どちらがせみの人生なのかな?(森崎和代)

7月1日(木)

学会終了後の疲労困憊が甚だしく動くことができないでいる。じっと横になっていても緊張が激しくて眠ることもできず、アロマを焚いたり、リラクセーション系の音楽をかけたり、努力&努力。動作法は主体的リラクセーション、温泉やマッサージは受動的リラクセーションだが、温泉すら「主体的」と感じてしまう(エネルギーが必要)。ようやく、今日は、少し眠ることができるようになったが、まだまだ芯から疲れていて、回復まで当分かかりそう。必要な仕事は片づけなければならないし、この週末はかなりハードなので、だましだまし乗り切るとしよう。学会では、何人かに「倒れないでよ」と声をかけられたが、私は、何事も、倒れるまでやるつもりはない。しかし、それにしても、問題は「どこまで頑張るのか?」である。普段は80%としても、私は、やはり、ここぞという時は120%頑張ってしまう。月曜、団さんとしゃべっていて、団さんは、どんな時でも、しんどいほど頑張ることはないという。本当にマイペースの人だ。そんな人もいるんだなあと思う一方、でも、私はそれはできないなと思う。120%頑張る時があって、満足もひとしお、向上もするから。それにしても、今回の疲労度は人生最大だな。120%が長く続いたし。柄でもなく、高価なサプリメントまで買ってしまった。(村本邦子)