2003年8月 (スタッフの日記バックナンバー)

8月31日(日)

今日はNPOの「子どもプロジェクト」で京都支所へ。長年、女性や子どものシェルターとして多くの人々の援助をしてこられた「NPO法人・おんなのかけこみ寺・生野学園」のケースワーカー・齋藤恵美さんにおいで頂き、お話を聞かせてもらえた。「全国シェルターシンポジウムIN大阪」の実行委員会でご一緒したのは、一昨年のこと。お目にかかるのは、とても久しぶりだった。これまでも、よい援助活動をしておられることに敬意を表してきたけれど、今後、いろいろと協力し合える関係になれれば嬉しいと思う。彼女には、今週末からはじまる、NPOの事業「被害者支援アドボケーター特講・DV」(詳細は「NPO法人・FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク」のサイトをご覧ください。当サイトからリンクしています)の講師としてもお世話になる。お忙しい中、ご協力いただいて、本当にありがたいことだ。
さて、これは大阪に戻る京阪特急の中で書いている。ところでいつ、京阪電鉄は、「淀屋橋行き特急が参ります」というアナウンスを「特急・淀屋橋行きが参ります」というアナウンスに変えたんだろう?いつになく不思議なことといえば、京阪特急も準急も、日曜日とは思えないほど空いている。夏休み最後の日曜日だから、宿題に悪戦苦闘する一日なのか(「サザエさん」では、毎年毎年カツオくんの宿題のために、父の波平さんや叔父のマスオさんまで駆り出されるというのがお約束になっているよね)、最終日は明日に備えるためにゆっくりするのか、家族連れのなんと少ないこと。行きも帰りもラクラクに座れて、周囲も余裕で座っている。なんと、立っている人がいない(休日の京阪特急で、これはありえない光景)。こんな日に、「(塾の)夏期講習も終わったから」と、新聞屋さんにもらった入場チケットに喜び勇んで、エキスポランドに友達と出かけてしまった娘・・・君は大物だ(笑)。(津村 薫)

8月31日(日)

 すでに津村が書いてくれたが、今日はNPOの子どもプロジェクトの日だった。生野学園の斉藤さんの話を聞いた後、アメリカのDV家庭で育った子ども向けのプログラムを紹介した。メンバーとしていつもミーティングに参加してくれる朝日の篠塚さんが、「DV夫の元に帰るというのでなく、時々、安全な場所で面会できるようにするというのはどうなんだろうか?」と質問した。斉藤さんは、「答えは持ち合わせていないが」と断ったうえで、シェルターの被害者たちは会わないまでも、携帯メールでのやり取りをしては一喜一憂している現状があると語った。これには、どう考えて良いものか、「う〜ん」と考え込んでしまった。父親と会いたい子どもの権利を保証する面会センターのことは考えていたのだが、元夫と会いたい妻についてはどうなんだろう?DVに限らず、一種のマインドコントロールの手法で支配する(心理的)監禁状態にあった被害者が加害者と接触することは、元の状態に引き戻すことになるのではないかと思ってきた。もちろん、被害者や子どもが会いたくないのに会う必要はない。それは完全に保証されるべきだ。だけども、被害者が会いたい時、より望ましい面会を設定する援助システムがあったら???たしかに、これは、ある種の被害者たちから訴えられてきたことでもある。一種のメディエーションのようなものになるのかもしれない。考えなければならないことは山積みだ。(村本邦子)

8月30日(土)

夏も終わりか。ではこの夏の笑いおさめってことで。
一太郎の「秋の時候挨拶例文」の中に、「秋刀魚を焼く煙に食欲をそそられる季節になりました」というのがあって笑った(笑)。現代では、煙が出ない魚焼き器が主流であろうと思われるのだが。
そういえば昔、女子手紙文とかいうマニュアルを母親が持っていて、子ども時代に、面白がってよく読んでいた。
借金の督促の例文というのがあった。「感情的にならずに冷静に書く」と書いてあるのに、例文の書き出しがすごい。「きん子さん、あなたずいぶんね」(笑)。
「きん子」という名前もすごいけれど、「あなたずいぶんね」ってのもすごくないか(笑)。
「私だって、いろいろと物入りなんだから、返してくれないと困るわ」と例文は続く。
どのへんが冷静やねんと、子どもながら内心突っ込んだ。
また、借りた振袖で友人の結婚式に出たが、あいにくの雨模様で、せっかくの晴れ着を汚してしまったというお詫び文があった。大輪の菊の花が灰色になってしまい、染み抜きをしても白くならないという設定。「こんなことならタクシーに乗ればよかったと、今更ながらしみったれた自分が情けなくなります」。さらに面白かったのが、それではもう着られないだろうと思うのに、弁償問題にいかないところだ。「取り急ぎお詫びの品を送りましたので、ご笑納ください」と手紙は結んである。えっ、これって菓子折りでおしまいなのか?
子ども心に内心突っ込んで読んだという話を自分のホームページでしていたら、あの手のマニュアルは結構笑えるという人も出てきて、ちょっと愉快だった。
さあ、先週に引き続き、今週も土日返上で仕事。「また仕事かよー」って、笑ってる?
あなた、ずいぶんね(笑)。(津村 薫)

8月29日(金)

 遅ればせながら夏休みを3日とって、上高地へ行って来た。20数年ぶりだったが、ずいぶんと観光客がたくさん入るようになったものだ。登山にチャレンジするつもりだったのだけど、あいにくのお天気でパス。厳しい自然の中に生き死にする樹木、野草、動物たちの姿に胸を打たれる。マイナスイオンをたっぷり浴びて(?)、また明日から頑張らなくっちゃ。(村本邦子)

8月28日(木)

夏休みもそろそろ終わる。ひとり娘は2学期に入り、高校受験に向けてまっしぐらに勉強・・・するんかいな(笑)。それでも、この夏休み、朝から晩までという夏期講習に頑張って行き続け、よう頑張っとるなあと感心した。その成果がどう出ようと、やるだけのことはやったと思えるほど頑張ってみることは悪くない。本人の努力が実ってくれればいいなあと思うばかりだ。それにしても、1ケ月以上あった夏休み、自分もどうして過ごしていたのだろうと、ぼんやりした記憶の糸を手繰り寄せてみる。「あなたの知らない世界」に震え上がりながらも、真剣に見ていた記憶が真っ先に思い出されるのがおかしい(笑)。でも、何が一番強烈な記憶かと問われれば、「水」なのだ。水が苦手で恐怖していたことを心配した親に勧められ、スイミングスクールに毎日通ったことが浮かぶ。水が苦手な子どもには無理をさせず、水の中で手をつないで会話する時間を持つなどして、まず水になじませ、じっくりと水の楽しさを教えてくれるスクールに通い、毎日毎日水の中で楽しんだおかげで、「河童じゃないの?」と言われるくらい、私は水泳がうまくなった。中学生になる頃には、2、3キロくらい平気で泳げるようになっており、体育の時間、何メートル泳げるかという試験では、チャイムが鳴るまで泳ぎ続け、「薫ちゃん(体育の先生は、なぜか私をファーストネームで呼んだ)、もういいよー、すごいねー!」と先生にびっくりされてしまったことを覚えている。今も水が大好き。たぶん今も、500メートルくらいは軽く泳げるのではないかと思う。大好きになった途端、なかなか泳ぐ機会がなくなったのは残念なことだ。本当はスイミングクラブに所属して、いつでも泳げるような生活がしたいのだけれどなあ。水になじんだ私は、歩くよりうまいのではないかと思うほど、すいすいと体が動く。泳ぎ始めると、水かきでもあるみたいに、スムーズに体が進む。ちょっとした半漁人気分になるほど、水が好きになったことを、両親に感謝しなくては。夏が終わると、また泳ぐ機会を逸した気がして、少し寂しい。もう何年泳いでいないだろう。最近嬉しいのは、遠方に講師に行くと、道中で海が見えることだ。湖も大好き。たくさん水がある場所を見ると、半漁人の血が騒ぐ(笑)。なかなか泳ぐ機会はないけれど、今日もお風呂で浮いちゃおうっと。(津村 薫)

8月26日(火)

 K市の子育て相談員の研修第3回目。全回、みな熱心だった。公的機関が子育て支援に力を入れるようになって久しい。時代の変遷を感じる。研究所を始めた頃、「子育て支援」という言葉はなかった。「子育ての現場はこんなにたいへんですよ。お母さんたちに支援が必要ですよ」と訴えて回っても、信じてもらえないような状況だった。まだまだ不十分な現実はあるにせよ、さまざまな形で支援体制が整えられてきたことも事実である。今、さまざまな支援を利用しながら子育てしている若い層を見て嬉しくなる。社会は確かに変わっていくんだなぁと。今は不可能に思えることでも、10年後には信じられないくらい変わっていることって、きっとあるのだ。(村本邦子)

8月25日(月)

 2日にわたる立命館の缶詰合宿が終わった。2日で20人のゼミ生の修論構想を聞くというハードなスケジュールだったが、それぞれ内容がバラエティに富み、おもしろくて、あっという間だった。進行具合はそれぞれだが、それでも、スタート地点から見ると、ものすごい前進だ。皆の関心が広いので、私たち教員にとっても、勉強になるし、良い刺激になる。ここから修論完成までの道のりがまたたいへんなわけだけれど、どんな所にたどり着くのか楽しみでもある。(村本邦子)

8月24日(日)

 立命館のゼミ合宿で草津キャンパスへ。途中、JR大阪駅で古い友人の黒木賢一さん(大阪経済大)とばったり出会う。研究所を設立する時、黒木さんが一足早く開業していたので、芦屋のオフィスを見学させてもらったことがある。何年ぶりかだったが、とても懐かしかった。10分ほど近況などを立ち話しして別れたが、「黒木さんも頑張ってるんだなあ」と励まされたし、逆に、「村本さんも頑張ってるよなあ。元気もらった。ありがとう」と言ってもらって、ちょっと元気になった。このところ、仕事のことや家のことで頭の痛いことが続いてクサっていたのだけど、こういう時、関係ない友人に出会うのは良いものだ。ゼミ合宿では、久しぶりに、同僚の中村さん、団さんとも会えて楽しい気分になった。何より、学生たちの修論が期待以上に進んでいて嬉しい。明日も夕方までゼミ合宿が続く。(村本邦子)

8月23日(土)

 仕事の後、ヨガへ行った。いろいろと腹の立つことが重なってムシャクシャしていたので、この怒りがヨガによってどう変化するのか、興味を持って観察することにした。ヨガで体内に意識が向くと、あっという間に怒りはなくなって、その代わり、いつもよりものすごく眠くなってきた。途中、うつら、うつらしてしたかもしれない。そうして、怒りは遠いぼんやりとした過去という感じになった。何かエネルギーの転換が起こったようだ。今は心静か。どのくらい持続性があるのかよくわからないけれど、ちょっと関心を向けて追ってみよう。ひょっとすると、怒りのコントロールにものすごく有効かもしれない。(村本邦子)

8月22日(金)

 「アイ・アム・サム」を観る。あったかくて良い映画だった。子育てって、たくさんの人が関わり合って皆でやっていけるといいんだよな〜と実感した。それぞれに、こんな子育て応援団がついていたら、どんなに心強いだろうか。(村本邦子)

8月21日(木)

 久しぶりにバリ舞踊に行った。汗を流し、体がほぐれて気持ちいい。せめて週1回でも体を動かしたいと思うものの、なかなか思うように時間が取れない。とくに今月は忙しかったので、体が固まって、心なしか気分も沈み気味だった。ストレスマネジメントでは、運動に時間を割くことは、心理的投資と考えるべきだという。最近は「アクティベーション」の理論というのもあって、活動量を増やすことで、リラックス効果も倍増するともいう。再び気を引き締めて、体をほぐすように心がけよう!(村本邦子)

8月20日(水)

 「インソムニア」を観る。重苦しい終わりの映画だった。最初は良かれと思って行った小さな不正から、本人の意図を超えたところで、次第に大きな犯罪へと追い込まれていく心理描写が見事だった。悪事は悪事を生む、常に正しく真実のみで生きるのが良いのだと結論づければそれでおしまいだが、そうたやすく言い切れない人間の弱さがうまく表現されている。狂気は狂気を生み、悪事に手を染め始めた人間は、自分の善意を信じられなくなる。「道を誤るな」の遺言とともに、真実という重荷を委ねられた女性警官は真実を明らかにするだろうが、真実を超えたところにある真実を他者と共有することは難しいのではないか。何だかとても後味が悪い。(村本邦子)

8月19日(火)

 選択肢が多すぎるって、本当にしんどい。ここのところ、9月の英国研修に向けてJTBに通い詰めているのだけど、何もないところからひとつひとつ選択して作らなければならないということに、いい加減うんざりしてくる。道路地図を見ていても思う。小さな道も入れれば、あまりにたくさんの行き方がありすぎて、混乱してくる。パック・ツアー、カーナビなどのガイドによって、大枠を示してもらえたら楽だろう。選択肢がなさすぎるのもしんどいが、選択肢が多すぎるのもしんどい。人生も同じだ。高校を卒業する頃、目の前に茫漠としたあまりに大きな世界が開かれているのに圧倒される思いがした(何しろ、ここから先、どんなふうにも自分の人生を形作っていけるのだと)。パターン化することが嫌いなのだけど、どっちでも良いことはいちいち選びたくないなあというのが正直なところ・・・。(村本邦子)

8月19日(火)

子育て講座があり、京都支所で仕事をしていた。夕方、仕事を終えて帰ろうとしたら、京阪電車が脱線事故を起こして不通になっているとニュースが飛び込んできた。京阪電車を使うスタッフは呆然。そのうち、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきて、京都には大雨洪水警報が発令されて、ますます大弱り。結局、事故が起きた駅付近だけが不通のままで、出町柳〜枚方市間と、萱島〜淀屋橋間がピストン輸送をはじめたが、大阪市内まで帰る私はアウト!雨がやむのを待って、阪急電車で大阪まで戻った。かなりの遠回り。しかも、時間も遅くなり、げっそりの帰宅。それにしても、その直前の車両に乗ったスタッフあり、後続の電車に乗っていて、カンヅメになったスタッフあり、よく皆無事で帰れたものだと安堵した。遮断機も下りていたのに、踏切内に無理な進入をした車と京阪特急が衝突脱線したのが事故の原因だったらしい。気の毒に車のドライバーは亡くなったそうだが、まだ大丈夫だとタカをくくってしまっていたのだろうか。ほんの一瞬の油断や思い上がりがこんな大惨事になるのだから、怖いことだ。昨日は京都支所で家族療法の勉強をみっちりして、やる気まんまんで張り切っていた。これからもますます頑張らなくては!とワクワクしているけれど、とにかく健康で事故なく過ごしたい。皆で長生きしたいものだ。他のスタッフの無事を祈りつつ家路についたが、皆が無事帰宅したとわかり、ホッ。なんだかドッと疲れた一日だった。(津村 薫)

8月18日(月)

 今日は内部スタッフの1日研修。9月から開始する家族療法の準備のためのワークショップである。研究所をスタートさせて丸13年が過ぎようとしているが、ようやく、体系立てたスタッフ研修を定期的に位置づけることができるようになった。そもそも「カウンセリングセンター」ではなしに「研究所」と命名したように、私は、臨床家は常に勉強をし続けなければならないと考えている。どんなに経験を積んだとしても、常に新しいことを学び、同時に、それを抽象化して捉え治すプロセス(これが研究ということ)なくしては、途端に独りよがりになってしまうだろう。逆に、勉強ばかりしていてもいけないと思う。学ぶことは一種の特権だ。一定の条件が整わなければ学びたくても学べない時がある。知識を得ることは権力であるから、学んだ者は、それを何らかの形で還元するべきだと思うのだ。自分でも厳しい考えだと思いながら、そんな私の方針にスタッフたちもよくついてきてくれたものだと感心してもいる。共に学ぶ仲間がいることは有り難いことだ。(村本邦子)

8月17日(日)

お盆休暇とは思えないほど涼しく、悪天候続きだったけれど、それも今日で終わり。
カラッと晴れた日がなかったので、少し寂しい。実家が遠いスタッフたちは、それぞれ帰省して、たまの休みをのんびり過ごしたようだが、夫婦共に大阪府下に実家がある私は帰省ラッシュとも縁がない。
千葉に転勤している姉が帰省してきて梅田で会ったり(ゆっくりと会う暇はお互いなかったのだ。お互いに娘を連れて、実母とも一緒に食事をして、ショッピングを楽しんだ・・といっても自分の物は何も買っていない・・汗)、友人と一緒に恩師を訪ねた、というのが休暇中の外出だった。
姉の子どもと私の子どもは同い年。どちらも子どもがひとりで女の子、親は共働き(姉は繊維関係の企業の総合職。自分も夫も転勤で千葉に行ったのだ)ということで、いろいろと話し合える同志のような存在だ。姪もいつのまにかすくすくと大きくなって、いうことが一人前なのが頼もしく、とても可愛い。
このイトコ同士も、遠く離れてはいるけれど、親の知らないところでメール交換をしたり、受験の話をしたりと、よいつきあいをしているようだ。
恩師のお宅には、一年に一度くらいは厚かましくお邪魔させてもらっている。一年間の報告をして、いろいろと積もる話をして、いつも長時間話し込んでしまうのだけれど、この機会をいつも楽しみにしている。恩師がもてなしてくださる手料理がまたいつも美味しく、ペロリとたいらげてしまう(笑)。不出来な教え子をいつも応援してくださって、感謝している。
同じマンションで引っ越すことが決まった仲間の送別会もした。ご馳走を作って、プレゼントを用意して、旅立ちを祝った。ちょっと寂しくなるけれど、離れてもおつきあいはできるわけだし、そこの子どもたちの成長も楽しみだ。いつも慕ってくれた可愛い子どもたち、健やかに成長してね。
肝臓を悪くして、一時はかなり心配した愛犬もすっかり元気で、ひと安心だ。不調な愛犬に構っていたら、気分を悪くした、気位の高い愛猫がイジケて、何かといえば、トイレにひきこもるようになってしまって、またまた困っているが。きょうだいがいる場合の親の愛情をめぐっての争いというのは、こういうものなんだろうか。困ったものだが、それもまた可愛い。時間を見つけては構ってやるようにしている。
明日からは仕事だ。夏風邪をひいてしまって、咳が残っているのがつらいところだが、元気にいきまっしょい!!(津村 薫)

8月17日(日)

 またもや子どもの宿題のつきあいで(頼まれもしないのに勝手につきあってるだけだけど)、ビデオで「チキチキバンバン」を観た(ミュージカルを観るという音楽の宿題だって。先日の「美術館へ行こう」にしても、最近の宿題は洒落てるね〜)。子どもの頃から音楽は聞き知っていたが、元々はこんなミュージカルだったなんて知らなかった。なんと1968年の映画だそうだ。私の大好きなメアリー・ポピンズと同じキャスティングで(たぶん・・・)、雰囲気も似ているし、ストーリーとしては、「サウンド・オブ・ミュージック」とも通じているような気がする。古き良き時代を偲ばせる楽しく心温まる話だった。人生がこんなふうにいつも愉快に暖かく流れていくといいんだけど。なかなかそうは行かないよな〜〜。(村本邦子)

8月15日(金)

 今日は、子ども情報センター主催のティーンズ合宿のひとコマでコミュニケーション・スキルのワークショップを担当した。この合宿は、企画から準備まですべて子どもたち中心に進めているそうだ。「ティーンズ」と言うと13歳から19歳までだが、案外、年齢の開きがある(子どもたちは自己紹介でも誰一人年齢には触れなかったので、本当のところ、それぞれ何歳だったか知らないが)。年齢の違う男女の子どもたちが、一緒になって、合宿を作っていくというのは面白い試みだ。なぜか、学校でのティーンズたちは年功序列(?)の傾向が強すぎると思うから。
 夕方は、うちのティーンズ(息子)の夏休みの宿題のために美術館に連れて行く約束になっていたので、万博公園の国立国際美術館へ。こっちはもひとつだったが、その後、閉館間際に民族博物館にすべりこんだ。私は、秘かに民博が大好きだ。ここにいるだけで、とっても楽しい気分になってくる。とくに、今やっている「西アフリカおはなし村」に行きたくてしょうがなかったので、時間には追われたけれど、お話もちょっとだけ聞くことができたし、太鼓や木琴にも触れることができたし(前々から私はマリンバをやってみたいと思っているのだが、マリンバのルーツはアフリカの木琴と穴だと聞いたことがある)、「指オルガン」という玩具みたいな楽器を手に入れることもできて、ご機嫌である。いつかストーリー・テリングをやってみたいものだ。
 帰り、ちょっと道を間違えて、なぜか「千里の湯」という天然温泉にたどり着いてしまった(またか!)。ここがなかなかよかった。万博にできた「おゆば」よりずっといい。息子と2人で行動したのは十数年ぶり、娘が生まれるまでの0〜1歳の赤ちゃんの時以来という気がする。図体ばかりは大きいが(何せ柔道部のキャプテン)、かわいいもんだ。(村本邦子)

8月14日(木)

 世間はお盆休みのようだし、今日は面接も入っていなかったので、一日休むことにした。トレッキングでもと、ゆうべは計画を立てたのに、朝起きてみると、どしゃぶりの雨。あきらめて計画変更、有馬温泉に行ってきた。どんな温泉も好きだが、なるべく濁っていたり、色がついていたり、ヌメヌメしていたりと、ふつうのお湯からかけ離れている方が、気分的に効果ありそうな気がするので、有馬の金湯はお気に入りだ。ちょっと鉄錆くさい気もするが、いかにも病気が治りそう(?)。有馬は、日帰り温泉に来ている人たちで結構にぎわっていた。本当は緑の中を歩きたかったんだけど・・・。(村本邦子)

8月13日(水)

 今朝、ツバメ朝顔の最初の花が咲いた。葉も小ぶりだったが、花も小さくて可憐な赤紫。琉球朝顔を最初に植えたのに、まだ蕾も見あたらない。白浜ブルーはまだ蔓を伸ばし始めたばかりだが、秋口には、次々と朝顔が咲くかな。楽しみ。朝顔を見ると、何だか涼しい気分になるから不思議だ。(村本邦子)

8月12日(火)

 今日は、3週間にわたって来てくれていた某大学3回生の2名が大阪でのインターンシップを終えた。とってもかわいい良い子たちで、最近の若い子らしくコーヒーの入れ方を初めて学んだなんて(いつもお母さんが入れてくれるんだそうだ!)、ビックリするようなこともあったが、テキパキと仕事をこなしてくれて、本当に助かった。去年初めて実習生を受け入れ、お互いのためにとても良かったので、今年は、おそるおそる複数のインターンシップ生受け入れを試みたのだが、大成功。彼女たちにも、この体験が、なにがしか新たな気づきや学びになったことだろう。我が子らも、社会の他の大人たちに世話になりながら成長していって欲しいものだと願う。彼女たちのおかげで、若い風が吹き込んできて、私たちも心なしか軽快な気分になったかな。(村本邦子)

8月11日(月)

 久しぶりに京都支所へ行ってグリーンの手入れをした。この暑いさなかを元気にしているかしらと不安だったけれど、みんな元気で、かわいい花まで咲いていた。他のスタッフも上手に世話してくれたようだ。自宅のベランダも暑い中で花盛り。朝顔の蔓もかなり伸びて、ベランダから下へ垂れている。白浜で買ったけれど、帰りの車の中で熱にやられてダメだと思った「白浜ブルー」(これも朝顔)も奇跡的に生き返った。大阪本社は今年は休みなしなのだけど、京都支所の方は、これから1週間お休みになるので、来週行ったらどうなっているか心配だ(一応、あれこれ対策を取ってきたのだけど)。うまい具合に雨が降り込んでくれたら良いのだけど。植物は元気をくれる。少し涼しくなったら、またあれこれ植えようかと、種や球根を集めているところだ。(村本邦子)

8月10日(日)

 11時20分から12時30分まで、NHKのラジオ英語を聞く。9月後半にイギリス研修へ行くので、英会話のにわか勉強である。8月号を全種類買い込んだものの、なかなか聞けない。NHKのテキストを毎日みっちり勉強すれば、相当力がつくのになぁと、いつも思いながら、実行するのはなかなか難しい。内容も、それぞれに興味深い。中学の頃から、NHKラジオには何かと世話になってきた。大学受験もラジオで勉強した。始まりの音楽まで思い出せる(今はなくなったようだけど)。若いときは語学を学ぶのが好きだったので、何カ国語か聞いていた時期もある。語学学校へ行くよりも、ひょっとすると着実かもしれない。以前、私は、英語圏の文化にポンと入りさえすれば、自ずと英語がしゃべれるようになるだろうと信じていた。でも、自分の体験から、これは、子どもには言えるかもしれないが、大人には言えないなあと思うようになった。その証拠に、留学経験がありながら、あまり英語が話せない人は案外いる。たとえば、私の場合、英語圏に入ったら、とりあえず通じれば何でもいいや、みたいな横柄なところがあるためか、文法など、どんどん、めちゃくちゃになっていく(単純に単語を並べるのが手っ取り早い。やっぱり横着だよな)。それに比べ、テキストつきでちょっと勉強した後には、きちんとした英語を話そうという姿勢があるので、少し実力がアップするような気がする。何とかきちんとした言葉をしゃべれるようになりたいものだ。あと一ヶ月、頑張ろうっと。(村本邦子)

8月9日(土)

 芸術教育研究所主催の保育者研修の2日目を無事やり終えた。今年、この事業の一端を担わせて頂いて、経営者としての多田さんの手腕に感心するばかりだった。儲け主義ではまったくない、それでいて手堅く、地道に着実に、芸術教育を重視した文化を創出するための工夫と努力を持続している。お父さんの代から40年にもなるというが、豊かな精神風土を受け継いだのだろう。以前、多田さんの父・息子関係について、ちょっとだけ話を聞かせてもらったことがあり、こんなに素晴らしい父と息子の絆があるのだなあと感動したことがある。私は、あまり人のことを羨むタチではないが、オルコットの家を訪ね、若草物語の下地でもあるオルコット4姉妹と父親との関係を知って、生まれて初めてジェラシーを感じた。4姉妹ともに芸術家になったのだが、文化水準の高さ、精神的な豊かさの中で子ども時代を過ごせるとは、本当に何て幸運なのだろう。きっと、それをベースにしながら、時代にマッチした形で事業を展開してきたのだろう。民間の一研究所がここまで着実に事業を継続展開してきたことは驚きだ。その推進力となっているもののひとつに、人脈の確かさ(良き理解者・協力者を見抜き、関係を大切にする)がある。見習わなければならない人が世の中にはたくさんいるものだ。(村本邦子)

8月9日(土)

台風も過ぎ去り、やれやれの1日。まだ警報が解除されない中での出勤は少しどきどきしたけれど、風で体がもってかれそうになりながら、無事たどり着いた。朝、なにげなくベランダから隣家のベランダを見ると、きちんとベランダの竿を下ろして、ハンガーなども片付けて、被害が拡大しないように備えてあった。とほほ、私は何もしなかったなあ。反省。最近では、いろいろと新しいことに取り組み、ない知恵をしぼって、その広報にエネルギーを注いでいる。もっともっと勉強しなくては!と思うことがたくさんあるけれど、こんなふうに、やりたいことがたくさんあって、そのために力を尽くせる環境にいることに感謝しつつ、取り組んでいる。ありがたや、ありがたや。引っ込み思案な自分のまま、怖じ気づいていてはいけない。映画「ウォーターボーイズ」で、いざシンクロの本番というときに、出るのをためらった少年が、監督に「恥かくかもしれねえけどよ、一生情けないままよりいいだろうよ」と言われるシーンがあった。そうだなあ。恥はかくと思うけれど、「できない、できない」といったまま、情けなく年をとるよりはずっといいだろう。さあ、また頑張ろか。(津村 薫)

8月8日(金)

 一足早く山から下りてきた理由なのだが、今日、明日は、天満研修センターで、保育士向けの一日研修。NPOの設立イベントの時、シンポジストをお願いした芸術教育研究所/おもちゃ美術館の多田千尋さんが主宰する東京・大阪でのかなり大規模な保育研修の1講座である。今年初めて講座を引き受けたが、大阪だけで600人、東京を入れると、この夏だけで2000数百人もの受講生がいるという。大阪は今年で3回目とのことだが、よくもこんなに人が集まるものだと感心する。口コミで年々規模が拡大しているそうだ。
 私の担当した講座が良かったかどうかは心許ないところだが、研修後、講師陣とスタッフ、8人ほどで食事をしながら4時間近くも話し込んだ。多田さんの遊びやおもちゃの他、美術、児童文化、音楽、演劇、介護など、さまざまなバックグランドを持つ一流の方々ばかりで、本当に啓発されたし、楽しかった。似たような職種の人たちばかりと話していると、話題が煮詰まっていくが、まったく違う視点を持って生きてきた人々の話を聞くのは、人生の清涼剤という感じ。おもしろい話をたくさん聞いた。キリがないので、そのうちのいくつかを紹介したい。
 ひとつは、アートセラピーのプログラムをやっていて、疑問を感じてきたことの謎が解けた。疑問とは、クレパスとクレヨン、パステルの違い。外国のプログラムにクレパスは存在せず、クレパスとはクレヨンとパステルを混ぜたもので日本独自のものだということまでは突きとめていた。今回新たにわかったことは、クレパスとはサクラの商標であること、であるがゆえに、「神田川」はNHKで放映されなかったのだそうだ。小さな子どもがパステルを使うと、できあがる頃には手でこすれて、かなり汚くなってしまうので、蝋を混ぜたクレヨンが適している。ただし、クレヨンは色が混じり合わないので、クレパスはこの両方の利点を活かせるというわけだ。クレヨンの成分はどれもだいたい同じだが、何回混ぜたかによってコストが違う。混ぜれば混ぜるほど、粒がなくなり、なめらかで良い品質となる。トイザラスなんかで売っているアメリカ製のクレヨンは安いけれど色がつきにくく嫌だなと思ってきたが、こういうタイプのクレヨンなんだそうだ。だから、パステル、クレパス、クレヨン、クーピー、色鉛筆という順に並ぶ。
 オマケとして、日本も国際化してきたことで、「肌色」は今はほとんど使われなくなった、「ペール・オレンジ」と言うのだそうだ。なぜオレンジかというと、英語圏のオレンジは焦げ茶に近い(日本では蜜柑の色)。ついでに、劇団風の子がアフリカで醜いアヒルの子を上演した時、皆怒って帰ってしまった。おそらく、黒が醜く、最後黒が白になって美しいというシナリオが不適切だったこと。またまた、ついでに、虹が7色なのは日本だけだそうだ(知的なところからの刷り込み)。マイクのテスト「本日は晴天なり」は、実は、マイクと一緒に英語のテスト文句、"It's fine today."が天気のことだと誤訳され使われてきたこと、NHKラジオの誰だかは、今も「本日は晴天なり」「本日は曇天なり」と言っているとか(これらの情報は、一人からの情報ではなく、皆の知っていることの集大成)。
 それから、子どもに絵を描かせる時、自由に描かせる、教えないという考えは間違っているということ。具体的なことまで講義してもらう時間はなかったのだが、今日の研修の1場面、グラスに入った氷とジュースを描くための援助の仕方(教育)を聞いているだけでワクワクした。たしかに、こんなふうに教えてもらったら、絵を通じて表現する力や物の見方が格段に身に付くだろうなと思った。自由に表現するためには、ちょっとしたスキルや工夫がいるというのはわかるような気がする。「子どもはみんなピカソ」なんて言う人たちがいるが、ピカソがあそこまでたどり着くまでに、どれほどのことを経験してきたか。私もピカソ展で子ども時代、中学生時代のピカソの絵を見たことがあるから、言われてみるとよくわかる。芸術教育研究所/研究会が志してきたことは、子どもたちが自由に表現できるための援助なんだと思う。知らなかったとは言え、そういう援助の機会を我が子たちにあげられなかったのは残念だ。理想は保育園や幼稚園でそんな援助がなされること、保育士さんとは芸術教育者なのだと言っていた。お母さんは子どもが絵を描いた時に「すばらしいね」とほめてやることができたら、それだけで素晴らしい援助なのだそうだ。私は、我が子たちの絵を常にほめちぎってきたために、小学校の低学年頃より、子どもたちに信憑性を疑われるようになった(本当の本当に素晴らしいと感動するのだから仕方ないんだけど)。でも、これは、大きくなってからプラスに働くと言うから、無知ゆえに芸術教育の機会を与えてやれなかったことを帳消しにさせてもらうとしよう。
 まだまだあるが、最後にもうひとつだけ。アルツハイマーの介護は即興劇、ドラマそのものだそうだ。安定している痴呆老人に年齢を尋ねると、人生でもっとも良かった年齢を言うので、その時のその人として接するのが良いのだそうだ。状況によって、介護者は子どもになったり、大学の学生になったり。そういった役割でコミュニケーションを図ると、うまく伝えたいことが伝わるのだそうだ。なるほど。本当に学び多い夜だった。(村本邦子)

8月7日(木)

 「わくわくチャレンジキャンプ」は土曜日まで続くのだが(大型台風は大丈夫かな?)、明日・あさってと、どうしても外せない仕事が入っているので、武庫女の杉村先生、本田先生と一緒に、一足早く山を下りてきた。杉村先生が運転手、本田先生が助手席、私は後ろに乗せてもらったのだが、お二人の先生方が、いきなり浜崎のCDをかけ、楽しそうに歌い出したのでビックリ。後ろから見ているとまさに「青春ドライブ」という雰囲気だった。実は、スクール・カウンセラーのための勉強の一環なのだそうだ。私もスクール・カウンセラーをしているが、そんな努力はしたことがない。考えてみると、年と共に、子どもたちとの話題はギャップが拡がるばかり。とくに私は芸能に疎く、テレビ・ドラマも見ないので、相当にピンボケだ(つい最近まで、ベッカムの顔も知らなかった)。うちの子どもたちにも、時々、ボキャブラリーの古さを笑われるし、大学でもわからない単語が時々ある(たとえば、「オール」とか。)やっぱり、勉強が必要かな。(村本邦子)

8月6日(水)

 兵庫県の「わくわくチャレンジキャンプ」のために、丹波の山奥まで来ている。このキャンプは、養護施設の小学5〜6年生に臨床心理学を学ぶ大学院生が1対1でついてサポートしながら、子どもたちが選んだプログラムをやり遂げるというもの。今年が4年目で、私は去年より関わっている。養護施設の子どもたちは、ほとんどの場合、虐待や喪失などのトラウマを抱えているので、1対1の関係は一筋縄ではいかない。それをグループ・アプローチで支えながら、皆で一緒に乗り越えるというチャレンジをする。今年は子どもが60数人、総勢170数人と、いつもにも増して大きなグループだが、心のケアを中心に据えているので、軍隊式の整列や号令はいっさいない。それでも、ゆったりとした枠組みに添って秩序立てられたプログラムが進行していくことに感心する。うちのNPOの理事でもある兵庫教育大学の冨永良喜先生たちが中心になって展開してきたプロジェクトだが、非常に注意深く構造化されているうえ、グループを見守る視線をたくさん確保してある。学生が子どもたちを見守り、その外側でグループ・リーダーやグループ・カウンセラーが見守り、さらにその外側に、プログラム・サポーターやらアドバイザーやら、さまざまなグループが見守る。非日常の空間だが、思いやりと結びつきを大切にするこんな関係が、日常にも取り入れられたらいいなと思う。(村本邦子)

8月6日(水)

冷夏で、クーラーや扇風機、夏服に至るまで季節商品が売れないと報道があったのは、ついこの前のはずなんだけど、この暑さ!溶けそうになりながら出勤している。予想気温が35度って、体温やないんやから(涙)。しかし、クーラーの効いた事務所で仕事できるのだから、恵まれている。この炎天下、外で作業をする人や、外を歩き回る必要がある仕事の人は本当に大変だろうと思う。話がそれたが、私は夏は大好きなんだけど、年のせいかな。この暑さはこたえる。毎朝、スタッフの誰彼と顔を合わせたら、「おはよう〜、暑いねえ」と口癖のように言ってしまう。夏バテを防ぐために、極力冷たいものを控え、熱いお茶や紅茶を飲むようにしている。当たり前だが、食事もきちんと三食とり、間食も控えるようにもしている。冷房には当たりすぎないよう、ひどく冷えたバスや地下鉄、スーパーなどでは上着をはおる。いろいろと気をつけてはいても、どうにもだるかったり、弱ったりする。元気にこの夏を乗り切りたいものだ。良い夏バテ対策があれば、教えてくださいませ。(津村 薫)

8月5日(火)

 この夏は忙しくて帰省できそうにないので、朝早く、娘一人を田舎へ見送った。1時間ほどの余裕を見て、空港リムジンに乗ろうと並んでいたが、新御堂で事故があったらしく、バスが大幅に遅れ、どう考えても間に合わない時間になってしまった。こんなことは初めてだったが、乗り遅れてキャンセル待ちにでもなったら、仕事に差し支えると決断し、バス・チケットの払い戻しを交渉して、タクシーに乗ることにした。空港までタクシーで行ったことがないので、いったいいくらになるのか怖いなぁと思っていると、私に続いて、一人のおじさんが払い戻しをした。ラッキーと、「伊丹までですよね〜、ご一緒しませんか〜?」と誘ってタクシーに乗せ、ホッとして、おっとりと優しい感じのおじいちゃん運転手を交え、機嫌良くのどかな会話(?)を楽しんだ。
 娘「ポテト食べる時間あるかな?」 
 私「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよ。飛行機に乗り遅れるかどうかっていうような時なんだから」 
 娘「えーっ・・・」
 運転手さん「何か食べたかったの?」
 私「空港においしいベーグル屋さんがあってね、この子、そこのポテトが世界一おいしいって、いつも楽しみにしていて、朝ご飯抜いて我慢してたんですよ(笑)。」
 運転手さん「そりゃあ、食べたいなぁ。食べたい食べたいのに、食べられん思うたら、よけいに食べたくなるよなぁ。」
 娘「ハッ、ハイ・・・」
 運転手さん「大丈夫。お買い物するくらいの時間はあるように着くからなぁ」
 娘「えっ、ホンマですか?」 
 一緒に乗ったおじさんは、にこやかに日経新聞など読んでいた。空港が近づいてきたので、私は、どんなふうに料金を分配するかなぁと頭の中で考えたのだが、そう言えば、おじさん、声をかけられて、一瞬、とまどいの表情を示したなぁ、ちょっと嫌だったのかなぁ、などと思い返し、ここはやっぱり、仕切った私が責任を持つべきだと腹を括り、「バス代だけで結構ですよ。どうせ乗ったんだから。」と大盤振る舞いすることにした。ところが、である!空港につくと、そのおじさんは「運転手さんに5百円でもチップあげてよ。僕はいいからさ。」とタクシー・チケットをサラサラサラっと書いて、去ってしまったのだ!唖然!!! そう言えば、たしかに品の良いおじさんだった。娘は、「バスよりもっと安くて、めっちゃトクしたなあ。」とニコニコしているが、想像もしない展開に、私は、一瞬、穴があったら入りたい気分になった。大あわてでポテトを買って、娘を出発口まで見送り、今度は職場に向けて、モノレールに飛び乗ったのだが、あれこれ思い返しながら、厚かましい大阪のおばちゃんに声をかけられてこんなハメになったけど、あのおじさんにとっても、予想外でおもしろい一日のスタートになったんじゃないかと思うことにした。団さんからは、いつも「あんたほど、世間の好意に依存して生きてる人、知らんわ〜」とあきれられているのだけど、それもイイじゃないか。旅は道連れ、世は情け・・・っと。ヽ(´ー`)ノ (村本邦子)

8月5日(火)

村本の日記の話で、今日の昼休みは大盛り上がりをしたのだが、おかしくておかくして、吹き出してお弁当のおかずをこぼしそうになった (笑)。おじさんがタクシーチケットにサインをする姿に、度肝を抜かれる村本の様子を思い浮かべるだけで笑いがこみあげて仕方ない。私の場合、そばにいる人に、そんなふうに声をかけることなど思いもよらない。そそくさと自分だけで向かってしまいそうだ。こういう時も、引っ込み思案な性格はモノをいうのか(滝汗)。世間の好意に依存しているというよりは、屈託のなさに人が魅きこまれていくようなイメージだけど、いいなあ、羨ましいものだ。そういえば、今日はもうひとつ、テレビのニュースに気持ちが明るくなった。留年してムシャクシャしたという学生が、広島の原爆記念公園の千羽鶴に放火して、鶴をみんな燃やしてしまい、逮捕されたというニュースを数日前に聞いて、「なんということを・・・」と絶句した。だが、その大学の学生やOBたちが、お詫びをこめてたくさんの鶴を折り、何万羽にもなったその鶴を、明日の6日に合わせて、学生の代表が広島まで届けるという。ちょっと素敵な話。(津村 薫)

8月3日(日)

この土日は、日本ストレスマネジメント学会へ出かけた。
コーピングとしての認知の修正、リラクセーション、子どものためのアサーションなど、面白い研修を受けた。そこであらためて気づいたのだけれど、私は、本当に社交的ではないのだなあということだ。高校時代の成績表を職員室で偶然見たことがあるが、なんと協調性に最低点がつけられていた!そのときも、「やっぱり先生はよく見ているなあ」とヘンな感心をしたものだった。今日もそうだが、大勢の前に出ると、自分から積極的に周囲に話しかけたり、その場で打ち解けるための試みを自分から行なっていない。そういえば20代前半で夫と出会った頃、私は今にも増して集団というものが苦手で、夫に社交的な場に連れて行かれると、馴染めなくて困った。夫は私を非社交的なタイプだと思い、これは自分が守ってやろう(!!)、あまり社交的な場に引っ張り出さないのが良いと判断したほどだという。子どもが産まれ、女性ライフサイクル研究所に関わりはじめてから、私はめきめき変わった・・・と思っていた (笑)。けれど、やっぱりあらゆるところで協調性のなさがムクムクと顔を出していたような気がする。決して人が嫌いというわけではなく、馴染んだ仲間のうちでは、かなりお笑いに走るほど、話好きだったりすると思うのだが、小さな頃も、無邪気に人と打ち解けたり、積極的に人の輪にはいっていく性格の友人を、内心羨ましく眺めていたことを思い出した。三つ子の魂百までとはよくいったものだ。それでも、いったん打ち解けると、決して引っ込み思案でもないと思うし、私は結構面白いヤツだったりすると思う。さて、これをリフレーミング(枠組みをかえて、物事を前向きに捉えなおす)するとどうなるか。私は慎重で、時間をかけて、じっくりと人と知り合うタイプなのだろう。急がなくていいから、ものおじせず、その場で自分で出来る試みをしてみればよかったな。ストレス学者として名高いハンス・セリエの言葉に、「自分の達成可能な最高の目標を設定せよ。しかし無駄な抵抗はやめろ」というのがある。パーティーの華にはなれなくてもよいし、きっと無理なのだろうけれど、私なりに出来る、人との繋がりを考え、やってゆけばよいかな。私は決して人が嫌いではない。背伸びもせず、卑屈にもならず、人と出会える方法を試みてみよう。これは、次に知らない集団に置かれたときの課題にしようかな。(津村 薫)

8月3日(日)

 朝からストレスマネジメント学会の研修に出かける。松木さんの「受動的集中」の演習で、よく催眠の導入に使われる5円玉をぶら下げる観念運動をした。ふつうは左右上下に振るだけだが、イエス・ノーを振り分けて、質問に5円玉が答えるというのをやった。かなり怪し気だが、中高生への導入としてウケが良いらしい。そこで、松木さんに「あなたは40代ですか?」と尋ねられ(会場に40代が多いと踏んでの質問だろう)、私の5円玉が「わからない」を表すグルグル回りを始めたので、正直、うろたえた。自分が年齢をよく間違えることはつい先日書いたばかりだが、少なくとも、30代とか40代とかを間違えたことは、いまだかつてなく、それははっきりと意識していたつもりだったので。最初、自分でもビックリしたが、それから自分の中に一種の反応があって(「受動的集中」状態だったからイメージにひらかれていたということもあったのだろう)、自分の年齢へのとらえ方がはっきりとわかった。私にとっては、10代も20代も30代も40代も、全部、自分の中に含まれてあるような感じなのだ。それでは、どこまであるのかなと探ってみると、少なくとも50代まではなにがしかのイメージがあるようだ。私にとっては、41歳が終わって42歳になるというのがわかりにくく、41歳に42歳が加わっていくという感じ。これは人とはずいぶん違った感じ方なのだろうか?ふつうは、年齢の直線を移動して進んでいくものなのだろうか??? (村本邦子)

8月2日(土)

 仕事があったので、途中から2時間だけだが、ストレスマネジメント学会のシンポジウムをのぞきに行った。服部祥子さんが、1995年の神戸事件以降、学校教育が変わってきたこと、自分にも責任があるがと断りを入れたうえで、社会化・画一化が強化されるようになったというようなことを言っていた。ストレスマネジメント教育は、それに対する「もう一つの教育」の試みであると。なるほどと思いながら、ストレスマネジメント教育が画一化につながらないようなひろめ方を考えなければならないんだなと改めて思った。私たちもいつも悩んでいるのが、プログラム化とその使ってもらい方の工夫だ。NPOの支援者研修では、プログラムの本質をみっちり学んでもらった上で、状況に応じて使用者が自由にアレンジできるようにしている。これから、ストレスマネジメントは学校教育の中でのチャレンジになっていくことだろう。私たちの活動もチャレンジである。(村本邦子)

8月1日(金)

 今日は誕生日。42歳になった。人から変だと言われるが、私はしょっちゅう自分の歳を間違う。だいたいは1〜2歳年上だと勘違いしてしまうのだが、ひどい時には7歳も上に間違ったことがある。何とか覚えていようと、この1年は、「ヨイ(41)年」とゴロ合わせまでして暗記したが、今度は良いゴロ合わせもない。自分の年齢ばかりでなく、夫や子どもたちの年齢、それから子どもたちのクラスの数字が覚えられない。1年おきに変わるものがダメなのだ(でも、なぜか子どもたちの学年は大丈夫)。生年月日は変動しないから忘れないので、だいたいは、本日の年月日から計算して割り出さなければならない(もちろん、本日の年月日など毎日変わっていくから、カレンダーを見ないとわからない)。自分でも、頭がどこかおかしいのかな〜?と思っている。20代まではそんなことなかったから、一種の老化現象なのか?数字に弱いわけではない(数学は一番得意だった)。何ていうか、均等に刻まれる時計についていけず、暦はあんまり重要じゃない感じなのだ。ひょっとして、これは危険かもね・・・。(村本邦子)