2004年6月 (スタッフの日記バックナンバー)

6月28日(月)

私たち友人夫婦のホフマンさんがニューヨークから来日しており、今夜は、立命館で講演してくれるというので、昼間、観光案内をする。大徳寺で精進料理。講演は至高体験(peak experience)について。至高体験こそが、創造性の源であり、精神的健康をもたらすのだと。マズローによれば、アルコール・薬物依存の人たちはこれが欠けているという。鬱の場合も。フロアから学生が、「至高体験を一度も経験したことがないけれど、どうしたら良いのか?」という質問があったので、私も、以前より聞きたくても恥ずかしくて遠慮していた質問をしてみた。「私は、反対に、至高体験がしょっちゅうあるけれど、これで良いのだろうか?あるいは、定義が甘いのだろうか?」と。笑いをとるつもりではなかったのだけど、会場からかなり笑いがわき起こった。団さんからは、「ただの嬉しがり」と言われてしまったが、日常にある感動や幸福感とは違う至高体験というものがある。なんて言うか、「もう死んでもいい!」というような深い満足の体験なのだ。あちこちから突っ込みが聞こえてきそうだが、自分が創造的で健康なのだと理解することにしよう。(村本邦子)

6月27日(日)

学会を無事に終了することができた。いろいろと困難はあったが、結果的には、まずまずの成功だったと思う。何より、ゲストのハーベイさん、オリバーさん初め、たくさんの方々が喜んでくれたことが嬉しい。たくさんの人々の暖かいサポートも受けた。その人たちも、たいへんだったけれど、やり遂げたことを喜び、満足してくれただろうことに感謝したい。この仕事だけは、柄にもなく、滅私奉公と思ってやった。悪い意味ではなく、文字通り、「私」をなくし、「公」に身を捧げたという感じ。だからこそ、多くの人たちに喜んでもらうことが、一番の報酬。ある程度の年齢になれば、こういうこともやらなければならないのだろうと思う。これまで、こうやって誰かのお世話になってきたのだから。たくさんの人たちの助けを得て、何とか責任を果たせたことに安堵している。トラウマ理解と、コミュニティに根ざした被害支援について、今回得た収穫を、今後、さらに発展させていきたい。かなり無理を重ねてきたので、まだ事後処理があれこれ残っているものの、しばらくは体調を整えなければ。今日は、学会で使った大きな花スタンド、ボランティアスタッフで分けてもまだまだたくさん余って、捨てるというので、残りを全部もらって帰ってきた。お風呂にバラの花びらを一杯に浮かべ、バラのエッセンスを加えて、優雅なフラワーバスを楽しんだ。(村本邦子)

6月27日(日)

今日は娘の16歳の誕生日。夕方ふと娘がつぶやく「お父さん誕生日覚えてへんよなあ」
『へえ〜、友達にあれだけメーッセージもらってても、お父さんのことが気になるんや』「忘れてへんと思うで」と私。「忘れてるって」と娘。夜電話が鳴る「え〜〜覚えてたん?!。うんうん・・・・ハハハ・・」と大きな声。聞いてみると「大事な娘っ子の誕生日、忘れるはずないやん。って言うてたわ」とうれしそう!夫もたまには良いこと言うやんか!と見直した。いくつになっても「たいせつな子」というメッセージはうれしく大事なものなのだ。それは、大人になった私たちにも。(森崎和代)

6月25日(金)

いよいよ学会1日目。今日はワークショップで、トラウマからの回復とレジリエンシーをはかる多次元尺度MTRRを使いながら、トラウマの影響と回復についての理論的枠組みを学ぶというもの。多分に専門的内容だが、とても内容の濃いものだった。参加者によってはちょっと難しかったかもしれないけど、トラウマ、とくに、長期反復型のトラウマ・サバイバーに関わっている人たちには、新たなモデルを提示し、具体的でとても役に立つものだったと思う。裏には数々のハプニングと、私を含めスタッフたちの涙ぐましい努力があるが、泣いても笑ってもあさってまで。頑張ろうっと。(村本邦子)

6月25日(金)

朝から大阪へ講師の仕事。大阪生まれ大阪育ちだった私は今ではすっかり奈良の人。今朝は、乗り継ぎで切符を会うのを手間取った。しかし、雨のため電車が少し送れてたので、ラッキーした。今後はカードを買うようにしようと思う。こうして時々日記を書いているが、これがどうして結構時間をとっている。こんなに短い日記なのに・・・。今日は早く書けた。なんのこっちゃ。(森崎和代)

6月23日(水)

このごろ眠くて仕方がない。外から帰ったらちょっと寝る。夕食後はやたら眠い。牛になりそう・・・。食後しばらくうたた寝をして、9時すぎごろから時には10時ごろからだらだら片付ける。お風呂に入り、今日は早く寝ようと思いつつ遅くなる。朝は5時ごろ目が覚め、うとうとして6時前に起きる。もともとよく寝るほうだが、子どもの学校やクラブなどで土、日も早く起きるからか?やっぱり歳のせいかなあ?そういえば、ここ2年ほど前から疲れやすくなったと思う。でも、やりたいことは減らしてない。まだまだ元気な証拠。牛になってもいいから、寝れるときは寝ようっと。(森崎和代)

6月23日(水)

ドーンセンターで、太田知事との「100人ミーティング」に出席。1回に20人ほどの女性の生の声を聞いて政策に反映させるとの企画。今日は初回で、いったいどんな会になるのか見当がつかなかったが、草の根で頑張ってきた女性たちがさまざまなバックグランドから政策提案をしていくという進行は、それ自体、とても面白かった。知事とのミーティングという意味では微妙なところもあり、まずまずといったとこか。それでも、熱心に1時間半耳を傾けてくれたことは評価に値する。太田知事によれば、大阪を含め出生率の低い3県が女性知事なのだと。「何かあるんでしょうけど」と言っていたが、理由は簡単だ。要するに、それらの県は女が男並みに働くことが可能となった地域であり、男並みに働くことは子育てに関わらないということを意味しているというだけのことである。女が男並みに働ける社会が良いのではない、同時に、男が女並みに子育てに関われる社会でなければならないということだ。(村本邦子)

6月22日(火)

グループ・アプローチの授業の演習で、今日は "What is Work?"のグループワークをやる。毎年やっているが、これがなかなか面白い。自分が思いこんでいる仕事へのイメージや仕事観がどのように形成されてきたのかを分析し、他の人たちと共有することで相対化していく。最後に、新たな仕事観を創造するというもの。とくにジェンダーとの絡みがおもしろい。と思っていたら、娘の総合学習の宿題で、仕事についてのインタビューを受け、夫と比較したりして、考えさせられた。・・・結構満足して働いているが、ここ数日、肩、首、背中が痛くなってきている。身体言語はおもしろいもので、仕事の荷が重すぎるとこのような状態になる。あと、もうちょっと。(村本邦子)

6月21日(月)

今日は、朝から暴風警報で学校が休みと子どもたちが浮き足だっているなか、ひとり出勤。カウンセリングは、警報が出ても来られる方が圧倒的多数なので(交通機関が麻痺しない限り)、どんな状況でも、何とかして事務所にたどり着ける限り出勤することにしている。午後からは大学、3時に解除されれば晩の授業があるので、いずれにしても京都に行くつもりで準備していたが、結局、解除されず、全休講となった。待機状態でスタッフたちと、あれやこれや無駄話も含めおしゃべりができて、学会前の緊張が緩んでホッと一息つけた感じ。似たような状況にある人のメールに「恵みの台風」との表現があり、本当にそうだと感じ入る(もしも何か被害が出ていたらごめんなさい・・・)。(村本邦子)

6月21日(月)

早朝から、別に見たくはないのだがゴルフ番組をつけていた。というのも、近畿地方の台風情報を流していたから。警報が出るか出ないかで、子どもたちの今日の運命が決まる。「ピピピピ・・」という度に「出たか?」と、身を乗り出す子ども。「何で奈良だけ警報出えへんの?」「周り全部出てるのに、奈良だけ台風来えへんのんか?なにかおかしい!教育委員会が圧力かけてるのん違うか?」「奈良は安全な所ということや、だから都が長い間続いてん」・・・結局警報は発令されず、娘は大騒ぎの末お弁当を忘れ登校。息子は、警報は出たものの南部だけだったので「おしいなあ!」と言いながらしぶしぶ登校。昼前やっと?警報が出たらしい。「一斉下校で、バス停人があふれてたから歩いて駅まで行ったわ!」娘は強風で傘もさせずびしょ濡れになりながら歩き、電車に乗り帰宅したらしい。家にいるときに警報が出ると自宅待機。これはわかる。学校にいるあいだに警報が出ると、警報発令の中家に帰るというシステム。これって結構危ないんじゃないの?警報って何?(森崎和代)

6月20日(日)

長かった研究交流旅行も終わり、今夜、湯布院から帰ってきた。ちょうど台風から逃げてきた形で、ありがたいことにずっと良いお天気だった(私は晴れ女なのだ)。6時間の道中、ずっと、ハーベイさんと学会の打ち合わせや今回の研究交流の成果報告について相談していたので、あっという間だった。疲れて帰ってきたが、充実していた。明日から仕事といよいよもって学会準備の大変さが極限を迎えるので、何とか元気に乗り切らないと。(村本邦子)

6月19日(土)

午前・午後と福岡でハーベイさんの講演会。最後は湯布院に足を延ばす予定で、夕刻、列車に乗り込むが、1時間もしないところで、事故で列車が止まってしまう。単線だし、田舎で人手もなく(運転手1人、車掌1人)、情報もまったく入らないまま3時間、列車に閉じこめられた。こういう状況になると、まったく、運命共同体で、臨時のコミュニティができるから面白い。JRには何もできないというので(都会では考えられない)、東京から来たおじさんと、タクシー会社、もしくはレンタカー会社と交渉するなど何か良い方法がないかと、あれこれ案を練る。台湾から来たグループとも国際的な会話(?)がはずむ。彼らは、多くの乗客が抗議もせずに黙って待っているのが信じられないという。最終的に、私は、湯布院の旅館から高速で片道1時間半の道のりを車で迎えに来てもらうという交渉に成功し、夜中前に宿にたどり着く。消耗はしたけれど、明日は仕事がないので気分的には余裕があり、プロセスを楽しんだ。いつも思うけど、余裕がある時の道中のハプニングは面白い経験だ。(村本邦子)

6月19日(土)

このところ朝から出かけることが多かったので、今日は久しぶりに朝の散歩を楽しんだ。暑いとはいえ、まだまだ吹く風は心地よい。住宅地を抜け田んぼに入る。すっかり田植えも終わり、か細く頼りなげだった赤ちゃん苗が、少ししっかりして立っていた。「元気そうでよかった。ちょっと大きくなったねえ」思わず声をかける。お天気も今日までか、台風が来ているらしい。空気が湿気を含み、どんよ〜り重くなってきた。あ〜苦手な季節がやってくる。(森和代)

6月18日(金)

ハーベイさんの希望で、三菱造船資料館まで行って、造船の歴史を調べる。おそらくおじいさんが関わったであろう船に行き着く。長崎駅前で戦争反対の署名とカンパ。もっとも若い被爆者(つまり0歳で被爆)ということで、少しお話を聞かせてもらう。「あの地獄を体験した人たちは語れない。言葉を越えた体験だから」と。今の流れから、第三の広島・長崎の日が近いと感じていると危機感を語る。(村本邦子)

6月17日(木)

今日は長崎へ。平和資料館と平和公園。長崎には中学の修学旅行で来たな。あの頃を思い出して懐かしい。昔来た時は、資料館はなかった。広島と比べると小振りだが、被爆者の証言ビデオ、とてもパワフルだった。ハーベイさんのおじいさんが造船の技術を教えるために、今から100年以上前に長崎に住んでいたという。明日は出島を見て、講演会のために博多入りする。(村本邦子)

6月17日(木)

ありがたいことに、梅雨の晴れ間が続いている。朝夕さわやかでうれしい。昼間暑くたってこれなら許せる!しかし、この時期“いつまで続くか分からない”という気持ちが働き、洗濯に忙しい。気持ちよく乾くし、ついつい洗ってしまう。洗うときはいい、洗濯機がやってくれるから。しかし取り入れる時、この後の作業を思い後悔する。そして次の日、お日様につられまた同じことを繰り返す私。(森崎和代)

6月16日(水)

ハーベイさんとともに研究交流旅行。今日は広島の平和記念館へ。トラウマの視点から、さまざまな展示や証言ビデオを見る。ここには何度も来ているが、少しずつ展示内容が改善されてきているようだ。今夜は宮島に宿泊、明日は長崎へ行く。(村本邦子)

6月15日(火)

久しぶりにドイツで一緒だった友人に会った。(12〜3年前2年間夫の仕事で滞在した)最近帰国した彼女は、通算15年間(4カ国)の海外生活だったと振り返る。海外で子どもを生み、育て、それなりに大変だったものの日本の生活の「重さ」に驚き、疲れていると言った。人との距離間が分からない。懇談会に出れば、余りの率直さに周囲から浮いていると感じる。「面白い人」といわれ不安になる。今まではなかった、よその子との比較。「言わなければよかった」。「あんなことしなければ良かった」と悔やむ自己嫌悪の日々。「まだ、人との関係になれていないだけやん。」と、もう1人の友人が言った。今まではさまざまな国の人たちとうまくやってきた彼女。しかしこの社会ではまだ1年生、初心者なのか?生まれ育った国なのに。ありのままでいられない人間関係。子どももおとなもしんどいなと思った。(森崎和代)

6月14日(月)

今日はお昼休み、立命館職員女性部の学習会に招かれて、ストレスマネジメントの講座をやった。終わってから担当者たちといろいろ話をしながら昼食を取ったのだけど、立命館のさまざまな面が見えて面白かった。職員向けのニュースなどを通じて、立命館というのは、組織として面白いなと思って見てきたし、個人的に関心のある取り組みもいろいろあるので、かねがね関心を持ってきた。「特別契約」という宙ぶらりんの身分でいるからこそ見えるところも多い。女性の立場から見ても面白い組織なのだ。今後、さまざまなおつきあいが拡がりそうで、楽しみ。(村本邦子)

6月13日(日)

子どもたちは2人とも早朝から試合に出かけた。娘は、集合時間がナント6時45分。えらいこっちゃと5時前に起き、5時59分の電車で集合場所へ向かった。7時過ぎメールが入る。「いつもあるはずの電車が運休で8時まで電車がないらしい・・・間に合うのかな・・・」って、行き先を聞いてまたまたびっくり!家からでも30分もあればいける駅名。何やってんのん!と思いつつ、急いでパソコンで検索「8時35分には着くよ。でも、これやったら8時に出ても間に合ったな」30分で行ける所に2時間半もかけ、250円で行けたのに900円も払って・・・これも青春やねえ〜(森崎和代)

6月11日(金)

午前中は大東市に、夜は箕面市に講師に行く。あいにくの雨模様だったのに、頑張って参加していただいた皆さん、ありがとうございました。帰り道、あんまり風がきつくて飛ばされそうになる。おかしいなー、そんなヤワではないのだが。帰宅して「あ〜疲れた!」と、ゴローン。ヤワではありませんが、グータラではあります(笑)。(津村 薫)

6月11日(金)

メアリー・ハーベイさんがきのう来日。これから1ヶ月の滞在。空港にお迎えに行って、今日は、観光案内をした。悪天候なので、有馬で温泉に入り、精進料理を食べた。珍しいので、とても喜ばれた。明日からは関東へ講演旅行。来週は九州へ講演旅行だ。相変わらずエネルギッシュで陽気な人だ。私たちにとっては、一人の女性として、良いモデルである。充実した日本滞在をしてもらえるようお世話役と学会準備をこなしながら、日常の仕事を続けなければならないのは正直、ハードだが、学会を引き受けるのも一生に一度と思って頑張っている。(村本邦子)

6月10日(木)

娘はこのごろ食欲がない。クラブを終えて帰宅すると8時から8時半。疲れて食べる気がしないのだとか。"これなら喜ぶか”と思って作っても残す。朝も早いし寝不足気味なのも気にかかるなあと思ってぼんやり娘を眺めていると、なにやらうれしそうに指で数字をあらわしている。「?」「減ってん、減ってん2キロ!」指であらわしたその数字は私の体重を超えていた。大きくなったもんだ。「違う1キロや!こんだけしんどくて、食べへんのに痩せへん〜」と叫ぶ娘。まだまだ元気と体力はありそうだ。そして、そんな娘を可愛いと思った。(森崎和代)

6月10日(木)

講師がない日は、ひたすらにレジュメを作成し、内容準備をする日になる。一心不乱に作り続けて(笑)、今日はいくつ出来ただろう・・・・5件分だ!へとへとだけど、「あ〜、頑張ったな」という気分。ふっふっふ、たまにはやるじゃないの、私も。←自画自賛。(津村 薫)

6月10日(木)

息子は、最近、自分の選択を後悔しているらしい。聞いてみると、いくつか理由があるようだが、これも人生勉強だろう。かわいそうだけど、後悔できる、あるいは、それを表現できるということはとても良いことだと思う。「とにかく、せっかくなんだから、もう少し頑張ってみなさい。どうしてもダメなら、いろいろな選択肢があるから」と励ました。頑張っているうちに、新たな意義が見いだせる時が来るかもしれないし、自分についての新たな発見があるかもしれない。何事も勉強、新しい学びがあれば、一歩前進だ。(村本邦子)

6月9日(水)

日本メンズファッション協会などが主催して、「最もステキなお父さん」に賞を贈る「ベストファーザー賞」の今年度受賞者が決まった(本日付読売新聞朝刊)。受賞者の一人である俳優のインタビューをテレビで見た。どのような方針で子育てに関わってきたかを話している。「家族の一員として、できる家事などを協力させる」「挨拶がきちんとできる子どもに」などなど・・・用事をしながら耳を傾けていたら、「口ばっかりだと思われるといけないので、時々は手をあげる」という発言が出てきて「エ〜ッ?」。愛の鞭をよしとする発想は、子育ての現場でも依然として根強いが、子どもに手をあげないことは、「口先だけ」という認識なのかと、しみじみ不思議に思う。今日は大東市で講師。(津村 薫)

6月9日(水)

数ヶ月ぶりに美容院に駆け込むことができた。実は、この前の髪結いの講習で、前髪を上げたら白髪だらけで泣きそうだった。当分、また行けないだろうから、今のうちにと、来月のバリダンス用に髪を黒くし眉を細くした。ちょっと印象、変わったかな。(村本邦子)

6月8日(火)

いよいよ学会まで3週間を切る。あさってには、メアリー・ハーベイさんが来日。学会のハード面・ソフト面での準備、ハーベイさん1ヶ月滞在中のスケジュール調整はじめ、お世話など、いよいよ忙しくなる。膨大な量の翻訳も、たくさんの方々にお手伝い頂いて、ほぼ完成。今のところ、万事順調に進んでいるが、これからが大変だ。今年は人様のお世話役ばかりで月日が過ぎていく。この年齢になれば、公の仕事をする責任があると感じるし(若い時には、そうやって先輩方の世話になってきたのだし)、それなりに意義も喜びも見いだせるのだが、本来、自己中の私には、ちょっとバランスが悪すぎ。内藤和美さんの理論じゃないけれど、きちんとケア役割を果たすためには、並行して、自分のことにエネルギーを注ぐ必要がある。かなり努力しているが、どうしても無理がある。学会が終わるまではやむを得ないけれど、一仕事終えたら、自己中エネルギーを取り戻す(?)時間を取らないと、病気にでもなりそうだ。長生きしたいからな〜。(村本邦子)

6月8日(火)

今日はナント19回目の結婚記念日だ。早いものだなあ〜。子どもがいくつの頃からか、2人で出かける唯一の日になっていた。が、今年は単身赴任でいない。残念!ちゃんと結婚記念日覚えてるかな?あえてメールはしなかった。すると来た来た!メールを見ると朝10時ごろ。「結婚記念日でした。ご苦労様です」?????。冗談なんだか、本気なんだか(笑)そうそう、こういう人なんだ。末永くよろしく!(森崎和代)

6月8日(火)

日曜日に図書館から、8冊本を借りてきて、ずっと読んでいる。面白くて夢中になっている本もあるのだが、年報の原稿のためなので、読書を楽しんでいる場合ではなく、早く読み上げてしまわなくては。同行した娘は手話の本を借りていて、本を見ながら、「あなたの 家族は 何人 ですか」などと言いながら、忙しく手を動かしていて面白い。今夜はうまくすれば夫が帰れるかもしれない予定。最終の新幹線に間に合わなければアウトなのだが、その場合は明日の朝帰阪して、本社に顔を出して、そのまま名古屋に戻らなくてはならないらしい。後者になった時はどこかで待ち合わせてデートしよう、ということになっている。家族なのに、こんな大変な思いをして会うなんて、とブツブツ言いたくなるが、こんなに頻繁に会えない距離で単身赴任をしているご夫婦は、私たちの比ではないほどつらいだろうな。(津村 薫)

6月7日(月)

午前中は熊取町、午後は岸和田市に講師に。晴れているのに、ざーっと雨が降ったり、カラッとしたり、夜は蒸し暑かったりして、ヘンテコな天気だったなあ。洗濯物が乾かなくて困るこの季節がいよいよやってきたなあ。食べ物の傷みも早くて困る時期でもある。この季節は子どもの頃から憂鬱で(外で遊べない、自転車に乗れないなど)ぶつくさ言ってたけれど、「雨が降らないと困るでしょ」とよく母親に言われ、「それもそうだ」と思ったものだ。あまり成長がない私(涙)?(津村 薫)

6月6日(日)

今日は、朝から晩までバリダンスの講習会で、へとへとになって帰ってきた。化粧、髪結い、衣装の着付け。私は、これまで、化粧に興味を持ったことがなかったので、まったく技術のない子ども状態。ほんのちょっとしたことで、顔がどんなに違ってくるかは、昔、よく、ぬいぐるみや人形を作っていたから知っているが、しかし、自分の顔をどういじれば、どう変わるかということに関心を持ったことがなかった。色の濃さやシャドーをつけることで、顔の形を丸く女らしく(私の顔はどちらかと言えば男顔らしい)。う〜ん、難しい。髪結いも適当、早いのだけが取り柄。先生から、「結構うまいんだから、もっと丁寧に細かくやれば上手にできます」と言われてしまった。着つけは結構、手早くうまくやれた。長い帯を胴にグルグル巻いていくのだが、昔、着物は来ていたから、手慣れている。私には、なぜか、「少しでも美しく」という向上心が欠けている。だから、芸術家には向いていない。だいたいできてれば、たいがいたいがいで良かろうという方なので(たいして変わらへんという思いもあるし)、すぐに妥協してしまうのだ。改めて、舞台にかける人々のエネルギー量を垣間見、圧倒される思いだ。たまにはいいか。(村本邦子)

6月6日(日)

借りていた本を10冊抱えて、返却がてらドーンセンターの情報ライブラリーへ行く。娘もバイトに雇って同行(笑)。普段は行動を共にすることは殆どないけれど、金欠らしいので、利害が一致したという訳だ(笑)。本を返して、パソコンで本を検索し、それを探してくるという作業を手伝ってもらった。自主的に図書館に行って勉強したという体験もないので、新鮮だったよう(笑)。娘も手話の本を1冊借りた。私は年報の論文執筆のために、また8冊ほど借りて、重いのでウンウンいいながら帰宅。さあ、もうひと踏ん張り。(津村 薫)

6月5日(土)

携帯電話の弊害はいろいろと語られているけれど、単身赴任の夫と私のコミュニケーションには、なかなか役立っている感じだ。子どものこと、愉快なこと、いやなこと、悲しいこと、嬉しいこと、いろんな報告をするのに役立っている。電話で長々と話をするのもお互いに夜はバタバタしているし、それほど深刻でなく、「ちょっと聞いてほしいな」レベルのものは、メールしておいて、相手が手が空いたときに返信をもらうというのがちょうどいい。それを飛び越すレベルだと、やはり生身の夫に聞いてもらえないのを寂しく思う。(津村 薫)

6月4日(金)

昨日から、ひどいくしゃみと鼻水で、急に花粉症かと思ったら、頭痛や咳まで出てきて、どうやら風邪らしい。風邪をひくような覚えはないのに、かなりがっくり(健康には気をつけているつもりなのに・・・)。幸い、今日は、学会準備の翻訳関連の仕事の予定だったので、あちこち動き回らなくてすんだ。すっかり気力がなくなってだるい。何とか仕事も片づいたので、ゴロゴロしながら金曜ロードショー「スペース・カウボーイ」を観る。期待していなかったが楽しかった。「死に花」と同じく、これもありえへんと思うけど、夢があって良い。いずれも、老齢期の男たちの友情とロマンの話だ。(村本邦子)

6月4日(金)

午前中は事務所で雑務をして、お昼ご飯とおやつを食べて満足。私の名古屋土産は、「うなぎパイ」と「きしめんパイ」。自分で持ってきておいて、早速つまんでいる私(笑)。名古屋土産は、なぜ重い物が多いのだろう、ういろうとか、きしめんとか。他にも荷物がいろいろあったので、軽くておいしいものにしたのだ。午後は宝塚市に講師に行く。(津村 薫)

6月3日(木)

夫の出勤にあわせてマンションを出て、名古屋駅で別れる。「また来てな」と言っていたが、そうたびたび行けないっちゅうの(笑)。でも、夫婦が離れて暮らしているのには慣れそうもない。早く帰ってきてくれるとよいのだけれど。さて、午前中は愛知県稲沢市で講師。久しぶりにお目にかかった知人と昼食を共にして夕方、大阪に帰る。明日は宝塚市で講師。今夜は早めに寝よう。(津村 薫)

6月2日(水)

愛知県稲沢市の講師にお招きいただいたので、前夜である今日から名古屋入りして、夫の単身赴任先に泊まる。夕食は二人で味噌カツを食べたけれど、とてもおいしい!濃厚で甘い赤味噌、大阪ではあまり馴染みがないけれど、気にいってしまった。おいしいデザートもいただいて、美しい紫陽花の庭園にうっとりして、名古屋の夜景を駅の高層ビルから見て、久しぶりのデート?を楽しんだ。夫の会社が借りてくれているマンションに行くと、夫がいそいそともてなしてくれるので、おかしい。紅茶を入れたり、「ジュース飲むか」と聞いたり、お風呂をわかしたから入れとか、暑くないか、とか(笑)。夫の単身赴任先に泊まると人に言うと、「そうよね、お掃除してあげなくちゃね」と誰か(忘れた)に言われて、そんなことをするつもりがなかったので汗をかいたが(笑)、片づけを手伝ってあげる必要もないくらい、小綺麗に住んでいたし、洗濯もためていなかったので感心。私より偉かったりして(笑)。(津村 薫)

6月2日(水)

初めてコインランドリーでホットカーペットカバーや冬の敷物を洗った。毎年ランドリーで洗ってるという近所の人と一緒に。今までは梅雨明けに、外にシートを敷きデッキブラシでごしごしやっていた私。毎年これ使ってたん?キャーもっと早く教えてよ〜。「いけるいける」の掛け声とともに押し込み、ナント1200円で大きなものまで3枚洗えてしまった。こんなじゅうたんまで洗えるとは・・・文明の利器をうまく使いこなして快適に生活している人っているんよだなぁ。私ってなんだかんだ言って、家のことに結構時間を費やしてるよな。(森崎和代)

6月2日(水)

今日は「ビッグ・フィッシュ」。味わい深い映画だった。ふと現実とは何かわからなくなる錯覚に襲われるが、この父親は、しっかりと家族との現実の絆を結んでいたからこそ、夢が夢として生きていたのだ。現実に繋ぎとめられる所のない夢は狂気になるだろう。父と息子の絆の結び直しの物語。(村本邦子)

6月1日(火)

知人の可愛い子ども達(3才と5才のきょうだい)の相手をする時間があり、何をとっかかりにコミュニケーションをとろうかと思っていたところ、子ども達が「お弁当の歌」を歌っていた。「♪これっくらいの、お弁当箱に、お握りお握りチョイトつめて・・・」というヤツだ!それは私が幼稚園に通っていた頃に習って、私がいつも好んでやっていた遊びの一つだった。何十年たっても変わってないんだー!!となんだかとっても嬉しくなって、はりきって子ども達と一緒にお弁当を作っていった。
「♪お握りお握りちょぃとつめて、刻みしょうがにごま塩ふって、ニンジンさん、山椒さん・・・」??あれ?"山椒さん"のフレーズまで張り切って一緒にうたっていた子どもがピタリと止まって、不思議そうな顔で私を見る。何だ??と思っていると知人が、「あははっ裕子ちゃんも山椒時代なんだぁ。今はね"山椒さん"じなくて"サクランボ"さんなんよ」と教えてくれた。「えぇぇ〜」と私はかなり驚いた。「そうか今は"サクランボ"が入っているお弁当なんだ・・・と」何だかすっかり時代の流れを感じてしまった。確かに幼稚園の時、"山椒さん"が何なのかさっぱりわからなかったし、"山椒さん"が入っている幼稚園児のお弁当なんてめったにないように思う。そうおもうと時代にも現状にもあった分かりやすい、よい変化なのだとおもうのだけれど、どうも「サクランボさん♪」のフレーズに、ピンクの可愛い"サクランボさん"が入ったお弁当箱に、なじみがもてずにいる。ピンとこないものやわけわからないけど歌っていて、覚えているというものが小さい時には沢山あって、それがお弁当の中身のようなワクワクに繋がっていたように私は思う。そう言ったことから、分かりやすい可愛い"サクランボ"がお弁当箱の中に新登場したことに一抹のさみしさを感じてしまうのだろうか・・・(おだゆうこ)