2003年7月 (スタッフの日記バックナンバー)

7月31日(木)

 落ち込み気味の時は音楽を聴くとしよう(最近、どうも冴えなくて・・・)。グールドのインベンションとシンフォニア。メロディーの掛け合いが心に染みる。瞑想にはバッハが一番だ。(村本邦子)

7月30日(水)

思い立って、仕事場のデスクを昨日片付けた。ストレスマネジメントでは、生活をシンプルにしておくこと・・・と言われている。引き出しひとつ整理しても、仕事の能率は上がる。それを目指したつもりなのだけれど、慣れないことはするもんじゃない。大事な書類が「あれー、どこいったっけ」「ここに置いてはずなのに」と、見事に見当たらなくなり、何度も青くなるハメになった。探してみれば、大事なものは、すべてファイルしていたり、きちんとよけてあったりしたのだけれど、それを忘れて探しまくるハメになったのだ。トシだろうか。忘れっぽくていけない。それでも気分はすっきりしたし、「綺麗になりましたねー」と隣の席の事務局長がホメてくれたので(私の汚いデスクの被害を最も蒙っているかも?)、気を良くしている。♪頭の中のガラクタを処分処分♪とタモリは歌っていたけれど、ちょっとそんな気分かな。(津村 薫)

7月30日(水)

 仕事を終えてから、フェスティバル・ホールに大阪市音楽団の吹奏楽コンサートを聴きに行く。コンサートは久しぶり。最初はイマイチかなと思ったけど、だんだん乗ってきて、最後はかなり盛り上がった。やっぱり吹奏楽は、ワクワク感、迫力とユーモラスなところが一番だと思う。中学時代、なぜか吹奏楽部に入らなかった。自分でも、周囲からも、入って当然だったのだけど・・・。小学校の3年間、合唱部に一生懸命になりすぎて、何だか疲れてしまって(夏休みもなし)、「のんびりしたいな〜」と結局、部活をしなかった。今では、ちょっぴり後悔している。吹奏楽をやってたら、私の思春期も、もう少し明るかったかな?(どちらかと言えば、私の思春期は深刻だった。)中学の娘がクラリネットをやっている。楽しそうで羨ましい。若いっていいなぁ。(村本邦子)

7月29日(火)

ようやく愛犬も回復したようで、食欲も元気も出てきた。もう心配ないだろう。やれやれ。猫の嫉妬も少しおさまってきて、嵐のように騒がしかった我が家も、落ち着きを取り戻してきた。私自身も、揺れながら元気を取り戻しつつあるような気がする。自分だけの痛みにこだわってしまい、周囲が見えなくなると、周囲とて大変な思いをして、痛みを抱えつつ、それでも責任を持って生きているということを見落としてしまうのだろう。いま元気に生きていて、仲間がいて、好きな仕事をしている感謝を忘れるまいと、あらためて我が身に言い聞かせる。ふにゃふにゃ言ってないで仕事すっぺ!!(津村 薫)

7月29日(火)

 春休みに西表で拾ってきたマングローブの種を水にさしておいたのだけど、ふと見ると、見事に芽を出し、つややかな葉をつけている。カヌーでジャングル探検をした時にプカプカ浮かんでいたものだ。目を閉じると、生命力に充ち満ちたあのジャングルのエネルギーを再び体中に感じることができる気がする。自然の持つ力はすごいもんだ!(村本邦子)

7月28日(月)

 年報の編集作業をやっている。今年のテーマはケアなのだが、考え出すと不思議なことだらけ。自分の中でバランスがうまく取れている時は、たしかに、ケアすることによって、自分も得るものがある。ところが、自分自身が手一杯の時に、ケア役割ばかりさせられていると、何かを得るどころか、持ち出してばかりいるような被害的な気分になってくる。
 津村の日記、犬猫の世話のところを読んで。好きで買っているペットの世話をストレスだと言う人はあまりいない。逆に、好きで産んで育てている子どもの世話をストレスだと言わない人はあまりいないだろう。人間の世話をするのは難しい。人は思うようにいかないから?逆に、犬猫は飼い主の投影を素直に受けてくれるからだろうか?
 そう言えば、うちでは子どもたちが熱帯魚を買っているが、娘の水槽にいるグッピーはエサをあげようとすると寄ってきて反応する。息子の水槽にいるテトラは逆に人が近づくと逃げてしまう。いっとき、息子は「僕、テトラの世話するのしんどい。せっかくエサやろうとしても逃げていくからかわいくない。もうイヤや。」とこぼしていた。その時は、何て無責任なと思って、「生き物の世話は責任があるんだから、自分の都合でそんなこと言っちゃいけないでしょ。子育てだって一緒だよ。かわいくないからって途中でやめることはできないんだから」などと我ながら意地悪い説教をしてしまったのだけど、息子がしんどいと感じるのももっともなのかもしれない。そう言えば、あまり人になつかない特殊なペットを買い始めたは良いが、もてあまして放棄するという話がいっとき話題になっていたな。
 私が育った家は、父をはじめ、みんな動物好きで、いろんな種類の動物が当たり前のようにいた。だから、何ていうのか、特別に飼って世話をするというよりは、自然に、一緒に暮らしているという感じに近かった。昔は子育てもそんなものだったんじゃないだろうか?ケアというのは強烈な情緒的結びつきと関係するのだろう。とすれば、母性などと同じく、近代家族制度と関わる概念なのだろうか?特別にケアなんてことを言う必要もなく、自然にケアが相互に成されるバランスの条件はいったい何なのだろう?(村本邦子)

7月28日(月)

随分、愛犬が回復してきた。今までは困っていたのに、「わん」と吠えるのが嬉しい。犬にばかり関心が向けられていることが面白くない猫が、あれこれと意地悪をしても、やられっぱなしだったのに、くやしそうに「うぅぅぅ」とうなったりしはじめた。そんなしぐさのひとつひとつに安堵する。とにかく元気で長生きしておくれ!我が子のような可愛いトトロとココア。犬の具合が悪いと私が騒いだものだから、スタッフたちがかわるがわる慰めてくれて、とても嬉しかったのだが、結構、動物のいる暮らしに馴染んできた人が多いことを今更ながら知った。私自身は小さい頃は、小鳥や金魚がせいぜいという暮らしだったけれど(おそらく両親が動物好きではなかったのだろう。「死んだらかわいそうだから」という理由で絶対に飼ってもらえなかったのだ)、大人になってから、動物の可愛さに目覚めさせられた。イヴリン・バソフの「娘が母を拒むとき」は、動物による癒しについても書かれている。「世話が大変でしょう」「忙しいのに、犬も猫もいるんですか」という反応をよくされるけれど、共に暮らしていて恩恵を蒙っているのはこちらの方なので苦になるどころか、その無邪気な可愛さにはいつも慰められ、楽しませてもらっている。どんなに家を汚されてもイタズラをされても、彼らの魅力の前に、後始末の大変さなどは吹き飛んでしまう。この子たちがいるって幸せだなあ。その感謝をあらたにした出来事だった。(津村 薫)

7月27日(日)

 今日は京都FLCで、NPOの子どもプロジェクト・ミーティングの日。この事業に三菱財団が助成金を出してくれることが決定し、秋から予定しているDV家庭に育った子どもたちへのケア・プログラムが実現する。有り難いことだ。まずは、来所プログラムを予定しているが、将来的には、シェルターなどへの出張プログラムも良いかな・・・などと夢は拡がる。ささやかでも一歩ずつ活動が展開していくのは嬉しい。無力感に苛まれることの方が多いけれど、やりながら、ちょっとだけエンパワーされる瞬間だ。(村本邦子)

7月26日(土)

 朝、白浜の三段壁を潜る。なかなかおもしろい地形だった。ここは自殺の名所だそうで、岸壁には「いのちの電話」の看板が掲げてあったけど、海に潜ると、こんなきれいなところで死ねないなぁと思う。キョロキョロ周囲に見とれてしまいそう。午後、沖へ出る予定が、高波がかかってボートが危うく水没しそうになるハプニングが(重量オーバーではないかぃ?)。いったん陸に戻って仕切り直し、色津と沈船を見て回る。沈船の大群はすごい!白浜は初めてだったけれど、とてもきれいだった。温泉もあちこちに湧いてるし。クタクタに疲れて帰ってきた。さあ、明日から、また仕事だ!(村本邦子)

7月26日(土)

愛犬のトトロ(ロングチワワ・7歳)がここ数日元気がなく、気になっていた。2日間餌を食べない。ぐったり、ぼーっとしている。昨夜は痙攣かと思うような、ものすごい震え上がりかたをして、何か重篤な病気かと、見ている私たちも震え上がった。寝起きでもないのに、鼻まで乾いている(鼻の乾きは、犬の体調不良の象徴とされる症状)。この子は年に一度の予防注射以外、病院には縁がないような元気な子だ。かつてなかったことばかり。まんじりともしないまま朝を迎えた。心配してくれた同じマンションの友人が出してくれた車で、朝一番に動物病院に走った。血液検査とレントゲン。結果の出るまで、待つのももどかしい。結果は、肝臓に関する数値が悪く、その障害が疑われるとのこと。また、人間でいう椎間板ヘルニアも患っているそうだ。犬は「寒い」か「痛い」か「怖い」で震えるのであって、自宅にいて、あとの2つの理由は考えにくく、この痛みで震え上がったのだろうとのこと。犬のレーザー治療というのをはじめて見た。大きな注射を2本もされて、背中はランドセルをしょったかのようにふくれた(2時間もすれば元に戻る。徐々に薬が体に入るのだ)。痛み止めに解熱剤が入っているので、犬は痛みがとれれば、また走ろうとする。飼い主の方で気をつけて運動を制限するよう注意された。この子はチワワという小さな犬種で、足も細いのに、椅子やベッドの飛び乗りや飛び降りが得意で、じっとしていない。これからが大変だ。今日も食べなければ、3日間食べないというのは看過できないので、入院だと言い渡される。何なら今日からでもと言われたが、クンクン鳴く子がしのびなくて連れて帰った。普段は健康のため、カリカリのドライフードしかあげていないので、あわててスーパーで缶詰を買ってきて、薬をまぜて与えたら食べたので、少し安心した。この分なら入院は免れるだろう。1週間薬を飲んで様子を見ることになった。いつもの元気印はどこへやら、ぐったりして、吠えもしない子を見ているとつらい。それを見ていた猫のココアは、関心がみなトトロに向けられているので面白くないのだろう。わざとゴミ箱をひっくりかえしたり、トトロを追い掛け回したりする。病院に行ったのも、トトロだけがどこかへ連れて行ってもらったとでも思ったのだろう。困ったものだ。この子まで調子が悪くならないことを祈るばかり。心配した夫も勤務先から電話をかけてきた。「そんなに悪いのか」と絶句。一代目の犬を子ども時代に病気で亡くして、1週間家族で泣き暮らした経験がある私たち。あのときの悪夢がよぎったのは、私だけではなかったと思う。トトロはそのかわりにと、ペットショップがくださった犬だ。店から来てすぐに発病した犬を、普通なら「返品」することが多いと獣医に聞かされた。物じゃあるまいし!「うちに来た以上は、うちの子なので」とそれを拒否して看取った。伝染病だったので、ペットショップの他の動物たちのために連絡は入れたが、「最後まで大事に看取ってくれたので」と申し出てもらったものだ。長くは生きられなかった一代目の分も、この子には元気で長生きしてほしいと思っている。まだ7歳。人生の半分だ。これを乗り切って回復してくれることを強く信じよう。また可愛いしぐさをして、ちょかちょかと走り回れるときが来るまで、頑張って治そうね、トトロ。いつものように、娘のリコーダーに合わせて歌ってくれる日がまたすぐにやってくることを祈って。(津村 薫)

7月25日(金)

テレビで、「魔女の宅急便」を見ている。宮崎駿作品の中で、「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」と共に、ベスト3に挙げたいほど好きだ。修行で見知らぬ街へ出て、さまざまな困難に遭い、魔法の力も消え、頼みの箒も折れ、相棒の猫とも会話できなくなり、途方に暮れるキキ。街でできた友達が命の危機にさらされたとき、キキは「血で飛ぶ」と語り継がれてきたような、魔女の底力を発揮する。おじいさんから借りたデッキブラシで飛ぼうとするキキ。決死の友人救出は成功し、彼女はようやく街の仲間入りをする。心配している両親に、キキは手紙を送る。「落ち込むこともあるけれど、わたし、この街が好きです」泣けるなあ、何度見ても。エンディングに流れるユーミン初期のヒットソングも好きだ。♪やさしさに包まれたなら きっと 目にうつる すべてのことはメッセージ♪キキはひとりぼっちじゃなかった。パン屋のおソノさんがいて、ぶっきらぼうだけど暖かいおソノさんのダンナさんがいて、まさに血で絵を描くような画家の魅力的な友人がいて、手作りのパイを焼いてくれるやさしいおばあさんがいて、故郷には両親も、その仲間たちもいた。私もきっとそうなんだろう。それを忘れないで、箒はまた作りなおすのだ。うんと高く飛べる日のために。(津村 薫)

7月25日(金)

 仕事ついでに白浜まで足を伸ばしている。夕方、「ごちそう亭」というところでとれたてのお刺身をたらふく食べる。真鯛の活作りがなんと980円!おトク感も加わって、かなりの満足度。その後、温泉につかり、夕暮れの浜辺を散歩する。風に吹かれてさざ波の音を聞いていると、体中に海のエネルギーが充満してくるのを感じる。明日は潜る予定だ。(村本邦子)

7月24日(木)

周囲がみな自分より偉く思えてしまう日は、花を買ってきて配偶者と親しむ・・なーんて歌じゃないけれど、無力感にさいなまれるときは、そんなコーピングがあるのだなあと、今更感心したりする。ちょっとメゲてるこのごろ、綺麗なお花でも買ってみようかな。(津村 薫)

7月23日(水)

 なかなか梅雨が明けない。関西の梅雨明けは本当に遅い。私は鹿児島で育ったので、7月に入ったらすぐ梅雨明け、7月は夏、というイメージなのだけど、関西に来てから、もうかれこれ20数年というのに、毎年毎年、「今年は梅雨明けが遅いな〜」としびれを切らせて待っている。ずっと家にいて、たまに傘をさしてレインコートに長靴でお散歩・・・などという生活ならば楽しいような気もするが(子どもたちが小さかった頃は、そんな時もあったような・・・)、いつも大荷物を両手に抱え自転車で走り回っている身としては、いい加減、辛くなってくる。一日に何度も服が濡れて乾くなんて日には泣きそう。早く真夏の空が見たいなあ!(村本邦子)

7月21日(月)

久々にのんびりと休日を楽しむ。思い立って、はじめて犬の散髪にチャレンジ!
ロングチワワという犬種なので、もちろん毛が長い。毎年夏がくると、
「暑いだろうな」とかわいそうに思いつつ、手を出さないまま、7歳を迎えた。
もう年だし、暑さが今までよりつらいのではないかと思ったのだ。
暴れられると危ないので、お風呂場でシャンプーをしたついでにすることに。
ところがずしりと水を含んだ毛は案外と硬い。身を切っているのではないかと
ひやひやしながら悪戦苦闘した。
シャワーでぐっしょりになっているときだけは、この子はおとなしい。
「もうちょっとですっきりするねんでー」と声をかけながら、必死にはさみを動かした。
出来上がりをお目にかけられないのが残念なくらいだ。
見事な「まだらハゲ」状態。チワワではなく、「なんちゃって柴犬」になってしまった (笑)。
夫も娘も絶句。「・・・・・どないしたん・・・」だって。
トトロではなく、「ポチ」って名前にした方がよいかもしれない変わり果てた姿 (笑)。
毛がないと、ひとまわり小さくなってしまい、赤ちゃんみたいだ。
いつになると毛は生え揃うのだろう。まだらハゲ状態は気の毒だけど、記念写真を撮っておいた。
人の散髪も未経験な私に扱われて、トトロもかわいそうなことだった。
ちょっと私は味をしめたかも。楽しかったので、またチャレンジして、そのうち腕を上げよう。
猫が短毛種なのが残念だ (笑)。(津村 薫)

7月21日(月)

 久しぶりに何の予定もない休日。思い立って、貴船から鞍馬へ登山し、鞍馬温泉につかって帰ってきた。鞍馬山には豊かな山水が流れ、天に向かってまっすぐに伸びた老杉が並び、そこいら中に「気」が充ち満ちている。山門で杖を借り、険しい山道を登っていると修行者になったような気分だ。古来の自然信仰が自分には一番馴染みやすい。これからも、時々、山に登ろう。(村本邦子)

7月20日(日)

 見そびれていた「マイノリティ・リポート」を観る。舞台は2054年のアメリカ。未来を予知するプリコグを使った犯罪予防局のプログラムによって、殺人事件はゼロ、犯罪そのものも9割減少という成果が出ている。チームを率いるのは、犯罪によって幼い息子を失ったジョン。3人の女性をホルマリン漬けにしたようなプリコグに不気味さを感じながらも、犯罪がなく安心して暮らせる社会ならどんなに良かろうかと、ふと心を惑わされる。しかし、やはり悪は悪しか生まないものだ。プログラムのほころびに少しずつ気づかされるジョンは罠にはめられ、未来の殺人犯として追われる身となる。プログラムのほころびがつくりだすマイノリティ・リポートを手に入れることで自分の無罪を主張しようとするが、ジョンは、殺人が自分の現実であったことを悟る。殺すのか、殺さないのか?予知されていても、最後の瞬間に、別の選択をする可能性が残されているとすれば、このプログラムは冤罪を生んできたことになる。マトリックスにしてもターミネーターにしても(T3はまだ観ていないが)、似通ったテーマを含んでいるようだ。「人は運命を越えられるのか否か?」これは現代的なテーマというべきか、普遍的テーマというべきか?(村本邦子)

7月20日(日) 

この前も日記で、政治家の暴言を取り上げたけれど、青少年問題担当の鴻池大臣の暴言続きには、あきれている。長崎の中学生が起こした幼児殺害事件については、「加害者の親は市中引き回しの上、打ち首にすべき」と言い、稲城市の女児たちが監禁された事件については、「どっちが被害者か加害者かわからないような状況」と発言したのだ。後者の発言については、指摘されてすぐに撤回していたけれど、前者の発言などは、「もう言わないけれど、考えは変わらない」と居直る始末だ。「頼むワー、もう」と言いたくなる。そこまで言うなら、政治家の不透明さも、自分達の利権ばかりを考える体質も、汚職に次ぐ汚職の発覚も(発覚しなくても、たくさんの不正がありそうなニオイは、誰でも感じているぞ)、結構子どもたちの夢を奪ってると思うので、善処してくださいまし。(津村 薫)

7月19日(土)

 クレオで「女性のメンタルヘルス」のシンポジウムがあり、第一部の研究発表で、昨年、委託を受けて行った関連機関ヒアリング調査の報告を行った。第二部の「心の健康とは?」というシンポジウムに斉藤環さんが来ていて、ひきこもりを中心にジェンダーによる違いを話した。男は所有、女は関係が中心なのだそうだ。だからこそ、結婚すると、男は女を所有したものと捉えピリオド、女は関係が始まると捉えスタートと考えるというギャップができる。「ジェンダーからの解放が解決につながるのでは?」という会場からの声に、彼は「ジェンダーからの解放という考え方には単純に賛成しかねる」と返答していた。重力がなければ踊れないように、規範がなければ自由はありえない、ジェンダーは重力であり、重力をなくすことが良いのではなく、重力に対する構えを身につけることが必要なのだといった内容だった。女性センターという設定としてはジェンダーにこだわる立場であるから、いろいろな反論があったろうが、あまり時間もなく議論は深まらなかった。本当のところ、どうなのだろう?規範への身構えばかりでなく、規範そのものに対する疑いや批判、修正といった作業が必要であることは疑いない。だけども、それでは、どんな規範が最終的な理想なのかと問われれば、途方に暮れる。すべての人、一人一人が大切にされる社会であって欲しい。桃源郷に必要な規範とは、いったいどんなものになるのだろう?(村本邦子)

7月18日(金)

 ベランダの朝顔がずいぶんと伸びた。今年はツバメ朝顔をハンギング仕立てにし、蔓を下に垂らしたいので、余計なところに巻き付いた蔓を、「ごめんね〜」と毎日、丁寧にほどいているのだが、ほどいてもほどいても、上手に巻き付くところを求めてはあちこち彷徨っている。まるで生き物のようだ。いや、確かに生物だ。おもしろいもので、朝顔の蔓も意志を持っているのだ。幾種類かの琉球朝顔たちも元気。蔓ごとに巻き付くビニール紐を渡してやったが、皆、お行儀良く並んで上に伸びている。それぞれにどんな花を咲かせてくれるのか、夏がとっても楽しみだ。(村本邦子)

7月17日(木)

 用事があって娘と梅田に出て外食したのだが、私が支払いしているちょっとしたスキに、店に入ってきた中年男性があからさまに娘の肩をツンツン突いて通り過ぎるという事件(?)に遭った。セクハラというほどではないかもしれないけれど、娘が怖がって泣くし、「子どもをバカにして!」と無性に腹が立って、もう一度店に戻り、店員たちに事情を説明し、当人にも抗議した。たいした説明を待つまでもなく、「あっ、鞄か何かが当たった?ゴメンゴメン」と言うからには、思い当たるフシがあったのだろうが、ふざけんじゃない。周囲は皆こちらに同情的な雰囲気だったから、少しは恥をかかせてやったと思うけれど、それ以上はどうしようもない。ひとしきり2人で怒った後、娘がポツンと「もっと真面目な格好してたら良かったのかな」と。「そんなこと関係ないよ。どんな格好だったら良かったと思うの?」と問うと、しばらく考えて「スーツとかかな?」。スーツなんて持ってないけれど、ちゃんとした大人の格好という意味だろうか?娘は、ごくごく普通のTシャツとGパンを着てただけだ。普通に座って食事していただけだと言うのに、それでもやっぱり、被害者は自分の落ち度を考えてしまうもんなんだなぁと哀しかった。(村本邦子)

7月16日(水)

 大阪の温泉めぐり第二弾で、守口の「ゆ〜バス」へ。夜風に吹かれて檜の露天風呂に浸かるのが気持いい。残念ながら今夜は遅かったので、あまりゆっくりできなかったけど、手近なところが良いかな。さて、次はどこでしょう?(村本邦子)

7月15日(火)

 4月から、命館で団さんの「家族療法」の授業を受けてきたが、今日が最終回だった。カップルや親子のセラピーなど、これまでも家族療法的なアプローチは行ってきたが、本格的に家族療法としての実践をするべく、皆で猛勉強している。いろんな人のさまざまなニーズに応えられるよう、日々研鑽を積まなければといつも思う。学生たちに混じって、他の人の授業を受けるという体験は、謙虚な気持にさせてもらえて良い体験だった。
 夜は、NPOのアドボケーター入門編の最終回で、理事を勤めてくれている兵庫教育大学の冨永良喜先生の「援助者のケア」という講義だった。いつもながら、聞いているだけでホッとするものがある。前後の時間、一緒に話し込んだが、時々こうして話したり情報交換する場があることが「援助者のケア」になるものだ。(村本邦子)

7月15日(火)

長崎、沖縄と少年による殺人事件が続いて起こったが、今日の読売新聞夕刊によると、加害者の通っていた中学校の生徒が、登下校時に「人殺し」と罵声を浴びせられたり、囲まれて「犯人は誰だ」と問い詰められたり、というような被害が頻発しているのだという。中学側にも一日に百件を越える嫌がらせ電話やメールも相次いでいるとのことだ。中学側は、子どもたちが被害を受けないよう、制服着用での登校をとりやめ、体操服での登校をするよう指導をしているそうだ。学友が起こしてしまった事件のショックも生々しいときに、心ない仕打ちをする大人がいるというのは、胸が痛む。(津村 薫)

7月14日(月)

 今日は立命館の修士論文発表のポスターセッションがあった。十人十色というか、60人学生がいたら60人分のそれぞれにユニークな研究テーマがあるものだ。テーマの絞り込みや進行具合はさまざまだけど、人を研究対象と見なした特権階級の業績づくりの論文ではなく、研究自体が修論作成に協力してくれた人々へ利益還元できるようなスタイルの研究のあり方が見えつつある。方法論については、まだまだ模索中という感じだけれど、融合と連携を謳った対人援助学のための研究の基礎が、ようやく3年目にして築かれつつあることを感じる。(村本邦子)

7月13日(日)

 今日は立命館の授業の補講日を振り替えて、京都支所の施設見学と交流会をした。独立大学院である応用人間科学研究科が開設された一期生である渡邉・小田がスタッフとして、M1の子たちにストレスマネジメント講座をやってくれた。アサーションとユーモアワーク。数ヶ月で二人ともみるみる立派になったものだ。実践の場に出て場数を重ねているだけ、やっぱり若い学生とは違ってくる。NPOの方もそうだが、こうして卒業生たちが、いろいろな形で私たちの活動に継続的に関わり助けてくれ、しかも成長していく姿を見るのは嬉しいことだ。このM1たちも、あっという間に巣立っていくことだろう。歳を取るのも楽しみだ。(村本邦子)

7月12日(土)

千葉市内の中学校で講演。帰りの新幹線の中だ。駅弁を買って乗り込んで、食後ちょっとひと息、パソコンをごそごそと取り出したところだ。今日は、思春期をもつ保護者や地域の人が集まった講演会だった。新しいマンションが立ち並ぶお洒落な街で、続々と新しい人たちが移ってくるという状況下、子どもたちのために、何が大切なのか考えようという集まりが開かれるというのは、とても良いことだと思う。遠方まで出かけた甲斐があったなあと思うほど、皆さん熱心に耳を傾けてくださり、ありがたかった。
さてさて、昨夜、家族でテレビを見ていた。「探偵ナイトスクープ」という番組なのだが、視聴者のあるゆる疑問を調査し、答えようという趣旨で、ときどき面白いものがあるので、楽しみにしている。余談だが、私はてっきり、これは関西圏のみ放映のローカル番組だと思っていたのだが、この前、鹿児島のホテルで何げなくテレビをつけたら放映していたので驚いた。「探偵ナイトスクープ」さん、失礼しました (笑)。さて、昨夜のテーマのひとつは、世の亭主たちが突然妻に、「俺のこと好きか?」と切り出したなら、妻がどう答えるのか、というものだった。妻に愛しているとか好きなどと言ったことがない、という70代の男性が、妻に電話して、「俺のこと好きか」と聞く。あまりの緊張のためか、妻の反応を恐れたのか (笑)、「答えによったら、俺にも考えがあるからな」と突然イバって、妻を脅し始めた。妻は「アンタ、飲んでんの?」とケンもほろろ。なんと話の途中で電話を切ってしまった!それから幾人もの男性が、街で調査協力を依頼され、妻に電話して、この質問を繰り返すのだが、たいていの妻が「どうしたん?」「具合でも悪いの?」「飲んでるの?」という反応をする。まあ、仕事に行っていると思っていたら、突然夫がこんな電話をかけてきたら、いぶかしく思うのも当然だけど。面白かったのが、「うん、好きよ。でもどうしたん?」とかなり心配し始めた妻がいたこと。夫がもしかして不治の病などにかかり、今生の別れとして告げた言葉だと思ったというのだ。番組の実験だと知った妻が安心して、受話器の向こうで思わず涙していた。これを見ていた夫、「俺がもし、こんな電話かけてきたらどうする?」・・・・うーむ。こっちも仕事中だろうし、普段必死に仕事していると思っている夫が、突然そんな電話をしてきたら やはり私も、何かあったのだろうかと心配してしまいそうだ (笑)。そういえば番組の中、「うん、好きよ。一文無しになっても、△■ちゃん(夫の名前)とやったら、楽しくやっていけると思うわ」と答えた妻がいた。夫婦って面白いなあ。(津村 薫)

7月12日(土)

 ようやくフォスター・ペアレントの登録が完了し、キットが届いた。もう十年ほど前から「やりたいなあ」と憧れながらも、周囲から胡散臭そうな反応をされるので躊躇していたのだけれど、ひょんなことから、同僚の団士郎さんもすでに長く関わっていることを知り、「ええと思うで〜」と背中を押してもらったので、大喜びで申し込みをした。このプログラムの良いところは、個別の子どもの経済的援助をするのではなく、貧困地域の福祉全体を支援しながら、国際交流の一環として、地域に育つ子どもが紹介されるという仕組みになっているところだ。うちに紹介されたのは、インドネシアの12才の女の子。家族構成も子どもの年齢層も、うちとよく似ている。通訳に時間がかかるので、手紙のやりとりにはかなりの時間がかかりそうだけど、一種のペンフレンドのような感じかな?中学生の時、初めてアメリカの女の子のペンフレンドを得た時の興奮を思い出した。次はギリシアの男の子だった。個人的なやりとりを通じて、同じ地球の違う国のことに関心を持つというのは、とても素敵なことだと思う。張り切って、これから娘と手紙を書くところだ。(村本邦子)

7月11日 (金)

大阪本社で第1回目の子育て講座がはじまった。女性ライフサイクル研究所開設以来、子育て中のママのための講座はずっと続いてきたもので、実は何回目の開催なのかも記憶にないほどだ。あちこちでスタッフがお伺いしている講演に参加してくださったり、インターネットで見たり、チラシをどこかで目にしていたり、新聞を読んだりと、参加のきっかけはさまざまだけど、参加者の方々の、子育てについて、自分の生き方について問い直そうという真剣な姿勢には頭が下がる。自分が乳幼児を抱えて、焦燥感にかられていた頃のことを懐かしく思い出すが、あの頃とは、大変さの質がまるで違っているなあと思う。半年間、一緒に学ぶ参加者の皆さんとご縁があったことを感謝。午前中に子育て講座を終えて、急いで京都支所に向かう。午後からは「聴き方話し方講座」のやはり第1回目。たくさんの参加者があり、とても嬉しい。明日は仕事で千葉へ行く。いろいろと仕事も山積みだ。なんとありがたい。元気で、やりたい仕事がたくさんあるなんて!夜は自宅で、インターネットで知人に教えてもらった面白いサイトを見る。ご当地別チェック。どれどれ、大阪は・・「カメラのナニワの社長の顔は、大久保玲だと思っていた」・・え、違うんですか (笑)。「エーちゃんといえば、矢沢永吉ではなく、中村鋭一だ」・・当たり前じゃないですか (笑)。「お好み焼きをおかずにご飯を食べるのは当たり前である」・・ハイ、お約束の習慣です (笑)。「♪とーれとーれぴーちぴーち♪と歌われると♪かに料理〜♪と続けてしまう」・・続けない大阪人っているんやろか (笑)。私の大阪人度(私は大阪生まれの大阪育ち。生粋のナニワっ子だ)は、相当のものらしい。(津村 薫)

7月11日(金)

 夫から娘への誕生日プレゼントだった「モモ」のDVDを皆で観る(夫は「モモ」が大好きなのだ)。15年以上も前のものだが、美しい映像だった。エンデは、「ネバー・エンディング・ストーリー」の映画版には失望していたが、この「モモ」は気に入っていたらしい。DVDのオマケに「あなたの時間貯蓄度は?」というチェックテストがついていた(しょうもなさすぎ???)。ほぼ完璧大丈夫だったが、唯一ヤバいのは「最近、時間が過ぎるのが速いと感じている」という項目。う〜ん。最近に限らないが、時間が経つのは速すぎる。どうすれば解決するのだろう・・・?(村本邦子)

7月10日(木)

 娘(中3)の4日間にわたる「職場体験学習」が終了した。電車で一駅先にある保育園での実習だったという。行く前は「小さい子って、可愛いやろなぁ。めっちゃ楽しみ」とお気楽なことを言っていたのだが、3日目の昨日は「しんどいなぁ。可愛い子ばっかりやねんけど、ずーっとっていうのはしんどいなぁ」を繰り返していた。そして「お母さん、私を育てるん大変やったやろ。なんとなくやけど、ちょっとは分かったわ。ありがとう」とも。
 そこで今日は、最終日を終えての感想を娘に聞いてみた。「『毎日、お姉ちゃん、明日も来るの?』って聞いてくれて嬉しかったけど、今日は聞かれて哀しかった。『明日からは来ないよ』と言うと、寂しそうだったし。子どもたちって、ホンマに可愛いなぁ。おもらししても、ご飯こぼしても、汗いっぱいかいて教室なんかサウナみたいやったけど、疲れたけど、ホンマに行って良かった」と。たった4日間、されど大きな4日間になったようだ。 (前村よう子)

7月10日(金)

村本の日記を読んで思い出した。私の娘も小学校時代、同じ宿題が出て、娘は近所の美容院に行き、美容師さんからお話を伺ってきた。娘は手先が器用な方なので、美容師に憧れていたようなのだけれど、現実の厳しさを知ったのだろうか。以後、美容師になると言わなくなった。娘の今後にどんな影響を及ぼしたのかはわからないけれど、プロの厳しさに触れるというのも良い体験だったのではないだろうか。ちなみに隣家の子どもは私のところにやってきた。私の説明をどんなふうに受け取ったりのかわからないが、見せてもらった宿題にはこう書いてあった。「すごく人の役に立つ仕事だと思ったけど、大変で、私には無理だと思いました」 。それで終わりかい (笑)!でも、先生には「面白い話を聞かせてもらえたね」と言われたそうだ。現在は、隣家の娘も我が家の娘も受験期。自分の将来にどんな夢を持っているのだろうか。二人して「わからーん」と言っているが、じっくりと考えてほしいものだ。学ぶって大切だよ。自分の血や肉になるんだよ。それを実感してくれたら、どんな道に進もうと、いうことないんだけどな。(津村 薫)

7月10日(木)

 この4月から某中高のスクールカウンセラーをやっている。今日は、高1の女の子から「インタビュー」を受けた。総合学習で、自分のなりたい職業の人をつかまえてインタビューするという課題なのだそうだ。自分の中高の頃を思い出した。なかなか良い企画だ(でも、娘に話したら、「総理大臣になりたい人はどうするのかな?」と心配してたけど)。高校生で将来の職業を決めることなどできないだろうが、自分が興味のある仕事をしている大人をつかまえて話を聞いてみるというのは、いろんな意味で役に立つことだろう。思春期の子たちは本当にかわいい。大人の側にも楽しい課題だった。(村本邦子)

7月9日(水)

 息子がずいぶん前に柔道の大会で優勝したお祝いの「焼き肉食べ放題」がお預けのたままだったので、今日行ってきた。ところが、今日は、5回も6回も学校で叱られたとかで、「きのうの蛙の解剖の呪いだ」などとめげている。しょっちゅう叱られて叱られ慣れているのかと思いきや、意外と繊細らしい。最後には食べ過ぎで気持悪くなって、「またや〜」と意気消沈。「ボク、神様に恨まれるような悪いことしてへんのに」などとブツブツ言っている。心理学の実験に「ハトのジンクス」というのがあるが(ハトでも偶然起きたふたつのことを結びつけてジンクスをつくる)、かなり原始的な思考回路のようだ。人生いろいろあるわな。もっとタフにならな。息子よ。(村本邦子)

7月8日(火)

「夏」といえば、心霊番組(なんでやねん)。
昔から怖がりのくせに、怖いもの見たさが勝ち、逃げる準備をしながら、「あなたの知らない世界」などを見ていた (笑)。夫は「怖いから一切見ない」というタイプなのだが、娘は私に似て、後でトイレや入浴にも支障をきたすというのに、怖いものを見たがる。うう・・・血は争えない(滝汗)。新聞のコンサート情報などをチラリと見ていたら、「稲川淳二の怪談」を聴くというイベントがあるのにびっくり。私みたいな人も多いんだなあ。しかし、私はスプラッタ系が大の苦手だし、暴力シーンや血を見るような番組は一切見ない。遊園地の絶叫系も全く受け付けず、「なんでお金払って怖い思いをしなきゃいかんねん」と思っている (なぜか娘はこれも大好き。ひとりでもジェットコースターに乗りたがるほど。どんなに怖いものでもOKだ)。「まだらな怖いもの好き」なのね (笑)。そろそろ、いろんなテレビ局で、夏の心霊特集が組まれる季節。隣家から「一緒に見ようよぉー」と誘いが入る (笑)。皆で震え上がりながら、お茶をすすってテレビに釘付けになる。ノーテンキな私には「霊感」らしきものがこれっぽっちもなく、心霊体験もないから、興味津々という気持ちが湧くのかもしれない(注・といっても、私も新婚当時の頃、金縛りに遭った体験がある。当時は恐怖で凍りついたけれど、今から思うと、うたた寝をしていた時に起きたので、夢うつつ状態で、はっきりと金縛りだ!と言い切れない。ただ、その時、家にひとりきりだったのに、人の気配を感じ、会話まで聞いたような感じはしているのだが・・・)。退屈を忘れ、涼を求めて怪談を楽しんだ昔人の知恵だ!ともっともな大義名分のもと、またこの夏も「心霊特集」を楽しむとするか。(津村 薫)

7月8日(火)

 最近、人から、「レシピエ」というところの「ネプチューン」というお茶とティーハニーを頂いた。これがとってもおいしくて、思わず自分でも買い求めてしまった(梅田阪神百貨店の地下1F)。もともとは紅茶屋さんのようだけど、テーマごとのブレンド・ティーや香りのついたハチミツが並ぶ。なんていうのか、アロマセラピー感覚のお茶屋さんだ。人気があるのか全国に店舗があるらしい。ちょっと贅沢だけど、ホッと良い気分になる。喫茶店に入るよりは安上がり!私は結構香りものが好きで、お香やキャンドル、アロマオイル、バブルバスにも凝っている。どちらかと言えば、ローズやサンダルウッドなどゴージャス系が好きだ。好きな音楽と心地よい香りに包まれるとうっとり・・・。(村本邦子)

7月7日 (月) 

曇り、晴れ、時々雨。
今日は七夕ということで、やはり天気が気にかかる・・・
世界中のどこかが晴れてるだろうし、もっといえば
雨雲のはるか彼方のお話なので、雨が降ろうとあまり関係しない
きもする。しかしどこか反射的に「晴れるといいな、彦星と織姫は
会えたかな」と思ってしまう自分がいる。
しかし、七夕にお願い事をするようになったのはなぜなのだろう?
今年は何十年ぶりに?子どものセラピーで通っている母子寮で
短冊に願い事を書いた。
幼い頃はどんな願い事をしていただろうか・・・思い出せないなぁ。
(小田裕子)

7月7日(月)

 今日は娘の誕生日。この子が0歳の時に研究所を立ち上げたので、彼女と研究所は同い年である。13年前の今日、娘が生まれ、まだ首の座らぬ娘を抱えて部屋探しをして、10月1日から研究所の事業をスタートさせた。振り返れば、いろんなことがあった。娘も研究所も、いよいよティーン・エイジャーだ。これからは、だんだん親の影響力から離れ、試行錯誤しながらも、独自の成長を遂げていくことだろう。親としての責任は少し軽くなるけれど、まだ、もう少し援助が必要だろう。少しずつ手を引きながら、先行き楽しみに見守りたい。(村本邦子)

7月7日(月)

 数ヶ月前「僕の生きる道」というドラマを放映していたが、今日はその特別編という事で、主人公の3回忌を迎えてというドラマ場面と、出演者へのインタビューで構成された番組を見た。インタビュー内容は「もし、あなたの命があと24時間しかないなら、どうしたいですか?」というものだった。
 ドラマを涙々で見ていた私は、番組開始当初から再び泣いてしまったのだが、まぁそれはそれとして、インタビュー結果は興味深いものだった。期せずして、年齢層による差がくっきりしていたからだ。ある程度の年齢を重ねた方は、家族と静かに過ごす、身辺整理をするなどの答えだった。そしてまだ高校生の若い人たちは、思い切り遊ぶ、やりたいことをする、食べたいものを食べる等だった。個々人でも異なるけれど、年代によって、大切に思うものが好対照に分かれるのだなぁと妙に納得した。さて、私はどうなのだろう?できれば家族と一緒に、静かに穏やかに自宅で過ごしたい・・・今は、そう思っている。
(前村よう子)

7月6日(日)

7月5日は姉の誕生日だったので、今日姉の誕生日祝いをしました。
久々に姉のために3段重ね(ゆで卵とチーズ挟み)のミートローフと
豆腐サラダを作りました。
自分で言うのも何ですが・・・おしかった・・・
その後は予約していた季節のフルーツ盛り沢山のホールケーキを大胆に
1/4カットでいただきました。しあわせ・・・。
姉妹で祝える誕生日は後何回なのだろう?
ふと思いつつお祝いした姉の誕生でした。
「お誕生日おめでとう!!」 (小田裕子)

7月6日(日)

 半年ぶりにプールへ行ってみた。FLCは結構な泳ぎ手が多いのだけど、私はあまり泳げない。とくにクロールの息継ぎが苦手。いつぞや美容院の先生から(もう70歳にもなると言うのに、週3日、3キロほど泳ぐんだとか)、「やっぱり一度きちんと習う方が良いよ」と言われたので、この夏は水泳でも習おうかしらと迷っている。きちんと定期的に通えるかスケジュール調整も問題だし、体力に自信もない。でも、運動には水泳が一番良いと聞くから、きちんと泳げるようにしておいて、続けていくのが良いかな〜。悶々・・・。いつになく実行力に欠ける私です。(村本邦子)

7月5日(土)

 「スタンド・バイ・ミー」を観る。何年か前、NHKラジオの英会話のテーマ音楽にこの曲が使われていて、一度観たいと思っていた。音楽の方が有名かもしれないけれど、12歳の男の子たちの友情を描いたもので、前思春期のテーマがよく表れている。何だか懐かしい感覚・・・。女の子たちにも通じるものがあるかもしれない。我が子たちもこんな世界を通過してきたのだろうか?(村本邦子)

7月5日(土)

小さい頃、あまりにお寿司が好きだったので、お寿司屋さんのおかみさんになりたいと思っていたことがあった。自分で寿司職人になろう!と思わなかったのは不徳の致すところだけれど。それから、市場で見る豆腐屋さんが素敵に見えた。水の中に手を入れて、スーッと豆腐を取り出し、パックに入れて、包装の機械に通してガチャン!とやるのに憧れたのだ。八百屋さんがカゴに盛られた野菜を手際よく袋に入れたり、釣銭を渡すときに、天井からゴムで吊るした青いザルをひっぱって、じゃらじゃらと小銭を取り出すのもカッコよく見えて、八百屋さんにもなりたい!と思ったものだ。やはり市場にあったうどん屋さんが長いお箸で麺をいくつも重ねてとり、透明の包み紙にそれを置いて、くるんで輪ゴムでパチンととめてくれる、あの姿にも憧れた。コンビニもなければ、CDもビデオもなかったけれど、働くおじさん、おばさんを身近に感じられた時代に育った私は、まだ幸せだったのかもしれない。15になる我が娘は、もちろん市場を知らない。昨年末、かなり遠く、行ったこともなかった大きな古い商店街に連れて行き、豆腐屋さんを見せたら、「すごいなー、めっちゃかっこいいー!」とはしゃいでいた。大手スーパーで、好きに物を選び、レジで清算してもらうというシステムに馴染み、外食しても、アルバイトの若い子たちが働くレストランばかりに馴染んでいる娘には新鮮な体験だったのだろう。活気があふれる暮れの市場で輝いた娘の顔を見て、汗水流して働く人たちがいることを身近に感じられない時代なのだと痛感した。大きくなったら△■○×になりたい!という夢が持ちにくい社会で、それでも希望を持ち、積極的に自分の人生に取り組む子どもたちが育つよう、支援する大人のひとりでありたいものだと思う。(津村 薫)

7月4日(金)

仕事であちこちに講師に向かうとき、電車を利用するから、さまざまな電鉄会社のお世話になっている。その違いが面白いな、と思うことも多い。たとえば京阪電車と阪急電車の違い。急行や準急などで、次の停車駅をアナウンスする場合、京阪は「次は△■○×まで止まりません」という表現を使っている。対して阪急電車は「次は△■○×に止まります」という表現になる。停車しない駅があるのだから気をつけろ・・と注意を促す意味では、京阪の方が親切かなという気もする。京阪特急の強い冷房には、ぶるぶる震え上がるけれど (笑)。南海電車では、ホームに流れる到着電車の案内が、「皆さん」という呼びかけから始まる。たいていは「まもなく■番線にまいります電車は・・・」と始まるのだけれど。これもなかなか面白い。本を読んだり、ボーッとしていることも多いので、「皆さん」という呼びかけで聴く体制に入れて、ありがたい気がする。JR環状線では、女性車掌のアナウンスを聴くことが多くなった。車掌さんの案内というのは、何を言っているのかわかりにくい場合がよくある中、若い女性車掌はハキハキとしていて、わかりやすい丁寧な言葉遣いが快い。これは女性車掌に限らないが、アナウンスをした後に「ありがとうございました」と締めくくるのも好感が持てる。今日は近鉄電車に乗った。駅のホームの電光掲示板の出発案内が親切だと思った。車内の座席シートは、子どもの頃乗ったままの「えんじ」色。何か懐かしい気持ちになる。車内の座席シートが一人分ずつ分かれていて驚いたのが阪神電車。いろいろな違いを楽しみながら利用している。いつも安全に運んでいただいてありがたいことだ。大阪市営地下鉄では、行き先の方向によって、男性のアナウンスと女性のアナウンスに区別されているのが面白い。つまり、自分の行き先はどちらの声色でアナウンスされるのかを覚えておけば、声がした途端に、自分が乗る電車なのか否かがすぐわかるという訳だ。以前、インターネットで、この線はこっち行きが女性、あっち行きが男性だ・・と調べ上げた結果が紹介されていて、思わず真剣に見入ってしまった (笑)。もっと詳しい人なら、いろいろな楽しみ方を知っておられることだろう。そうそう、先頭車両の一番前で立って、進行方向を眺めるのも楽しい。「電車でGO!」気分だ (笑)。(津村 薫)

7月4日(金)

 今夜は地域の中学のPTA講演会。ちょうど我が子も思春期なので、思春期の子どもを持つ親たちとは同士的な感覚がある。研究所を始めた頃は子連れで子育てグループをやっていたので、お母さんたちと同士だったが、今では、子育て支援の場に行くと、年齢差があって、どうしても上から物を言う感じになってしまう。その代わり、思春期を抱える親たちとは、同じ立場で話ができる。うちの子どもたちも、学童保育や野球チーム、お友達の家など、地域のいろんな方々にお世話になってここまで大きくなった。これからも、人様に迷惑をかけながら成長していくだろう。ありがたいことだ。子育て、とくに、思春期の子育ては、親だけではできない。思春期の子たちは親の知らないところで、自分の世界を拡げていく。親とは違うところで、いろんな方々に見守ってもらうのが良いのだろうと思う。(村本邦子)

7月3日(木)

今日スクールカウンセラーとして通っている中高一貫学校の学園祭があり、
私もせっかくの機会だからと思い、青春時代の仲間入りを果たそうと?!
覗きにいってきた。本格的なプラネタリウムやお化け屋敷,ホストカウンセラーによる人生相談,
未来の顔写真館,自作自演の映画上映などなど・・・
感心するような発想とアイデア溢れる表現に正直驚いた。
TVでの「最近の若者論」では、最近の若者は夢がない・希望がない・やる気がないと否定的な
面ばかりが強調されている。確かに皆が皆学園祭を謳歌しているわけではなく、色々な子がいる。
しかし、彼等はきちんと関心をもって見てくれる存在(大人)と機会さえあれば
活躍できるだけの驚くほどの可能性と力を秘めていることを今回再確認できたように思う。
「若いって素晴らしい!!」と素直に思えるような若さが渦巻く学園祭だった。
(小田裕子)

7月3日(木)

 今日は、英知の前期授業の最終回だった。女性学の方は100名ほど登録で2割がドロップアウト、1割はほとんど寝ている(朝1の授業)という感じで、教室を回って起こして歩くのにうんざりしていた部分もあったのだけれど、最後のミニレポートの手応えはなかなかだった。女性学と言っても、なぜか受講生の7割は男性なのだけど、全体の6〜8割の学生たちは、それなりに真面目に出席し、なにがしかを得たようだ。子育て、女性への暴力や仕事について学び、最終の今日は不妊治療や出生前診断についても考えた。多くの学生たちが、近い将来に役立つ学習だったと捉えている。たとえ最初の動機づけは低くても、女性学を学んだ経験は、きっと将来どこかで生きてくるだろう。気長にやるしかない。後期は非暴力について取り上げるつもりだ。(村本邦子)

7月2日(水)

 いつの間にやら娘も自分のホームページを作り、見る見る間に、常連さんが出入りするようになっている。息子のページは年上が多いようだけど、娘のページは同世代が多いようだ。最近の子どもたちは器用なんだなぁ。本当にたくさんの子どもたちがインターネットにアクセスしているらしい。中には自分の顔写真を入れたホームページを作っている女の子もいて、大丈夫なのかなぁと老婆心ながら心配にもなる。(そう言えば、うちのホームページも顔写真入り!?)インターネットは面白さと怖さが表裏一体だ。周囲の大人にどこまで危機管理が可能なのだろうか?(村本邦子)

7月2日(水)

 昨日、高校の授業を終えてからダッシュで大阪経済大学へ。FLC旧知の方からのご依頼で、心理学授業の一コマを使って「愛と性の心理学」と題した講演をさせて頂いた。と言っても、お堅い話ではなく、柔らかすぎる話でもない。日頃、生徒や学生たちに伝えているやり方(クイズ形式で導入し、核心へ迫る)での性教育授業、大教室バージョンである。
 ほとんどが男性で埋め尽くされた階段教室で、「妊娠週数の数え方、堕胎可能な期間はいつまで?」等々の質問を投げかけた。予想通り、ほとんどが不正解であった。「高校卒業までで、このクイズにあるような性教育を受けた覚えのある人は?」と問うと、200名くらいの中で、たった2人。
 ・・・女性の皆さん、くれぐれも避妊を男性任せになさらぬように。女性でさえちゃんと知らない身体の仕組み、ましてや男性は学ぶ場がどこにもないのだから、ほとんど知らないみたい。しっかりと、こちらの気持ちや希望を伝えなきゃね。以心伝心・・・しないことの方が、性に関しては多いと再確認した日でした。(前村よう子)

7月2日(水)

森前首相の発言が問題になっている。
「子どもをたくさん産んだ女性が、将来“ご苦労さま”と言って、手厚く税金で面倒みてもらえる、これが本来の福祉の姿。子どもを産まない女性が自由を謳歌して、将来税金で面倒みてもらう、というのはおかしい」と発言したとかで、そのVTRをテレビで見た。彼が少子化問題を考える委員会の委員長だというから驚く。この国の少子化対策がお寒い限りなのも頷けてしまう。たった一人そのシンポジウムの場にいた女性である橋本聖子議員は「私はちょっと聞いていなかった」というコメント。この人は、問題発言の張本人である森派の議員だけに、立場上、コメントはできないということなのだろうが、これもまた日本の政界を象徴しているかのようだ。福島瑞穂氏をはじめとして、女性議員たちの怒りの抗議がはじまっているようだが、その場にいた自民党議員は「そうそう」と声に出して賛同していた。おまけに、その場では太田誠一議員が早稲田大学生の集団レイプ事件を指して、「レイプをするなどというのは、元気がよく、まだ正常に近い」と発言する始末だ。いったいこの党は、どんな人権感覚の持ち主たちが運営しているのだろう。山崎拓政調会長は、「自分の娘も結婚しているが子どもがいない。ひっかかる発言だ」とコメントしていたが、その他の男性議員から、納得のいくコメントは聞かれない。ニュース番組では、どんな人も自由を謳歌できるよう保障されるのが本来の福祉の姿ではないかと女性キャスターがコメントしていたが、本当に情けない限りだ。(津村 薫)

7月1日(火)

 今晩はNPOの被害者アドボケータ入門の講座があった。中村正理事に加害者へのアプローチについて話してもらったのだけど、加害者アプローチを被害者支援の講座にうまく位置づけて話してもらったと思う。加害者の支援というと、どうしても被害者の利益に反するように受け取られてしまうけれど(そして、そういうものも少なくないけれど)、私は長く被害者の問題をやってきて、被害者の利益にかなう(というか、被害者のために必要な)加害者への支援があると感じてきた。今日のレポートは、「今日の講義を被害者支援にどのように位置づけられたか、位置づけられなかったか」が課題だったので、受講生の反応に興味津々。(村本邦子)

7月1日(火)

7月になってしまったではないか!
順調に勝ち進む阪神タイガースには「よしよし」とにんまりしたいのだが、
私の仕事は、そんなに順調だっただろうか(滝汗)。
とはいえ、6月のカレンダーをめくりながら、
「今年も半分終わってしもたがなー」と嘆息するのは、そんなに嫌いではない 。
半年、それなりに頑張って生きたってことじゃございませんか (笑)。
うっとうしい梅雨が明ける頃、私の好きな本格的な夏がやってくる。
洗濯物がぱりっと乾くこの季節は好きだ。
この理由を一番に挙げる自分にトシを感じるけど (笑)。
強い日差しや輝ける海が大好き!と言っていた頃はまだ若かったのか。
最近は炎天下を歩いたくらいで、すぐにへとへとになるから悲しい。
家でもクーラーが効かないとげんなりする。
その様子を見た夫が「お、弱ってきたか」とからかう。
人を虫扱いするなっ (笑)。
鹿児島で食べた「白くま」が美味しくて忘れられないのだが、
美味しいアイスでも食べて、この夏も元気に乗り切ろう。
ちなみに、ハーゲンダッツの「ラムレーズン」と「チェリー」が大好物。(津村 薫)