2004年3月 (スタッフの日記バックナンバー)

3月31日(水)

友人から、「夫と喧嘩した。3日間、口をきいていない」と聞かされた。びっくり。いや、私も夫婦喧嘩はしょっちゅうするのだが、何日もまたがるような喧嘩に発展したことがない。夫とは、交際期間から数えて実に20年のつきあいだが、そばにいながら一度も口をきかない、などという日は恐らくなかったと思う。数時間の無言というのはたま〜にあるけれど、十数分から数十分で口喧嘩は終了というのが殆どなのだ(笑)。それにしても、そこまで怒りが持続するというエネルギーに驚く。用事がある場合は、どうしているのだろう。筆談とか?(津村 薫)

3月31日(水)

今日はスクールカウンセラー(SC)で勤務している中学校の送別会に招待された。仕事があったので、遅刻して宴会場へ向かった。幹事の先生が出迎えてくれ、「小田先生お願いがあるんですが、一息ついたらT先生に花束渡してくださいね」と言うのです。
私が何のことか分からず「へっ?」と驚いていると、「えっ?知らなかったの?T先生言ってなかった?」と・・・私は幹事の先生のキャラクターからいって私を騙そうとしているのかとおもって、「またまた〜エープリールフールですか?どっきり?」と笑い飛ばしていたのですが、どうやらそうではない様子。会場に入ると今まで共に奮闘してきたSCコーディネータのT先生が上座に並んでおり、その名前が掲げられていた。昨日まで宴会場の地図のFAXや場所、4月からのことなどをやりとりしていたのに・・・私はあまりに突然のことで気持がついていかない状態だった・・・。しかし離任される先生方は今日お別れして、明日から心機一転、新天地で再出発。さよならをしたすぐ後ににこんにちはをしなければならない。色んな思いにひたって悲しんで、充分自分の中でお別れ(区切り)することが許されない。
新たな年を迎えるにあたっては正月休みがあるのに、実質の年度が変わる年度末には切り替えるための休暇(ゆとり)がないのはいかがなものだろうか。桜が咲き始めるこの時期に「桜休暇」があれば、もっとしっかり新たな出会いと新たな気分でこんにちはができるのではないかなぁ?皆さん「桜休暇」広めていきませんか?今日は春は別れの季節だということを痛く思い出された一日だった。(おだゆうこ)

3月30日(火)

ぽかぽか陽気から一転、大雨の1日。天王寺区に講師。おいしいパン屋さんで「オニオンブレッド」を買い、事務所に帰って皆でおやつ。いよいよ今年度も終わるんだなあ。会社を興してまる2年。突っ走ってきた感があるけれど、そろそろブレーキをかけつつ、上手にエネルギーを使うことを考えていきたいと思う。シャカリキにやっちゃうタイプの私。体に気をつけて、息長く、よい仕事をしたいものだ。「今晩何しようかなー」、と毎晩迷うのだけれど(笑)、今夜はスーパーでお魚を覗き、「ぶり大根」にしてみた。いいにおいが広がって、う〜ん、良い気分。娘は塾のお別れパーティーに出て留守。ひとりでゆっくり夕食をとろうかな。心なしか、猫の目がらんらんとしているが(笑)。(津村 薫)

3月29日(月)

ぽかぽか陽気。あっという間に、あちこちで桜が一斉に花開いた。毎年、毎年、偉いなあ、と思う。JR環状線の中から見える、源八橋の桜は見事だ。そういえば、造幣局の通り抜けは有名だが、私は行ったことがない。桜は好きだが混雑が苦手なのだ。「桜は好きだが、花見のドンチャンは嫌い」と言っていたTVキャスターがいたけれど、同感。(津村 薫)

3月28日(日)

大阪人の家庭には、必ず「たこ焼き器」がどこかに眠っている、と言われる。もちろん我が家もそうだ(笑)。突然、たこ焼きが食べたいと言い出した娘のリクエストにお応えして、ふたりで、せっせとたこ焼きを作る。変わったものを入れるとおいしいので、お餅を小さく刻んで入れたりするが、なかなかおいしい。「納豆入れてみたい。おいしそうちゃう?」と娘が言い出したが、残念ながら、冷蔵庫にはなかった。残念!次回は試してみよう。食べるよりも、作る方が楽しい夕食、というのは、私にとってはあまりないのだけれど、「たこ焼き」は、作るほうが楽しい、数少ないメニューのうちのひとつだ。(津村 薫)

3月27日(土)

厳しいもので、進学する高校からもう宿題が出ていて、「気持ちがついていかない」と言いながら、ドリルを開いている娘。なんともいえない気持ちになる。「気持ちがついていかんと言いながら、偉いなあ。やらなあかんことはちゃんとやってるやん」と言ったら、「こんなものはやっているうちに入らない」と。希望校に入ったら、もっとやってやろう!と決めていただけに、シューッと気合いがしぼんだのだそうだ。それでも投げ出さずにやるのだから感心だ。今日は、一番仲良しだった友達の東京への引越しを見送った。不合格だった当日、誰とも話したがらないのに、たったひとり、自分から電話をしたという友達だ。私には、詳しいことを話したがらないが、見送った後に、他の友達とさめざめと泣いたのだろう。そんな顔をしていた。「寂しくなるねー」と声をかけたら、「うん」とうなずいた。涙、涙の春。(津村 薫)

3月27日(土)

午後から、先日出席した卒業式とふらりと出かけた旅の写真をプリントアウトしてみた。先日、8年越しに大学卒業を迎えたサークルの先輩(スケールが大きいので4年ではおさまりきれなかったと私は理解している)の卒業式を祝おうと、地方からサークルメンバーが集まった。サークルメンバーといってもボーイスカウトの大学生版で本格派アウトドアのつわものぞろいだ。思い立ったら寝袋一つ抱えて全国各地を旅してまわるり、「裕ちゃんちょっと旨いコーヒー飲みに行こう」と誘われて車に乗ればそこは鳥取砂丘。砂丘にバーナーをセットして夜明けの珈琲・・・そんな仲間達との出会いはインドア派で狭かった私の行動範囲と価値観を大きく変えたのだった。社会人になって皆少しは変わったのかなと思いきや、寮を夜中の3時に出て上司に「週末はちょっと京都まで行って来ます!」と告げて車で長野からやって来た銀行マン。「勿論式から参加しますよ!」と卒業後はカナダに留学し今年帰国したSP志望のフリーター君は三重から同じく車でやってきた。私は保護者気分で?彼等たちと式に参加し、久ぶりに色々と話をした。学生時代は火を囲んでよく語ったものだった。そうした中で仕事以外の行動範囲や気力が乏しくなり小さくなっていた自分にハッとさせられた。しばらくは仕事に力を注ぎたいという思いがあってやってきたので、それでよいと思っていたのだが、彼等と再会し、もっと大きな視野で物事を感じていきたいと学生時代の感覚が呼び覚まされた。そして、翌日私は長野に旅立った。もちろん宿泊先も予定も未定な旅。旅の醍醐味は「現地の人に教われ」。長野は久々の大雪だったが現地の人はとてもあたたかかった。本当にひさしくゆったりとした時の流れを感じることができた。仕事の中での出会いにより力を貰うことは勿論あるが、日常を離れたもう一つの世界を旅することで自分の中から自然と湧き出てくるエネルギーがあることを実感した。写真を見ながら、適度にイキイキとした力を生み出し、自分を活性化しながら、イキイキと仕事をしていけるようになりたいなぁと改めて感じた。これからは「ちょっと北海道までいくら丼を食べに行ってくる!」と言えるわたしでありたいな(笑)。(おだゆうこ)

3月26日(金)

京田辺市に講師に行く。今日は、風がきつくて寒い1日だった。そんな中でも、ちらほらと、春の花たちが顔を見せていることに驚く。確実に本格的な春はすぐそこまできているんだなあ。娘が出た保育園の保護者の同窓会があるとお誘いを受けた。なるほど、受験も終わったし、久しぶりに顔合わせということかな。でも、私にとっての一区切りは、まだまだ先になる。我が家の緊張は、まだ続く。娘が新しい制服に袖を通し、4月を迎え、傷は残りつつも、ここで生きていこうとする、そんな姿勢をそれなりにかためるまでだ。だから、私はまだ頑張っているのだと思う。そこで必死なだけに、自分のことは後回しになる。あんなに頑張ったのに、「おめでとう、良かったねー!」と言ってやれなかった親としての、やりきれない悲しみは、ひっそりと追悼しているつもりだけれど。(津村 薫)

3月25日(木)

夜、大阪市内で行われた虐待防止シンポジウムにパネラーとして出る。雨の夜ということもあるのか、参加者は少なかったが、熱心に耳を傾けてくれる人も多く、ありがたかった。娘は明日、また高校に登校。沈みがちながらも、少しずつ笑顔を見せるときもあり、「もう高校生なんやから、ひとりで起きなあかんよな」などと、前向きなことを口にしたときには、思わず胸がつまった。本当に少しずつだけれど、「くそー、こんなに落ち込むとはー!」などと笑って言ったり、制服購入のチラシを見ながら、「ママー、セーターも買っていいでしょ」などと言ったり、なんとなく気力が戻りつつある感じだ。明日は、東京に行ってしまう一番の仲良しのお友達を送るパーティーに出るそうだ。それにしても、涙、涙の春だね。いいよね、泣きたいときは存分に泣こうね。(津村 薫)

3月24日(水)

今日は、進学する高校の指定病院に出向いて健康診断。娘の気持ちを置き去りにしたままで、あわただしく事が進んで行くのが不憫。親は、まさか我が子を15歳で浪人させる訳にはいかないので、感情がついていかなくとも、ばたばたと動くのだけれど、娘にしてみたら、こもって泣き暮らしたい心境だろうと思う。帰り道には、落ちてしまった高校の制服姿の女の子たちとすれちがってしまった。「あの人たちは、頑張った偉い人たちなんやと思えてしまう」とつぶやく娘。アンタもよう頑張って偉かったやん!!でもやはり、「結果はともかく、アンタは頑張った。それでいいやん」とまとめてしまうのは、やめよう。面白いことに(といっては失礼だけど)、案外「私は本命の受験に失敗したことがある」「私は浪人したことがある」「私の子どもは本命の高校を落ちたことがある」「私のきょうだいは本命の高校を落ちたことがある」という人が多いことに驚く(すべり止めに落ちて本命には受かったという人もいるが、だいたいこういう人たちは、当時はヒヤヒヤしても、最後に報われているから、傷つきが残っていないという。そりゃそうだよなー。むしろ喜びがひとしおだっただろう)。「泣きの涙でしばらく過ごしたよ」「立ち直るまでに時間はかかった」「そりゃあもう落ち込んだものです」なんて教えてくれる。それでもきちんと乗り越えて、素敵に、立派に生きてるご本人たちから聞くのだから、それだけで何だか勇気が湧くような気がする。自分たち一家だけが暗闇に放り出されたような気がしていたのに、「そうか、それでも乗り越えて生きてる人たちがいるんや」と実感できるのは、ありがたいことだ。私に挫折体験を教えてくれた皆さんに感謝。今日になって娘に聞くと(昨夜中、友達同士で誰ソレは合格、誰ソレは不合格という情報交換が行われていたらしい)、本命の高校に落ちた子が結構いるというので、びっくり。娘が受けた高校では、なんと同じ中学からの受験者の、実に半分の子どもたちが涙をのんだという。昨日、泣き泣き走り回ってた保護者が、大阪府下あちこちにいたんだなあ。とにかく、しばらくは子どもが真剣に残念がるのを見守りたいと思う。私の無念まで娘が背負うことのないよう、私はこっそり無念がることにする(笑)。(津村 薫)

3月24日(水)

大阪のあちこちで桜の花が開き始めた。年々開花が早くなっているような気がする。以前は4月1日に合わせたように一斉に咲き始めたものだけど。毎年、桜が開き始める頃に旅行に出て、散る前に戻ってくる。今年もそろそろ出発の時だ。(村本邦子)

3月23日(火)

事務所で雑用を片づけていると、次の子育てナビの校正原稿を持って、ひょっこり三学出版の中桐さんがやってきた。いつもながら、「本日中にお召し上がりください」の生菓子を持って(外回りしてると食べ損なう)。出版計画がいろいろあるので、相談することが多い。「ジェンダーフリー」も早く出そうとの話で、中桐さんが言うに、ジャスコはアファーマティブ・アクションを採用し、女性社員の比率で女性管理職を採用しているという。それがダイエーなどと違って成功の秘訣だとか。へえ。たしかに、スーパーは顧客のほとんどが女性だから、その方がうまく行くことだろう。ふと思ったけど、うちもアファーマティブ・アクションで男性を採用した方が良いかしらん!?たしかに、最近、男の子の相談に、男性セラピストの方が良いと思うことがある。 (村本邦子)

3月23日(火)

残念ながら、桜は散った。1年間至らないなりに応援してきた親にも、どっと疲れがこみあげる。想像以上に本人の落胆が大きいのだけれど、努力が報われなかったという無念は、そう簡単に「まっいいか」と割り切れるものでもないのだろうと思う。ひたすら悲しむ時間も要るだろう。「頑張ったんだから、いいじゃないの」「元気を出して、進学した高校で頑張ってね」などというのは、結構残酷な言葉だと思うと、桜が散ったことのある先輩ママから聞いていた。こういうのを「おためごかし」と言うのだと思ったと。確かに、簡単にまとめてしまって、相手が勝手にすっきりしてしまった感じだ。「こういう時に慰められて、“ありがとう”と何度もお礼を言うのもきつい」とも言っていたが、今日になって心底共感する。心配してくれている人が大勢いるのは知っていたけれど、お互いの親きょうだいにだけ簡単に報告して、あとは夫婦して、ばたばたと私立高校の入学準備に追われた1日だった。私は講演があって、入学することに決まった高校の説明会は夫にまかせたのだが、とにかく厳し〜い学校らしい。それでも面白い話もたくさん聞けたそうだ。本人はもちろんだが、湿っぽくなっている私とは違い、一番あっさりしている夫が今日は大活躍だった。親もこっそり影で泣くことにしよう。(津村 薫)

3月22日(月)

息子が高校生になるからと携帯を要求。「持ってないのクラスでたった3人」だったそうだ。私はそもそも電話が嫌いだ(侵入と感じる)。ましてや携帯、その場で一緒にいる人々の存在を無視して、別の空間にいる人とつながろうとするなんて失礼きわまりないと思ってしまう。最近では、私も仕事上やむを得ず持たされているが、あまり機能していない(留守電に気づくのが3日後だったなんてざらだ)。しかしまあ、時代の流れというものは認めざるを得ない部分がある。「自分でお父さんと話しなさい」と、私は関わらないことにした。いろいろパンフレットを取ってきて、ルールを交渉中のようだ。もちろん、娘にはまだ持たせない。塾にでもやらない限り、中学生には不要だ。(村本邦子)

3月21日(日)

先週の木曜日は「白い巨塔」で、そして今晩は「砂の器」に号泣している我が家。「砂の器」はまだ【最終章前編】だとかで、来週ラストを迎える。主人公の和賀英良がなぜ、人を、しかも恩人とも呼べる人を殺めなければならなかったのか、今回のドラマでは設定を大幅に変更しているという。松本清張の原作を高校時代に読んだ時、その重みに驚いたのを覚えているし、映画「砂の器」をビデオで見た時にも号泣したが、今回はまた、新たな気持ちで見た。哀しい事件の発端になった出来事、それは今回は村八分だった。集団生活を円滑に送るために、集団内の不満や怒りの行き場として誰かを皆で貶め虐げる行為。あらゆる差別行為やいじめ等、自分自身が加害者の側にも被害者の側にも、いつ立たされるか、あるいは立つか分からない。いろいろな事を考えさせられた1時間だった。(前村よう子)

3月21日(日)

私の夫は京都市内に通勤しており、早い時には6時40分に家を出る。真冬だと真っ暗。今日見送ったときは、もう外はすっかり明るかった。春がきたんだなあと、しみじみ。桜の開花宣言だの何だのとテレビでよく聞くが、我が家に桜は咲くのかな?夫も内心思っているに違いない。1週間待たされているのは、きつい。「あと2日やな」と夫が通勤途中にメールしてきた。「結果が出たら、気がゆるんで倒れる親もいる。気をつけて」と経験者に注意された。そういえば隣家は早々と合格を決めてきたが、その途端、友人は胃痙攣を起こして寝込んでしまった。私も気をつけなくては。あと2日。結果待ちは、娘本人が一番つらいはず。家で騒ぐ訳にはいかないので、余計につらい。今夜は娘手作りのオムライスを食べた。夜になって娘は、部屋の片付けに夢中。じっとしていられないのかもな。(津村 薫)

3月21日(日)

何の予定もない日曜なんて何ヶ月ぶりだろう。しかも、朝から家族全員出かけてしまい、1人でホケーッと1日パジャマで過ごした。と言っても、調べものやら注文してしまわなければならない用事がたまっていたので、パソコンに向かってあれやこれや片づけていたら、またまた背中が痛くなってきた。運動不足だよな。(村本邦子)

3月20日(土)

今日はピアノの発表会。子どもたちと一緒にピアノを習い始めて、かれこれ十年近く経つ。息子は去年でやめてしまったが、毎年、それぞれのソロのほか、家族連弾をやってきた。子どもたちがまだ幼稚園で、全員初心者だった1年目は、「もしもしカメよ」の6手連弾だった(私が中央でメロディー、息子は低音でカメの歩み、娘は高音でウサギの跳ねる音を弾いた)。その後、だんだんレベルアップして「線路は続くよどこまでも」から「となりのトトロ・メドレー」(この頃より、1台のピアノの前に3人並ぶのは不可能になって、息子はエレクトーン)など。いろいろやったが、なかでも、娘と「パッフェルベルのカノン」、息子と「スターウォーズ」が印象に残っているな。今年は、「ディズニー・ファンタジー・オン・パレード」、迫力あったかな。そのうち「ハンガリー舞曲」をやってみたい。今年のソロはバッハの「イタリアン・コンツェルト」。毎年のことなのに、とっても緊張してしまう。と言ったら、学生たちに珍しがられて「先生が緊張してるとこ見てみたい!」と言われてしまったが、リラクゼーションやイメージトレーニングをしてみても、なかなかうまくいかない。やっぱり、自信ないからかな?今日は立命館の卒業式だったのだけど、式はパスさせてもらって祝賀会から合流した。これで1年が終わったという感じ。(村本邦子)

3月20日(土)

今日は休日だったので、夕食の後片付けをしながら、本命である公立高校の入試発表を控える娘と、久しぶりに雑談を楽しむ。娘が併願で受けた私立高校は、少し遠いのと、みっちり勉強をしぼられることで有名な学校なので、本命に落ちてしまったら行くのがいやだと、友達につい、こぼしたのだという。「それやったら、二次募集の公立にでも行った方がいいかも」などと、ふてくされたことを言って叱られたらしい。「これまで何のために勉強してきたんよ?じたばたせんと、合格を待とうや」と。ありがたいことだなと思う。娘と一番仲良しだというこの友達は、お父さんのお仕事の都合とかで、東京に移り住むことが決まっており、既に東京の高校に合格を決めているらしい。こんなに気持ちが通じ合う友人は、また新しく出来ないような気がすると、娘が時々ベソをかいていたほど、仲良しだった友達。親には言えないようなことでも、慰めあったり、励ましあったりしてきた友達は、あと1週間もしないうちに、大阪を後にする。友達にも娘にも、新しい世界が待っている。別れあり、新たな出会いあり、春だなあ。(津村 薫)

3月19日(金)

美容院へ行ってボケッと雑誌を見ていたら、なんとビックリ、「女神」が出ているではないか。先日、そういうのが出ているらしいと耳にしたものの、たいして気にも留めていなかったが、8頁ほどもあるその雑誌のコーナーを見る限り、私たちが訳したボーレンの『女はみんな女神』のそっくりコピーのように見える。そこで紹介されているチェックリストとグラフは私たちが作って長年使ってきたものにそっくり。大急ぎで家に帰ってインターネットで検索してみると、その元本の目次までボーレンの本にそっくりだ。現物を手に入れてないから今の時点ではこれ以上言えないが、なんてこと。ボーレンの本はしばらく北米のベストセラーだったのだから、これは大問題になるだろう。著者は今や超売れっ子の女医・カウンセラーらしい。これも日本の大学教育の賜か!?とりあえず、出版社に調査を依頼する。(村本邦子)

3月19日(金)

京田辺市に講師に行く。受験が終わったのに、感心なことに、まだ塾へ行くという娘。「偉いなあ」と誉めたら、何のことはない、大学を卒業して塾をやめていく、アルバイトの先生の送別会の相談を友達としたいからなのだそうだ(おい)。受験が終わって、結果待ち状態なのだが、すっかりハジケてしまっている娘。今日は友達とクレープを食べに行き、プリクラを撮ったのだそうだ(笑)。ちょっと弱っているから、今夜は早く休もう。(津村 薫)

3月18日(木)

毎週楽しみにしていた「白い巨塔」が最終回。この番組見たさに、夫が必死に帰ってきた。京都市内に通勤しているので、大急ぎで京阪特急に飛び乗ったらしい(笑)。ケーキを買って帰ってくれたので、紅茶と一緒にいただく。ドラマを見ながら、泣き泣きティータイム(笑)。(津村 薫)

3月18日(木)

肩の荷を降ろしたら、肩がこってきた。おもしろいことに、動作法をやった後、肩にこりや痛みを感じることがある。本当はこっているのに、それが慢性化し、無意識に近い状態になって、漠然とした重みやだるさとしか感じられなくなっていたのが、痛みが焦点化し、意識化されるという現象だ。私は若い時は肩こり知らずだったが(こればっか・・・よほど悔しいのだろう)、最近は、慢性的に首や肩がこっていると思う。バリダンスをやっていても、先生から、首と肩に力が入って固まっていることを指摘される。加齢に伴って体が硬くなっていくということもあるだろうが、重荷を背負わず身軽に生きていけると良いのだけど・・・。理論的に言えば、不要な力をすべて抜き、必要な力だけを使うようにすれば、それは可能なはず。(村本邦子)

3月17日(水)

「息子のまなざし」を観る。少年犯罪の加害者が被害者の父親の職場(木工を教える職業訓練校)に入ってくる。父親は、加害少年に注意を引かれざるを得ない。何も知らない少年は、家庭崩壊で父親を知らない。黙々と木工技術を教えてくれる教師にだんだんと尊敬の念を抱くようになる。事実を知った元妻(事件で小さな息子を殺された後、夫婦生活も破綻)に「狂気の沙汰よ」と言われ「ああ」、「いったいどうするつもりなの?」「自分でもわからないんだ」と答える父親。何とも名づけようのない感情を抑圧しつつ行動化する中に入り込んでくる少年への思い。憎しみは絆であるという逆説。最後のシーンは衝撃的だ。答えのでない問題を非常に効果的に訴えた作品だった。(村本邦子)

3月17日(水)

昨日は京都市内に講師に行った後、講演の打ち合わせで人と会った。よいお仕事をしておられる人というのは、本当に魅力的だなあと、しみじみ思う。シンポジウムで今度ご一緒させてもらうのだが、とても楽しみだ。(津村 薫)

3月16日(火)

今日もまたスタッフ研修で家族療法のトレーニングを受ける。小道具を使った人間造形などをやり、とてもおもしろかった。家族というシステムで見た時に、必ずしも、特定の誰かが悪かったり、問題の原因だったりするわけでなく、関係性の中で存在のあり方が変化していくことが体感できて勉強になる。遊び心もあって、楽しく心が軽くなる感じだ。昨年より1年間勉強を続けてきたが、いよいよ、研究所でも4月より家族療法が始まる。楽しみである。(村本邦子)

3月16日(火)

娘の本命校の入試日。なんと朝風呂まで入って、ゆうゆうと出かけた。態度だけは大物だ(笑)。結果は、「落ちる自信がちょっとあるかも」だと。仕方ないなあ。でも、とにかく受験から解放されて、相当肩の荷がおりたのだろうか。「今日からはじける!」と宣言されてしまった。早速明日は、友達と映画を観に行くそうだ。やれやれ、私もホッとした。あとは縁のある学校に決まるのだろうと考えることにしよう。(津村 薫)

3月15日(月)

昨夜のCX系「EZTV」で、卒業式に歌われる楽曲についての特集をしていた。最近は、流行歌が取り入れられることも多いそうだが、同局の調査によれば、名もない田舎の中学校長が作詞をして、同校の音楽教師が作曲をしたという「旅立ちの日に」というコーラス曲が、今年、最も多く歌われたのだという。荒れていた学校を歌で立ち直らせた校長が、生徒たちのために作ったというこの曲は、あまりに良い曲だというので、静かに全国に広がっていったらしい。実は、娘の中学もこの曲を歌った。「めっちゃ良い曲やねんで〜!」と娘がよく言っていたが、本番ではこみあげるものがあって、心ならずも、思い切り歌えなかったらしい。翌日の夜(つまり昨夜)、テレビからこの曲が流れたので、「ぎゃー」と言いながら、あわてて友達にメールしていた。友達からは「いま見た。軽く泣いてる」(笑)と返信がきたそうだ。あの曲を皆でコーラスできたというだけでも、この中学にいてよかったと思うほど、素晴らしい歌だと、娘。そんな心に残る素晴らしい歌で巣立ててよかったね。さあ、明日はいよいよ入試本番。落ち着いて、力が出しきれますように。(津村 薫)

3月15日(月)

卒業したというのに、息子は柔道部の顧問に頼まれて後輩の指導に通う。時々聞いてきたことだが、今年の後輩たちはやる気がなくて、常に大声を出していなければダラダラさぼってばかりで、ストレスがたまるのだそうだ。お陰で白髪が増えたのだそう。「怒るより向き合って話してみたら?」と言ってみるが、なかなかうまくいかず、「そんなんやったら、もう面倒見ないと言って自分の練習に行ってしまったら?」と言っても、頼まれた責任を感じるらしい。「心理学の実験に3種類のリーダーがあって・・・」など小賢しい知恵を与えてみるがあまり歓迎されない。最近は、ストレス発散のためか、漫才のDVDを借りては家族と笑い転げている(私以外の家族はやっぱり大阪人)。何だか早くも会社のおじさんのようで、ちょっと哀れ。(村本邦子)

3月14日(日)

生協の共同購入をしているのだが、以前にカタログを眺めていたら、「おっ、これ好きやったな。買えば?」と夫が勧めてくれ、懐かしのCDを購入した。それは「杉山清貴&OMEGATRIVE」だ(なんだかこう書いてしまうと、“内山田洋とクールファイブ”ってノリでやだなあ、笑。“クールファイブ”ファンの方、すみません)。夫と私がはじめてデートをしたときに、夫の車の中では、彼らの名曲「SUMMER SUSPICION」が流れていた。恋人同士には縁起でもない歌で、タイトルの通り、夏のデートで、彼氏は疑惑を抱くのだ。「ハンドルを持つ君の細い肩が震えている。自分があげた銀の指輪を、いつ君は外したんだ」(注※面白いことに、運転しているのは彼女。このバンドは、こういうところが、かなり珍しいと思うのだが、デートで、彼女が運転をしている歌が他にもある)。「君はいったい僕と誰を比べてるの?冷めた分、繕う優しさが、もっと僕を傷つける。何もかも夏の悪戯と僕に笑いかけておくれ。こんな気持ちじゃ気が狂いそうさ・・・」なんちゅう歌をデートの最中に聴いていたのでしょう(笑)。しかし、杉山清貴の切なく美しいボーカルには、うっとりしたものだ。そういや、OMEGATRIBEのことは、前にもこれは日記に書いてたような気がするなあ。今夜は、そのCDを流しながら、鼻歌まじりで夕食の後片付けをしていた。勉強に疲れて、ジュースを飲みに来た娘が「昔の歌って、フェードアウトばっかりやねんなあ」と一言。ふむ、そういえば、最近は、フェードアウトは主流じゃないかもしれないな。それにしても、「昔の」とは失礼な。しかし20年前か・・仕方ないな(笑)。(津村 薫)

3月14日(日)

NPOのDV親子プログラム最終回。6回のプログラムと言っても、インタビューやスタッフのオリエンテーションを含めると、すでに、まる2ヶ月通い続けたことになる。毎週日曜がつぶれるのは辛いと思ったけど、参加してくれた子どもたちやお母さんたちの笑顔に励まされ、また、グループの魅力に支えられて、あっという間に終わってしまった。課題はいろいろあるけれど、ひとまずは良いプログラムを提供することができた。去年の2月から準備を始め、1年がかりのプロジェクトだった。11人のボランティアスタッフ共々良く頑張ったものだ。本当に良いグループだったな。(村本邦子)

3月13日(土)

ハコミセラピーのビデオを観る。内容は馴染みのあるものだが、体の内部の小さな動きに焦点を当てるところがおもしろい。反応した体の一部分に語りかけると、その部分から声が発せられるのだ。若い時は何も考えなくても元気だったが、年齢とともに肩こりや頭痛、神経痛など、体からのSOSとしての症状が起こりやすくなってきた。それで、臨床動作法やハコミにも関心が向いてきたと思う。自分でも、1日1回、「マインドフルネス」の状態をつくって、体の緊張や痛みに声を与えてみようか。(村本邦子)

3月13日(土)

昔、愛していた曲がまた使われて、「ちょっと違うんじゃないのかー」と違和感を持つのは、ちょっと寂しいものだ。私は中学時代、イギリスのロックグループ「クイーン」に夢中だった。近年、クイーンの曲がコマーシャルやいろんな番組のBGMで使われるようになってきて、「私たち世代の人間がエラくなってきて、決定権を握るようになったのかなあ」などと、ぼんやり思っていた。いま、キムタクのドラマで、そのクイーン人気は最高潮だ。でも、往年のクイーンファンとしては、ちょっと悲しいものがあった。もっと良い曲があるぞーとか、その曲はそんなふうにして使うものじゃないでしょ!という「姑根性」だ笑)。そして、平井堅が、「デスペラード」を歌うと聞いて、もっと悲しくなった(涙)。この時代、私は洋楽のとりこだったのだ。そう、「デスペラード」は、知る人ぞ知る、イーグルスの名曲だ。イーグルスといえば、「ホテル・カリフォルニア」だけが突出して有名だけど、イーグルスは一発屋などではない。「呪われた夜」という素晴らしいアルバムを出して、「今後どうするんだ」と盛んに言われたのに、次に出したアルバム「ホテル・カリフォルニア」も秀作で、アルバムタイトルにもなった曲も大ヒットしたという訳だ。「デスペラード」というのは、名曲中の名曲だ。これを聞いて涙するイーグルス・ファンは多いぞ。私も、洋楽の中で好きな曲のベスト10には間違いなく入れるというくらい好きだ。そっか、この曲が、手垢にまみれてしまうのか。ちょっと寂しいツムラ。平井堅は好きなシンガーではあるのだけれど。ちなみに、イーグルスのオフィシャル・サイトは「Desperado」という。 http://www.eaglesmusic.com/
(津村 薫)

3月12日(金)

中学の卒業式。子どもたち2人に「絶対話しかけやんとってや!」と言われ、「いつも言われてるからわかってる!」と気を悪くしながら出かける。卒業式で驚いたことは、混合名簿なのに、男女が左右まっぷたつに分かれて座っていたこと。確かに、混合名簿で名前を呼んで、左右に分かれて帰っていくから、一直線に流れていくより、柔らかい感じがするかも。「それにしてもいったいどんな意味があって?」と不思議に思いながら帰って子どもたちに聞くと、あの並びは、最後の「コスモス」の合唱のためなのだとか。最初、名簿順に座り、帰りは、微妙にずれて、自分の歌のパートの座席に座っていたのだそうだ。手の込んだことをするんだなあと驚いた。娘の出ている花道のブラスバンド「さくら」も感動的だったと聞いた(私はどこでやっているのかわからず、見つけた時には終わっていた・・・残念)。儀式における音楽の効果というのは大きいものだとあらためて思う。「蛍の光」(これだけは今も変わらずやるんだな)で多くの人が泣き出すし。成人式と違って、卒業式は儀式としてまだ生きているようだ。(村本邦子)

3月12日(金)

娘の中学の卒業式。夫とふたり、休みをとって出席した。まだ本命の高校は受験前、気持ちとしてはすっきりしないだろうが、仲間との別れは盛んに惜しんでいたようだ。驚いたのは、式が終わって、保護者や在校生で花道を作り、校庭へと卒業生たちを送り出したときのこと。卒業アルバムを渡しあい、友達とサインを交換している娘をなんとなく眺めていたら、いきなり「ボタンの交換」が始まったのだ。「おい、ツムラ〜、ボタンくれ〜」と男の子に言われ、一生懸命、自分の制服のボタンを引きちぎろうとしている娘。なんだ、何が始まるんだ?とキョロキョロする私。華奢な娘には力がなかったのか、最後は男の子が「おぉぉぉぉ〜し」と気合いを入れて引きちぎってしまった(笑)。男の子は、自分のボタンも引きちぎって、「ほい」と娘に渡している。周囲の子たちも同じようなことをしている。私の中学時代といえば、好きな男の子の第2ボタンをもらうというのがお約束だったように思うのだが、よくテレビで見るような、“サッカーのゲーム終了後にユニホームを脱いで交換して、互いの健闘を讃え合う・・・”というようなノリなのだろうか。いくつも交換しあっているのだから、恋だの何だのよりは、気の合った異性の友人ということなのかもしれない。あちこちで、異性同士でボタンを交換している姿は、とても面白かった。案の定、娘のブレザーには1個もボタンがなくなって帰宅(笑)。しかし、その制服、4日後の入試に着ていくんじゃないのか(涙)?「どうすんの?」と聞いたら、「もう受験が終わってて、ボタンが綺麗なままの友達に借りる」だと。ボタンを買って、母に裁縫をさせるという選択肢がないことをよくわかっているね(笑)。担任の先生からは、「君らの前に道はない。これから君らがつくるんだ」と高村光太郎ばりの激励を受けたそうだ。おめでとう。(津村 薫)

3月11日(木)

息子が卒業の「お楽しみ会」で、自作のラップを舞台で披露したらしい。急に決まって、ここ2〜3日、必死に取り組んでいたが、どんな曲か私たちには一切教えてくれないからわからない。ゆうべ、「やばい、やばい」と言ってたので、こっちも心配になってきて、今日帰って「どうだった?」と聞いたが、やはり、詳しいことは教えてくれない。様子から察する限り、そう悪くはなかったようだ。夫も若い頃、自作の曲をビクターとかに売り込みにいっていたようだから、案外、似た者同士の父息子なのかもと思う今日この頃。(村本邦子)

3月11日(木)

動物と暮らしていて特に困ることといえば、私の場合は犬の爪切りだ。犬の爪は硬く、専用の爪切りでなければ切れない。対して猫の爪は柔らかく、人間の爪切りで、いとも簡単にぱちんぱちんと切れる。どうしてこうも違うのか。しかも我が家の犬は爪切りが大嫌い。逃げまくって危ないので、仕方なく高いところに乗せる。そうすると、ビビっておとなしくなるので、それを見はからって切るのだ。ちょっと姑息な手だけれど、安全のためには致し方ない。一昨日、犬の爪切りにチャレンジしようとしたら、気配を察知したのか、さっと逃げられてしまった。あれからずっと、犬が私を避けている。「爪」と私が言っただけで、耳をぴん!と立てる。困ったもんだなあ(涙)。(津村 薫)

3月10日(水)

大阪府のI市で講演。ぽかぽか陽気で、本当に気持ちがいい。電車に乗っていても、歩いていても、なんだか気分が弾むから、不思議。桜が咲くのもそう遠くないよね。最近は不調続きながらも、食欲もモリモリ。ツムラの食欲が旺盛なのは、オールシーズンじゃないのかというツッコミは禁止(笑)。(津村 薫)

3月9日(火)

娘が、中学校での「卒業生を送る会」で、それは美しい真紅の薔薇を一輪もらってきた。茶華道部を3年間続けて、お花とお茶にはいそしんできた(一番いそしんできたのは茶菓子だという噂もあるが・・・笑)娘だけど、持って帰ってきた花に「ほんまにきれい・・・」と言ってみとれている。いよいよ今週は卒業式。我が子が義務教育を終えるというのは、なんだか感慨深い。(津村 薫)

3月9日(火)

お弁当を作っていると、「朝、このジャージャー(炒めている音)聞こえてくるのがいいねんな〜。やってもらってるって気持ちがして」「ピー、ピー、ピー(電子レンジの音)っていうのは寂しいよな〜」と娘。へぇ、そうなんだ。うちの子たちは信じがたく食欲旺盛なので(息子も娘も100均の大きなタッパのお弁当箱2段にご飯とおかず)、お弁当箱を埋めるのがたいへんだ。かさを増やすために、たいていは何種類もの野菜と肉物(ミンチやウインナー)を炒め、最後、卵でとじる。必ず、タマネギ1個、卵3個を使う。これで、やっとおかずのお弁当箱半分強が埋まる。あとは揚げ物か肉、娘には彩りの良い添え物(息子は彩りはいらんから揚げ物を多くしてくれと言う)。私のいない時は、それぞれ自分たちで「ピー」して埋めて持って行く。あまり手をかけてもらえない子たちは、普通のことをしてもらっても感謝してくれるので、かえって良いのかも!? (村本邦子)

3月8日(月)

講演がない1日。こんなことはとても珍しいので、終日、事務所でのんびりと仕事をする(笑)。長嶋茂雄氏が脳梗塞で倒れてからというもの、その日の容態を伝えるニュースに、日本中の中高年男性が一喜一憂しているような感じがする。ON時代のことは、私もよく覚えているけれど、引退後も一線で活躍し続け、この人ほど多くの人に愛され、注目されているプロスポーツ選手は、他に例を見ないのではないだろうか。彼が頑張っているからこそ、頑張れる・・・そんな男性はとても多いのだそうだ。私も、少しずつ快方に向かっている彼のニュースを聞くと、どこかホッとしている。亡くなった義母と同じ病気なので、余計にそう感じるのだろうか。屈託のない彼の笑顔をもう一度見られる日を楽しみにしたいものだ。しかし、「この人が頑張っているから、自分も励みに頑張れる」などと思える、私にとってのヒーロー的存在って誰なんだろうと、ふと考えてしまった。(津村 薫)

3月8日(月)

先日のトラウマ学会で出会った大学院生からメールをもらった。
 「先生のお話をお聞きして、とても参考になりました。先生のお話しぶりから、Clを一番に考えている姿勢、またそのご自分の方針に対する熱意や自信が伺えました。治療者側が立つ理論に拠った治療というものに、ずっと疑問を感じてきました。それについて精神分析の先生方に質問をしても、自分が納得できるような答えが返ってきたことがありませんでした。そんな中で、村本先生の治療方針を聞いて、こういうふうに実際に治療を行っている方がいるんだって、本当に感動したんです。大げさでなく、本当にうれしかったです。自分の持ってきた疑問に対し、これで良いんだって思えました。・・・ありがとうございました。」
 というものだ。社交辞令でなく、若い人たちが心から発してくれていると感じられるエールは本当に嬉しく励まされる。立場が逆かもしれないけれど、「頑張ってきて良かったなあ」と思うし、「後に続いて頑張って欲しい」と思う。自分としては、エリクソンの中年期の発達課題である「世代性」に取り組んでいるつもりだから、次世代へ伝えたい想いがいろいろある。それをキャッチしてくれる後輩たちがいることを有り難く幸せに思う。(村本邦子)

3月7日(日)

昨日も今日も雪がちらつき、真冬を思わせるような寒さだが、面白いことに、猫は賢くて、暖かい場所をきちんと確保している。キッチンのガスファンヒーターがついていれば、必ずそのそばにいるし、隣の部屋まで全体が暖まっていれば、居心地の良いベッドに寝そべっている。私たちが寝静まったら、布団にやってくる。昨夜、娘が夜中に勉強していた。背中に電気ヒーターがあたるようにしていたが、ふと暖まり具合が悪いなと思って振り向いた。すると、ヒーターと自分との間に猫がいたのだそうだ(笑)。猫は物音もさせずに近づくので、こういうことは割とある(笑)。猫はとうとう、娘が勉強を終えるまでそこにいたそうで、「ココア(猫)がずっといたから、私が寒かった」と、今朝、娘から話を聞いて笑ってしまった。犬はノンキというのか、下手したら寒い場所でぶるぶる震えているときもあるが、さすがに猫はやるなあ。今もガスファンヒーターのそばで、ちょこんと座っている。甘えん坊の犬は、私の椅子の半分を占領して、眠っている。今夜もちょっと冷えているなあ。暖かい春が待ち遠しいね。(津村 薫)

3月7日(日)

子どもプロジェクトで京都支所へ。かつて河原町三条にあった「清鳳」(こんな漢字だったような気がするけど違うかも)という紅茶屋さんに行ってみようと思い立って探したが、見あたらず、「六曜社」(これも漢字が違うかも)のミルク・コーヒーを飲んだ。「六曜社」が1階と2階にあったが、ここの2階が「清鳳」だったような気もする。つぶれてしまったのだろうか?なにしろ学生時代だから20年近く昔の話だ。上等のカップを使っているのと、ケーキがおいしかったことを覚えている。京都の街は変わっているようで変わっていない、変わっていないようで変わっている・・・という感じ。(村本邦子)

3月6日(土)

新しい人との出会いに飛び込む(?)ことの好きな私だが、人との関係でダメージを受けることはそう多くない。両手の指に満たないとは言え、それでも、そういうことはたまにあって、数ヶ月、あるいは数年、引きずることもある。傷ついたり、怒ったり、怖れたり、後悔したり、罪悪感に駆られたりを繰り返しながら、少しずつ消化していくほかない。世の中の人を良い人と悪い人にきれいに分けることができれば事は簡単だが、ダメージを受けた相手とは言え、良いところ、好きなところ、可哀想なところが見えてしまうのが辛いところだ。少し距離を置いて、「残念だけどご縁がなかった」と考えることにしよう。(村本邦子)

3月5日(金)

寒い日が続いていて、ついつい体が縮こまってしまう。いかんいかん。最近は、整骨院に行くのも、さぼりがち。また、肩や腰が痛くならないようにしなくちゃ。通販の雑誌を見ていて、いつも目につくのは、「姿勢をよくする椅子」。あれは効くものかしらん?愛用者の声を是非聞いてみたい。いつの日か夢見ている贅沢は、「ウォーターベッド」で寝ること(笑)。作家の林真理子氏が愛用していて、エッセイで、素晴らしい使い心地を書いていたのを読んだのだ。それでも、まあ高いこと!しかも設置するのも並大抵ではないそうだ。ふふふ、この夢を叶えるのは、そのうちってことで(いつやねん)。今日は夜の講師。帰り道はやっぱりぶるぶる。40℃に温められたウォーターベッドが待ってたらいいのにねー(笑)。動物たちも喜びそうだ。(津村 薫)

3月5日(金)

今日も続けて学会。この学会、プログラムを詰めすぎだ(朝の9時から5時まで4セッション)。冨永先生や市井先生と「トラウマの心理療法」のシンポを出した。この学会は医者主導で、実証的なものを短時間(15分ほど)で発表する形式なので、どうも時間が足りなくて消化不良の感が残る。でも、その分、数多く全体像を俯瞰できるので、最近の動向をつかむという意味では手応えがある。時代の変遷に感じ入るのみだ。出店している本屋を覗いても、トラウマ関連の出版状況は急速に進展している。それにしても、こうトラウマのことばかり見ていると、いささか食傷気味になるものだ。春の訪れを感じる季節。少しは気持ちが明るくなることを考えるとしよう。(村本邦子)

3月4日(木)

珍しく講演が入っていない1日。体調が悪いこともあって、1日ゆっくりと休ませてもらい、自宅で横になっていた。ものすごーく珍しいことなので、「いいんかな?」という気持ちになる(笑)。とはいえ、横になると、いくらでも眠れるのが怖い(笑)。夜もきちんと眠れた。う〜ん、疲れがたまっているんだなあ。気をつけなくては。(津村 薫)

3月4日(木)

今日はトラウマ学会で、朝から3つの講演を聴いた。1日真面目に勉強したな〜という感じ。アメリカからのゲストによる認知行動療法についての講演、とくに目新しいことがあったわけではないが、質疑応答などから、日米の現状が見えて面白かった。お昼は、何故か武庫女のH先生と一緒になり、梅を見ながらお弁当を食べた。たまたま会場近くにあった靖国神社である。参拝などしないが、境内でわざわざ白鳩の群が育てられているのが面白い。H先生は行くのにちょっと抵抗があったようだけど、ここはトラウマを考える上で興味深い場所だ。夜はラクアで台湾式マッサージ。普段は肩が凝るということはめったとないが、今回、神経痛とともに肩も背中もバリバリに凝っていたので、生まれて初めて「効く〜!」という経験をした。長引いた神経痛にもようやく回復の兆しが。(村本邦子)

3月3日(水)

夕食を済ませてホッとしていたら、隣家から、「もう、お腹いっぱい?ちょっと来てくれへん」と声がかかった。行ってみると、大きな桶の中にお寿司がどっさり。「どうしたん、これ」と言うと、「とても食べきれないから、手伝って」とのこと(笑)。私もさすがに無理なので、夫の夕食のために、お皿に取り分けてもらった。帰宅してから、「アレ、何かお祝いだったっけ?」とボケたことを考えた私。桃の節句だったので、きっとそのお祝いだったのだろう。お祝いムードには程遠い我が家。20日後には、合格のお祝いをしてられるといいのだけれど。(津村 薫)

3月3日(水)

明朝から学会のため、午後東京へ移動。今回は連れがあったので、行ってみたかった大江戸温泉へ行ってきた。歌舞伎役者によるお出迎え、たくさんの柄の中から選べる浴衣、江戸下町風の露店など、テーマパーク風でおもしろかった。夕飯を食べた中村座で、ちょうど漫画劇場というのをやっていて、お客さんの似顔絵を即興で漫画にするという舞台をやっていて、記念にと参加してきた(私は恥ずかし気もなくこういうのが好きだ。去年は太秦映画村でチャンバラもやった)。お風呂上がりのスッピン状態、結構かわいく描いてもらって気をよくしている(まっ、女性2人連れのお客を不細工に描くわけにはいかないだろうけど)。温泉に浸かってリラックスした後、電車に乗ってホテルまで帰るというのはちょっと辛かったけど、今夜はぐっすり眠って、明日から勉強だ。(村本邦子)

3月2日(火)

最近、娘がおかしなことを言う。「心理学でだまそうとしてる」と言うのだ。たとえば、母「(きのうの残り物)食べへん?おいしいで(ムシャムシャ)」娘「ホラ、まただまそうとしてる。負けるもんか」母「何、人聞きの悪いこと言ってるの!?いいで、別に食べんでも。全部、一人で食べちゃお」娘「う〜ん、だんだん、うちの意志が負けていく〜」(一緒にムシャムシャ)。・・・娘「なぁ、その服、若すぎへん?うちだって持ってないのにズルいわ。もっと大人っぽいもん着た方がいいんとちゃう?」母「自分こそ、心理学使ってだまそうとしてるんちゃうん?そんなこと言ったって、あげへんで」娘「今のは、すぐバレるな。失敗」。・・・「心理学で人をだます」なんて考えたことなかったが(第一、だます必要もないし)、疑惑の思春期、親を疑ってかかるという作業をしているのか!?たしかに、技法教育の心理学ビデオなど、よく横で一緒に見てるもんな(APAのシリーズなど、ほぼ全部見たのではないだろうか?)。 (村本邦子)

3月2日(火)

朝、大阪市内で講師をひとつ済ませた後、事務所に戻ったのだが、あまりに寒くて、ガタガタ。バス1本で帰れるところなのだが、バス停でバスを待つ時間を、どれほど長く感じたか。事務所に戻っても、ひとり「寒い、寒い」と騒いでいたが、周囲は特に寒さがつらい様子でもなさそう。私が風邪気味なのだろうか。帰宅して横になる。それでも落ちない食欲。私って、本当にたくましいなあ(笑)。明日も大阪市内で講師。(津村 薫)

3月1日(月)

大阪の公立前期入試の合格発表日。知人のお子さんは皆合格で、ホッ。同じ親として本当に嬉しい。入試を終えてから、結果が出るまでの1週間、きっと、まんじりともできなかったことだろう。我が家は後期入試挑戦組なので、あと半月先の話だ。それにしても大阪府は、どうしてこんなに公立高校の入試が遅いのだろう。全国的に友人ができた今では、飛びぬけて遅いのだと知り、ますます不満。せめて卒業式には、もう進路が決まっていてほしいのだけれど。毎年、1月〜3月があっという間に過ぎるのを嘆息するけれど、今年はなぜだか長い気がする。はらはらしつつ、子どもの前では動揺も不安も見せず、落ち着いた態度をとる、というのも、なかなかエネルギーの要ることだ。あまりに大変なので、外では騒ぐことにしている(笑)。(津村 薫)

3月1日(月)

「今晩いる?」と毎日のようにチェックする息子。「やっぱり家にいて欲しいんだなあ」と勝手に解釈していたが、先日、娘に間違いを指摘された。ガ〜ン。今日も、「あれ、月曜は泊まりじゃなかった?」と聞く息子。今こそはっきりさせてやろうと、「ねぇねぇ、それって、いる方がいいと思って聞いてるの?いない方がいいと思って聞いてるの?」と尋ねると、ムニャムニャごまかす。「正直に言っていいで。おった方がいいなら遠慮して出かけるし、おらん方がいいんやったら、遠慮せんとでかけるし」「別におらんでええで」「なんや、おった方がええと思って遠慮してたのに、これからは堂々と出かけるわ」「ええで〜!」「おらんかったら、テレビやら音楽やらガンガンかけて羽伸ばすんやろ」「まあな」とニヤニヤ。母がおってもおらんでも羽を伸ばす息子と、息子の希望があろうとなかろうと夜遊びに出かけてしまう母だった。不良一家やな。(村本邦子)