2003年11月 (スタッフの日記バックナンバー)

11月30日(日)

 今日は東京で1日、臨床心理士会主催の子育て支援研修会。私が子育て支援を始めた頃には、まだ「子育て支援」という言葉もなく、心理仲間には「いったい何してるの?」という感じでとらえられていたのだけど、今や研修会に全国から800人もが集まってくるというのだから、時代も変わったものだ。基調講演は、上智大学の網野武博さんという福祉臨床の分野の人だったが(私は初めてだったが、かなり偉い人らしい。偉い人で、おもしろい話をする人は希有だと思う)、子育て支援の本質を問い、きめ細かく、心理士の視野を広げる良い内容で満足だった。私は、「地域における子育て支援」の分科会で、精神科医の原田正文さんらと話題提供をした。司会は、三沢直子さんといって、私が研究所を立ち上げる前、東京でお母さんのカウンセリングをしている人がいるからと聞いて訪ねた人で、「こういうことって、なかなか拡がらないよね」とこぼしあった。彼女も今や出世して頑張っているようだ。私は意図的に出世コースから降り、はずれた形で臨床をやってきたつもりだが(心理の外から見ると、そうは見えないかもしれないけれど)、マイペースながらここまで仕事を継続し、展開してくることができて幸せなことだと改めて思う。200人を超すフロアの人たちも、半分以上が実際子育て支援に関わっている人たちで、とても熱心だった。午前の講演でも強調されていたが、今や、生みの親の母性だけを強調するのでなく、「社会的親」の重要性が理解されつつあるのかもしれない。社会福祉も、施しとしてのウェルフェアから、自己実現支援のウェルビーイングへと変わってきているのだそうだ。これから人口が減っていくという日本社会の中で、益々重要な視点になっていくと思う。暗いニュースが続くが、今日は、ちょっとだけ明るい希望を持てた1日だった。(村本邦子)

11月29日(土)

面接後、明日の仕事のために東京へ。今夜は東京ドームにできたという温泉「ラクーア」の探検に行く。ちょうど、大阪の「スパワールド」みたいな感じ。それより、ちょっとだけ高級感あって、ちょっとだけ値段は安いかな。さまざまな種類の低温サウナ、夜景を見ながらの休憩、(雨の中の)露天風呂と楽しんで、リラックスした。若いカップルは当然多かったが、男同士の連れやグループが多いのが意外だった。温泉と言えば、どこへ行っても女同士のグループが圧倒的に多く、「これだから女の方が寿命が長いんだよな〜」と内心、男性を気の毒に感じてきたのだけど、最近は、男たちも男同士で積極的に楽しんだり、リラックスするようになりつつあるのかな。これは良い兆候だ。(村本邦子)

11月29日(土)

期末テストは終えたものの、週明けには実力テストを控えた娘が、相変わらずピリピリしている毎日。なんと大晦日から元旦にかけて、塾で徹夜勉強をさせられるそうで、大事な時期に体をこわしてもつらいのになあ〜と心配。この2つのテスト結果で、志望校がほぼ決定するそうだ。以前にふと思ったことがあるのだが、我が家には、近所の子どもの出入りが結構激しい(笑)。「お〜い、ジュース飲む?」「お菓子食べる?」と聴いたら、「う〜ん、どうしよう」と近所の子どもに言われて、ズッコケそうになったことがあるのだ。「そうか〜、ほんなら欲しくなったら言うてや〜」と言ったものの、娘がそんな返答をすることはまずない。「要る」か「要らない」という返答は、いつもはっきりしている。それは、私がそうさせたのかなあと、しみじみ思ったものだ。私自身がそういう性格で、食べたいか食べたくないかを「う〜ん、どうしよう」と迷うことはない。何かをするときも、「したいか」「したくないか」は、いつもはっきりしていた。その近所の子どものお母さんもやはり、「う〜ん、どうしよう」とよく言う、おっとりタイプの人だ。我が子に「はっきりしなさい」「早く決めなさい」と迫ったことはないつもりだが、私の中の何かが、子どもに迷うことを許さなかったのだろうかと、何だか我が子が不憫に思えたものだ。その娘が「どこへ行きたいのか、まだ決められない」「どうしたらいいんやろう」と進路選択に迷っている。迷い悩む日々が力になるよう、出来れば実りある迷いを体験してほしいものだ。このテスト結果を見て、自分で決めると本人が宣言しているので、その決断を待とうと思う。頑張れ、おおいに迷い、苦しんで大きくなれと祈りつつ。(津村 薫)

11月28日(金)

京都支所をちょっと上がった所にある「がんこ高瀬川二条苑」で昼食を取る。噂には聞いていたが、ふつうの「がんこ」とは大きく違って、しゃれた京都の料亭。もともとは、高瀬川を開削した角倉了以の別邸、庭園は近代造園で名を馳せた小川治兵衛によるものだという。豆腐や湯葉づくしなどの懐石があって、安くもないが、そう高くもない。庭園を自由に散策できるので外人さんなど連れていったら喜ばれることだろう。ちょっと時雨れた秋のお庭の風情のひとときを楽しんだ。昔、東山二条に住んでいたことがあるので、このあたりは日常の行動範囲だった。二条大橋を渡って木屋町を下り京阪や阪急であちこち家庭教師に行っていたから。その頃、このお屋敷はあったが、まだ誰かが住んでいたのだろう。大きな歴史と小さな歴史が重なって感慨深い。(村本邦子)

11月27日(木)

午前中は豊中市の千里公民館で乳幼児をもつお母さんのための子育て講座。何人かのお母さんは乳児を連れて受講されており、育児奮戦中の自分自身をふと思い出す。あの頃とは、子どもの可愛さも育児のしんどさも、質が変わってしまったけれど、ミルクのにおいがする、ふわふわの赤ちゃんを育てる楽しみをもう味わえないのかと思うと何だか寂しいな・・・と思う私はトシをとったのかなあ。可愛い赤ちゃんを見ると「すみません、1週間ほど貸してもらえませんか」と不謹慎なことを言いたくなる(笑)。午後はメセナひらかたでの連続講座の最終回。枚方の自主グループ「わくわく」さんの自主企画講座で4回行ってきた。保育の申し込みが多く、急遽保育人員を増やすなどして、メセナひらかたがかなりの配慮をしてくださったと聴いている。ありがたいことだ。毎回、よい仕事をしてくださり、講座を成功に導いてくださった「わくわく」のメンバーの皆さんにも感謝。そして、たいへんな育児中、4週に渡って講座に足を運んでくださり、真剣に学んでくださった受講生の皆さんにも、ありがとう!(津村 薫)

11月26日(水)

最近は、ゆっくりとドラマを楽しむといえば、「白い巨塔」くらいになってしまったが、もうこの日記をご覧の皆さんはご存知の通り、私はかなりのテレビっ子。ふと思うのが、「おいしそうに食べる」女優さんがとても好きだ。古くは(失礼)十朱幸代さん。清水美砂さん、若手では和久井映見さんというところか。よくグルメレポーターをしていた根元りつ子さんや渡辺めぐみさんなども良かった。ちなみに男性では、「食いしん坊万歳!」に出てくる歴代レポーターたち。村野武範さん、辰巳琢朗さん、それから、「食いしん坊・・」には出ていなかったが、関西系の番組で「グルメデート」という番組を長年やっておられた円広志さん(♪飛んで飛んで飛んで・・・♪の人ですね・・笑)などが実においしそうにものを食べる。ほう〜っと見とれながら、自分までおいしい気分になるから不思議。私は根っからの食いしん坊なのね。「癒し系」と厚かましくも名乗っていたら、「いやしんぼ系」と言われたことがある。認めます(笑)。(津村 薫)

11月26日(水)

「その時歴史は動いた」で尊敬するガンジーをやっていたので、これは逃せないと見る。とくに目新しいものはなかったが、ガンジーの徹底した「非暴力・不服従」にはいつもながら胸を打たれる。今のところ、自分では、まだそれを実践するだけの自信はない。正当防衛で暴力的抵抗を試みるか、もしくは、痛い眼に遭いたくないから服従のそぶりを見せるかも。助かる見込みのないところで不服従を貫くのは正しいと感じるが、生き延びる選択肢のあるところで、命を捨てて抵抗することが正しいことかどうかわからない。私は、まだまだ生き延びることに執着があるのだ。でも、いつか「非暴力・不服従」を貫けると自信を持てる自分になれたらいいなという思いはある。(村本邦子)

11月25日(火)

今日はシャルレ「ウィメンズ・フェローシップ」の授賞式。昨年の受賞団体を代表して、活動報告をしに出席した。「輝く女性を応援する」との趣旨で始まったこの助成金も今年で十周年を迎えるとのこと、これまで応募し、活躍してきた女性団体の歴史の紹介があった。女性たちが本当によく頑張っているんだなあと感慨深いものがある。このような助成事業を通しての社会貢献の意味を改めて感じる。今年の受賞グループには若い層が目立ち、学生時代に始めたボランティア活動を就職してからも頑張って続けている女性たちがいた。「頼もしいなあ」と嬉しくなる。先行き不安な時代だけど、ボランティア活動の裾野も拡がり、明るい光も感じられる。・・・そして、今日はやっと家に帰れた。私がいなくても子どもたちは特に不自由していないようで(毎朝のお弁当づくりだけが面倒だったようだが)、それほど喜ばれていないような気もするけど、私はやっぱり嬉しいな。(村本邦子)

11月24日(月)

今日はコミュニティ心理学会の理事会で、ハンドブックの編集方針に紛糾。結局、丸一日を費やす。それでも5時には自由の身になったので、どうしようかと思案。東京出張中にフリータイムがあることは珍しいので、夜遊び(?)をすることに。お台場の「大江戸温泉物語」に興味があったのだけど、一人で行っても楽しくなさそうだから、先日カウンセリングで話題になった六本木ヒルズを体験することにする。いつものお得意パターンで、まずは、そのへんの人と仲良くなって情報収集。ヒルサイド2Fの「香港茶楼」が人気とのこと、まずは香港料理を食べる。おいしかったことはおいしかったけど、どちらかと言えばお酒を飲むところのようで、ウーロン茶まで有料で注文しなければならないのは嫌な感じだった。内容的にも値段的にも、お台場小香港・チャンズ裏にある香港ラーメンの方が勝ちだと思った(何せ六本木だもんね〜)。それから、例によって、展望台と森美術館との無料招待券までもらってしまったので、空の上の森美術館(なんと、52・53階にある)へ。ゆっくり全部を観たわけではないけれど、斬新なコンセプトを含む美術館だと感じる。良いものも、訳のわからないものもあったけれど。たまたまレニ・リーフェンシュタールの「美の祭典」のフィルム(短く編集したもの)もあった。仏像やマンダラ、性描写そのものの浮世絵(噂には聞いていたが、かなりえぐい)などが現代アートと違和感なく混じって展示されているのがおもしろい。そして、東京人でも一度は見るべきという東京シティビューへ。53階のさらに上にあるスカイデッキは360度ガラス張りで、見事な夜景。大阪ヘップ屋上の観覧車から観る夜景が私のお気に入りだが、それよりもっとすごい眺望。マトリックスか何かの仮想現実のように感じられる。どうやら、東京タワーは生き返ったようだ。子どもの頃、出来たばかりの東京タワーに行った記憶があるが、それ以降、どんどんさびれていったような印象がある。シティビューでは、東京タワーが晴れがましくピカピカ輝いていた。ただし、昔は見上げていた東京タワーを見下ろす格好になるのだけど(ついでながら、今は、丸ビルから皇居を見下ろすことができる)。夜景を観ながらハーブティーを飲んで、遅くならないうちに・・・と大急ぎでホテルに戻る。夜遊びと言っても、よい子は早寝、明日も仕事だし。(村本邦子)

11月23日(日)

いま話題のベストセラー「夫よ!あなたがいちばんストレスです」(村越克子著/河出書房新社)を読んでみた。著者はフリーランスのライター。ある生活情報誌の取材で女性にインタビューしたところ、「いまの私にとっては、夫がいちばんストレスなんです」と彼女がポツリもらした言葉がきっかけとなり、執筆を思い立ったという。何人もの女性のケースを挙げており、確かに「エッ」という男性もいる。妻が台所で洗い物をしているのに電話が鳴っても「お〜い、電話」、リモコンがそこにあっても「テレビつけて」。麦茶一杯自分でコップに注がない、たばこを吸ってもちゃんと消さない、アイスクリームが食べたくなっても、妻に持ってこさせてゴミの始末もしない。私ならキレますね(笑)。小さい頃から周囲にやってもらって当たり前、感謝の気持ちのひとかけらもない、とは妻の弁。もちろん、諦めてストレスをため続ける妻たちだけではなく、果敢に闘い、夫との関係を変えた女性、離婚準備に着々と取り掛かる女性なども紹介されているけれど、たいていの妻たちは、「こんなものだったのか」と自分の結婚を悔いている。これでは「亭主元気で留守がいい」と妻たちが言うはずだけれど、内心怒りながら「何を言ってもムダ」と表面的には夫に従ってしまっているので、夫たちは何も気がつかない。どちらにとっても不幸なことだろうに。俳優の武田鉄矢が、かの有名な代表作ドラマで共演した生徒役の俳優の結婚に際して、「薔薇の香りのする家庭なんかないからね。石鹸のにおいのする家庭を築くこったね〜」と言っていたことがある。私も結婚して16年。トシをとりました(笑)。不満を挙げたらキリがないのは、相手とて同じだろうと思う。あるとき、「不完全な人間であることを許す」という言葉にハッとしたことがある。私もたぶん許されているのだろう。珍しく謙虚な気持ちになった妻は、今日は少しばかり、家を磨きましたとさ(笑)。

おまけ/そうそう、この本を読んでいることを夫が知ったら、いやな気持ちになるだろうかと気を遣って、カバーを丁寧にかけ、さっさと仕事場に持って行った(笑)。(津村 薫)

11月23日(日)

霧島で両親と落ち合って、つかの間の霧島めぐりを楽しんだ。リフトで頂上まで登り、景色を楽しむ。絶好の秋の行楽日和で、高千穂や桜島、開聞岳、周囲の山々がすべて眺望できた。次回は登山に挑戦したいものだ。その後、滑り台で下まで降りた。滑り台の後に並んでいた親子づれから「元気なおじいちゃん、おばあちゃんだねー」と言われていたが、母は、今後は二度とリフトも滑り台も乗らないと後悔していた。両親ともにとても体が悪いので、今回も、父を車椅子の乗せたり、母が転んで立てなくなったりと、そんな旅だったが、いつも、「両親と一緒に出かけるのもこれが最後かな?」と思いつつ十数年が経つ。親子ともども気だけは元気なのだ。温泉に入ってから、空港へ。そろそろ家が恋しくなってきた頃だ。大阪を下に見つつ、通り過ぎて東京まで飛ぶ。まだまだ仕事は続く・・・。(村本邦子)

11月22日(土)

鹿児島県男女協同参画センター主催のDV講演会。夏に鹿児島で子育て講演をした時もそうだったが、男性の割合が多いことに驚く。民生委員さんたちだったようだが、フロアからも「鹿児島は土地柄男尊女卑の傾向があるから」などの発言が男性からあったり、出迎えてくれた男性方も「やっぱり人権からですよ」と口を揃え、「へ〜」という感じだった。質疑応答も熱心だった。とても嬉しかったのは、高校時代の同級生が偶然来てくれていたこと。話を聞きながら私と認識して、声をかけてくれた。彼女もジェンダーに関わる仕事をしているとのこと、昔の友達たちが活躍していることを知ることは励みになる。故郷で仕事をさせてもらえるのはとても嬉しい。自分もここで育ててもらったんだと思うから。今夜は空港近い霧島温泉で一泊。夕日が美しく感動的だった。霧島から眺める日の出、日の入りは最高なのだ。(村本邦子)

11月21日(金)

なんだか南海沿線づいていて、一昨日は貝塚市、昨日は岸和田市、今日は泉南市。このところ毎日、南海電車に乗っている(笑)。今日の帰りは泉佐野市で急行を待っていたら、ラピートがやってきた!わ〜い!つい嬉しくなって乗ってしまった。天下茶屋までノンストップ、座り心地の良いシートにもたれて、しばし休憩。プラス500円で特別急行券を購入しないといけないが、リラックスできるので、ラピートに遭遇した時には、嬉しくなっていつも乗ってしまう(笑)。来週もあちこちに講師に行く。この連休は原稿書きに取り組もう。期末試験前の娘のピリピリは最高潮。この期末試験で志望校がほぼ決定になるのだから仕方ない。この努力が報われてほしいと母は祈るのみ。心なしか愛犬や愛猫が娘の顔色をうかがっているようでかわいそうだけれど、私が帰宅してヒーターをつけたら、2匹ともあどけない顔をしてベッドですやすや。可愛いものだ。さあ、私もちょっとは家事を頑張ろうかな。(津村 薫)

11月21日(金)

 朝、諏訪湖畔を散歩する。日が差したり翳ったりするごとに湖の表情が変化し、本当に美しい。白鳥の飛ぶ姿は雄大であり、人なつっこいカモの群れも心洗われる思いだ。自然の中にいると、エネルギーが充満する。長野県女性センターでの講演を終え、今度は東京に移動。上諏訪の駅からスーパーあずさ号に乗るのだが、なんと上諏訪の駅に「足湯」があるではないか。あまりにおもしろいから、大急ぎでブーツとタイツを脱ぎ、足を温泉につける(私も物好きだよね〜)。かなり熱くて、学校帰りの女子高生たちの足は真っ赤になっていた。今夜は品川に泊まり、明朝、鹿児島へ飛ぶ。品川プリンスはJTBの人のお薦めどおり、羽田まで20分で快適だ。本館は独り者のビジネスマン・ウーマン向けにリーズナブルで、女性専用フロアもある。ホテル内にレストランやシネマ、その他、遊ぶところがいっぱいあって、元気があれば楽しそう。でも、まだまだハードスケジュールが続くから、今夜はおとなしく寝ることにしよう。(村本邦子)

11月20日(木)

 明日の講演のために長野へ。車中、木曽のあたりは山々がこんもりと色づき、ずいぶんと低いところまで雲が下りて、まるで、日本昔話の中に迷い込んだような錯覚を覚える。今夜は諏訪湖畔の温泉宿に泊まる。諏訪湖には白鳥もいれば、無数のカモもいて美しい。諏訪湖の夜景を見ながら温泉につかれるのは嬉しいことだ(私は、温泉があるとこ、ダイビングのできるとこなら、どこへでも大喜びで講師に行きます!)。明日の打ち合わせで岡谷の女性センターへ行ってきたが、おっとりのんびりしている。明日はどんな方々と会えるのだろう?(村本邦子)

11月19日(水)

 ナイトショーで「マトリックス・レボリューション」を観る。「リローデッド」では結末が出るまで評価はお預けにしてあったが、最終的に、めっちゃ面白かった。甘い恋愛ものは見ない主義だが、複雑なストーリーと迫力あるアクションに純愛ものが混じっているので見せられた。ストーリーはちょっとオタクっぽくてついて行きがたい部分があるが、女の戦士たちはかなりカッコいい。見ながらワクワクしたが、「いよいよ死ぬ時だ。同じ死ぬなら、できるだけ多くの敵を道連れにするんだ」と勇ましく呼びかけるミフネという戦士に特攻隊のイメージが重なり、「これって非暴力主義に反する?」とだんだん考え込んでしまった。でも、よく考えてみると、殺す相手は機械だし・・・。生きるか死ぬかと追いつめられた状況においては戦うしかなく、実際のところ、戦時下で戦うものは、それが正義の戦いと信じ、敵は人間でないと思うのだろう。そして、究極の選択を迫られる時、実際、「愛」は強力な力を発揮するのかもしれない。最初のマトリックスでは、運命を信じるか意志を信じるかが問われ、オラクルの予言は、「リローデッド」で不確かなものとなるが、最後には、予言はどうでもよいものになっていく。予言を信じないけれどネオを信じるナイオビ、ネオ自身も予言の真偽と関係のないところで自分自身を信じて行動するようになる。もっとも重要なのは「選択」なのだ。これはかなり納得いく結論だ。愛や信頼や意志などに軍配を上げるある種、古典的なストーリーでもあるが、真実は何であれ、最後は信念に従うしかない。最後の場面は、プログラムが人間を超越していることをにおわせてはいるけれど。(村本邦子)

11月19日(水)

貝塚市で講演。「子どもの心を育む子育て〜子どもの叱り方」というテーマ。100名弱の方が集まってくださった。ありがたいことだ。あちらこちらに目頭を押さえている人たちの姿。現代の子育てのつらさや孤独を垣間見るような思いになる。子育て中の悩みの特徴的なことは、「これがエンドレスなのではないか」となぜか思い込んでしまうところだと思う。子どもの可愛さも、子育ての大変さも、時と共に質を変えていくのだけれど。無策だと感じるとやりきれないけれど、打つ手が必ずあること、乗り越えられることなのだと信じたいものだ。「何かできそうかな」と感じる機会になったとしたら嬉しいけれど。ご多分に漏れず、私の育児のしんどさも質を変え、今はひたすら高校受験へまっしぐら。貝塚市から娘の通う中学に駆けつけ、進路懇談。今度の期末テストの結果も加え、来月には志望校(私学)を決めないといけない。こうなると親は殆ど無力で、子どもの力を信じて支援してやるしかない。こんなに大変なら、自分の受験の時の方がよほどましだったと思うけれど、きっとそれは忘れてしまっているのだろう(笑)。「合格発表の時には、心臓が口から飛び出すと思うわ」とこぼしたら、私のデスクの横にいる事務局長の小林が「そうなったら、はいはいって口の中に戻してあげるから」と。宜しくお願いします(笑)。なんと女性ライフサイクル研究所には、今年度高校受験の子どもを抱えるスタッフが5人もいるのだ。来春は大変なことだろう。心臓を戻しあって頑張るとするか(笑)。つ〜か、それは私だけか(小心な親)?明日は枚方市と岸和田市のハシゴ。さあ、気合いを入れるぞ!(津村 薫)

11月18日(火)

今年もあと1ケ月半を残すばかり。毎年のことなのに、気ぜわしくなるからおかしい。今年もいろいろなところに講師として行かせていただいているけれど(まだあと数十ヶ所残っているので頑張らなくては!)、知らない土地のことを学ぶのは結構楽しい。三重県の桑名市に行ったときに、依頼先の役所の方の名刺が写真入りで、「桑名の焼き蛤」と書いてあった(写真は蛤を網で焼いているというもの)。「その手は桑名の焼き蛤」という表現は、そこからきているのだと、なんと私はそれではじめて知ったのだ。スタッフに聴いたら既に知っている者もいて、自分の無知さを恥じたけれど、「72へえ〜」くらいの驚きだった(笑)。明日は貝塚市。南海電車は難解で(さむ〜)、本線と高野線の区別がつかず、いつもヒヤヒヤ。その翌日は枚方市から岸和田市へ。そのまた翌日は泉南市へ向かう。早くスイスイと電車に乗りこなせるようになりたいのだけれど、乗り換えでいつも手間取る。パソコンがあって本当によかった。駅前探検倶楽部は私の心の友だ(笑)。(津村 薫)

11月18日(火)

 HP日記愛読者の方から高野山情報を頂いた。高野山の企業墓は、「高野山に墓を建てる時、沢山あるお墓の中で自分達のお墓が直ぐにわかるように、また奥の院にくる観光客に対しての宣伝効果と企業の力を示すために変わったお墓を建てた」のだそう。だから私は、「宣伝広告費」で経費に計上しているのかなと思ったのだ。また、FLCの企業墓をあそこに建てるには真言宗の信者でないと厳しく、そして何より費用が半端じゃないのだそう。情報、ありがとうございました。いろんな人がいろんなことを知っているものだなあ・・・と改めて感心した次第。(村本邦子)

11月17日(月)

 タクシーに乗ったら、「リストラにあって、九州から大阪に出てきてタクシーに乗り始めて3日目なんです」と運転手さん。管理職をしていたが、肩たたきにあって、1年、山登りと陶芸をして心身の立て直しをしてから大阪に出てきたのだと言う。右も左も知らない状態で、京都の運転手をするのはちょっと辛いと思うが、「皆さん親切で」と。私も結局、道案内をした。リストラと聞くと、人事じゃない気もするし、気の毒だから、みな親切にしたくなるのかもしれない。でも、早く道を覚えてね、運転手さん。(村本邦子)

11月17日(月)

あまりに忙しい、忙しい・・という毎日もナンだと思い、先週は講演を午前に終えて、午後に夫と待ち合わせをして、鞍馬に紅葉を楽しみに行った。といっても、暖かい日が続いたせいか、まだ見事な紅葉・・というほどでもなく、少し残念。それでも、澄み切った冷たい空気の中を歩くのは気分が良くて、日頃排気ガスの中で暮らしている私には、良いリフレッシュになった。ケーブルを使わずに歩いて、ふもとの茶屋で食べた「本わらび餅」は柔らかくて冷たくておいしかった。香ばしいほうじ茶が疲れを癒してくれるようだった。いや〜気分よかった・・と思っていたら、3日も経ってから筋肉痛が!!3日後というのが、さすがにこたえる。そんなに私はトシヨリなのかしらん(涙)。まあ、日頃鍛えてないからなあ。駅の階段をサボって、すぐにエスカレーターに乗る根性ナシだから、反省。といいつつ、今日もエスカレーターに乗ってたなあ。すみません、口ばっかりで。最近、洋服がどれもきつくなってきて、体も重い。忙しいからスタミナをつけないと、という大義名分で食べまくっていたからなあ。食欲の秋とはいえ、食欲にまかせて食べまくるのもイカン。ああ、反省だらけの私。(津村 薫)

11月16日(日)

 今週から人生最大の超多忙週間が始まるので、何としてでも今日は美容院へと、行ってきました。白髪が見えてくると何だか自分がとても苦労しているようでみすぼらしい気分になって。年齢から言って、本当は自然現象なんだろうけどね。ちょっと良い気分になったけど、明日の精神分析の準備がまだ出来ないので(金曜日にサボったからね〜)、今晩は必死。ハチマキで取り組まねば。明日は「トーテムとタブー」。(村本邦子)

11月15日(土)

 きのうの高野山のお墓の話、早速に面白い情報をもらった。「NIRA」という団体の理事中牧弘允氏による「会社人類学」の講義によれば(ネットで検索すればHPあり)、あれは、「会社墓」と呼ばれるもので、高野山を中心に、高度成長以降、静かな建立ブームを呼んだのだとか。在職中の物故社員の供養を行うことから、企業戦士の墓とも考えられる。供養塔は会社の永続と繁栄を祈願するためのものでもあり、志半ばで倒れた企業戦士の墓は終身雇用制と密接につながっていた。バブル期の節税対策という推測ははずれたが(もう少し信心があったようだ)、だいたいは予想通り。
 もうひとつ、「風水墓普及協会」(これもネットでヒット)によれば、 風水墓(と呼ばれるらしい)には良い「気」を集める機能がある。松下幸之助が、日本の大手企業の社長として初めて、「気」のエネルギーの強い高野山に会社墓を建てたのだそうだ。良い「気」をたくさん集めて会社へ噴出させるためらしい。この協会によれば、お墓を見れば社運がわかり、風水墓は未来を切り開き幸運を呼びこむための方法なのだと。
 それにしても、何とも現世利益的な信心だこと。あまりに面白くてうなってしまった。うちもそのうち、高野山に風水墓でも建ててみようかしらん!? (村本邦子)

11月14日(金)

 今日は気持ちを立て直すため、一日お休みをとって(その分のツケがたいへんだけど・・・)、山歩きでもしようと高野山へ行ってきた。女人禁制だったり、宿坊ばかりだったり、それに、何と言っても密教だから、もっと険しい山岳地帯をイメージして密かに憧れていたのだけど、実際には開けたところで山歩きという雰囲気ではなかった。
 それでも、かなり面白い所だった。金剛峰寺を見て、弘法大師が今も生きて住んでいるという奥の院まで歩いたのだが、参道はずーっとお墓だらけ。織田信長、明智光秀、石田三成、上杉謙信・・・歴史年表みたいに、敵も味方も一緒くたにお墓が並んでいた。著名人のお墓も多かった。そして、表参道なのか裏参道なのか、もう一本の参道には民間人(?)のお墓がずらーっと並んでいて、法人のお墓(物故の・・・と書いてあったけど、記念碑みたいなものなのか?)が目立った。たとえば、石のコーヒーカップとともにUCCの会社のがあったり、フクスケの石の人形とともにフクスケのがあったり。一番笑えたのは、しろあり株式会社。「安らかに眠れ、しろあり」と刻んである。退治したシロアリの供養らしい。こんなの見たの、生まれて初めて。きっと、バブルの時代に、会社の経費で(「福利厚生費」か、もしくは「広告宣伝費」あたりで?)、こんなのを作るというのが一部の会社で流行ったのではないだろうか?家族より会社を優先し、血縁を越えた社縁を重んじる時代があったから。本当のところ、いったい何なのか良くわからないけど、社会学的、もしくは文化人類学的に考察したら面白い現象に違いない(何か知っている方あったら教えてください)。
 それから、「高野槙の湯」という温泉へ。お寺のあたりから車で20分くらいも山奥に入っていくのだけど、電話したら無料で送迎してくれるのだ。ビックリ。暖まって山を下りて帰ってきた。ちょっとした小旅行だった。気を取り直して、また明日から頑張ろう。(村本邦子)

11月13日(木)

 ちょっとめげてて、ボーっとして朝から駅を乗り過ごしてしまった。人間関係で苦い思いをすることはそう多くはないけれど、年をとって傷つきやすくなったかなという気もする。昔は、心の奥ではどこか防衛して自分を守っていたかもしれない。『女神』で言うなら、「処女神的」。家族や仕事仲間を得て、人生にもっと積極的にコミットするようになって、良くも悪くも無防備になった。たいていはうまく人を選んでつきあっているが、稀に失敗があって、そんな時に痛手を受ける。「傷つきやすい関係の女神」になったか。関係の女神は傷つくけれども成長する。これもまた成長の糧になることを期待するしかないか。(村本邦子)

11月11日(火)

 京都支所から大阪本社への帰り道、四条で、「ビッグ・イッシュー」とついに出会う。ホームレスの仕事をつくり自立を応援するという趣旨で雑誌が刊行されると新聞で見かけ、駅などでホームレスの人たちが売っていると聞いたので、いつも注意して歩いていたが、いまだかつて出会ったことがなかった。
 今となっては、かれこれ20年以上昔の話だが、大学生になって京都に来て、初めてホームレスの人を見かけ、ショックを受けた。当時は、巷で「河原町のジュリー」と呼ばれるホームレスがいた。冬、寒い日が続くと心配だった。よっぽど、綿入れを持って行ってあげようかと思いつつ実行できなかった。時は流れ、90年代後半になって、大阪市内にもホームレスが増えていった。自宅から研究所までの通勤路にも、大川沿いにブルーテントが数多く立ち並ぶ。毎年、夏になると、橋の上のリヤカーで暮らすおじさんがいる(冬の間はどこで生活しているのか知らないけど)。暑かったり、寒かったりすると、大丈夫だろうかと胸が痛む。何かできることがあればと思いながらも、これ以上、大きな問題に手を出す余裕もないしと思う。密かに、川沿いで研究所の封筒貼りのバイトでもお願いしたらどうなんだろう・・・などと考えていた。でも、彼らの置かれた状況をよくは知らないし、無責任なこともできない。状況を知るために話しかけてみたいけれど、いきなり話しかけるのも失礼な気がして、これまで関わることを躊躇してきた。
 1冊200円の雑誌を買うくらいのことなら簡単だ。仕事を作って応援するという発想が良い。詳しいしくみを知らなかったので、今日、買った若者がホームレスとはつゆ知らず、たいして話もせずだったが、IDカードをつけて売っている人自身がホームレスで、200円のうち110円が販売員の収入になるのだという。これからは、売っている人と話をしてみても良いということだ。道が開けた気がして嬉しい。雑誌は今、2号まで出ていて、内容の評価は、まだこれから。政治的にならないようにとホームレスと直接関係のない内容だが、もう少し、社会の底辺から見た問題提起があっても良いような気がする。3号を買う人とは、もうちょっと話をしてみよう。(村本邦子)

11月10日(月)

 学生と話す。ベンチャー起業を考えているという。私が研究所を立ち上げた時、「起業」なんて意識は毛頭なかったが、振り返って考えれば、ある種、流行の先端を行ってたのかも(!?)。まっ、私の場合、いつも、ちょっと目の付け所が早すぎる感があるのだが(うちの両親にもそのケがある)。これからの若者たちはたいへんだ。私の若かった頃と違って、とにかく仕事がないのだから。あきらめず、どんどん、新しい道を切り拓いて世の中を変えて欲しいものだ。私たちがこうして頑張ってきたことで、女臨床家が媚びを売らずに食べていく道を作ったかもしれないし、金儲けとは縁がなくても、何とかそこそこやっていける職場を作ってきたかなとちょっと元気になる。後は、やりたいことをやりながら、しっかりとお金もついてくる・・・という未来を目指して頑張ろう!(村本邦子)

11月9日(日)

11月とは思えない暖かい日が続いて、嬉しい反面、ガクッと寒くなったときに、風邪をひきたくないものだなあと考えていた。帰宅したら、うがいと手洗いというのは、風邪予防の基本だけれど、面倒くさがりの私は、そのうがいを忘れてしまったりする。「いかんよねえ」と友人に話したことがある。するとその友人、几帳面な人なのだが、「私もさ、つい面倒くさくて、ふざけたうがいをすることがあるわ〜」と言い出した。ナニ、ふざけたうがい?瞬間、私の脳裏をよぎったのは、へらへらとふざけながらうがいをしている、その友人の姿だった(笑)。もちろん言うまでもなく、「ふざけたうがい」とは、いいかげんにうがいを済ませてしまう、という適当なものなのだが、私の想像というのも、なんとふざけたものかと、これは思い出してもおかしい(笑)。ふざけたうがいではなく、真面目なうがいを心がけよう!(津村 薫)

11月9日(日)

 今日は「テルマ&ルイーズ」を観る。抑圧されて生きてきた女たちの解放の物語。はしゃぎながら車で砂漠を走る2人の姿が、アリゾナからニューメキシコにかけて、親友のジニーの車で旅した5年前の自分たちの姿とダブる。舞台は共通だ。違うのは、彼女たちの旅は命がけだったということ。命を賭けずとも、日常の中に数々の解放を持つことのできる自分の立場に感謝しなければ。だからこそ、テルマと違って、取り立ててハメをはずしたいとも思わないし、お酒や薬物もとくに欲しいと思わないのだから。最後の解放は死であるというところが何とも言えないところだが、DVDには、2人が奇跡的に助かったシーンが含まれているという。フィクションであることを再認識して、ちょっと安堵する。女を性的対象としか見ない男たちに銃をぶっ放すシーンには、スカッとする気持ちもあるけれど、考え出すと複雑だ。銃を得たことで女たちはパワーを得て、過去の怒りを上乗せする形で男たちを傷つけていくわけだから。きのうの「エナフ」も似ている。力には力を・・・。これもフィクションだからということで片づけることにしようか。(村本邦子)

11月8日(土)

 今日のカウンセリングで、DVを扱った「イナフ」という映画が話題になったので、観ておかなくっちゃ・・・と早速DVDを借りて観た。かなりスリリングな映画だった。DV夫の元から脱出して逃亡生活を送る女と、執拗に探し脅し連れ戻そうとする男。弁護士から、「男を逮捕させるチャンスを二度も逃した今となっては、法的にはあなたを守ることはもはやできない、子どもは奪われ、あなたは殺されるだろう」と断言された女は、自分で自分を守るしかないと悟り、格闘技を習って、最後は男を打ち負かす。周到に用意されたシナリオに従って、女の正当防衛の形で、男は死ぬのだ。他に道はなかったのだろうかと思い始めるとやりきれないが、「殺すか、殺されるか」の二者択一を迫る追いつめられた状況を追体験する。生き延びることは何て大変なことなんだろうと改めて思う。(村本邦子)

11月8日(土)

朝は、交野市のあまだのみや幼児園保護者向け講演会に。ご夫婦の姿がチラホラ見えるのが嬉しい。若いお母さんも熱心に話しに聴き入ってくれてありがたかった。午後から滋賀県長浜市で講演が待っていたので、終わって主催者の方とお話をして、ダッシュでJR学研都市線に向かったけれど、電車に乗り遅れてアウト!駅でパソコンを広げて、あれこれと行き方を考えて、頭を痛める事態に。とりあえず、長浜の講演には間に合ったが、車掌さんにまで助けを求め、ものすごい方法をとって向かった(ナイショ・・笑)。こちらは保育士さんや地元の民生委員さんのための講演。160名もの人が参加してくれていた。熱気のこもる会場、こちらも思わず気合いが入った。終わったら、ご好意で、米原まで送っていただいた。新幹線も通っている駅なので、駅弁もいろいろと売っている。同行した、スタッフの原田と二人、それを買ってJRに乗り込んだ。忙しくてお昼をまともに食べられなかったので、ものすごい勢いでむさぼり食った(笑)。大阪に着いて、ホッ。今週は講演のハシゴづくめで、遠方も多くて、大変な1週間だったけれど、またまた来週もたくさんの講演が待っている。気合いを入れて元気に行かなくてはね!それにしても、結構親切な人がたくさんいるのだなあと実感した1日だったなあ。親切にいろいろと教えてくれた皆さん、ありがとうございました。(津村 薫)

11月7日(金)

一昨日の午後と昨日の午前は、兵庫県警の研修に。昨日はそれを終えてから、午後は姫路市で講演。あ〜疲れた。しかし、疲れても食欲だけは衰えない私・・・見事だ。よく私は「美貌と体力で勝負している」と豪語し、周囲の度肝を抜くのだが(しかし、みんな!ノーリアクションは失礼だぞ!笑)、美貌はともかく、タフさでは、なかなかいいセンをいっているのではないかと思いたい。とはいえ、私用で外出することも殆どなく、仕事以外に趣味の時間も作っていず、仕事以外の時間はへとへとになっているのだから、そう偉そうに言えたものではないのだけれど(汗)。まあ、昨日は「白い巨塔」の放映日だったし、元気だけどさっ(笑)。さて今日は松原市で講師をした後、枚方市へ。明日は交野市で講師の後、長浜市へ向かう。もうひと踏ん張り、元気にいきまっしょい!なんせ美貌と体力勝負の私ですもの。何が美貌やねん!という誹謗はやめてね(笑)。(津村 薫)

11月7日(金)

 朝一でシネ・ヌーヴォへ、「チョムスキー、9.11」「チョムスキー、イラクを語る」を観る。言語学者として有名なチョムスキーが筋金入りの平和運動家だったとは、つい最近になるまで知らなかった。それもそのはず、インタビューで、チョムスキーは、世界中の国々を訪れてきたが、唯一、政治的なインタビューを受けたことがない唯一の国が日本だったそうだ。日本に行き来するようになって40年、アカデミックな講演は何度も頼まれてきたがと。そういう点でも、この映画制作に日本が関わり、政治的な話題のインタビューをしてきたことを、彼は評価していた。彼は、基本的に「文明」を肯定しているオプティミストのようだ。「火星人が地球人の存続について賭をするとしたら、滅亡に賭けることは間違いない」と断言しながらも、「結局は我々次第」と希望を捨てない。知性は力なりと感心する。見習いたいものだ。その後、大学へ。義務づけられている健康診断を受け、インフルエンザの予防接種を受ける。夜はM2の院生たちのゼミ。今年は20人の院生の修論を見なければならないので、1月末の締め切りまでたいへん。腹を括って頑張らなくちゃ。(村本邦子)

11月6日 (木)

 昨日、仕事への移動中に伊勢丹で母親の誕生日プレゼントの下見をした。本当は滋賀に住む姉といっしょにプレゼント選びをする予定だったが、お互い忙しくて都合が合わなかったので、私が代表してプレゼントを購入することにした。プレゼントは"長財布"と決めていたものの、どの財布に決めるかは迷うところ。4つの候補に絞ったその先が進まない。私は知る人ぞ知る超優柔不断人間なのだ。そこで、ヒラメイタ!携帯で候補の写真をとって写メールで姉に送ることを!
返事待ちということで私は母子寮に向かった。母子寮でも調度良い年齢の職員さんを捕まえて「どれがいいとおもいます?」と写メールを見せながら相談にのってもらった。ついでに母親の写メールまでみせたりして・・・検証・・・。
世の中便利になりましたよね。その場にいなくても一緒に商品を選んだり、意見を聞くことができるのですから・・・なんだかしみじみ良くも悪くも便利な時代だなぁと痛感した。
姉等の意見も参考に候補は2つに絞られた。ちょっと冒険してKENZOの花柄の長財布にするか、危険の無いルロペのシックで大人な長財布にするか・・・。
 そして今日、最終的に売り場で現物をみた私のインシュピレーションに店員さんの裏づけをもらって、無事花柄のお財布を実家の母へ送った。毎日目にするものだから、毎日少しでも明るく華やいだ気持になるようにとの思いを込めて・・・。11月9日は母の誕生日。気に入ってくれるといいな。(小田裕子)

11月5日(水)

 レイトショーでレニ・リーフェンシュタールの「アート&ライフ」を観る。「ワンダー・アンダー。ウォーター」が目当てだったが、もう一本の「アフリカへの想い」も素晴らしかった。レニは昨年100歳を迎え、残念ながら、つい最近亡くなった。驚異的な女性だ。ナチの「意志の勝利」を記録したことから「ナチの同調者」という烙印を押され、映画活動を中断。傷心を抱えてアフリカに暮らし、写真集「ヌバ」で一躍有名になる。「アフリカ」の方は、97歳になって戦時下にあるヌバを訪ねるドキュメンタリーである。最後、ヘリコプターが襲撃されて墜落、レニは肋骨を2本折ってしまうが、完治するや否やモルディブに撮影にいくのである。彼女は、なんと71歳の時に、年齢を51歳と偽ってダイビング・ライセンスを取得、2000本も潜っているという。それらの映像を編集したものが「ワンダー」だ。「アフリカ」には事故後の入院中のレニへのインタビューがある。「これが最後のインタビューだとすれば、みんなにどんなメッセージを伝えたいか」と問われて、「どんな時も人生にイエスと言うこと。生命を愛しなさい」と語る。こんなに情熱的に長く生きたいものだ。(村本邦子)

11月4日(火)

 娘はパンプキンスープが好きなので、ハロウィーンに作ってと言われて買ってあった南瓜で遅ればせながら、ようやく作る。夫も息子も南瓜はダメ、私もそれほど好きじゃないので、南瓜料理はあまりしないが、娘のみ好きなのである。娘はいつもおいしいと食べてくれるが、自分ではあまり気に入らないので、今日は、インターネットでパンプキンスープのレシピを調べてみた(いつもは適当)。作り方に、かなりバリエーションがあるようだ。どうやら、ホワイトソース風に作るのがおいしそうだ。今度、チャレンジしてみよう。(村本邦子)

11月4日(火)

講演で、和歌山県有田市の箕島に行った。車内から海が見えるわ、色づいた木々か見えるわ、なんとも素敵。忙しく飛び回っているけれど、ちょっとお得な気分(笑)。西武ライオンズセにいた東尾氏や大リーガーになった吉井氏を生んだ、野球の名門・箕島高校で有名な、あの箕島だ。有田みかんで有名なのは言うまでもないが、近くの箕島漁港では、あの美味しい太刀魚の漁獲量が日本一なのだとか。大阪市内からは、約2時間はかかる。ちょっとした小旅行気分だ。
今日は私の誕生日。41歳になった(「バカボンのパパと同い年だね」と突っ込みたくなったアナタは、相当のテレビ通ですね)。そういえば、当機関のスタッフ・下地と私は、なんと生年月日が全く同じなのだ。昔々、中学時代の同級生で、誕生日が一緒という男の子がいて、そのせいではなかったと思うが、妙に気があって、音楽を一緒にやったりしたなあ(遠い目)。けれど社会に出て、自分と生年月日が同じの人に会ったというのは初めてで、下地の生年月日を知った日は、なんだかとても感激したものだ(笑)。出生時間は数時間、下地が早いらしいので、私の方が妹です(笑)。
「最近、自分の年を忘れる」と村本が以前、この日記に書いていたが、私はしっかりとよく覚えている(笑)。それ以外にも結構覚えているのは、スタッフの電話番号だの、スタッフの子どもの名前やトシだの、趣味だの、昔の出来事などなど。しかし、それは威張れることではなく、最近私は、「いらんことだけよう覚えとる」自分を認識しては、ひとり赤面している。肝心な仕事にこそ、こういう能力は生かしたいものだ(涙)。←泣いてるし。
何年前かの新年、私の実家に年始に行った私たち一家は、同じく実家に来ていた実姉一家や実弟一家、両親と一族総出で、その日の夜のご馳走の買い出しに行っていた。
私は母の作るおせち料理が好きだが、私たちの子ども世代・・孫たちはあまり喜ばない。そんな訳で新鮮な魚を買ってきて、手巻き寿司をする、というのが恒例になってしまったのだ(それでも私はおせちをパクつく・・笑)。大人数なので、何グループかに分かれて買い物をしていて、なぜだか実父と実姉と私というメンバーでお菓子を選んでいたとき、売り場に立っていた店員さんである中年の女性が、突然父に声をかけた。「あの、すみません。どちらさんでしたっけ?私は△◇×○(この人の姓)っていうんですけど」。瞬間、その意味がわからずに、私たちは3人ともポカンとしたけれど、どうやらこの人は父を知っているのだが、父の名前はおろか、どこで知り合ったのかも忘れてしまい、それでも知り合いには間違いがないはずだと確信して声をかけたようなのだった。父親も、どこかで見た顔だとは思ったのだろう。自己紹介をはじめて、二人して記憶をたどっていくうちに、この女性は、父親が勤務していた会社の仕事仲間の妻だったことがわかってメデタシ。「△◇×○くんはお元気ですか」「ハイ、おかげさまで・・」などと会話して(新年の忙しい仕事中に、大丈夫だったのだろうか・・・) 、私たちはその場を離れた。「どちらさんでしたっけ?」という声のかけ方に、私たち親子はすっかりウケてしまって、「突然、名前聴かれてもビビるやんかなあ〜」と姉。「誰かあててみ〜!とか言ったらどうなってたかねえ。それにしても、どちらさんですか、は笑たなあ〜」と私。「言わない!とか言ったりしてな」と父。父は勤勉実直を地でいくような人なのだが、何年かに一回はこういうジョークを言って、娘たちの度肝を抜く。後に他の家族にも報告し、しっかりと笑いあったのだけれど、そういう私も、最近、あの女性を笑えなくなってきた。仕事であちこちに行ったとき、「あ、この人どこかで会ったことあるなあ」「絶対に知ってるけど、どこで会ったんやろ・・」ということが出てきたのだ。昨夜、娘と楽しんだ、テレビでの全国一斉IQテスト、記憶だの知覚だのというジャンルで、私はとても点数が高かったんだけどなあ(しかし数学アレルギーの私。さぞ、数の点数が低いのかと思ったら、そうでもなかったのが驚き。ま、総合的には、ごくごく凡人なのを再認識。娘は私より知能が高く、結構IQが高かったのが驚き)。トシかなあ、やっぱり。ともかく41歳。まだまだ元気にいきたいなあ。(津村 薫)

11月3日(月)

 今日は珍しく1日お休み。風邪気味なので、どこへも出ずに、家の掃除なんぞしたら(何ヶ月ぶりだ〜?)、洗濯物がたくさんできて、洗濯機と乾燥機を回しっぱなしの1日だった。乾燥機が大嫌いで1年のうち、数えるだけしか使わない私だけど、さすがに、この雨で、これ以上、干す場所もなく・・・。明日は天気になあれ。(村本邦子)

11月2日(日)

 初めてのNPO年次大会。1年の活動を理事や会員のみなさんに報告して、気持ちを新たに次年度の活動へつなげていけたら、そして、新しい参加者が増えてくれたらと思っていたが、期待以上の成果が得られたような気がする。たいへんでも、やってきて良かったなぁとしみじみ感じ入る瞬間である。良き仲間、良き支援者、良き理解者に恵まれ、本当に幸せなことだ。私自身も、気持ちを新たに、明日からまた頑張っていこう。アンケートに「村本先生が過労死しないか心配です」と心配してくださった方があったけど、私は元来、自己中なので大丈夫だと思います(日記を愛読してくださっている方々はすでにお気づきかもしれませんが、ひょっとして、まだご存じない方もあるかも・・・)。少なくとも100才までは元気に生き延びたいと思っています!
 うちに帰って、「疲れた〜」を連発していたら、なんと息子が「晩ご飯ボクつくったろか」と珍しく思いやりある申し出。1時間40分もかけて、チキンステーキ・オムレツとフカヒレ・スープを作ってくれた(本人、大の卵好きで、何か作ってくれる時は必ず卵を使った創作料理)。結局、夕飯にありつけたのは10時をまわってしまったが、ボリューム満点だった。(村本邦子)

11月2日(日)

NPO法人・FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワークの第1回年次大会と交流会がドーンセンターで行われた。1日バタバタとしたけれど、無事に終わってホッとして、帰途につきながらパソコンを開いている。お休みの中を来てくださった方はもちろん、お忙しい中ご協力いただいている理事の先生方、活動会員の皆さん、共に頑張った仲間たちに感謝!明日はようやく久しぶりに休みなので、家で仕事をしよう(おい)。早く帰らないと、実力テスト前で自習に行っていた塾から、とっくに帰宅しているらしい娘も、犬も猫も待っている(夫も仕事・・とほほ)!1日休んで明後日からは、またまたハードな講演三昧の毎日だ(笑)。火曜日は和歌山県有田市に、水曜は神戸の元町に、木曜も神戸の元町で仕事をした後、姫路へ。金曜は松原市へ行った後に枚方市へ。土曜は交野市から滋賀県長浜市へ。気力、体力、ちょっとは知力(おい)も駆使して頑張ろう!大きなイベントを終えて、心地よい脱力状態。ゆっくりとお風呂に入って、のんびりと眠りたいな。(津村 薫)

11月1日(土)

 友人のエドワード・ホフマンから、出来たての本 "The Book of Baby Love"が送られてきた。ホフマンの編集本で、アシモフ、フロイト、ヴァージニア・ウルフ、マドンナ、ダイアナ・ロスなど100人を越す著名人による赤ちゃんについてのコラムやインタビューが集められている。その中に、なぜだかこっそりと私のコラムが含まれている。2人の子どもたちが生まれた時のことを思い出して綴った短いもの。ホフマンの著書は、つい最近、夫が『子どもたちに伝える父親の知恵』を訳して出版したところ。どちらもまだちゃんと読んでいないのだけど、答えを出すより、さまざまな人の言葉を集めて語らしめるという手法はなかなかたいしたもの。(村本邦子)