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スタッフの日記帳

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4月30日(水)

大学の非常勤講師の日。
 グループワークと、面接の手法を学ぶという演習を担当している。演習の中で、グループのファシリテーターや、参加者としての体験、箱庭やコラージュなどの芸術療法の模擬体験を通して、援助者に必要な自己覚知をするというのも目的の一つとしている。
 最初の自己紹介では、名前や演習を履修した動機、進路などについて話してもらうとともに、自分を物にたとえて紹介してもらった。以前、演習の最初の日に、物にたとえる自己紹介をしてもらい、演習の最後の日に、もう一度自分を物にたとえてもらったとき、全員が最初の時とは違う物をあげた。例えば、「食器棚の奥にしまわれている、引き出物でもらった、使われないカップ」から、「スープや紅茶も入れられる、結構丈夫で実用的なカップ」へ変化するなどである。
 1年弱の大学内外の生活の中で、様々な体験をして、学生たちが変化していくという面ももちろんあるだろうが、演習を通して、自分自身が変化したと言う学生や、自分の違った面を発見し、自己認識が変わったと言う学生も少なからずいた。今年、最後の日、学生たちは、どんな変化を見せてくれるだろうか。楽しみである。(窪田 容子)


4月29日(火)

今日は午後から、NPOの電話番かねて研究所(大阪)に出向き、年報の論文書きに取り組んでました。5月4日は、「NPO法人FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク」の設立記念イベントが大阪国際会議場であります。先日から京都、奈良、読売新聞に案内が載ったので、お申し込みの電話がかからないかな・・と毎日NPOの電話のベルに一喜一憂しています。明日、あさってには、毎日新聞、朝日新聞にも掲載される予定。電話がたくさんかかりますように・・・!!(西順子)


4月29日(火)

今日は、あちこち買い出しに行き、京都支所のグリーンの手入れや絵額の入れ替えを。プロの建築設計家(NPOの方で住まいの講座をやってくださっている義兄、村本勝美です)の手によるオフィスなので、さすがに、何を飾ってもサマになって、うっとり・・・。5月はNPOのアドボケーター講座も始まり、人の出入りも多くなるので、楽しみ。午後は大阪本社に戻って仕事。
 津村日記の「アマデウス」に触発されて、「戦場のピアニスト」についても、ひとこと。あんな過酷な中をたった一人で生き延びた人がいるという事実に驚かされる。強靱な精神力、瞬時に働く頭脳、そして強運が揃ってのことだろうが、彼の心に音楽があったからこそ、生き続けることができたのだろう。彼の息子さんが日本にいると聞く。あの後、彼は結婚して子どもを育てたのだ。信じがたいトラウマを人は乗り越えて生きていけるものだ。人は想像を絶する悪を成すことができてしまう一方、それに立ち向かうこともできる。映画に刺激されて、今、ショパンのピアノ曲に取り組んでいる。(村本邦子)


4月29日(月)

こんな季節に、すっかり風邪をひいてしまった。
咳と喉の痛み、節々のだるさや痛み。無理をしないで、今日は家でおとなしくしていることにしよう。
私は仕事以外のプライベートで出かけるということが殆どといっていいほどなく、読書と、一緒に暮らしいてる動物たちと遊ぶくらいがせいぜいの楽しみだろうか。本人は特にそれを空虚だと思ったことはなく、家族(夫、娘、犬、猫)が元気で、本があればかなり幸せなのだが。

そんな私が珍しく大好きなのは、「アマデウス」という映画だ。天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを描いた、なんと18年前の作品だが、当時はアカデミー賞8部門を独占した。このディレクターズカット版が昨年上映されたのだ(20分間の未公開シーンを新たに加えてある)。モーツァルトが大好きとはいえ、滅多に出かけない私が、なんと二度も上映を梅田まで観に行き、家族を驚かせた(笑)。今は、アマゾンから届いた「ディレクターズカット版+メイキング」の入ったDVDをたまに楽しむ。メイキングを見ると、現在の俳優たちが登場しており、モーツァルト役、サリエリ役、皇帝役、モーツァルト夫人のコンスタンチェ役、それぞれが年をとっていて驚く。そりゃあ18年前だもんなあ。

「魔笛」「後宮からの逃走」「ドン・ジョヴァンニ」などのオペラのシーンも圧巻だけど、死の床にあるモーツァルトがレクイエムをサリエリに口述筆記させるシーンなどは、息もつけない迫力だ。モーツァルトの亡骸が墓地へと向かうシーンでは、最後の作曲となり、未完の作品になってしまったレクイエムの「涙流るるかの日」が流れる。

余談だが、上映した映画館は小さなところで、百数十という席しかない。終了近くなると、ドアの横に整列させられるのだが、二度とも、この「涙流るるかの日」が洩れ聴こえると、あちこちで「あ、死んだな」と皆がささやきあうのでおかしかった(笑)。熱心なモーツァルトファンが多いことを実感した。

現在の夢としては、大阪で、本場ドイツの巻き舌で(笑)、「レクイエム」が聴きたいなあ。ウィーン少年合唱団のレクイエムというのをCDで聴いたことがあるが、本場とはいえ、彼らでは、まだレクイエムは歌えないなあーと感じた。透き通るような爽やかな歌声とレクイエムはどうにも合わない。もしそんな本場の催しがあれば、どうぞツムラに教えてくださいませ。絶対に行くから。 (津村 薫)


4月28日(火)

現在、高校3年生と専門学校の2年生の授業を、週3日担当している。これまでもさまざまな若者に出会ってきたが、私自身が18歳だの20歳だのの頃に比べると、今の若者たちの方が、しっかりとした将来設計をしているなぁと感じる。当時の私は、「大学生になりたい」「一人暮らしができるような大学へ行きたい」「どこの会社でもいいから、一人で暮らせるだけの給料をもらえる所に就職したい」ぐらいしか考えてなかった。けれど、私の教え子たちは「将来はこういう生き方がしたいから、こういう仕事に就きたい。そのためにはこういう資格が必要なので、○○系の学部がある大学へ行く」。あるいは「大学へも行きたいが、将来の仕事に必要なのは△△という資格なので、専門学校へ進学する」等など、17〜18才にして、しっかりと自分の展望を描いている。
 でも、ひょっとすると、私が当時ボーっと過ごしていただけで、周りの同級生たちはもっと真剣に考えていたのかな? (前村 よう子)


4月27日(日)

今日は、4月唯一の日曜日。"Catch me if you can"を観た。安易すぎるハッピィ・エンディングはスピルバーグの十八番で、わかっていながら観ているのだから仕方ない。ハムレットの母よろしく、女は男を惑わせるかわいいお馬鹿な存在で信頼ならぬという女性観も、時代背景に免じて問題にするまい。父と母を(象徴的に)失った息子の痛ましい「子ども心」と、そこを乗り越えて大人になっていく過程が面白かった。自分が「男」になるためには、そして、最愛の父親を「男」に戻してやるためには、金と権力を手に入れるしかない。16歳の少年がそれを手に入れるためには、大きすぎる背伸びが必要だった。母親を父親の手に戻してやるという目標が叶わない現実となって、彼は、足を洗おうとするが、父親は、「今更、不可能だ」と言い切る。息子は詐欺を続けるしかない。切ない。孤独なフランクに心底関わってくれるのは一人のFBI捜査官。アルセーヌ・ルパンとガニマール警部を彷彿させるお茶目な出しぬき戦を含みながらも、彼は、そこに父親とは正反対の地味だが確かな「父」を見いだしていく。こんな人生のやり直しが可能であるのはアメリカらしいところだろう。そうそう、映画が始まる前のアニメーションは最高にシャレてた。(村本 邦子)


4月26日(土)

今日は、5月にNPOの方で実施する「ワーキングマザーのストレスマネジメント5回連続講座」のプログラム検討ミーティング。自分たちでチェックリストを試しながら、「残業や休日出勤が当たり前の職場である」の項目に苦笑・・・。でも、その割には、全体的にスタッフのストレスサインは低めで、これも、日頃からストレスマネジメントをやっている成果かも!!!(村本 邦子)


4月25日

 前から気になっていた「ナチュラル・ヨガ」のクラスを受講してみる。1時間の構造化されたグループ・プログラム。30数人で結構大きなクラスで、年配の男女が目につく。ヨガって、もっと楽なものかと思っていたけど、案外と筋力を使うもののようだ。子どもの頃、よく、妹たちと、雑誌なんかを見ながら、ライオンのポーズとか、鳥のポーズとかやっていたことがある。その頃は、体も柔らかかったから、実際に楽だったのかもしれない。

 最近、年を取ってきたせいか、体のことに関心が向くようになった。若い頃、必ずしも体とうまくおつきあいしてきたというわけではないけど、肩こり知らずで、いつも元気だった。それが、子どもを産んだ位から、疲れがたまると、肩や首や背中に痛みを感じるようになった。不調を感じるようになって初めて、体に意識が向くようになる。そんなわけで、ここ1〜2年、研究所のプログラムにリラクゼーションを取り入れたり、面接に臨床動作法を取り入れるなど、体に焦点をあてた試みが増えてきた。

 「ナチュラル・ヨガ」のクラスは、たぶん、伝統的なヨガに現代的な知識や技法を組み合わせているのだろう。「ブレス・メディテーション」「インスタント・リラクゼーション・テクニック」、ミルトンエリクソン風の軽催眠を取り入れたプログラムが組み込まれていた。また、ひとつのポーズごとに「これは骨盤の歪みを直し」「胃腸の調子を整え」「足のむくみを取る」などの効用が紹介される。本当だか嘘だかわからないけど、妙な納得感がある。最後には、「鬱の気分が明るくポジティブな考えに変わっていきます」というのもあった。

 私たちがやっているストレスマネジメントのプログラムでやっていることと、かなりの共通点がある。おもしろいなと思ったのは、ヨガでは呼吸を止める時間があること。ストレスマネジメントの「10秒呼吸法」では、1から3まで息を吸って4で止め、5から10で吐き出すのだが、「ブレス・メディテーション」では、1から4まで息を吸い、再び1から4まで息を止め、1から7で息を吐き出す。ダイビングをやっていると、水中で息を止めてはいけないので(肺破裂を防ぐため、吸っていない時には常に少しずつ吐き出していなければならない)、最近では、呼吸を止めることに抵抗がある。ヨガのポーズでは、このメディテーション以外でも、呼吸を止める瞬間が多かった。どうも、エネルギーや気を体に貯めるようなイメージのようだが、本当のところ、呼吸を止めることは、心理的にどんな意味を持っているのだろう?

 数日前に東京へ日帰り出張したものだから、左肩が痛かったのだが(新幹線に5時間も座っているとね〜)、お陰ですっかり軽くなった。だんだん衰えていく私の体、これからも長いおつきあいができるよう、大切にしていきたいものだ。(村本邦子)

 



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